第3話「世界の現状と過去の話」
さて、本日二つ目の更新です。文字数は約6000文字です。
2016年12月28日修正-行間の修正-
「はい、ではまずこの世界の現在の状況からご説明しましょう」
そう話し出したイレーネはメイドに持って来させた巨大な地図をテーブルの上に広げた。
「こちらが世界地図になります」
地図の大きさは2メートル四方ほどの巨大なもので紙ではなく、白いが何か獣の皮のようで裏には毛がそのまま残されている。
「でかいな」
率直な感想を述べる叶斗にイレーネも頷く。
「この地図は100年ほど前にルグルとカイルが制作しました。配下を使い、正確に測量し、制作したためほとんどの誤差なく正確に作られています。またこのような縮小版も複製して部下にも持たせております」
そう言って再度メイドが持って来たA4用紙ほどの紙を叶斗に見せる。それは現代の地球程綺麗に生成された紙まではないが、白く黄ばんではいない。また多少分厚いが地図という性質上頑丈である必要があるため問題ない。
「では、まず現在位置ですがこちらになります」
そう言って指し示されたのは複数の大陸がある中で一番面積が広い側に広がる大陸だ。
「現在の魔王城は大魔大陸の中央部、旧フレデリック地方にございます都市“レグナス”の中央部にございます。この大魔大陸のほぼ中央とお考え下さい」
そうやって示されるのは大陸の中央部。そこには簡易的なのか都市のような小さな絵が描かれている。
「ここか」
納得するように絵を見る叶斗しかしすぐに疑問が浮かぶ。
「都市、というのならこの都市はどれほどの人口を抱えているんだ?」
叶斗が知る限り一番大きな日本の都市“東京”でも最高で約2000万人と言われている。あれだけの狭い土地にそれだけの人間が集まるのだ。それはそれですごい事だが。
「はっ、正確な数字は把握しておりませんが現在レグナスにはすべての魔物を含め総数約150万を有しております。この規模はこの世界でも他を追随させない規模を誇っています」
―やはりファンタジーの世界ではこの規模で世界一か、規模としては福岡より少し多いくらいか―
そんなことを考えながらさらに質問を飛ばす。
「この都市は城塞のような構造なのか?それと大きさを教えてほしい」
ちょっとした好奇心だが、この都市を築いた者の功績を聞きたいという思いも多少なりとも叶斗の中で渦巻く。
「はっ。城塞としての機能は持っておりませんが、都市の周囲を4重に囲うように城壁を有しております。一番外側の第一城壁は高さ10メートルほどで都市すべてを囲っております。また、その外側にも町が形成されておりますが、城壁建設後に住み着いた者達の家屋が中心となっております」
聞きなれたメートルを聞いた叶斗の眉がピクリと揺れる。
―異世界なら聞いたことがない単位を聞くと思ってたが、ご都合主義よろしく変換されてるようだ、一安心―
「そして都市の範囲ですが、第一城壁までで換算するのであれば魔王城を中心に半径5キロに及びます」
思っていたよりも広範囲に広がる都市。その規模を聞いた叶斗は驚きの声を上げる。
「意外と大きいな」
「建築技術が今だにつたないためドワーフなどの協力を得ながら徐々に人口を増やしているのですが、なかなか高層建築は難しいらしく、現在の建物の建材はほとんどを石か木材に頼っております。その為、せいぜいが3階建てほどの規模になり、人口の増加があまり進んでおりません」
残念そうにするイレーネ。それは戦争状態である現在、長寿命である魔族にとっての戦力強化は自身の鍛錬の次に重要なのが繁殖である、という事が理由だった。
「まあ、建物見た限りじゃそんなもんだろうなぁ」
地球で超高層建築を日常的に見てきた叶斗にとってこの世界の建物はつたなすぎた。彫刻や装飾品に関しては一流の綺麗さが分かるが、基本的に石造りであり木材も多用されている。そして話に聞く限りでは平屋も多いだろう。
「はっ、申し訳ございません」
真っ先に頭を下げるのはカイルだった。内政を取り仕切っている彼にとってこの都市の事は自らの手腕が問われるものだ。それを落胆した様子の叶斗がため息を吐いているのだ。カイルの表情は悔しさと様々な感情が混ざった悲痛な面持ちであり、今にでも腹を切り出しかねない勢いを持っている。
「ま、しょうがないよ。それより、これだけの規模の魔物を集めながらも何も大きな問題が起きていないのがカイルの仕事の結果だろう?もっと誇ってもいいと思うけど」
何とかカバーしようと慌てて言葉を並べる叶斗。しかしカイルの反応は予想の斜め上をいっていた。
「はっ、もったいなきお言葉。これからも誠心誠意、精進いたします!」
先ほどよりもさらに頭を下げ、地面に付けるかの勢いで動く。その際にちらりと見えたカイルの表情は先ほどとは違い目元を濡らしていた。
―泣くほど喜ぶことなのか?―
多少引きながらも話を流す叶斗。
「じゃ、現在の状況を再度聞こうか?」
