最終話「決意の少女」
グランドエルフ「ロキ」 妖精樹林に座していたエルフの王。従者に魔女を選び、特別な地位を与えていた。女性に対してナルシストになりがちであるが、立派なエルフの王。
――澱みについて研究する。そしてリーシャのお父さんとお母さんを助ける!勿論、村の皆も!?―
――やってみなきゃわからないよ!だから…落ち込まないで?絶対に助けて見せる――
反芻していた脳裏の言葉。かれこれ三年にも及んだ研究の成果は自身が澱みに対する耐性と相乗効果があるということだけでエルフに侵食する澱みに関する事は分からずじまいであった。何故魔女である私は澱みを克服することが出来てリーシャ達は出来ないのであろうか。無論、種族間によって特徴が違うのはあるのだが…もっと根本的なことがあるのではないだろうか?妖精樹林、アズレ・ワルド、黎明林地。三つの森から連なる樹林は遥か昔から魔力が失われたら灰色になり、新しい樹木が魔力を蓄えていくというサイクルが出来ていたのだろうか?しかし、こう思考する。こう考えることすらもう…。って、なんで考えられている…の?私は確かにリーシャに…。
深淵のように暗い森に夜が訪れた。灰色の森に差し込む青い月の光は失った魔力を僅かでも摂ろうと樹木達が生い茂る。とうの昔に枯れた樹々はまだ死んではいないということを裏付ける光景であった。暗い森に一際目立つ青い光、猛る炎の青い光が煙を上げながら立ち上っていた。斬った樹木を燃料にしていることからアズレ・バームの蒼い魔力が炎に転化し蒼い炎になっていたのであろう。樹が炎に焼かれて快活のいい音で割れる。その音で一人の少女が目を覚ます。驚きで直ぐに起き上がる訳ではなく、まず自分の首に傷がないかということを確認する。傷はない。血の滲みすら首には付着していなかった。何故?ではリーシャは?ここは樹林のどこか?全てが混乱して視点が右往左往してしまう。蒼い炎が目に映ると同時にその焚火に薪をくべる影が見えた。パキッと薪が音を上げると蒼い炎は揺らめき、火の粉が迸る。火の粉が迸るとどこかで悲鳴が上がる。聞き慣れた少女の声。呻き声と言っても変わらないその悲鳴は漸く重い身体を揺り動かした。
「リーシャ!」
どうやら蒼い炎の側に少女がいるらしく立ち上がってその場へ行こうとすると。
「今は止めておいた方がいいよ。落ち着いてはいるも狂暴化しているのだから。」
低い声で制したのはこの森では見慣れない麻や植物で織られた着物を着ている男の人であった。人間の体格であり、外見からは細見の男性に見えるが、蒼い炎に照らされる黒い瞳はリンの心の中まで見透かされるような綺麗な瞳であった。
「…誰ですか?」
「そこまで警戒しないでくれ。何、旅の道中で襲われている所を目撃したら居ても立っても居られないからね。」
焚火の側から立ち上がりリンへと近付いていく。背丈はリンより少し高く近付くにつれてリンの視線はやや上へと向かう。
「僕はジェン・ヨウ。気軽にヨウとでも言ってくれて構わないよ。それで…リーシャちゃん、だったかな?彼女はこの地の瘴気に中てられたのかな。」
「…そうです。あ、私は。」
「リン・シューリンギア。かつてグランドエルフに仕えた魔女の末裔。でも、君はその記憶はない、そうだね?」
身体がビクリと跳ね上がる。自己紹介もせずに何故自分の名前と字に関する事柄を事細かに理解しているヨウという人物に疑惑が浮かばずにはいられない。
「そう畏まらないで…こう見えて読心術の能力があってね。状況を把握するためにも君の情報を要約して読み取ってみたんだ。これで事情を理解することができるからね。要するに君はこのエルフ。リーシャちゃんを助けたい訳だね?」
