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死ねない花嫁

作者:斯波
 終業式が終わると、トーマス、ジーニー、シンディーの幼馴染仲良し三人組は冬休みの予定について教室に残って話し合っていた。片手にはコーラ、そして真ん中にはクッキーがたんまりと入ったボックス。この三人を除く、ほかの生徒はホームルームが終わるとすぐに明日から始まる冬休みに向けて軽い足取りで教室から生徒たちが去っていった。そんながらんどうの教室は混み合うことが容易に想像できるファストフード店や人気のカフェなんかよりもずっと過ごしやすい空間だった。

 いつ空いているのかとお互いの手帳を見せあいながら都合のいい日を合わせていると、トーマスが「なぁ知ってるか?」と何かを思い出したかのように話の筋を唐突にかつ強引に捻じ曲げた。
 オムツをしていた頃からずっと一緒のジーニーとシンディーにとってそれはもういつものことですぐさま彼の問いかけに「何が?」と乗ってやることにした。

「町外れにある廃教会の噂だよ」
 それはここ一週間ほど前から生徒たちの間で流れ始めた噂だった。体育の時間、割と仲のいいクラスメイトからテストの順番待ちの時に話を聞いたシンディーはすぐにそのことかと頷いてみせた。

「えっと確か『鮮血の花嫁』だっけ?」
「そうそう『鮮血の花嫁』結構名前にパンチがあるよなぁ」
 すぐにシンディーが話に乗ってくれたことに機嫌をよくしたトーマスはうんうんと誰だか分からない名付け親のネーミングセンスに関心して見せた。

 そして残されたジーニーはといえば「なにそれ?」と首を傾げていた。
 それにはシンディーもトーマスも目を開いて、そして彼の顔にずずいと顔を寄せて見せた。

「ジーニー、本当に知らないの? 最近、話って言えばこればっかりよ?」
「そうなの? 今年のクリスマスはどうしようってことばっかり考えてたからなぁ」
 女の子のように可愛らしく小首を傾げて見せたジーニーに二人は我に返った。ここ最近、終業式が間近で冬休みのことしか考えていなかった二人であるが、よくよく思い返してみればここ一週間ほどのジーニーはいつも時間に追われていた。というのも毎年今の季節のジーニーはいつもこんな感じで、5人兄弟の長男である彼は父の運転する車に乗ってクリスマスパーティーの材料を買い求めて様々な店を回っているのである。

「ジーニー、もう準備は終わったのか?」
「うん。買い出しも飾り付けも終わったし、料理は母さんと妹たちがやってくれるから後は当日を待つだけ」
 指を一本ずつ立てて確認してから問題ないと頷いたジーニーのその言葉を耳にすると途端にトーマスの表情は晴れた。

「そうか。そんじゃあ問題なく肝試しに誘えるな」
「肝試し?」
「そう、町外れの廃教会にいつからか住み着いた『鮮血の花嫁』に会いに行ってみようぜ」
 トーマスが思いついたのはそのことだった。

 思いのほか、三人ともが予定が会う日は少なかった。この時期は休みが短い割にはやらなくてはいけないことがたくさんある。クリスマスパーティーに年明けのパーティー、そして年初めの買い出しには三人ともが家族に連れまわされる。

 だが来年は皆、大学受験に備えて勉強しなければいけない。そして進路が異なる三人は卒業したら気軽に会うことはできなくなるだろう。

 ならば今のうちにこれだという思い出を二人と作りたいと思ったのである。そんな時トーマスの頭に過ったのがこの噂だったのだ。

「まぁそれにはまずジーニーに噂話を教えてやらないとな」
  トーマスは今から話す噂話に合わせるかのようにワントーンほど声を下げ、そして中心に集まったままの顔の両方に視線を配った。


 ***
 あるところに見目麗しい恋人達がいた。女は村の領主の娘、そして男の方は村唯一の医者の息子だった。二人は大層仲が良く、幼いころより二人は将来結婚するのだろうと専らの噂だった。
 その噂通り、彼らは結婚できる年になるとすぐに式を挙げることにした。日取りは女の誕生日。特別な日に、なる予定だった……。


 式を間近に控え、二人揃って街へ買い出しにいく途中で事故にあってしまったのだ。
 それはよく晴れた日のことで、相手の馬車の御者が居眠りをしていたせいで起きてしまった事故だった。
 
