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第二話「三年前の惨劇」

謝肉祭 季節の分かれ目に作物の豊穣を祈る儀式。アズレ・バームの薪とアズレ・バームで作られた人形を使用し、大地の恵みと豊穣をリーシャの村では祈っていた。他の村では祈る内容が異なるようで、多種多様ではあるが、神であるテスティアを奉るのは変わりないようだ。


 リーシャとピクシー達と別れ、リンは自宅へと帰宅をした。リンが家としたアズレ・バームは極めて大きい大樹であり、人を数十の単位で収容できるほどの広さをもっていた。中は女の子らしい飾りつけとは違い、おどろおどろしさを醸し出している。樹の壁にぶら下がっているのは奇妙な根っこのようなもの。樹の机にはビーカーや怪しい液体の詰まったフラスコ。魔女らしいと言えば魔女らしいが女子力がなさそうな部屋の内装である。

 「…。」

 リンは先ほど採取したばかりの澱みを眺めている。黒く濁った液体は光を通さず、逆に引きずり込まれそうなほど闇が深くなっているようで、背筋を冷たいものが撫でる。コルクを抜き、空のビーカーへと移す。ビーカーに注がれていく澱みは濁った状態でビーカーを満たしていく。

 「闇の魔力と言われてはいるものの、この状態だと無反応なんだよね…。魔力に反応して襲い掛かる習性とかあればもっとわかりやすいんだけど…。」

 澱みの研究を続けて約三年の月日が流れようとしている。リンは初めて澱みを目にしたのは三年前に遡る。それはエルフの村で起きた事件であった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 元来自然と共に生き、古来の習わしを行ってきたエルフの民は、妖精樹林に住み着いてから何千年とも言われている。危険なものでもある澱みについても何千年と対峙してきたエルフ達でもある。故に、村に澱みを持ち運ぶことは禁忌とされ、持ってきたエルフや外界の者は疎まれ、追放されるか処刑が当たり前でもあった。その中、まだ魔女の卵とも呼ばれていたリンはエルフの村の学校へと足を運んでいた。学校では妖精樹林での生き方やアズレ・バームについてなどを学ぶことがあった。当然、澱みについても耳にコブが出来る程言われる。それほどまでに澱みとは危険であるということを伝えたいのだそうだ。

 「リーシャ、今日はどこに行く?」

 リーシャに声を掛けたリン。アズレ・バームの樹の皮をポンチョのように着込んだリーシャは溜息をつく。

 「リン…今日が何の日か忘れた?季節の分かれ目を祝う謝肉祭で、村の外に出るのは禁止されてるんだよ?」

 「あ~…。わ、忘れてはいなかったよ。」

 「その顔は忘れてる時の顔だよ。」

 リンの頬を突っつくリーシャ。顔を真っ赤に染めながら怒るリンを笑いながら制すリーシャ。二人はこの時から友達でよく村の外に遊びに行くときも一緒であった。

 「今回の謝肉祭は私の両親が言伝と共にアズレ・バーム人形を焚火に投げ入れる役割だから私もお手伝いするの。」

 「ほぇ…。じゃあ今日は遊べないね。うん、わかった。」

 「リンはこのままお祭りに参加する?」

 リンと共に謝肉祭を過ごしたいとリーシャは思ったが、リンは首を横に振る。学校の窓から見えるアズレ・ワルドを見ながらリンは呟く。

 「村の外にある私のお家は村ではないから部外者な私は参加資格もないよ。」

 「そんなことないよ!」

 大きな声で否定をするリーシャ。いつも大きな声を出さないリーシャに驚きを隠せないリン。

 「否定をしないで…。私にとってリンは…大事な……友達なんだから。」

 「…うん、うん。リーシャ、大丈夫だよ。いや、訂正する。私も村の一人だよ?だから、顔を上げてよ。」

 「…私もごめんね。でも、リンがそう思ってるのだけは嫌だったの…。」

 リンとリーシャ。二人を隔てるのは種族という大きな壁。学校は種族関係なく教授することを許された唯一種族間交流が出来る場所でもあった。が、学校から出れば話は別。エルフは外界との接触をあまり好まず、ましてや人間でもあり魔女と疎まれるリンのような者達には厳しかった。リーシャの両親はリンを疎むようなことはせず、良心的ではあるが他のエルフがそういう態度という訳ではなかった。村にも何人かの魔女はいるが、エルフが家を持つ権利があるならば魔女は権利がない。故に、道端に簡素な結界を施して住んでいる者が殆どであった。リンのように村の外に家を持つのであればずっと疎まれるということはないが、村に根を下ろすとなってはいい気はしないようだ。

