第3話 かるぅ~い愛の告白?
週が明けて恵子は会社に出勤。
恋人が職場にいると、気持ちはいいけどバレちゃぁいけない。
秀樹は上司。係長。
恵子は主任。すぐそばの席にいれるのだが。
スっと恵子の席の前に暗くなった。
新人。入社したばっかりの杉沢。杉沢和斗がにこやかな表情で前に立っていた。
かなりの高身長。190㎝。前に立たれると席が暗くなるほどだ。
性格はネアカ。だが軽い。チャラいというやつだ。
髪の毛は真っ赤でピアス入れてる。
指にタトゥが見える。おそらく見えないところにも入れているのだろうと推察できた。
若い頃の素行が分かるようだ。
恵子はこの杉沢和斗が大キライだった。
学生時代は自由に青春を謳歌した口であろうと思っていた。
話口調で分かる。
この男と一秒たりともそばにいるのが嫌だと毛嫌いしていた。
どうして自分の課に配属されたんだろうとまで思っていた。
恵子は、大人の男性が好きなのだ。
そう秀樹のような。
そんな恵子の前に和斗は書類を出してきた。
「主任、これ目ェ通してくださーい」
「ハイ。ま、いんじゃない?」
書類を一瞥して押し返した。それを受け取って今度は秀樹の前に書類を出す。
「係長、ハンコお願いしまーす」
「ハイ。ポンポンと。課長お願いしまーす」
秀樹が課長に書類を提出。
課長はそれを見て指示を出した。
「はいよ~。杉沢くんと、渡良瀬主任、コンビで外回りしてくれ~」
渡良瀬主任。それは恵子のことだ。
恵子は驚いて声を上げる。
「え? あたしですかぁ?」
「そうだよ? 新人教育よろしくな」
「ハーイ」
返事は小さい。和斗の方を見てみると口を弓の形にしてニンマリと笑っている。
「先輩、お願いしまーす」
恵子は心の中で暴れ出しそうだった。
うれしそうなこの男がやけに腹が立ったのだ。
しかし職場だ。そうは言っていられない。
「ハイハイ。車のカギもった?」
「大丈夫でーす」
「よろしい」
二人して営業車に乗り込んだ。和斗が運転席。
入社当時から直属の上司として面倒見てきたけど、正直嫌で嫌でしょうがなかった。
どんな嫌いな奴でも、社命だから一緒にいなくちゃいけない。
恵子は平気な顔をした。
話せばムカつくけど、同じチームで雰囲気が悪くなるのもなぁと大人の対応をするのだった。
「あんた、大学でてんだって?」
「ハイ。Fランすけど」
「だろーね」
「ハイ?」
「遊び人みたいな顔してんもんね~」
「なんすか~。プライベートっすよ~?」
「あは。ゴメン。今まで付き合った人の数は?」
「パワハラだなぁ~。0っす!」
「へー。意外」
「向こうは付き合ってると思ってたかもしんねーすけど」
「ハァ??」
「女の子とは遊びますけど、付き合ってるとは思わねっす」
「それってどういうこと? 最後までいっちゃうの?」
「そっすよ~」
「ハァ。だめだこりゃ。次元が違いすぎるわ」
「まー、そうかも知れませんね」
「……あんたさぁ」
「ハイ?」
「そういうことした人に彼氏いたらどうする?」
「どうもこうもねっす。バックレます」
「逃げるってこと?」
「まー彼氏いんなら、他探すっすかね?」
「なんで?」
「人のもんでしょ?」
「モノではないと思うけど」
「まー、人のモンとるほど飢えてねっすから。NTR嫌いなんすよ。やんのも、やられんのも」
「またわけのわかんない言葉でてきた。なにそれ。NTR?」
「NTRっす」
「ハァ。最初からそーいえっての」
ホントにこいつを嫌いで面倒くさいと思った。
自分で深い話をしてしまったことを後悔。
「主任は恋してるっすか? 付き合ってる人は?」
「ハァ~。聞くかっつーの。そんなこと」
「いるっすか?」
「おりません!」
「じゃ、オレと。付き合わねっすか?」
急にドキリとした。話し方や昔の素行を考えなければイイ男であることには違いない和斗の突然の告白に驚いたのだ。
「はぁ? なんで?」
「実は、入社した時から先輩、キレーだなぁって」