 馬車の外に投げ出された二人は怪我をした。
 
 男は小枝に腕を裂かれるほどの軽傷を、そして女は男よりも体重が軽かったせいもあるのだろう、地面に思い切り身体を叩きつけられるような形で放り出されたようで体内の骨は何本も折れ、内臓も壊れてしまった。親と同じように医者になった男には女の脈がすでに止まっていることがすぐにわかった。

 けれど男にはそれが認められなかった。

 自分はこんなにも軽傷で、そしてなによりも数日後には式が控えているのだ――信じられるはずがなかった。
 
 
 男はその日から人が変わったかのように、誰からの目も避け、結婚後二人で暮らす予定だった家に引きこもり始めた。
  彼を知る人達は恋人を亡くしてショックなのだろうと誰もが彼をそぉっとしておいた。
 
 ……男が禁忌の術に触れているとは露ほどにも思わずに。
 
 男はあの日、動かなくなった女の身体を家に持ち帰ると破損した臓器を取り出し、そして体内の汚れを拭き取った。無くなった臓器の代わりに一時的にガーゼを詰め込み、身体には腐らないよう、処理を施した。
 そして男は随分と昔に書庫で見つけた怪しい本、『人を生き返らす方法』と『永遠の命が手に入る方法』の書かれた禁書へと手を伸ばした。
 
 男はその本に書かれたことを何一つ疑うことなく、忠実にこなしていった。
 その薬を作るためにどれだけの生者が犠牲になろうとも男はその手を止めることがなかった。
 
 そして数年後、多くの屍の上、その薬は完成した。男はさっそく未だ美しいままの花嫁の体内に注入した。
 
 すると花嫁はゆっくりと目を開いた。見事、その術は成功したのである。
 その肌は生者とはかけ離れたほどに白く、その臓器は全て誰かの犠牲から成り立ったものだったが、男には彼女が再び目の前で動いていることの方が重要だった。
 
 男は目を覚ました恋人の手を引いて、あの日式を挙げる予定だった教会へと向かった。身を包むのは当然、数年前に用意したタキシードと純白のウエディングドレス。
 
 牧師も観客など誰もいないけれど、目の前に神様だけはいた。

 恋人が、夫婦になるものが誓い合うには神様さえいればいい。
 
 女のか細い指に長く渡せなかった結婚指輪をはめ、男が微笑むと次の瞬間、静寂に包まれていたはずの教会に銃声が満ちた。
 
 二人を祝福していたステンドグラスは役目を果たしたかのように全て割れ、そしてその破片が女の視界に入ったころにはすでに女の隣では愛おしい男が息を引き取っていた。
 
 女はゆっくりと動かなくなった男と、そして銃弾が放たれた先へと視線を動かした。
 
「バケモノ!」
 女の視線の先で震える複数の男は、銃で撃たれても男のように死ぬことは出来なかった女にその言葉を投げつけ、すぐさま逃げ出した。
 
 ドレスは破け去り、脆くなった皮膚さえも切れてしまっているというのに、女の中で動き続ける誰かの臓器が死ぬことを許してはくれなかった。
 
 
 それから数えるのも億劫なほどの時間が経っても女は破けたウェディングドレスを着て、廃屋となった教会で今も男の帰りを待ち続けているのだ。

 ***
 
「――な? 肝試しにちょうど良さそうだろ?」
 トーマスは数日前に友人から聞いたばかりの噂話をそのままに語り終えると嬉しそうに顔をあげた。
 けれど残りの二人はといえばその正反対に、始まる前とは一転した暗い表情を浮かべていた。そしてジーニーは重々しく口を開いた。

「そんな、肝試しなんてやめようよ……」
「なんだ、ジーニー、怖くなったのか?」
「そうじゃなくて、その噂が本当なら花嫁が可哀想じゃないか」
「可愛そう?」
「そうだよ。恋人を、この場合は夫なのかな?を待っているだけなんだからそっとしとこ?」
 それは何とも心優しいジーニーならではの発想だった。
 トーマスはこの話を聞いたとき、まず初めに思ったのは面白そうだということだけだった。本当にいるのかも怪しい幽霊に割ける心までは持ち合わせていなかったのである。

「あそこ行って帰ってこなかった人がいるとも聞いたしな……。どうすっかなぁ……」
 だがそうは言われてもせっかくの名案をすぐに取り下げるようなことをしたくはなかったトーマスはどうするべきかと頭を抱えて、ジーニーでも納得するような案をひねり出そうとした。

