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第14話 和斗その愛

 そして、二人で初めての朝を迎えた。

 和斗はゆっくりと目を覚ました。


 ここがどこか分からない。

 意識も半分朦朧として状況をつかめない。

 記憶をゆっくりと辿る。

 恵子と待ち合わせしていたこと。

 そこに恵子が来てくれて嬉しかったこと。


 それからどこへ行ったか?

 タクシーに乗って、恵子の家。

 そこでハッとして辺りを見回す。


 見知らぬ短いパジャマ。

 見知らぬベッド。


 傍らを見ると、恵子がベッドの縁に頭を乗せこちらに顔を向けて寝ていた。

 それに驚く。

 しかし、恵子の可愛さに暫し見とれる。


 だがそうもしておれず、近くにあった体温計を脇に挟み、もう一度恵子の寝顔を眺めていた。


「かわいいな。先輩は。キレイだ」


 ぴぴ ぴぴ ぴぴ ぴぴ


 体温計が高く鳴る。見ると体温は平熱を指していた。


「お。どれどれ。あ、大丈夫だ。よかった。もうちょっと、先輩の顔見ていたいけど、すげー迷惑かけちゃったなぁ。バカだぁ。オレ。こんなんじゃ彼氏にしてもらえないよ」


 和斗は寝ている恵子の肩に手を乗せた。


「先輩おはようございます」

「あ……」


「ここ、先輩の部屋?」

「そ。あんた大丈夫?」


「ハイ。さっき枕元に体温計あったので測らせてもらいました。36.5でした」

「すっごい。すぐ下がったね」


「ご迷惑かけてすいません。そんなとこで寝させてしまって」

「めっちゃへこんでんじゃん」


「先輩に迷惑かけるなんて、オレ、なんてダメ人間」

「そんな。あたしがすっぽかしたのが悪いの」


「あの。先輩、顔が近いです」


 恵子は身を乗り出して和斗に顔を近づけてゆく。


「ゴメンね」

「ハイ……」


 恵子は和斗に顔を近づけて、口づけをした。

 和斗は驚いたが、目を閉じてそのまま彼女の唇を強く吸った。

 息が持つまで、ただ無心で彼女に酔った。


 そして、一つが二つに分かれてゆく。

 ゆっくりと名残惜しそうに。


「先輩愛してます」

「それ何回も聞いた。ご感想は?」


「すっごい元気でました。治りました!」

「フフ。キス療養法?」


「でも、なんで?」

「聞くのはヤボ」


「あ。すいません」

「あたしに一番好きな人がいるのはかわりないから」


「あー……。そーすか」

「気持ちには答えられないけど、昨日のお詫び」


「でも土俵際からは、ちょっとは復活したかな?」

「え?」


「いえこっちの話しで」

「昨日、うなされてたよ?」


「え? マジすか?」

「熱あったからねぇ。しょうがないけど」


「寝言は言ってないでしょう?」

「言ってた。叫んでたってくらい」


「恥ずかしぃ……」

「せんぱーい! せんぱーい! 行かないで~! って」


「マジすか? もー!」

「フフ。……あと“せんせい”って」


「……え?」

「“せんせい愛してる“って」


「…………」

「愛してる人がいるんだ」


「…………」

「ずいぶん便利ね? 愛してるって言葉」


「いえ! そんなんじゃないです。そんなんじゃないんです」

「ま、いいけど。誰? 先生って」


「……前に言ってた。初恋の人です」

「あー。哀しい目の人?」


「ハイ」



 和斗はうつむいて、話し始めた。

 古い古い記憶。和斗にとっては、言いたくない過去の話だった。


「先生は中学の頃の担任でした。オレ中学のころ、母に死なれて、それからメチャクチャ荒れてて。そんなオレのこと目をかけてくれたのが先生でした。それでも、オレは、気にせずに気ままにふるまっていましたが。だんだん先生が本気なのわかってきました。オレ、先生の期待に応えるように、勉強に部活に頑張るようになりました。

 気づいたらオレ、先生に恋してました。

 オレ14。先生26でした。

 でも、先生は、体育の先生と付き合ってたんです。

 体育の先生は、既婚者で、不倫でした」


 恵子は少しピクッとした。

 和斗の恩師と、なにか重なるものを感じた。


「オレ、必死に先生の気を引こうとガムシャラにがんばりました。M高にも合格して、先生に報告に行きました。先生すっごく喜んでくれました」

「M高なんてすごいじゃん」


「ハイ。でも先生にとっては一人の生徒なだけだったんです」

「あちゃー」


「それでも、オレは頑張りました。そして、卒業の日に告白しました」

「え? そんで?」


「好きです! って。結婚したいです! って。18歳になるまで待っててください! って」

「すごーい! そして?」


「先生、やっぱ、一枚上手でわかってたみたいです」

「そうなんだ」


「先生付き合ってる人がいるから、気持ちにこたえられない。って」

「そうなんだ」


「でも、頑張ったんだから、今日、ウチのアパートにきなさい。って」

「ほーーー」


「オレ、貯金全部降ろして。でも、プレゼントなに買ったらいいかわかんなかったから、花をいっぱい買ったんです」

「いいじゃん。いいじゃん」


「そして、先生のアパートにいったら、すっごく喜んでくれました」

「どのくらいあったの? 花」


「両手に大きい花束二つです」

「スゴ!」


「そしてその日。オレと先生、結ばれたんです」

「マジで? 中3で?」


「ハイ……」

「早くない? すげ~」


「でも、やっぱ、一番の人がいるからダメ。って言われました」

「あ、そうなんだ」


「すごく、愛してます! 愛してます! っていったんです」

「そっか……」


「……でも」

「でも?」


「……次の日、オレが買ってきた花束、部屋中に広げて」

「うん……」


「……薬飲んで自殺してしまいました」

「え??」


「体育の先生の子供をおなかに宿したまま」

「…………」


「……向こうに行ってしまいました」

「そっか……」


「…………」

「そっか……」


「オレ、二度と同じ失敗したくないです」

「そっか……」


「知っていたら、おなかの子も愛してあげれるよ! って言ってあげたかった」

「そっか……」


 窓ガラスに冷たい風が打ち当たる。

 二人の会話が少しだけ止まる。


「先輩」

「……うん」


「オレ先輩を愛してます」

「……うん」


「先輩を愛してます」

「そっか……」


「どうかオレと」

「……でも」


「はい……」

「彼、離婚して結婚してくれるって言ってくれてんだ」


「そですか」

「相手の奥さんには悪いんだけど」


「ハイ……」

「あたしたちは、その責任を一生背負っていかなくちゃならないのかもしれないけど」


「ハイ……」

「でも好きなんだ」


「そうですか」

「だから、うん。ゴメン」


「はい。でも」

「でも?」


 和斗が顔を上げて、ニコリと笑う。


「結婚するまであきらめません!」

「えーあきらめてよー」


「へへ。まだ付きまといます」

「そか。あは。やだなー」


「え?」

「ちょっとだけ……好きになってきちゃったかも」


「え? え? え?」

「ふふ」


「はは。ははは」

「でも、でも、でも、彼を100としたら1くらいだよ?」


 和斗はベッドから飛び降りて、両手を上げた。


「それでもいいです! やったー!!」

「もう。あんたも魔力があるのかもね?」


「やった! やった! やった!」

「もう……」

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