第6話 泣き虫クン
午後。課員たちは一時会社に戻ってきた。
逆に恵子はカバンを持って立ち上がる。
「さて。外回り行ってきまーす」
それに秀樹が顔を上げる。
「いってらっしゃーい」
笑顔で微笑みながら挨拶を返した。今日の約束でウキウキしているのだろう。
恵子は付き合っていることがばれないように一礼して出て行った。
そんな恵子の後ろから声がする。
「係長、俺も行ってきまーす」
和斗の声だった。
「はーい。いってらっしゃーい」
それに対しても秀樹の送り出す声が聞こえた。
恵子は外回りのために、会社を出た。
営業先に向かうため公共機関の地下鉄に乗って移動しようと歩き出そうとしたその時だった。
「先輩! 主任!」
「アレ?」
後ろを振り返ると、和斗が駆けてきた。
「どこ方面ですか?」
「ああ。F町方面。アンタは?」
「奇遇っすね~! オレもF町の凸凹物産所長のとこっす」
「あ? マジ? じゃ、乗っけてくれる? 公共機関で行こうと思ってたの」
「マジすか? じゃぁ、ちっとドライブしますか~」
「いいね。アポ何時?」
「15時っす。それまでプラプラしようかな~と思ってたんで」
「ラッキー! じゃ、行こう!」
「ハイ!」
恵子は自分で言ったセリフに驚いていた。
なぜ和斗と一緒に行こうとしているのか?
ちょっと前までだったら絶対イヤで公共機関で行ってたはずなのに。
それはきっと和斗が仕事頑張ってるから。そう自分に言い聞かせる。
少し褒めたい気持ち。それを抱いて恵子は和斗の隣の助手席に座った。
「じゃ、凸凹物産のちょっと前の△△商事で降ろして。そのあと、近くのコンビニで待ってるから」
「了解っす」
車が会社を出て行く。
車内で恵子は和斗を讃えた。
「最近、めっちゃ営業成績いいみたいじゃん。一課のトップだよ~。なんか、ボーナスん時、社長賞と取締役賞がでるみたいよ? あ……内緒だけどね」
「へへ~。頑張ってるのは、誰のた~めだ?」
「あ。あたし?」
「そーです。どうでしょ? 先輩。オレがんばってるっしょ?」
「そーだねー」
「先輩の彼氏になれるっしょ?」
「うーん」
「えー? まだダメっすか?」
「なんかなぁ。しゃべりかたがなぁ」
「ダメっすか?」
「うーん。ちょっとニガテかなぁ」
「そーっすかですか?」
「え? え?」
「もうちょっと頑張ってみるっす。だよ。みます」
「はぁ? なにそれ? 面白い!」
「ちょっと、面白がんないで欲しいだよ。です。面白くないです?」
「聞かれても! ハハ!」
「ちょっと無理っす!」
「じゃ、ダメだね!」
「なんでですか! なにですか? ですよね?」
「いや、なんでですかで合ってたと思うよ?」
「当たった!」
「当たったのかなぁ?」
「フフ」
「ハハ」
「アッハッハッハッハッハ!」
二人で声を合わせて笑った。
笑いながら、目的地到着。
和斗のトークの上手さ。
そして一生懸命な気持ち。
メチャクチャな変な敬語。
恵子の顔がほころぶ。和斗との車内がとても楽しかったのだ。
「じゃー、16時ころに迎えに来ます」
「はい。じゃぁ、よろしく」
「じゃ、よろしくお願いしまーす! 行ってきまーす!」
走り去る和斗の営業車。
恵子も取引先に向かい用事を済ませ、コンビニでコーヒーを買い和斗の車を待った。
少し待つと向こうから、和斗の営業車が向かって来た。
和斗は車から降りて、小走りで恵子に近づいて来た。
「お待たせしました。先輩」
「お! 来た来た。はいよ! コーヒー!」
「あ! ブラック! ラッキー! じゃ、帰りましょう」
「オーケー」
二人で車に乗り込んでコンビニを出て会社に向かって走り出した。
運転をしながら和斗は恵子に話しかけた。
「どうでした? △△商事さんは」
「ウン。大丈夫。継続継続ゥ!」
「ハハ。じゃぁ、よかった!」
「凸凹さんは?」
「今までプラス、新規も二つ追加でいただきました!」
「マジ? すっごい!」
「ハハ! もっとすごいって思わせますよ~。これからも」
「あれ? なんかアンタ、しゃべりかた……」
「フフ。すっごく疲れます」
「やっぱり。でも、やればできるんだねぇ」
「とりあえず、先輩の前だけっす。あ、だけだよ。だけ、だけ……」
「プ。やっぱ治ってない」
「そう簡単に治んないっしょー!!」
「ヒャーー!!」
「もーかなわないなぁ~」
「がんばれがんばれ!」
「……がんばりまーす」
「フフ。ちょっと弱気」
「ハードルたけっす。たけいです。たか い でーす」
そんな和斗の姿を恵子は微笑ましく思った。
メチャメチャだ。だが一生懸命。
そう。和斗は一生懸命。
それはなぜなのか? どうしてなのだろう。
「フフ。でもさ。なんであたしなの?」
「え?」
「他に、カワイイ子も、キレイな人も、アンタなら選び放題でしょ?」