「え、そんな怖いところだったの?」
「なんだビビったか、シンディー?」
「うん、まぁ……。私もあんまり詳しくは知らなかったから」
「うーん、幽霊とはいえ愛する者同士の逢引を邪魔しちゃ悪いしな。よし、週末は他のことすっか!」
 さすがのトーマスも二人が嫌だというようなことを無理に決行することはしなかった。あくまで彼の目的は思い出づくりなのである。三人が三人とも楽しまなければ何の意味もない。
 とりあえずは一番近い、週末の予定を決めてから後のことはその日に考えればいいとすぐさまトーマスは思考を切り替えた。
 けれどそのトーマスにシンディーはポトリと水を垂らす。

「……というか週末はケインズ先生に出された宿題を片付けなきゃでしょ? ただでさえいっつも溜めちゃうんだから。トーマス、あなた一人で出来るの?」
「ゔっ……」
 そういわれると途端にトーマスは調子が悪くなる。シンディーは幼馴染の性格はよく知っているのだ。

「図書館に行ってみんなでやろう?」
 もちろんそれはジーニーも同じこと。

「そうね、三人でやればすぐ終わるわ。終わったら私の家でゲームでもしましょ?」
「ジーニー、シンディー……。俺はいい幼馴染を持ったな」
 見捨てたりはしない、心優しい幼馴染の言葉にトーマスは腕に顔をうずめ、泣いたそぶりを見せながら心の中で深く感謝をした。
 もちろんトーマスにも得意科目というものはある。彼ら幼馴染三人が集まればシンディーの言う通り、すぐ終わるというものだ。

 そうと決まれば悩みの種など芽吹く前に去っていったとばかりにトーマスはクッキーを口に放り込んだ。

「いやはや素晴らしいですね」
「ケインズ先生?」
 三人だけの教室に、明らかにほかの教師の物よりも仕立てのよさそうなスーツに白衣を羽織った格好で、パチパチと手で音を奏でながら現れたのは化学教師のケインズだった。

「助け合いの精神は大切です。それに何より先程の君らの考えには感嘆という言葉の他に最適な言葉が浮かびません」
「俺たちの考え?」
「そうです。私もここ最近、例の噂は何度か耳にしましたが花嫁の気持ちに寄り添っていた生徒は君達が初めてです」
 いつも通りの笑みを顔に張り付けたケインズは、教室に足を踏み入れた時点から叩き合わせ続けた両手を止めると、出来のいい生徒を褒めるかのように三人を抱きしめられるほど大きく手を広げた。
 その様子に多少の胡散臭さを感じながらシンディーは彼の訪れに対しての疑問を述べる。

「ケインズ先生、いつから話を聞いていたんですか?」
「ジーニーが『鮮血の花嫁』の噂を知らないと言ったところからですかね」
「ほぼ初めじゃないですか!」
「最近は行方不明になる子どもが多いので、その手の話をしている生徒には注意を呼びかけるようにと校長から言われていまして……。例に漏れず君達にもそうするつもりだったのですが、トーマスの話し方が上手で引き込まれてしまいました」
「昔からトーマスは絵本の読み聞かせから怪談まで何を話させても上手いの!」
 シンディーにとってトーマスは兄弟のようなものだ。彼が褒められるのは自分が褒められるのと同じくらいに、いやそれ以上に嬉しいものがある。ケインズが教師であることを忘れてその口ぶりさえも軽やかなものへと変わった。
「へぇ、そうなんですか。では今度は授業中にその腕前を見せてもらいましょうか」
「うぇ……」
 トーマスの一番の苦手科目は化学なのだ。それはちょうどケインズの教えている科目でもある。
「三人で勉強会をするのでしょう? 宿題の出来、期待していますよ」
  「はぁい……」
 声色低く返事をしたトーマスは休み明けに来るであろう、ケインズの集中攻撃に備え、真面目に宿題に取り組もうと心に刻んだのであった。


 ***
「なぁアリア、今日は面白いことを話す生徒がいたんだよ。君の話を聞いて、花嫁の邪魔をしたら可哀想、だって。英雄気取りでライフル銃なんて物騒なものを持ってここまでやってくる大人がいる一方で、そんな優しい考えをした子も世の中にはいるんだと関心してしまったよ」
 ケインズは現在の職場である高等学校から車で3時間ほどかけて彼のねぐらまで帰った。彼の帰る場所はもう何百年も前に廃墟となった教会である。色とりどりのガラスが嵌められていた場所にはすでに風を遮るものさえ存在しない。それはこの場所が廃墟となった時、そうならざるを得ない出来事が起きた時に破壊されたのだ。
 