本当に聞きたいのはこの世界の、そして叶斗の敵だ。今この時点で叶斗は敵が勇者であろうと人間であろうと葬ることに何も思わないでいた。それは召還と同時にスキルが体についたためか、または精神そのものが変わったのか叶斗には理解できないところの問題だ。それを自らも自覚しているという時点である意味おかしいのだが、急な変調というのは案外そう言うことが起きるのかもしれない。
「はっ、では我々の敵のことですが、カナト様はアキレスという名前をご存知でしょうか?」
また新たに出てきた単語。それは何かの名前のようだ。
「いや、聞いたことが無い」
アキレス、なにか北欧神話などで出てきそうな名前ではあるが神話などにあまり興味がなく、知識も小説に出てくるキャラの名前ほどなので叶斗は否定する。
「アキレスとはこの世界を構築した原始の神と呼ばれる存在です。その名は古く、確認されているだけで数千年以上も前から存在しております」
それくらいの話ならば地球にもいくらか存在してる。存在したのかそれともおとぎ話のような存在なのか、そういった類の話はよく聞く。
「その神アキレスが俺たちの敵なのか?」
神が気まぐれで世界を滅ぼすなどはラノベや漫画ではありきたりの設定だった。しかしその考えはイレーネの首を横に振ることによって否定される。
「いいえ、違います。そのアキレスには複数の子供が存在しており、その名を上から順にミリア、クレス、ギリムと言います。彼らはアキレスが遣わせた使徒でもあり、この世界に住まう者たちが間違った道に進もうとした場合には介入することを目的に地上に降臨したとされています。それが約5000年前の話です」
―この世界はずいぶん前から神話の類が存在し、それを受け継いでいるようだな―
「そしてその使徒たちの逸話は世界各地に点在しており、戦争の時に現れたミリアはその慈愛の力によって数千人の怪我を一瞬で治したなどの奇跡のような言い伝えが残っています。また二番目の子供であるクレスは戦神などと呼ばれ、現在も人間族の主神としてまつられております。そして三番目の子供、ギリムですが・・」
そこで一度言葉を区切るイレーネ。その表情を見た時叶斗はすぐに理解した。
「そいつが敵か」
その肯定は全員の沈黙をもって判断した。
「そのギリムという奴はそんなに厄介なのか?」
その問いには苦々しい顔をもってイレーネが返事を返す。
「はい。ギリムがこの世界の表舞台に顔を出したのが今から150年前で人間族と我々魔族の戦争が終結する間際でした」
そういうイレーネの瞳はどこか遠い場所を眺めるかのように話は続けられる。
「当時我々は今のようなひとまとまりの集団ではなく、各部族や種族で徒党を組み、一時的にほかの種族と足並みをそろえていたのです。その時に現れたのが前魔王であるレグナス様です。レグナス様は戦闘力に関してはそこまで高くなく、しかし非常にお優しい方でした。戦闘民族である巨人族をまとめ上げ、長く続き、膠着状態だった人間族との戦争を僅か数ヵ月で終戦にまで持って行ったのです。いまここにいる家臣一同もその時にレグナス様に賛同し、配下に下った者達です。そして最大の対戦であったヘルヤー平原での戦闘を終え、数を減らした人間族が南のガルツ大陸にまで逃げ込んだことにより、戦争は終結しました」
そこで一度息を吐き出し、再び吸い込んだイレーネはしかしと続ける。
「そのときギリムが現れたのです。奴は突如上空から現れ、帰還中であった我々の上から遅いかかりました。その時連れていたのは天界と言われる三人の子供が住む浮遊大陸。その大陸から連れてきた兵たちでした。その一人ひとりの戦闘能力は高く、一般の魔族の兵は彼らにとってゴミも同然に蹴散らされ、彼らが退却するときにはすでに数万もの兵がやられた後でした。卑劣極まりない戦法と、自身が戦場に姿を見せないギリム。奴に我々魔族は怒りを爆発させ、その後数々の戦闘を繰り返し、情報を得ていきました。その時にわかった事ですが、どうやらギリムは兄弟でもあるミリアとクレスの二人の兄弟を自らの手で殺し、彼らがアキレスから与えられていた神兵を一気に手中に収めたという事。それを知ったところで現状が変わることはありませんでしたが、人間族との共闘関係を築くことにレグナス様は成功為さり、現在のような都市を築くことに成功したのです。
その後数十年に渡り、小さな戦闘を繰り返していた我々ですがついに彼らの本拠地に乗り込む機会が巡ってきました。それが今から75年前になります。
もちろんその戦闘は持てるすべてをつぎ込んでの激戦となりました。まず敵地である天界に向かう道中での散発した戦闘で1割を失い、ようやく乗り込んだ天界においても複数の汚い手によって味方の半数以上を失いながらもギリムの側近である神兵の近衛を複数倒すことができ、また天界を僅かではありますが占領することが出来ました。
その後レグナス様を筆頭として都市に凱旋した魔王軍でしたがその直後反撃にあいました。それは上空からの戦略級魔法であり、それが複数の束となって都市に最後に入ろうとしていたレグナス様を直撃しました。