 陽が沈み、村の中央にはアズレ・バームから切り出した薪が囲いを積み重ねられている。その中には豊穣を約束する為に種苗となる作物の種が置かれ、火が灯されると同時に人形を作物の種のある場所へと投げ入れる。これが長年エルフたちが行ってきた風習の一つである謝肉祭の全容である。人形を投げ入れる役割を担うエルフはこの年に実った作物を管理することが決まっていた。今回はリーシャの両親が管理を決められたということもあり、リーシャの家には沢山の作物の種が貯蔵されていた。夜の帳が訪れると同時に薪に火が付けられた。火は赤い炎から鮮やかな蒼い炎へと変わり、村一帯を蒼い光で照らし始める。

 「我らが神、テスティアに捧げる。蒼き炎を先駆けとし、火の粉に纏いし恵みを満たしたまえ。」

 人形が蒼い炎へと投げ入れられる。蒼い炎は勢いを増し、人形へと炎を浴びせる。アズレ・バームで造られた人形は守護神テスティアを象ったものとされており、テスティアに作物を燃やした炎を渡し、尽きた灰を大地へと振りまいてくれる、と儀式の習わしになっており、これを季節の分かれ目に四度程行う。

 リンは村の蒼い光が見えるアズレ・バームの木の枝に立っていた。そして、その場で祈る。リーシャと遊ぶ一年間に災厄が訪れないように、と。だが、その災厄は直ぐに降りかかった。

 「!?あれは…。」

 リンが見たものは宙を漂う黒い霧のようなもの。それは村の近くまで来ており、蒼い光を包み隠さんと村を囲み始めていた。

 「り、リーシャ!」

 咄嗟に身体が動き出す。あの黒い霧はとても危険なものだと脳が知らせ、いち早くリーシャの安否を確かめたいが為に村へと動き出す。

 村に着いたリンが見た光景は悲惨なものであった。黒い霧が立ち込め、外で蹲っているエルフ達は苦しそうに嗚咽を洩らしていた。

 「この霧は一体…大丈夫ですか!?」

 その場にいたエルフに話し掛けるが、苦しそうにしているだけで応答は帰ってこない。肩に触れようとした瞬間。

 「うがあああああぁあぁああ!!」

 頭を抱えたエルフは徐々に身体が黒くなっていく。漆黒までとはいかないが、褐色よりも黒い肌となり、双眸も狂気の紅へと変わる。

 「ぐぅうぅうううう…。」

 リンを見るや唸り声を上げながら襲い掛かってくる。リンは咄嗟に横に避けたが、次の攻撃の回避に掛ける時間がない。狂ったエルフが再び襲い掛かってくる。

 「エアロブラスト!」

 狂ったエルフの横から風の魔法弾が打たれ、狂ったエルフの身体がひしゃげ、建物の壁に潰れる。

 「リン!」

 建物から現れたリーシャ。勢いのままリンの手を引き建物へと入り込む。

 「リーシャ!無事だったんだね。」

 「うん、でもお父さんとお母さんとははぐれちゃったけど…。でも、リンが無事でよかった…。」

 建物の窓から外を眺める。肌が黒くなり、双眸が紅くなっているエルフが闊歩している姿がそこかしこで見受けられている。先程目にした黒い霧が原因なのが明確だが、その正体がわからない。

 「リーシャはあの黒い霧のこと知ってる?」

 「わからない…けど、もしかしたらあれが澱みなのかもしれない…。」

 「あれが…。」

 徘徊するエルフの頭上を過ぎる黒い霧。徐々に建物の中へと侵入してくる。触れれば、奴らと同じになってしまう。そう感じたリンは何処かに回避できる場所がないかを探す。と、ふと気付いたことがある。謝肉祭で焚いた蒼い炎の周りには黒い霧が充満していないことに気付いた。

