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第24話 過去の代償

 外に出るとすでに人影少なく、夜の店の灯りも大部分が消えていた。

 二人の口から白い吐息が漏れる。

 和斗はなごり惜しそうに恵子に言った。


「じゃぁケイちゃん。明日からオレ、いないけど。連絡はするから」

「うん。してよ? 絶対してよ?」


「うん。じゃぁ途中まで一緒に帰ろ」

「ウン」


 二人は誰もいない夜道を歩き出した。


「フフ。会社辞めたらタメ口」

「いいじゃん。もう。ケイちゃん。愛してるぅ~」


「また出ました。ごまかされないからね!」

「いいんだ。ケイちゃんが結婚するまで言い続ける」


「ウン。……う……」


 恵子は口を押さえて、道の脇に寄ってしゃがみこんだ。


「お、オエ―! オエ―!」

「ケイちゃん大丈夫? 飲みすぎちゃった??」


 和斗は、その大きな手で背中を優しくなでさすった。その和斗に後ろから声をかけるものがいた。


「あれ? カズト??」

「あ……リサ」


 和斗が振り返ると、派手な格好をした若い女性だった。

 どうやら和斗の知り合い。恵子からすれば嫌なタイプの女性だった。


「久しぶり。なにその髪。タトゥも隠してるし。なに真面目になってんのハハ」

「はは……。ゴメン。連れがいるから」


「あはー! 話し方変! いいじゃん。遊びいこうよ。ホテルいこ! ホテル!」


 じゃらじゃらと音を立てる装飾品が付けられた細い腕がしゃがみこむ和斗の方に置かれる。

 だが彼はそれを振り払った。


「やめろよ」

「そんな女ほっときなって。そだ! 近くにミドリいるんだ! 3人でしよ! ミドリがまた変態してくれるかもよ~」


 和斗は恵子の体を抱いて、逃げるように彼女から離れようとした。


「ケイちゃんごめん。行こう」

「なに? ホントに真面目になったの?」


 和斗は振り向いて申し訳なさそうに彼女に正直な気持ちを伝えた。


「リサ……ゴメン。この人が好きなんだ」


 そう言われ、彼女の方でも激昂し無理矢理に和斗から放そうと恵子の体に手をかけた。


「なんだよ! そんな女! さっぱり連絡してこねーと思ったらその女とやってんのかよ!」

「リサやめろよ」


 和斗は恵子にかけられた彼女の手を軽く振りほどく。だが彼女はますます怒り今度は和斗に掴み掛かった。


「はぁ? さんざん人の体をもてあそんどいて、人の気持ち踏みにじっといて、自分は新しい女作んのかよ! ざけんな! 謝れよ! クズ!」


 和斗はされるがままだった。殴られ蹴られ。次第に彼女が疲れ腕を止めると、彼女に深々と頭を下げた。


「関 リサさん。あなたの心も知らないで、勝手に連絡を絶って申し訳ありませんでした! どうか許してください」

「は? はぁ? なんだよ……。も、いいよ。しらけるコイツ」


 彼女は呆れ顔をしてカツカツと足音を響かせながら去って行った。

 その背中はとても寂し気だ。派手な格好とは裏腹に肩を落とし、少女のように震えていた。

 和斗は後ろめたさかそれを見ないように彼女から視線をそらし、暗い空を仰いで白い息を吐いた。


「ケイちゃん。ゴメン。オレ、クズなんだ……」


 幾分吐き気が楽になった恵子は、そんな和斗の腕に自分の腕を絡ませ、自分の方に体を向かせた。


「ウン。知ってる……。付き合ってる人いないとか、友達とも寝ちゃうとか、あたし、あの頃のカズちゃん嫌いだったもん」

「だよね……。オレみたいなクズがケイちゃん好きになってゴメン。愛してるって言ってゴメン」


 恵子は下を向いたままの彼の顔を下から覗き込んだ。


「人間って弱いよね」

「ウン」


「お母さんに死なれ、愛した先生に死なれて、仇討ちもできなくて。そうなっていったカズちゃんも、ちゃんと知ってるよ」

「ウン」


「でも、変わってきたじゃん」

「ウン」


「先生も喜んでるよ」

「ウン。ケイちゃんがオレの人生第二の先生なんだよ……」


「…………」

「あ! 先生の身代わりとかってそういう失礼な意味じゃなく」


「うん。わかってる。うれしい」