「あ…はい。でも、私が研究して得たものは…リーシャやリーシャのご両親、村の皆を救うようなものではありませんでした。」
「…ふぅむ。父さんとティアから聞いた話と大分ここは違うね。朝は鮮やかな蒼みを帯びた樹々が光を浴びて山脈からも綺麗に見えて夜もその濃い蒼は夜にも映えてたというが…。」
「それは昔の妖精樹林の事を言っているのですか?そうするとヨウさんのお父さんと…ティアさんは相当な年齢なのでしょうか…。ヨウさんのお父さんは他に何か言っていませんでしたか?私、この樹林についてまだ分からないばかりでそのまま過ごしてたので…。」
「う~ん…なら聞いてみようか。」
「えっ、誰にですか?」
腰を上げて、リーシャの元へとヨウは歩み寄る。リーシャは何かに縛られているのか身動きせずヨウを威嚇する。
「この樹林の王様さ。」
リーシャの手前でヨウは何かを掴む。ヨウが何かを掴むとその正体が明らかとなり、リーシャが身動き出来ない理由がリンは分かった。
「赤い…鎖?」
リーシャの周りを赤い鎖が縛り付けていることがわかる。直立の状態でリーシャは立っており、腕すら動かせないようだ。
「さ、いこうか。」
リーシャを引っ張りながら歩き始めるヨウ。引っ張られることに抗いリーシャは歩きたがらないが、無理矢理引きずられていく。その光景を若干嫌な目で眺めるリンであるが、ヨウについていく。
ヨウたちが辿り着いた先は、リーシャとリンがダークエルフと戦っていた墓地であった。まだ時間はあまり経っていないようで、ダークエルフの遺体や死体が散らばっている。今更ながらリンがダークエルフを倒したということを脳裏に焼き付いており、自身の裏の素顔が知れる。
「はぁ~派手にやってたね。これはリンちゃんがやったんだね。」
「う、上手く話せませんが…はい。」
「ははは、そこまで畏まらなくてもいいよ。それがリンちゃんの強さでもあり、誰かを守る力なんだから。」
「誰かを守る…。」
「さて、着いたね。」
そこは墓地の中央にそびえ立つ慰霊碑の前であった。慰霊碑にはこう書かれている。
「樹林の王、グランドエルフ。かつてこの妖精樹林に君臨していたエルフのことを指す。代々グランドエルフというのは誰が決めたという話はないけど、風の魔法に長けているエルフが選ばれたとされているらしい。」
「聞いたことありませんね。」
「ティアの受け売りでね。ただ、グランドエルフがいないことで樹林の均衡が崩れて妖精樹林に三つの樹林が出来てしまったのは事実らしい。つまり…僕が話を聞くというのは先代のグランドエルフにさ。」
「え、でも先代のグランドエルフといっても既に亡くなっているんじゃ…。」
「そう、既にグランドエルフは死んでいる。でも、ある術を使うことで死者の声を聴くことが出来る。降霊術というものを知っているかな?術式を施すことによってその身に死者の声を現世に映すというものを。まぁ、そんなことをしなくてもいいんだけどね。」
降霊術を説明しておきながら、その儀式を不要とするヨウ。降霊術をないがしろにするということはヨウには何か別の力があるということを言葉を言わないにしても語彙から薄々感じるリン。慰霊碑を前にしてヨウは暫く立ち尽くす。何かを見るように、何かに語り掛けているように慰霊碑を見つめ続けている。
「がぁー!」
リーシャが激しく抵抗し始める。鎖のじゃらじゃらとした音が辺りに木霊するも、ヨウは気にも留めずに慰霊碑を見続ける。流石のリンも痺れを切らした。
「あの…。」
「…いいんだな?」
「はい?」
ヨウの言葉に眉根を顰める。果たして、その言葉は誰に向けて発したのかが全く分からないが、誰かに許可を求めたということになるだろう。
「行くぞ…鎖破紅!」
