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第13話 御神籤末吉

 恵子は部屋に残る秀樹の残像を追っていた。


「はぁ良かった。最高の日♡……あれ? スマホ着信?」


 見ると、スマホの着信ランプがチカチカしている。

 おもむろに画面に顔を近づけて表示を見た。


「あ。履歴2件。杉沢クン。杉沢クン!!? あヤバい!!」


 急いで、履歴の時間を確認。


[営業一課]杉沢和人/18:15

[営業一課]杉沢和人/21:08


「え? 21時??」


 時計は23時15分を指していた。


「今から2時間前か。まさか、外は雪だし……」


 着信から、電話をかけなおしてみた。


「おかけになった 電話は 電波の届かないところにあるか 電源が入っておりません」


「え……? うそでしょ。まさか。ねぇ……」


 恵子はコートを羽織り、マフラーを巻いた。

 部屋のドアを開けるのはゆっくり。しかし、アパートの階段は急いで駆け下り、タクシーを捕まえ、駅前公園までタクシーを急がせた。

 和斗の性格であれば、と言う気持ち。

 それが恵子の胸を激しく打つ。


「まさかね。でも一応」



 M市駅前公園──。

 公園はすでに、雪景色。中央の広場。あたりに人影はない。


 だからこそ、よけいに大きい体の彼は目立つ。

 肩をすくめ、体中に雪を積もらせ、震えながら立ち尽くしている。


 すでに公園の時計は0時を指しそうになっていた。

 足早にその大きな体の彼に向かって駆け寄った。


「……遅れて、ゴメン ね」

「あ先輩。あと10分まってこなかったら。はは。帰ろうと思ってました」


「10分って。6時間も待ってたんだ」

「……いえ。今来たとこで」


「ウソ。あの。ケータイ、通じなかったけど」

「ハイ。21時くらいに充電切れそうになっちゃったんでワンコールして、その後切れちゃいました」


「バカ」

「でも、先輩来たら申し訳ないと思って。はは。待ってました」


「もう。なんで?」

「あ、えと。正月のオミクジに“待ち人遅いが必ず来たる”って書いてあったんで」


「もう! そんなの、覚えてるわけないでしょぉ」

「はは。冗談ですよ。じゃぁ、行きましょうか」


「ウン。いこうか!」


 そこを離れて二人は並んで歩き出す。

 だが和斗は、ブルンと大きく体を振った。


「さむ」

「だって雪だよ? あれ?」


「なんか、フラフラするかも」


 不可抗力なのだろうが、恵子のほうに足をもたつかせ、倒れこみそうになってきた。

 恵子はその体を支えようとした、その手が首筋に触った。


「ちょっとちょっと! アンタ、すっごい熱なんだけど」

「はは。大丈夫っすよ~。先輩にあったら、照れてカッカしてるだけです」


「ちょっとちょっと! 足元がフラフラしてるじゃん!」

「ちょっと歩くの無理かなぁ。座りますか」


 ベンチではなくその場に座り込んで下を向いてしまった。

 明らかにおかしい。


「マジやばいんじゃない?」

「休めば平気です。先輩、いきましょ」


「た、タクシー!」


 急いでそばのタクシーを捕まえ、和斗を乗せた。


「どこまで?」

「あと、えと、じゃ、道案内します!」


 和斗はタクシーに乗ると、背もたれによりかかったまま。

 フゥフゥと息も荒い。


「ホラ。杉沢くん。ついたよ!」

「ハイ。ここは……」


「あたしンちだよ! ほら。階段登れる? 足上がる?」

「はぁ。なんとか」


 ついたのは恵子の部屋。

 玄関をあけ、和斗を押し込んだ。


「ホラ! ベッドに寝て」

「はぁ。では失礼します」


 そういうと、朽木が倒れるようにベッドにドドンと音を立てて倒れこんでしまった。


「マジやばいじゃん。熱測るから」

「あい……」


 和斗の脇に体温計を入れこみ待つこと数十秒。


「大丈夫?」

「たぶん……」


 ぴぴ ぴぴ ぴぴ ぴぴ


 和斗は体温計を取って、それをボウっと眺めていた。


「…………」

「何度?」


「…………」


 おもむろに体温計を渡してきた。


「38.7……」

「大丈夫っす。すいません。迷惑ですよね。帰ります」


「帰らせるわけないでしょ! あたしのせいでこんなに熱出して!」


「先輩のせいじゃない。先輩、泣いてるんですか?」


 恵子は自分がしたことで和斗をこんな目に合わせたと、涙があふれてきた。

 和斗は真剣に、マジメに約束を守って。

 自分は、彼と。秀樹と暖かい部屋で。


「ゴメンね! 杉沢くん! ホントにゴメン!」

「いえ。うれしかったです」


「あたしバカだ。あんたほっといて。バカだ!」

「いえ。ちょっとお言葉に甘えて、寝ていいですか?」


「うん。あ。でも、服雪で濡れてるよね?」

「はい……」


「そうだ!」


 一度だけ、秀樹が泊まった時に、買っておいてパジャマがあった。

 下着も新品のものが用意してあった。この際人助け優先だと考えた。


「ホラ! これ着な!」

「すいません。じゃ着替えさせてもらいます」


「あたし、あっち向いてるから」


 和斗は恵子が出した下着をはいてパジャマに着替える。

 終わったようなので、恵子が振り返ってみてみると、体が大きいものだから、袖と裾から手足が大きくでていた。


 秀樹もそこそこ大きいと思ってたがツンツルテンのその姿に、思わず噴き出してしまった。


「ああ。あったかい」

「うそ。ツンツルテンじゃん。でも着れてよかった。部屋あったかい?」


「はい。あったかいです。すいません。おやすみなさい」


 和斗が寝た後、彼の服を洗濯し近くのコインランドリーで服を乾燥した。

 乾燥機の中の和斗の服が回転するのを眺めながら


「大丈夫かなぁ」


 と、独り言をつぶやいた。

 家に帰ると、和斗はクゥクゥと寝息をたてながら熟睡していた。


「あーよかった」


 和斗の服をたたみ、寝顔を見て見る。


「フフ。大きな赤ちゃんみたい。大丈夫そうかな? あれ? この唇の下。ヒゲかと思ったらこれもタトゥなんだ。わかんなかった。やっぱ、体にも彫り彫りしてんのかなぁ。汗ふいた振りしてみちゃおっと」


 恵子が和斗のパジャマのボタンに手をかけた途端、和斗の顔が急にゆがみはじめたものだから、慌てて手を離した。


「え? な、なに?」

「ァーン。ゥワァーーン! ゥワァーーン! 先輩。先輩。いかないで」


 寝言だった。まるで子供のように泣きじゃくる。

 夢の中でうなされているようだった。


「先輩! ダメだ。そっちにいっちゃ!」


 寝ながら手をバタバタさせている。

 恵子はその和斗の手を強く、強く握った。


「いかないよ。だから大丈夫」

「……はぁ。クゥクゥクゥ」


「……そんなに、あたしのこと」


 和斗の熱い思い。恵子はその寝顔をじっと見ていた。

 胸の中がじんわりと温かくなる。

 しかし、彼の次の言葉。


「……せんせい」

「え?」


「……せんせい。愛してる」

「!!!??」


「クゥクゥクゥ」

「夢みてんのか。寝たのね」


 和斗の手を握りながら、自分のベッドに頭を乗せ、そのまま眠り込む。二人の距離は僅かに20センチ。


「うん。でも、悪くはないかなぁ。こういうの」


 恵子は一言つぶやくと、そのまま目を閉じた。

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