「そーゆーの、止めてくれる?」
少しだけ胸がドキドキとしたが和斗の赤い髪を見て思い直した。
「いやぁ~。つい、思ったこと口にでちゃうんすよねぇ~。ダメっすかぁ?」
「ハッ! ダメとかじゃないんだよねぇ~」
「マジっすか? じゃぁ、いいっすか?」
「グイグイくるね。少し考えさせてください」
自分で「え?」と思うセリフだった。
なにも素直に断ればいいじゃないか。と自分のバカさ加減に腹がたった。
和斗は急に陽気になってハンドルを強く握るとテンションと同じくらい高い声を張り上げた。
「よっしゃ~! じゃ、オレ真面目になるっす!」
「声でか。なんだそりゃ」
「もう、女の子と遊ばねっす」
「知らないよ。そんなことよりさ~」
「え?」
「その髪の色。ピアス。指ン所のタトゥ。それどーにかなんない? よくウチの面接通ったね」
「トークうめーっすから」
「ま。ホント。そう思うよ」
「だしょ? だしょ?」
そんな会話をしていると、取引先に到着した。
話しは中断というか強制終了。
「あ。ついた。アンタ、ちゃんとお行儀よくしてよね」
「ハイっす」
新規のお得意先。これをなんとかするのが若くして主任になったら恵子の腕の見せ所だ。
小一時間ばかりの商談。大変よい感触だった。
よっぽど気に入ったのか先方の社長が駐車場まで送ってくれた。
「では、よろしくお願いします!」
「いや~、新人君おもしろいねぇ。ウチに欲しいくらいだよ。主任さんは美人だし」
「あざっす! 路頭に迷ったらお願いしまっす!」
「ハハ。分かった分かった。では。よろしく~」
丁寧にお辞儀をして、車を出した。
恵子は、和斗に対し少しばかり評価を上げた。
実際によく言葉を選んで話してくれたし、新しい企画なども勉強して知ってたんだ。ひとつ褒めておこうと思い、
「アンタ、なかなかやるじゃない!」
と賛辞を贈ると、和斗はまた口を弓のように曲げてニンマリと笑った。
「あざっす! 先輩と付き合えるように頑張ります!」
「……それはチト置いといて。でも、すごいねぇ。その頭の色でも大丈夫なんだねぇ!」
「誠実さっすよ! 誠実さ!」
「まーそうかも。誠実っつーか。勢いっつーか」
「賛辞あざっす!」
「でも、私生活は乱れてるっと」
「んなことねっすよ~」
「でも、付き合ってもない女の子と最後までいっちゃうんでしょ?」
「んなの合意の上っしょ~。法に触れることはしてませんよ?」
「ん~。そーなんだ」
法に触れる──。今の恵子にとっては痛い言葉だった。
「根は真面目なんすよね~」
「うーん。真面目なんだぁ~」
「悪いやつっつーのは、仮面を被って、仮面の下で舌だしてるやつっすよ」
「そんなの見た目じゃわかんないよね~」
「いや。分かるっすよ」
「そう?」
少しだけ恵子は感心した。
今日の取引先での手柄もあったこともあり、和斗を見直したのだ。
「アンタ、なかなか話せるね」
「そっすか?」
「ちょっと聞いていい?」
「ハイ」
「男の人って浮気するじゃん」
「オレはしないっすけどね!」
和斗は鼻をならしてドヤ顔をした。
「ハイハイ。アンタは誰とも付き合ってないから浮気にならないんでしょ?」
「いや、先輩と付き合ったら……」
「それはチト置いといて。結婚してても浮気をする男の人はどう思いますか?」
「どうって」
「ハイハイ」
和斗は少し考えた。
「男もバカっすけど、女もバカっすかね?」
「ハァ?」
「都合良く利用されてるだけっしょ? そん時は、ウマいこと言われて、その気になってる感じで。男にとっちゃぁ、無料でエッチも出来るし、恋もできるし、まーいいことだらけじゃないっすか? ヘタにキャバクラ行くよりも。もしも男の方も本気になりすぎて、奥さんと別れたとしても、今度も同じこと繰り返すでしょ。ハハ」
恵子は女もバカと言われて、和斗を見直したことを思い直した。
やっぱり和斗のことは嫌いだ。
早く秀樹に会いたいとそう思った。