腰を屈め、腕を引き言霊を発する。すると、ヨウの肩から腕にかけて紅いオーラのようなものが現われる。そのまま慰霊碑へと拳を振るい、分厚い石をいとも容易く破壊する。
その光景に一瞬固まったが、直ぐに指摘する。
「ちょ、何をしているんですか?!死者を慰めるものである慰霊碑を破壊するなんて!」
「いや、これは慰めるものではなくて、この地の魔力バランスを支える柱になっているんだよ。全部、こいつが教えてくれたのさ。」
と、破壊された慰霊碑で舞った埃が集約していき一つの塊となり、姿形がはっきりと現れる。エルフの姿ではあるが、他のエルフ達と違って頭にはアズレ・バームの葉で作られた冠を付けており、神聖さが際立つ。地上に降り立つと、エルフの周りだけ爽やかな風が靡き、塵が吹き飛ばされる。
「お初にお目にかかります。グランドエルフ、ロキ。」
ロキと呼ばれたエルフは微笑みながら語り掛ける。
「成程、ジンの息子と聞いたが素質は父親譲りではあるな。そこの小さき魔女よ。」
「は、はい!」
「シューリンギアの末裔…久しく会えて嬉しい。私こそがこの妖精樹林に座するエルフ。グランドエルフのロキだ。以後よろしく。」
「よ、よろしく。」
さり気なくリンの手を握るロキ。やり手である。
「ロキ。彼女の願いを叶えてやってくれ。それが条件だったはずだ。」
「うむ、そうであったな。ただ、叶えるにしてもこの樹林の状態では私の力もそこまで出ん。なので、依り代となるものを借りて樹林を回復させよう。その為に苦しむ同胞が居る訳だな…。」
「え、リーシャを治してくれるんですか!?」
「あぁ、それがこの慰霊碑を破壊してくれる条件であるからな。なに、樹林がかつての蒼さを戻せば一人は灰汁から救えよう。だが、シューリンギアよ。其方にお願いがあるのだ。」
「お願い、ですか?」
「あぁ、それは…。」
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夢幻山脈の麓。そこからエイレーネ地方、エレボス地方を一瞥することができ、妖精樹林もよく見えていた。緑、蒼、灰とボーダーラインで描かれた樹林は再生のサイクルを体現していた。
麓を歩いていく男女二人。ヨウとリンである。目的地でもある山脈の頂上を険しくないルートを通りながら目指している最中。
「もう少しで頂上にある塔だ。頑張ってくれ。」
「はい。それにしても…。」
「うん?」
「綺麗ですね。ここの景色。」
歩みを止め、周囲を見渡す。 自身が居た妖精樹林を上から見ることになるとは思いもしなかった。生涯出ることをせずにいたのではないかと自負するほど。
「あぁ、確かに綺麗だよ。この美しい景色を守るためにもリンちゃんには頑張ってもらわないといけない。ロキとの約束もあることだし。」
「はい、勿論。」
時間は遡り、妖精樹林—―黎明林地にて。
—――「樹林と同胞を救って欲しい。」
グランドエルフの願いとは妖精樹林と狂暴化したエルフ達の救済であった。それが先の見えない悲願ということをリンは理解していた。自分が生まれる前から既にこのシステムは完成されており、これをどうこうするというのは根底から覆さなければならないということだ。
「それは…。」
「この樹林は太古からエイレーネの地に宿る全ての生命を養ってきた聖地。それが今窮地に陥っているということが現状なのだ。」
「なるほど…父さんやティアの時代が全盛期の樹林だったということだね。」
「この樹林がこうなったのは私が死んでしまったことにもあるが、この樹林自体が悪い魔力を地から吸収してしまったことにある。」
「悪い魔力…澱みがそれなのですか?」
「澱みは悪い魔力の霧に過ぎない。エレボスとの戦争で死んでいった生命達の憎悪、嫉妬、怒りなどが闇の魔力となってしまうのだ。故にこの樹林は魔力の分別を循環するようになった。」
