第4話 へんっしん!
次の日。恵子はいつも通り他の社員よりも早めに出社して自分の課の掃除を始める。
誰もいないが「おはようございます」と言って、みんなの机を拭き掃除機をかける。
秀樹の机は他の誰よりも丹念に拭いていた。
そしてキレイになった机を見てニコリと笑う。
その時、人もまばらな会社内がパァとなった雰囲気を感じた。
ふと杉沢和斗の雰囲気を感じた。出社したようだ。
いつも入り口から大声で挨拶してくるからわかる。
今は総務課ぐらいであろう。元気のいい挨拶が聞こえてきた。
「ざいまーす!」
「おはよ! ええ!!?」
「ざいまーす!」
「お! おおお!!!」
挨拶一つで騒々しいと恵子は思った。
いつもと違う。「おー」とか「わー」が付属されていたのだ。
そして、和斗の声は自分の課の入り口から恵子に向けられた。
「ざいまーす! お! 主任! ざいまーす!」
「はい。おはよ。──え? それどうしたの?」
見ると、騒々しい意味がわかった。
和斗の赤かった髪は黒に染めて短髪。
ピアスは外し、タトゥの入った指には、肌色のテープが巻かれていたのだ。
恵子は感心して声を上げた。
「すごいじゃん!」
「どっすか?」
「え?」
「これで、先輩の彼氏になれます?」
ドキリ!
恵子の胸が大きく高鳴った。
まさか、昨日の話しでこんな変身を遂げたのか?
いやいや、人の性質はそう簡単には変わらない。と恵子は思い直した。
「……努力は認めるけどねぇ」
「だめっすか? あー……」
「男見せないとねぇ~。じゃ、あれだ! 営業成績をもっと上げよう!」
「マジすか! それなら得意っす」
「お! いいぞ! じゃ、頑張ってみよう!」
と言っていると、今度は秀樹の雰囲気を感じた。
課の入り口を見るとまさに秀樹が入る瞬間だった。
「おはよ~。わぁ! びっくりしたぁ!」
和斗を見てかなり驚いていた。
恵子は自分の手柄のように「ふふ」と笑った。
「どっすか?」
「いいじゃん。いいじゃん。オマエが入社してから俺がずっとそうしろっていって来たのを、とうとう聞いてくれたかって感じ」
恵子は驚いた。秀樹が和斗にそれを促していたのかと。
それは今まで不服従で自分の一言で変わった?
と思ったが、秀樹の言葉に続いて和斗がそれに応じた。
「やっぱ、佐藤係長の期待を裏切れねっすからね~。頑張るっす!」
そう言ったので、やっぱり自分ではないのかとホッとしたような残念なような気持になった。
「がんばれよ~。社長もそうとう期待してるみたいだからよ!」
と秀樹は和斗の肩と叩く。
和斗も係長である秀樹に励まされて張り切った。
「おはようございます。あれ。あ~。杉沢くんか。どうしちゃったの? 仮装パーティー?」
今度は課長が入ってきて和斗の変貌に驚いていた。
「いや、逆でしょう。こっちのが本物でしょ」
新しく生まれ変わった杉沢和斗は、内外にも非常に評判よく、めきめきと営業成績があがってった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
恵子は不思議に思った。
和斗の変貌。それはどういうことだろう。
自分が言ったからなのだろうか?
あんなに軽いのに、行動の意味が分からなかった。
その考えごとに男の言葉が被さって来た。
「どーした? ケイコ。考え事?」
恵子の部屋。いや、恵子と秀樹の二人の部屋。
秀樹がやっと都合つけて会ってくれたのだ。
秀樹との楽しい夜に変なこと考えるのはやめようと思い胸の奥にしまいこんだ。
「あ、んーん。なんでもない」
「オレのこと?」
「──そーだよ。もっちろん」
「ふふ。かわいいね」
「ありがと」
楽しく話をしていると何か感じるものがある。
「あれ……?」
そんな恵子の雰囲気を感じ取った秀樹は耳元で聞いてきた。
「ん? どした?」
「……ごめん。はじまっちゃったみたい」
「ハァー?」
「ごめん。ごめん。ヒデちゃーーん♡」
「なんだよぉ。ま。しょうがねーけどさ」
抱きつく恵子。だが秀樹が明らかにつまらなそうな顔になったことに恵子は気付いた。
「ちゃんとさ、サービスはしますぜ。ダンナ!」
「──サービスねぇ。じゃあアッチ。お風呂でさ。ならいいだろ?」
「……えー」
「いいじゃん。ダメ?」
「うん。ダメ。アッチは……したことないし」
「じゃーなおさら。一度くらいいいじゃない? お願い!」
「うー……ん」
明らかに拒否の雰囲気を出す恵子を秀樹は半ば無理やりに立たせてバスルームに連れて行った。