「あ、はは。よかった……」


「……じゃ、行こうかぁ」

「うん」


「あー。また道汚しちゃったよ。自己嫌悪」

「しょうがないよね。体調……悪かった??」


 恵子はその言葉に妊娠を隠して笑顔を作った。


「ウン。ごめんね。無様なところみせて」

「いや、大丈夫??」


「ありがと。優し。カズちゃん」


 そう恵子が言うと、和斗は顔を抑えて少し大きな声を出した。


「あー」

「なに? 急に」


「離れるの辛い」

「バカ。今更いうなっつの」


「ケイちゃん」

「なに?」


「……ちょっと、会えなくなるから、キスしていい??」

「バカなの? やだよ。今、吐いたばっかなのに」


「関係ない! かまわない!」

「やだ変態。あたしがイヤだよ」


「ふふ。でも、吐いてさえいなければOKだったんだ」

「あ……。うーん」


「じゃ、抱きしめるのは?」


「ちょっと。暗いからわかんないけど、服も汚れてると思うよ?」

「いいよぉ。お願いします!」


「恋人じゃないのに」

「やだなぁ。大人は変な枠にとらわれてさぁ」


「あのねぇ。もしも、あたしがアンタと付き合ってて、他の人と抱き合ったらどういう気持ち?」

「あ、そうか」


「もう。そういうのも考えてください!」

「ごめんなさい。じゃ、ハグ! ね? 外人がよくやるバイバイのハグ。まぁ恋人が他の男にやられたらヤだけど」


「まったく。どうしてもそういうのやりたいのねぇ。でも、ま。いいか。ハグなら」

「じゃ、失礼します!」


 返答したらすぐにドムッと音がするくらい、和斗は恵子を引き寄せ抱きしめた。


 わかる。わかるのだ。

 和斗の恵子への愛はすでに器からこぼれている。

 恵子が和斗を受け入れれば、腕を掴んで連れ去ってしまうのだろう。

 どうしても、何かしたかった気持ち。

 だがそれは恵子にとっても心地いい。

 このまま、和斗の大きな体の中に溶かし入れて欲しい。


 自分と赤ん坊もろとも。

 もっと。もっと早く、彼を好きになってれば。


 泣きそうだった。


 ただ和斗の幸せを祈った。

 自分のことを忘れて──。


 しかし、忘れないで欲しい──。



 恵子は、和斗の体を両手でトンと押した。


「ハイハイ。終わり、終わり、終わり」

「うふふ。やった! やった! やった!」


「もー。スケベっぽいよ??」

「いーんです! はぁ~。この感触忘れないようにしたいなぁ~!」


「ふふふ」

「ね。ケイちゃん」


「ん?」

「オレね。ケイちゃんが、どんなでも愛しているよ?」


「やだ。そんな付き合ってないから、あたしを知らないから言えるんでしょ? あてにならん!」

「ふふ。まーそうだけど。例え貧乏でもいいんだ。ケイちゃんとなら。犯罪者だっていい。刑務所からでるの待ってる」


「ちょっと。あたしかい! アンタの方が犯罪者になるような感じのクセに」

「あスイマセン。例えです。例え、他の人の子を宿してても、連れ子がいても愛してます!」


 そう言って、とろけるような顔で和斗は恵子を見た。

 タイムリーな言葉に凍った心が解けてしまいそうになる。


「……え??」

「ウン。大丈夫。我が子として愛します。何でもできる! ただただ、ケイちゃんのそばにいたい」


「……アンタはホントに」

「ん?」


「あたしが今まであった、どんな男の中でも最高にイイ男だよ!」

「ありがとうございます! はは」


「はは……」

「ケイちゃん。体に気をつけてね。でも絶対、付き合ってもらうように努力する!」


「ウン。頑張って!」

「ハイ!」


「ところで次の仕事は?」

「あ、もう実は決まってて」


「へー」

「業種は違うけど、また営業」


「ふふ。カズちゃんなら大丈夫!」

「ウン。ありがと」


 二人はお互いの家への別れ道に出た。


「じゃ連絡、待ってるから」

「はい。じゃ、また……」


 そう言いながら、二人はまた手を振りあって別れた。

 お互いの道へ。

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