 ケインズと、そして彼が今語りかけている鎖につながれたウエディングドレス姿の少女は、先ほどトーマスたちが話していた男と女なのだ。
 それは過去に本当にあった出来事を少しだけ、噂の発信源であるケインズが学生たちの間に広まるように面白おかしく変えたものであった。

 ではなぜ彼は学生を取り締まる教師という立場でありながらそんな噂を流したのか。

 それを説明するにはまず彼という人から話さなくてはならない。
 まず第一に彼は本来、ケインズという名前ではない。ただ今、彼が成り代わっている人物がケインズという名前だったからそれをそのまま使わせてもらっているだけに過ぎない。

 ケインズという人物は一年ほど前、この教会へ同年代の男達を連れ添ってやってきた。彼が噂を流したのはそれより過去のことだともう数十年も前のことだからどこからか噂を聞きつけたのだろうと彼はさしてケインズという人間にあまり興味は沸かなかった。
 けれど仕掛けてあった麻酔銃で眠らされた彼を見たとき、一気に興味がわいた。なぜならケインズは彼と背格好、そして顔の骨格に至るまでよく似ていたのである。顔はそのときに男が装着していたものよりもずっと劣っていたけれど、そんなこと些細なことだった。男にとって大切なのは定期的に変えなければならない顔のパーツが探すまでもなく、あちらからやってきたことである。

 噂話では死んだことになっていた男こそ彼であり、そして彼は死んでなどいなかったのだ。女、アリアに薬を注入する前に彼は何度も自分を被検体にできた薬を体内に入れていった。もちろんその中にはアリアに注入したものもある。
 つまり彼という人間は不死なのだ。村人の言葉で言えば『バケモノ』である。薬の作用か、体内のいたるものが常に回復し続けるおかげで老けることもない。

 だがそれでは普通の人間としては生きることは叶わない。人間は常に老いて死ぬ生き物なのだから。
 いくら死なないとはいえ、男は今までと変わらぬ生活を送りたかった。それには誰かから恐れられるようではいけないのだ。

 だから彼は普通の人間に擬態するようになった。
 どこからか噂を聞きつけてやってくる人間の臓器を奪い、闇ルートへと流して二人で生きていく上で不便のないほどの金を手に入れた。
 アリアを復活させるために何人もの人間を捌いてきた男に迷いなどあるはずもなく、それは漁師が魚を捌くのと同じようにこなしていった。それは彼にとっての生きる方法に他ならない。
 そしてごくたまに混じっているケインズのような人間からは顔を頂戴する。今までの顔をそぎ落とし、そして新たな顔を付け替えるのだ。それでまた彼は新たな人間へと擬態することができる。

 もう何十回、何百回とそれを繰り返したせいで、彼は元の名前を忘れてしまった。
 彼が毎日話しかけるアリアが彼の名前を口にすることはない。彼女はすでに生きる屍となっているからだ。永遠と繰り返される日々と目の前で犠牲になっていく人々を見ていることしかできない事実に気が狂ってしまったのだ。彼女の口から出るのは大抵『もう死にたい』といううわ言ばかり。それでも彼は唯一愛した女にいつだってその日の出来事を嬉しそうに話しかけるのだ。

 特にケインズになってからの日々は男の心と懐を満たすばかりで、アリアに話しかける話題に困ることはない。
 今日のように心優しい、汚れを知らない子どもだからこその発想を耳にすることもある。何百年生きても彼にはない考え方をする子どもは多くいる。またあの噂を耳にしてわざわざこんな遠くまで足を運んできてくれた獲物がここ一週間で10を優に超えていた。

 人間、ダメだと言われるとやりたくなるのが性というものだろう。特に学生の、思春期の子どもともなれば余計に。
 そう仕向けたのは男本人ではあるが、まさかこんなにも成果があがるとは夢にも思っていなかった。実際にそのうちの何人かは彼が注意を呼びかけた生徒である。生徒のよく眠る顔を見た時には男の顔についつい笑みが浮かんでしまったほどだった。

「アリア、明日からは冬休みだ。今まで以上にお客さんがやってくるだろう。だからちゃんと対応してあげなきゃな」

 男は数時間前に別れを告げた生徒たちと同じように明日から始まる冬休みに心を躍らせていた。

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