表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/33

第23話 お持ち帰り

 週末の送別会。仕切りもよかったのか、一次会、二次会とも盛況だった。

 二次会の中盤で、和斗は恵子にこっそり近づいて、小さい声でささやいた。


「ケイちゃん。二次会終わったら、二人で別の店にいかない?」

「イイね。そうしよう」


 二人の密議を誰も知らぬまま二次会の〆も終了し、みんな和斗をつかまえてゾロゾロと出て行った。

 和斗も同僚たちと肩を組み、幹事である恵子の横をすり抜けて行ってしまった。


「え? 連れていかれちゃったじゃん」


 と呆れた思いを抱きながら、恵子は幹事の為に二次会の精算をして、店を出た。


「ケイちゃん。こっち!」


 声の方を向くと、通路の角から少しだけ首を出して小声で和斗は手招きしていた。


「ふふ。うん!」


 和斗は仲間たちから逃げ出して、こっそりと恵子を待っていたのだ。しかもビルの構造を熟知しており、誰もいない裏口から裏通りへと抜けていた。恵子の手を引いて、二人は夜の町に向かって行く。


 店の外には、和斗を三次会に連れて行こうとする社員がまだ数人残っていた。


「あれ? 杉沢でてこねぇなぁ」

「便所かなぁ?」

「電話は?」

「なんかつながんねぇ」


「誰かお持ち帰りしてんじゃね?」


「まさか! 総務のユキちゃんと?」


「仲よさそうだったもんなぁ」

「しょうがねぇ。とりあえずどっか行くか」

「そだな。着信みたら折り返してくんだろ」


「ちょっとユキちゃんに電話してみる」

「なに心配してんの? 好きなの?」


 総務のユキを気にした彼は、すぐ電話した。

 通じたようでホッとした安堵の顔をうかべていた。


「あユキさん? 今どこ? うん。あ。女子とカラオケ? そう。あ。よかった。俺たちも行っていい? ダメ?」


 どうやらこの連中たちもカラオケに向かったようだった。


 そんな、連中たちから逃げるように路地裏を走る二人。


「はぁはぁはぁ」

「あ~もーダメ」


「追手を撒けたかなぁ?」

「なんか悪いことしてるみたい」


 彼はスマホを見てびっくりした顔をした。


「うげー! すげー着信!」

「あ。あたしンとこも……」


「ま、いっか! 後で埋め合わせすればいいし」

「そーだよね。体調悪くて帰ったことにしよう」


「ケイちゃん、誰から着信あったの~? 男?」

「女の子からだよ~。カズちゃんは? 総務のユキさんからあったでしょ?」


「え……いや」

「あったんだ。仲よさそうだったもんね~」


「そんなぁ。仕事仲間ですよ……」

「カズちゃんがそう思ってても~。女心はどうなのかなぁ~」


「もう。ケイちゃん……オレの気持ち知ってるくせに」

「はは~。ごめ~ん。からかった」


「もぉ〜。さて。俺たちの三次会場にいきましょー!」

「え? どこ? どこ?」


「ケイちゃんの行きたい場所! フフ」


 そう言いながら片目を閉じる。


「ちょっとぉ! いかがわしいところじゃないでしょうねぇ?」

「信用ないなぁ。スナックですよ……」


 和斗が案内した場所は、飲み屋街の奥にあった。

 階段を上った2階で紫色のランプの下に「スナック魔王」と書かれていた。


「ここがあたしの行きたい場所?」

「そ! いいから入りましょ!」


 カラーン と来店の鐘が鳴る。


「はーい。いらっしゃーい」


 と、和服を着たママさんが二人のコートを預かってくれた。

 恵子は驚いた。いわゆるオカマバーだ。

 和斗の趣味を疑い、彼に視線を向けると和斗は平然と中に入りカウンターに座った。


「こんばんわ!」

「あら、カズちゃん。あらぁ! ケイちゃん!」


「あー! なんだ弓美さんの店かぁ~」

「そーよ。待ってたわぁ~」


「あら、弓美ちゃんのお知り合い?」

「そーよ。ママ。カズちゃんのぉ、えと……友だち!」


 弓美だった。弓美の勤める店。

 恵子はホッとして、和斗の隣りの席に腰を下ろした。

 その正面で弓美は笑っていた。


「ふふ。弓美ちゃん」

「あら、そうよんでくれたほうが楽でいいわ~」


「オレが言ったら殴ったくせに」


 和斗はそういって口を尖らせる。


「アンタはダメでしょ。給料で飲めるようになってから!」

「飲んでるじゃない」


「あそ? でもダメ」


 恵子はそのやりとりに笑った。二人の場所に初めて参加した。和斗のいつもの場所。また彼に一歩近づいた思いが彼女を笑顔にさせたのだ。


「弓美さん、オレのボトルあるでしょ? あとつまみ適当に」

「はーい」


 弓美は後ろを向いてボトルを取り、手際よく酒を作って二人に差し出した。

 そのウィスキーを手に取り乾杯する二人。互いに微笑み合う。


「あたしも」


 弓美もグラスを出し、和斗のボトルに甘えた。そして二人の前にグラスを近づける。

 三人のグラスが“リーン”と高い良い音色を響かせた。


「今日は? 会社帰りにしては遅くない?」

「あー。オレの会社の送別会だったんです」


「あら、辞めちゃうの? どうして?」

「あー。今の会社、社内恋愛禁止だったんで。ケイちゃんと付き合えるように」


「え? まーすごい行動力ね~」

「あたしは、寂しいんですけどね」


「結構泣かせちゃいました」


 恵子は和斗の体を肘で小突いた。


「言うなよぉ」

「へー。じゃぁ、ケイちゃんの心境にも変化ができたんだね」


「……でも」

「……ウン」


 寂しそうな顔をしてたのを、何かを弓美は察した。

 タバコを灰皿でもみ消し、煙を手で払う。


 和斗は、寂しそうな顔の恵子を見た。


「言ってくれないんですよ」


 弓美は、和斗の前のグラスをとって新しく酒を造りながら言った。


「ま。女の心も体も、複雑だからねぇ」



 なにも起きないまま、静かに時は流れてゆく。

 ウイスキーグラスの氷がゆっくりと溶けていった。


 やがて二人は立ち上がる。琥珀色の店の灯りがもうすぐ終わりを告げるのだ。

 和斗はママからコート受け取って、ケイコの肩にかけた。


「はー。飲み過ぎたかなぁ」

「結構飲んだねぇ」


「ケイちゃん、行こうかぁ」

「うん」


 和斗はふらつきながら店の外にでる。それに恵子が続いて行く。

 さらにその二つの背中を追いかけて弓美が見送りにでてきた。


「じゃぁね。ケイちゃん」

「またね。弓美ちゃん」


 弓美が、細い両手を小さく広げる。そして笑顔を恵子に向けた。


「ホラ。おいで?」

「ありがと」


 恵子は何も言わずに弓美のふくよかな胸に倒れ込む。それを彼女は抱きしめ、頭を撫でさすった。


「ウウ……」

「辛いことがあったのね。また会いにいらっしゃい」


「ウン……ありがと」


 和斗は訝しげな顔をして二人に子供のようにちょっかいを出した。


「一見美しいけど一応男女なんだよねぇ」


 そう言った途端、強烈なビンタが和斗の頬を襲った。


「いたぁ。でも優しい」

「え?」


「一発だし、平手だし」

「じゃ、もう一発いく?」


「結構です。さよーならー!」


 和斗は階段を駆け下りた。


「逃げ足の速いやつ。ふふ」


 そして和斗は階段の下で、恵子に激しく手招きを送った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