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第二章 ばぶぅ

童貞卒業ができると思った瞬間、全裸のまま異世界に召喚された――

「うん! 夢に違いない! 俺はもう童貞じゃないんだ!」

「夢じゃないわよ」

 見慣れぬ部屋で目覚めた時から、「ああ、夢じゃなかったのか」と剛一朗は思っていた。とは言え、常識で考えれば異世界に召喚されるなんてことは考えられない。やっぱり店が用意したプロジェクションマッピングだった、ということに一縷の望みをかけたわけだが……目の前に仁王立ちする和服の美少女――瀧村椿がそれを一蹴した。

「ですよねー」

 項垂れる剛一朗。

 結局昨晩は、職場に泊まり込んでいるという椿の父親の寝巻きを借りて床に就いたのだった。

「またお父さんので悪いけど、着替え置いておくから早く着替えなさい」

「ああ。カタログに書いてある住所に行ってみるんだっけ?」

「そうよ。他に手がかりないからね」

 強者の召喚方法が書いてあるはずだったカタログ。実際は出鱈目な術式が書いてあったようで、強者でも、戦士でもない剛一朗が召喚されてしまった。そのカタログにはご丁寧に、発行元の会社名と住所が書かれていた。普通に考えればそれも出鱈目なのだろうが、椿の言うように他に手がかりもなく、その住所へ赴くことを剛一朗は承諾していた。


 着替えを終え、剛一朗は椿と共に街中を歩いていた。

 異世界という感じはせず、まるで時代劇のセットのような街並みであった。とは言え、瀧村家内の様子から察するに、科学技術は剛一朗の居た世界よりも少しハイテクに感じられた。

(近い世界ではあるけど、やっぱり違う世界なんなんだな)

 そんなことを考えている合間に、どうやら目的地に着いたようだ。

「ここね」

 椿がスマホのような物を覗き込みながら言った。ナビ機能が搭載された端末らしい。

 そこは周辺の建物よりもやや立派な作りで、入り口横に「土橋組」と書かれた立派な看板が掛かっていた。

(ヤクザ? それとも土建会社?)

「さ、突入よ!」

 椿が一切物怖じしていないところを見ると、どうやら怖いところではないらしい。土建屋かどうかは分からないが、何かしらの会社なのだろう。椿の後に続きながら剛一朗は胸をなでおろしたのだが――

「ああん? 何だてめえらぁ!」

 剛一朗の耳朶に響いたのは、あからさまに怖い人の声だった。

 そっと椿の背中越しに前方を伺うと、そこに居たのはごつい椅子に深々と座る美女と、美女の周りに侍る強面の男五人であった。美女は艶やかな着物、男たちは着流しという格好であった。

「土橋組に何か用かい? お嬢ちゃん」

 美女が椿に向かって言う。

 椿は例のカタログを突き出し、「このインチキカタログを作ったのはあんたら?」とまるで喧嘩を売るような調子で言った。

「さあ、知らない――」

「しらばっくれんじゃないわよ! はっきりとここの住所が書いてあるんだから! 関係ないとは言わさないわよ!」

 美女の言葉を遮って椿はカタログを投げつけた。

 カタログは美女には当たらなかったが、場は重たい沈黙に包まれた。

(ええ……何でこの子こんなに強気なの……帰りてえ! って、どこに帰れば良いんだぁぁぁ!)

 剛一朗が自分で自分に突っ込んでいる間に、美女がゆっくりと立ち上がった。まるでそれが合図であったかのように、侍っていた男の一人が椿に近づいた。

「な、何よ?」

 身構える椿の頬を男は力の限り叩いた。

「――ッ!」

「今のはほんの挨拶変わりさ。このぐらいで勘弁してあげたいところだけどねえ。あんたらはこの土橋お銀にナメた態度をとった――」

 美女は言いながら椿の前へとやってくる。そしておもむろに方肌を脱ぎ、左の乳房を露わにしながら啖呵を切った。

「タダで帰すわけにはいかないねえ!」

 絶体絶命。命までは取られないかもしれないが、まず五体満足ではいられないであろう。そんな状況の中、剛一朗は恐怖に囚われるわけでもなく、戦おうとするでもなく、この場を切り抜ける策を巡らせるわけでもなく、土橋お銀のモロ出しになっている左のおっぱいを凝視していた。


 おっぱいそれは

――柔らかきモノ

 おっぱいそれは

――丸きモノ

 おっぱいそれは

――夢と希望が詰まったモノ

 おっぱいそれは

――母なるモノ

 おっぱいそれは

――全ての人が還るべき場所!


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっぱああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああい!」

 咆哮。

 閃光。

 剛一朗の股間がまばゆく輝き、やがて凝縮された光が股間を飛び出す。

 飛び出した光は次第に形を成していき、光が収まるとそこには、宙に浮かぶ丸い物体があった。

「な、何だいこりゃ……」

「おっぱいだ!」

 お銀のつぶやきに剛一朗は自身たっぷりに答えた。そう、それはまごうことなきおっぱい。しかも露わになっているお銀の左おっぱいと全く同じ形、大きさであり、乳輪や乳首もそっくりそのままであった。

「上手く説明できないけど、お銀さんのおっぱいを見た時、俺の中で大きな何かが蠢いたんだ。その蠢きが体内に収まりきらずに外に吐き出された。それが、このおっぱいだ。このおっぱいは凄いぞ! それだけは確かだ!」

「訳わかんねえこと言ってんじゃねえ!」

 男の一人が剛一朗に襲いかかる。

 剛一朗は右手を突き出し「母乳スプラッシュ!」と叫んだ。すると、宙に浮かぶおっぱいの乳首が男の方へと向き、先端から乳白色の液体が噴出した。

「ぬわああああああ!」

 それを浴びた男は苦しみながら倒れた。

「だ、大丈夫か!」

 別の男が駆け寄ると、倒れた男は苦しむのをやめて一言。

「ばぶぅ」

 いかつい男から絶対に発せられることはないであろう言葉。全員が言葉を失い、表情を強張らせる中、剛一朗だけは満面の笑みで己が生み出したおっぱいを撫でまわしていた。そして誰も聞いていないのに朗々と語りだした。

「このおっぱいは凄いんだぞぉ! お銀さんの左おっぱいを完全にコピーしただけでなく、様々な特殊技能を兼ね備えたスーパーおっぱいなんだ! その特殊技能の一つ、『母乳スプラッシュ』は浴びせた相手を幼児退行させることができるんだ! さて、次は誰を幼児退行させようかな?」

 宙に浮かぶおっぱいが狙いを定めようと右に左に揺れる。

「そんなもの当たらなければ良いんだよ! お前たち!」

 お銀がそう言うと頷いた男たちが別々の方向――四方向から同時に剛一朗へと襲い掛かった。

「甘い!」

 瞬時に数歩下がった剛一朗は、手を前に突き出し叫ぶ。

「拡散! 母乳スプラァァァァッシュ!」

 先程の母乳スプラッシュは一方向に真っ直ぐ液体が飛び出していたのに対し、今回のそれは液体というより細かな粒子状になって広い範囲に飛び散った。雨の日に雨粒を避けることができないように、その母乳の粒子を避けることはできなかった。

「「「「ばぶぅ」」」」

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