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第26話 さよならカズちゃん

 その日も秀樹と恵子の間には会話がないまま終わった。

 誕生日について一言もなかった。


 付き合って一年になってないのだから、誕生日を忘れていたというよりは、教えてたけど記憶になかったのかもしれない。


 だが、それが引金。恵子は決心した。


 会社へは後で言う。迷惑かけてもいい。ここから逃げる。そっと町をでて、遠い町で暮らす。そして子供の為に頑張って働く。


 そう決めたら早かった。彼女は荷造りを始める。小物、服飾品をダンボールに入れた。

 ふと手が止まる。秀樹からプレゼントでもらった置物。

 思い出にとっておこうか少しばかり悩んだ。

 画像もスマホに入っているものと冷蔵庫に貼ったプリクラが一枚。


 子供との新生活にそれが必要かしばらく自問自答。

 答えは否だった。


 思い当たるプレゼントを捨てる。捨てる。捨てる。

 冷蔵庫のプリクラもむしるように剥がした。

 スマホの画像も全部消した。

 連絡先は、町を出てから消す。それでいい。


 ふと手に取ったのは先日買った妊娠検査薬。

 一応検査してみることにした。


 準備をして2分待つ。少しばかりため息がもれる。


 その待ち時間で思い出す和斗の顔。

 最後に一目会いたくなったが、会ってしまったら言ってしまう。

 今日はLineがこない方がいい。

 その方がスパッと家を出れる。


 そう思っていると携帯が鳴った。


「え? 着信?? なんだよ。不意打ちだなぁ。直接電話かよ。誰? 今頃。……カズちゃん。やっぱりね。ダメだなぁ。とったら泣きそう。なんでかけてくんのよ。ねぇ〜。はぁー……」


 コール音が八回目。スマートフォン片手にため息をついた。


「出よう。さよならって言う。もう会わないって言う。カズちゃんにはもっといい人、見つけて欲しい」


 そういいながら長い着信音の中、深呼吸を数度し覚悟を決めて受話器アイコンをタップした。


「……もしもし。……カズちゃん?」

「あ! でた! サンハイ!!」


 和斗がそういうと、後ろから大勢の賑やかな声。その者たちが声を揃えて歌を歌った。


「ハッピバースディトゥーユー! ハッピバースディトゥーユー! ハッピバースディ! ディア」


「ケーイちゃぁぁぁーーーん」

「おおおおーーー! いーぞーカズちゃーーん!」


「ハッピバースディトゥーユー! おめでとーー!!」


 恵子はその声に驚いていると、音割れしながら大将の声。


「サプラーーーズ!」

「わ! 大将??」


 そして電話が和斗に変わる。いつものように懐っこい声。恵子の緊張がほぐれていくことが自身でわかる。


「あのね~。ケイちゃん。今アラジンにいるんだけど、こない?」

「え? 行きたい……」


「でしょ? 今日誕生日でしょ?」

「なんで知ってんのぉ? もー」


「フフ~。ホラ会社入ったとき、一緒に外回りしたとき聞いたの覚えてたんだ~」

「えー! すごい記憶力!」


「ケイちゃんの誕生日だしね。さすがM高でしょ?」

「そだね! 大学はFランだけど」


「むむ! オレの知られざる過去を!!」

「フフ」


「だからね~。待ってる。大将でっかいニワトリ丸ごと焼いたの」

「すごい! あの……さっきの人達は?」


「あ~。友だち。飲み屋で知り合った人たちばっか。……おじさん……おばさん……若い人、おじーさん、あと……同級生3人と、あれ? キミは誰?」

「なんでだよ!」


「あーミキオくんと……ちょっと変わったのでは亀?」

「え? 亀?」


「うん。大将これ、なに亀?」

「スッポンだろ」


「あー……食べるやつか」

「ふふ。あはは。あっはっはっはっは!」


 向こうの様子が分かって、恵子は荷造りだらけのガランとした部屋の中で一人大爆笑。

 そこに、大将が彼に話してる様子だった。


「どうした?」

「爆笑してる」


「……あーおかしい」

「でしょ。アラジンにはそういう」


 と、和斗が言うと、後ろから大勢が声を揃えて


「魔力があるんです!」


 と叫び笑う。和斗の声が消え入りそうに


「……そゆこと」


 と小さく言った。自分の持ちネタをかっこ良く言いたかったがいつものセリフなのでみんな覚えてしまっていたのだ。


「楽しそうだね」

「そうだよ。勝手だけど、誕生会用意してんだから今日は来てよ」


「でもダメなんだ」

「どうして?」


「カズちゃんの声、最後に聞けてよかった」

「……最後? え? え? なに? ちょっと! ダメだよ! ケイちゃん!」


「カズちゃん。さよな……」

「ダメダメ! ケイちゃん!!」





「ん???」


 恵子の言葉は止まった。




「え?」


 と、電話から和斗の声。


「……ゴメン。ちょっと折り返す」


 そう言って、恵子は電話を切った。


 荒神では和斗は携帯を見ながら固まっていた。


「切れちゃった」

「なんだって?」


「折り返すって。でもなんか様子がおかしかった」

「どんな風に?」


「いやゴメン! ちょっと行ってくる! 料理、食べてていいから!」


 和斗は急いで壁にかかっているコートをとって羽織り、外に飛び出した。


 恵子の身に何かあったのか?

 思い詰めて自殺などを考えているのではないか?

 そう思いながら駅を指して駆け出した。

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