表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/33

第30話 夢を見た

 時計の針は23時。貸し切りだったので他の客はこない。

 長く会わなかった、二人のおしゃべりは尽きなかった。


「ケイちゃん。焼酎にする?」

「だね。ビールでおなかパンパン」


「大将! 赤霧島もらいますよー」

「あいよ。自分でだしてー」


「ケイちゃん。ちょっとボランティアして? オレ、氷だすから、水さしに水入れて」

「あいよぉ。オマエさん」


「ふふ。江戸っ子夫婦」

「てやんでぇべらぼうめぇ!」


「へへ! あたりきよぉ~!」

「へへ~! 祭りだぁ! 祭りだぁ!」


「それって、江戸弁??」


 あたらしいグラスを出して、氷を入れる。注がれる甘露。

 二人の空間。二人の世界。

 近付いた距離。


「おいしそ」

「おいしいよ」


「あたしさ」

「うん」


「カズちゃんの彼女になれたけど」

「彼女じゃない。婚約者!」


「あ、ふふ。そうか」

「ケイちゃん。結婚しようね?」


「うん。するする!」

「やった! さっき、指輪渡したときに返事聞くの忘れてた。じゃ、正式に婚約しましたね」


「うん。でね。婚約者になれたけどさぁ」

「なに?」


「先生より大きな存在になれるかなぁ」

「あー……」


「うん」

「あのね、気を悪くして聞いて欲しくないんだけど」


「……なに?」

「昨日の夢でね、オレのアパートに帰って行ったら、先生がいたんだ」



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「カズトおかえり。ふふ」


 それは、和斗の普通の日常だった。

 先生との結婚生活。貧乏なので狭いアパート。

 そこには、先生の不倫で出来た子供、娘の和月(かづき)もいる。和斗はしばらく娘と遊んでいた。


「カヅキは賢いなぁ~。もうこれ覚えたんだ。やっぱママの子だな」

「あら、パパの教え方が上手なのよ~。いっぱい愛情もらってるもんね。それからいい名前も!」

「うん!」


「それじゃ、カズト。カヅキ。行きましょうか?」


 そういって、家族は外に出て歩き出した。

 普通に、娘をお互いの手でつないで、ブランブランと遊ばせて。

 白い壁のある道を、どこまでも、どこまでも。


 和斗は言った。


「イツキ。幸せだなぁ。こんな日がずっとつづけばいいのに」

「うん。そうだね。あたし、カズトに思われてとっても幸せだったよ?」


 足を止める。不思議な言葉。

 不要な言葉が入っていたからだ。


「だった?」


 先生は下を向いた。少し肩を震わせる。

 しかし、上げた顔は笑顔だった。


「うん。でもね、カズトが幸せにするのはあたしじゃないよ? 後ろ見てごらん?」


 和斗が振り返ると、そこには、恵子が立っていた。

 忘れられてしまって不安で寂しい顔をしている彼女が、和斗の背中を見つめていたのだ。


「ほら。行って手を引いてあげないと、あの子動けないよ」

「う、うん」


「私は大丈夫だから。ほらカヅキ。いくよ?」

「うん。ママ」


 先生に呼ばれて、和月はその手を繋いだ。

 和斗の放された手が寂しい。つい二人に手を伸ばす。


「イツキ! どこにいくの?」

「どこにも。でも、カズトが行くのはあの人のところじゃない?」


「そうか。そうだった」


 和斗は改めて恵子の方に駆け出す。


「パパ、バイバイ! 名前ありがとう!」

「カヅキ。バイバイ! またな!」


「カズト。幸せになってね」

「イツキ。先生! 先生! ありがとう!」



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「そういってオレ、ケイちゃんのところに来たんです。なんかとってもリアルで、先生に祝福されてるようで……。はは。不思議な夢だったなぁ」


 恵子と見た夢とリンクする。

 視点は違えど同じ状況。

 それは、先生が二人に同じ夢を見させたのかもしれない。

 二人のこれからを祝福しているのかもしれない。


「へー。そうなんだ」

「はい。先生がもう、あたしを吹っ切って、前を向けって言ってくれて」


「不思議だね。夢に続きはあった?」

「もちろん。ケイちゃんのところに飛び込んで」


「その時、あたしのセリフはなんかあった?」

「あ。はい。でも、バカにされそうだなぁ」


 恵子は和斗の首に抱きついて、自分の胸に強引に引き寄せた。


「泣き虫!」


 和斗は胸の中で驚く。夢と同じ状況。同じ声。


「え?」

「フフ」


「え? え? え? えー!?」

「ふふ。あたしもその夢、知ってるも~ん」


「ええーー!!?」


 不思議。不思議な夢。

 二人で驚きあった。そして、笑った。

 きっと、先生も応援してくれてたんだと。


 やがて二人は現実に戻らなくてはならない時間となった。

 明日は会社。二人は大将に、暇乞いをした。


「さぁて。帰りますかぁ~」

「そうだね」


「カズちゃん」

「ん?」


「ウチにくる?」

「え? 行きたい」


「来なよ。一緒に寝よ~。……生理だけど」

「関係ない! 行く行く!! でも、あ」


「どうしたの?」

「まだ佐藤係長とケジメついてないんだよね?」


「ウン」

「じゃ、明日にしよう? 着替えも持ってくから」


「あー。明日会社だもんね~」

「そ。このコートのままじゃぁね」


「明日の何時?」

「仕事終わってから。そんなに遅くならない。19:30か、20:00くらい」


「よし! じゃぁ! 美味しいもの用意して待ってる」

「やった! お泊りセット持ってこよ~」


 二人の最後に進む、別の道になるのかも知れない。

 手を大きく振って、互いの家路に着いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