「うーん」
「どうなの?」
「ま、正直キレイな友だちもカワイイ子とも仲はいいです」
「しちゃった?」
「ちょっと。プライベートでしょ。そこは」
「ゴメン。ゴメン。でも前の話しの流れでさ?」
「いや、先輩に告白してからは距離おいてます」
「え?」
ドキリと恵子の胸を打つ言葉。
「約束したっしょ。でしょ。約束 しましたよね?」
「え?」
「もう、女の子と遊ばないって」
「ハァ。まぁ」
「なんですか。気のない返事ですね」
「ウン。へー。あれやってたんだ」
「はい」
「すごい。ね」
「ええ。まぁ」
「あたし、アンタの期待に答えられる女じゃないと思う」
「いいんです」
「え?」
「オレの一方的な思いですから」
「ん。そか」
「好きなんです」
「うれしいけど。他の人選んだ方がいい。アンタのため」
「ダメなんです」
「え?」
「先輩を放っとけないんです」
「え? なんで?」
「……先輩、いけない恋してるでしょう?」
恵子は慌てた。
この男に何かを知られている。そう思ったのだ。
「はぁー? 何言ってんの?」
「分かるっす。です。オレ。先輩放っとけない。大事にしたい」
大事にしたいという言葉が、また恵子の心を捉えたが、秀樹とのことを知られているかもしれないという思いが和斗を冷たく突き放した。
「はぁ? もう、アンタに心配されるようじゃ、あたしもヤキが回ったわ」
「すいません」
「あんた人のモンとるのいやだったんじゃなかったっけ?」
「はい。でも」
「でも? なに?」
「先輩が、人のもの盗ろうとしてる」
「何言ってんの!? 心配ご無用です。だからさ。アンタも別な人選びな」
「やです! 未来の妻にそーゆーことさせたくない」
「は? なんでアンタの妻??」
「……先輩を愛してるんです!」
「お断りします!」
「先輩!」
「なんで!? 付き合ってもないのに! 勝手いわないで!」
「オレと一緒になってください!」
「ヤダ! あんたの言った通り、好きな人いる! 付き合ってる!」
「ダメです!そっちにいっちゃダメです!」
「あ、会社ついた。お疲れ」
会社の駐車スペースに車を止めるか止めないかで恵子は車のドアを開け降りようとした。だが恵子の手を和斗ががっしりとつかんだ。
「あ、ちょっと。放して」
「いやです」
「あ、ちょっとマジで。キミ! ダメだよ!」
「先輩。好きです。愛してます!」
「分かった! 分かったから。ね? 会社の駐車場で誰かに見つかるでしょ?」
「いいです。」
「あたしが困るんだけど。好きな人困らせてもいいの?」
「あ。それは、ダメです」
「でしょ? じゃ、放して」
「はい」
和斗の手が優しく放される。恵子は途中で振りほどいた。
「もう。次は一緒に乗らないから」
正直、和斗の強引さが気持ち悪かった。
腕が痛い。さっさと社内に入り場合によっては和斗を異動して貰おうと少しばかり考えた。
「先輩! せんぱぁ~い。せんぱい。スイマセン。ゴメンナサイ」
しかし、和斗はその後ろをバタバタと追いかけてきた。
「いいよ。もう。ホラ。いくよ」
そんな感じも気持ち悪かったのだ。恵子は顔を会わせないように入り口に急いだが、彼は前に回り込んで大きく頭を下げた。
「スイマセン!」
「だから分かったってば! これ以上なに言えばいいの??」
「キライに、ならないで」
「アンタ。泣いてんの?」
恵子の胸が大きくドキリと打たれた。
和斗が感情的に涙をこぼしていたのだ。
「グシ。すいません。ごめんさい。一方的過ぎました。反省してます。」
「ん。こっちこそゴメ……。ちょっとパニクったから」
そう言われて和斗は笑顔になる。
「あは」
「なによ」
「あ、すいません」
「ハァ、分かった! アンタの気持ち。うれしいから! でも今はゴメン。それが答え」
「ハイ。でも待ちます。がんばります。振り向いてもらえるように」
「ホント。なんでも一生懸命だよね~」
「ハイ。取り柄っすから」
「あ~! しゃべりかた!」
「取り柄だからだよ。だよじゃないか。取り柄です。はい」
「んふ」
「あは」
「じゃぁ、まぁ頑張って!」
「ハイ! もうすっごく頑張ります! ただいま帰りましたー!!」
急に元気になって社内に入っていく和斗。その途端、仲のいい同僚たちが声をかけていた。
「お! 杉沢! おつかれ!」
「カズくん、おつかれ。クッキーたべる?」
「よ! スギ! お疲れ!」
みんなから歓待受けてる。
ホントに同性にも異性にもモテる男なのだ。
恵子は苦笑したが、悪感情は消えていた。
「ふふ。泣くなんてキャラに合わないやつ。泣き虫クンか。あ! そうだ今日は早く帰らないと」
今日は秀樹が来るのだった。
早く帰って準備しなければならない。
恵子のテンションも上がった。