「戦争…どちらかに加担して戦争に終止符を打てば…。」
「それは出来ない。憎しみの連鎖は絶えずこのアークを繋いでいるんだ。その為に僕ら中立の立場である者達で戦争に終止符を打たなければならない。僕は中立の選定者として各地を歩き回っているんだ。」
「ジンの息子が言うように、つまりはそういうことだ。無論、彼女は私が治しておこう。」
ロキはもがいているリーシャの背後に回り溶け込むように身体へと入っていく。もがいていたリーシャは動きを止め、首が項垂れる。
「リーシャ?!」
「ロキに考えがあってのことだろうね。むしろ、霊体の身体じゃ出来ることも限られてくるだろうし。」
「その通りだ!」
リーシャが前を向くと、思念の鎖を容易く砕き、背中に手を当てる。
「うむ、なかなか動きやすい身体だ。出るところも出ている!」
「ちょ、あんまり触らないでください!」
「いいではないかぁ。現状、私が憑依という形で自然治癒能力を向上させ、澱みを抜いているのだからなー!」
「ヨウさん…グランドエルフって変態だったのですかね…。」
「う~ん…。」
「いや、そこは悩まずに否定してくれ。私の立場がない!」
――風に揺れて、樹林の葉が楽しむように揺れ動いている。その光景を最高の場所で見れる事にリンは微笑んだ。
「リーシャの為に、皆の為に…私の研究はまだ始まったばかりですね。」
「リンちゃんの創作魔法は皆を救うだけじゃなく、アーク中を救うことにも繋がるかもしれない。塔の部屋に研究出来る場所を設けるから、そこを拠点として妖精樹林の管轄をお願いしてもいいかな?」
リンに与えられた使命。妖精樹林とエルフ達を救う事。今でも起きているエイレーネとエレボスの戦争を止める為に協力することをリンの意思で承諾した。
「はい!リン・シューリンギア。これから、ヨウさん達の為にも頑張ります!」
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こうして彼女はジェン・ヨウ率いる中立の立場へと仲間入りを果たしたのでした。何か質問ある方はいますか?はい、骸骨の面の方!
「その研究は未だに続いているのだろう?」
そうですねー。そう簡単には樹林全てをかつての蒼さに戻すことは難しいですからねぇ。ただですよ?彼女の研究の成果によって、この世界に力を持たない人々に力を与えるものが開発されたんですよ。はい、お菓子を頬張るそこの女性!
「矛盾しているな。貴様が開発したものによって戦争に利用する輩も出てくるではないか。おかしな話だ。」
おかしなだけに、ですね。いいトンチです。
「あれは素で言ったことだ。拾わんでいい。」
「お面を砕いて菓子に混ぜてやろうか。」
「構わんぞ?貴様の炎で焼き砕ける程の面ではないぞ。」
はいそこ!喧嘩をしないで!ではでは…。以上で、このお話は幕を閉じる訳ですが、彼女のお話はこれからも続いていきますので、よろしくお願いします!
「して、次はわしか。」
お、次は貴女でしたか。では、私は退散しますか!
「ああ、引き際は肝心じゃからな。さて、次のお話の語り手はわしじゃな。」
「とは言うてもわしが語れるものは主との過去の話であって、わし自身の話ではない。それでもよろしや?」
神に選ばれた者達のお話~Witch of Fairy Lignoza~最終話を読んで下さりありがとうございます。作者のKANです。初めましての方は初めまして。
更新不定期になってから大分日が経ちましたが最終話を無事に終わらせることが出来ました。次から新たなるお話へと移る訳ですが、語り手の部分で登場している括弧内のキャラは後々でるキャラですので悪しからず。
では、次のお話でお会いしましょう。