強烈な熱線と爆風、それらが収まった時、私は現実を認識するのにいくばくかの時を有しました。目の前に広がっていたのは半分以上消し飛んだ都市、その中心にいたであろうレグナス様を含め跡形もなく消し飛んでいました。
瓦解しそうになった魔族を何とかここにいるメンバーで再構築し、都市を放棄。幸いと言っていいのか当時の魔王城には戦略級魔法に対抗する結界が幾重にも施されていたため先に戦後処理のために帰還していた彼らは無事でした。そのことを嘆くよりもレグナス様が残してくださったものを後世に残し、繋ぐために我々は行動を起こし、その後何回か小さな神兵との戦闘を繰り返しながらもこの都市“レグナス”をここまで大きくしてきました」
いつの間にかイレーネやほかの面子の瞳は深い後悔の念にとらわれているような色を見せている。
「その後、残された書籍などを利用し、人間族に伝わる勇者召還の儀式を我々の手によって行い、カナト様が召還された、という流れになります」
その説明は叶斗の口をしばらく閉ざさせるのには十分すぎる内容だった。
「敵はギリム、そしてその配下はとても強く、一筋縄ではいかないって認識でいいか?」
しばらくの沈黙の後、一言叶斗が言葉を紡ぐ。
「はい、その認識に間違いはございません。どうか我々にお力をお貸しください。我々の我儘な復讐にカナト様を巻き込んだことは重々承知しております。ですがそこをあえてお願いいたします」
先ほどの食事や紹介の際の雰囲気を一新させ、全員が真剣な表情と流れるような動きで全員が跪いていた。
「・・・・・まあ、俺が役に立てる範囲でなら手伝うよ」
いくらかの思考の末、叶斗はそう結論をだした。その理由としては
―なんかこいつらに情でも湧いたのかな―
と自分でもわからないようだ。
「ありがとうございます!」
喜びの表情を見せるイレーネ。その表情は外見年齢相応であり、また可愛らしいくまぶしいほどの笑顔を惜しげもなく叶斗へと向けている。
「まあ乗り掛かった舟だし、帰れるかも分らんしなぁ」
しょうがないといった態度を取りながらも内心イレーネの笑顔に心拍数を上昇させている叶斗。何とか顔を赤くすることは防いだが表情が緩むのは避けられなかった。
「ではカナト様のお返事を頂きましたし、一度お開きにしましょう。カナト様も召還によってお疲れだと思いますので」
そういうイレーネはパンと手を一度叩く。すると待っていたかのように一斉にメイドが動き出し、一同が座っている椅子を引く。叶斗の席はまるで自分の仕事だとでも言うようにイレーネが引いていた。立ち上がった一同は再度叶斗に一礼する。
「ではお部屋にご案内いたします」
そういい出てきたのは第十位であるキア。先ほどイレーネと言い争っていたときの角は引っ込み、外見だけなら可愛らしい少女の姿だ。
「案内は私がします。キアは後かたずけを」
そういい叶斗の横に張り付くイレーネ。
「いえ、お召し物等のご準備もありますので私がご案内いたしますわ」
イレーネに対抗するように叶斗の右側、その場所にぴったりと張り付くキア。その表情は頬を少し染め、とても可愛らしい。しかし瞳は冷たくイレーネを見ている。
「いえ、その仕事も私の仕事ですので貴方は別の仕事をして為さい」
少し強めの口調であり、上からの命令口調。通常であれば序列の最上位であるイレーネの命令には従うしかない最下位。しかし彼女の瞳には断固とした意志が見える。
「いえ、カナト様御付きのメイドとしてこのお仕事はいかにイレーネ様と言えどお譲りできませんわ」
その口調は強く、反対させないとの意思が前面に押し出されている。
そんな二人の間で強調された胸部を押し当てられている状況で叶斗は心の中でため息を吐く。
―なんでこんなことに。ふつうならハーレムだとか思うんだろうけど、この二人以上に威圧感があって怖いんだけど―
別段女性恐怖症でも何でもない少年が思うのだ。気弱な青年であったなら失神でもしていたかもしれない。
「じゃ、じゃあ一つ提案があるんだけど」
しばらく言い合いを続けていた二人にもう開放してくれと言わんばかりの口調で叶斗が言う。
「「はい、なんでしょう」」
こういう時だけ、という言葉はすぐに浮かんだがまたすぐに叶斗の理性によって沈められたのは正しい判断だろう。見事にはもった二人の少女の声と同時にまじかからの視線と、甘い女性の香が叶斗の鼻孔に届く。
「ふ、二人でお世話してくれないかな?」
叶斗にとっては苦渋の決断であり、この状況をいち早く脱したいと願うばかりの一言だった。しかしその言葉によって二人の瞳が爛々と輝き、さらにエスカレートしていくことを顔を下げていた叶斗は気づいていない。
お待たせいたしました。休日でもあり何とか2,3話合計で一万文字ほどに到達できたかなと思います。
内容としては今後もあとがき等ではネタバレをしたくありませんので書くのは細々としたものですが、今回の内容は正直いろいろと悩みました。都市レグナスの真相とイレーネたちの過去話が主題になっています。
では次回4話の事ですが、次回は少し趣向を変え、日常編を描きたいと思っております。では明日の更新までお待ちください。