 「リーシャ、あの焚火の周りなら大丈夫かもしれないよ!」

 「でも、焚火までたどり着けるか…。」

 「私の持続魔法とリーシャの守護魔法で切り抜けるしかないよ!」

 リンは主に他者を強化する魔法をリーシャは防護系統の魔法を得意としている。狂暴化エルフと黒い霧を切り抜けるにはこれしかないことが現状である。

 「いくよ…デュレーション!」

 リーシャの服に魔法陣を展開し、リーシャは更に唱える。

 「邪な霧を祓い、我等を護り給え!エアロビジョン!」

 二人を囲うように展開された魔法陣は透明な結界を張り、侵入してきた黒い霧が触れる度に浄化されていく。

 「聖属性の魔法には効果覿面みたいだね!さぁ、早くいこう!」

 「霧は祓えてもエルフの皆は払えないから、攻撃魔法で切り抜けるしかないよ。」

 「うん!よし…いこう!」

 勢いよく扉を開けると、音に反応して狂暴化したエルフ達が襲い掛かってくる。攻撃出来る魔法を持ち合わせていないリンは近くの木の棒で払うしかない。

 「エアロブラスト!」

 巨大な風の弾で狂暴化エルフを吹き飛ばし、活路を開き焚火へと近づいていく。

 「そう何発も打てないからね!」

 「わかってるよ!でも、私の持続魔法をなめちゃあ困りますよぉ!」

 リーシャの魔法で吹き飛ばせなかった狂暴化エルフを蚊を払うように殴っていく。

 「相変わらず躊躇せずに殴れるよね…。」

 学校での言い争いの時でもリンは躊躇せずに相手に殴り掛かるので止めに入るのが億劫にもなる時があり、その度にエアロブラストを使う始末である。

 「着いた!リーシャは大丈夫?」

 「何とか、ね…。」

 蒼い焚火の周囲に入ったことによって、黒い霧の脅威から回避することには成功していた。が、狂暴化エルフは蒼い焚火に近付けるようで、あらゆる方向からエルフ達がじりじりと距離を詰めている。その中に見慣れたエルフも混じっていた。

 「!?お父さん、お母さん…。」

 「ぐぅぅああぁああ…。」

 理性を失ったリーシャの両親は目の前に娘がいることに気付かず、今にも襲い掛かろうとしている。

 「リーシャ!魔法を放って!」

 「で、できない…!」

 肉親を魔法で吹き飛ばすというのは相当な覚悟がいるだろう。が、娘として認識していないリーシャの両親はリーシャに飛び掛かる。

 「リーシャ!」

 「目を覚まして!お父さん、お母さん!」

 リーシャが俯いた瞬間、後ろの焚火の薪が崩れ火の粉が降り注いだ。火の粉が目に入ったのか、狂暴化したリーシャの両親は目を抑えながら後退していく。

 「蒼い炎?いや!アズレ・バームの火の粉が皆を退けてるのかもしれない…リーシャ!松明を付けて私のお家に逃げるよ!」

 「えっ、ちょ!」

 木の棒に蒼い炎を灯し、狂暴化エルフを振り払いながら村から離脱した二人。リーシャは村に残した両親を思い涙を道に零していく。リンの住むアズレ・ワルド。その内の一本の大樹に家を築いていたリン。中に入ると同時に先程黒い霧を発見した木の枝へと移る。黒い霧は既に消え失せており、あったのは蒼い光を失った真っ暗な森だけであった。夜になれば黒い霧がどこにあるかというのに見当がつかないのは必然であり、心の内で舌打ちをした。

 「お父さん…お母さん…。」

 扉の前でしゃがみ込むリーシャ。酷く落ち込んでおり、どのような言葉を掛けていいのか戸惑ってしまうリン。

 「…リーシャ。私、やりたいことができた。」

 「…やりたいこと?」

 「澱みについて研究する。そして、リーシャのお父さんとお母さんを助ける!勿論、村の皆も!」

 「そんなの無理だよ…。澱みは触っただけでも身体に入り込んでくるのに、研究なんて…。」

 「やってみなきゃわからないよ!だから…落ち込まないで?絶対に助けて見せる。」

 そう固く誓ったリン。リンの姿を見ている内に僅かに上気したリーシャであったが、その顔はまだ陰が残っているようにも見えた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 三年の月日が過ぎても澱みの全貌は明らかにはなっていないが、リンは研究していく内にわかってきたことなどがあり、リーシャの両親を救うことができるかもしれないと希望が見えてきたようにも思えてきた。

 「でも変なんだよね。もし、溜池にあった澱み同様に黒い霧…澱みの霧が自然現象で発生しているのだったら、毎年その対策みたいなことは出来ているはず…意図して澱みの霧を発生させた?それしか考えられないんだよね…。」

 澱みのビーカーを見ながら思考に明け暮れるリン。黒く濁ったビーカーは光に照らされて凸面鏡に映えたリンを移していた。

 第二話を読んで下さりありがとうございます。作者のKANです。初めましての方は初めまして。

 さて、今回のお話はリンが何故澱みについて研究するようになったのかを明らかになったお話です。色々と謎な部分がありますが、それは後々わかっていくでしょう。

 では、次は第三話でお会いしましょう。

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