第六話 戦う誓い
失われてしまった大切なものに、マイケルはその原因であるアンブロシアとの戦いを誓います。
それから、マイケルの同僚であるサブヒロインの登場です。
マイケルは鉛にように重い体を引きずって、自室に戻った。
ケリーはまだ何か話したそうだったが、マイケルはとにかく一人になりたかった。
そして、ベッドの上で声をあげて泣いた。
泣いて泣いて、シャツの袖もきれいなシーツもぐしゃぐしゃに濡らして、声がほとんど出なくなるまで泣き続けた。
ひたすら泣くことに夢中で、寝室のドアが開いたことにも気付かなかった。
気がつくと、誰かがマイケルの体を揺らしていた。
こんなに苦しい時に何と無神経な奴だ……マイケルはその手を乱暴に振り払い、その拍子に顔を見て、あっと声を上げた。
そこにいたのは、妻だった。
妻は自分も泣きそうになるのを、必死でこらえていた。
そして、マイケルの顔をのぞきこんで問う。
「ねえ、娘に何かあったの……?
お願い正直に話して、娘に何かあったんでしょう!?」
涙を浮かべて詰め寄ってくる妻の姿に、マイケルは慌てた。
マイケルは一人になりたくて自室に戻ったが、自室には妻がいたのだ。あまりに気が動転していて、その事が頭からすっぽり抜け落ちていた。おそらく、泣きながら娘の名を叫んでしまったのだ。
これはまずい……何とかごまかせと、頭のどこかが叫んだ。
しかし、心は一緒に泣いてくれる妻に救いを求めた。
この悲しみは、一人で背負うにはあまりに大きすぎたのだ。
「娘が……死んだ……」
マイケルは消え入りそうな声で言った。
「え、あなた今何て……?」
「娘が死んだって言ってるんだ!!」
今度は怒鳴るように大声を発して、マイケルはまたベッドで肩を震わせた。
妻はしばらく呆然と立ち尽くしていたが、やがて隣からすすり泣きが聞こえ始めた。妻のやわらかい体が、マイケルの上におおいかぶさる。
それは少しだけ、マイケルの心を癒した。
妻が嗚咽とともに、マイケルに問う。
「どうして、こんな……ここには最新の技術も設備もあるんでしょ!?
それなのに、どうして……!」
マイケルは少しだけ余裕ができた頭で、精一杯の優しい嘘をついた。
「遅すぎたんだ……体が弱りすぎていて、ヘリで搬送する時のわずかな気圧の変化にも耐えられなかったんだ。
……友人に怒られたよ、どうしてもっと早くここに来なかったんだって。
私が……私がもっと早く決断を下して、娘の治療を最優先にしていれば……!!」
全てが嘘ではない、この自責は本物だ。
妻はマイケルを悪くないと言って慰めながら、一晩中一緒に泣いてくれた。
次の日、娘の葬式が行われた。
娘はきれいに死化粧を施されて、棺の中で大人しくしていた。
ケリー曰く、心臓が止まっても体を動かしているのは脳と神経のせいなので、頭……つまり脳を破壊すれば患者は本当に死ぬのだという。
妻が娘の顔を見たいと言った時はどうなるかと思ったが、マイケルはほっと胸を撫で下ろした。
別れが済むと、娘の遺体はこっそりと棺から出され、焼却炉に放り込まれた。
マイケルは思わず異議を唱えかけたが、ケリーがそれを制した。
「あの娘は脳の破壊で動かなくなった、でもあの娘を蝕んでいる病気の元はまだしばらく生きているんだ。
それに、この病は弱いが感染性を有する。
感染を防ぐには、焼くしかないんだ」
感染と聞いて、マイケルは目が飛び出しそうになった。
この病は異常な日焼けの延長線上で、原因物質はアンブロシアと見当がついている。つまりこれは、中毒に近いものであるはずだ。
無機物が原因の中毒が、感染など起こすものか。
マイケルは毅然とした態度で、ケリーに言い放った。
「近いうちに、全て説明してもらうぞ!
アンブロシアがどうしてこの病を起こすのか、なぜこの病に感染性があるのか、この病の治療法は、そいつを全て話してもらう。
娘の仇だからな!」
半ば脅迫のような物言いにも全く動じず、ケリーは冷静な顔で答えた。
「いいだろう、元からそのつもりだ。
そもそも、君はこれからおれと共にこの病の治療法を探る事になるんだ。
今までに分かっている事は全て、知っておいてもらわねば困る」
マイケルはごくりと唾を飲んだ。
マイケルがここに来た目的は、情報を共有する代償にアンブロシア関係の研究に携わるため。この病とは、初めから戦うことになっていた。
だが娘を失った今、マイケルの闘志はいやがうえにも燃え上がった。
決して負ける訳にはいかない……燃える娘の体を見ながら、マイケルは固く心に誓った。
少したって、いよいよマイケルがアンブロシアの研究に参入する日が来た。
アンブロシアについて今まで分かっている事を全て伝えるために、研修会が開かれる事になった。
研修会には、マイケル以外にも召集された研究者たちが集まっていた。
「あら、マイケル!
あなたもここにたどり着けたのね、ちょっと意外」
声をかけてきたのは、かつてマイケルと同じ研究室にいたエレンという女科学者だ。
若いうえにいつも華やかな格好をしているが、いかんせん遊び好きで男をとっかえひっかえしているような女なので、マイケルはあまり好きではなかった。
エレンは物珍しそうにマイケルを見ながら言った。
「あなた、家族とあのでっかい家はどうしたの?
あなたがきれいな奥さんと結婚して、別荘を建ててそこで暮らすようになったってのは聞いてたけど……まさかそれを捨てる勇気があったなんてね。
あなたは家族との日常に入り浸ってるうちに、家を最期まで離れられずに死んでんじゃないかと思ったわ。」
相変わらず口の悪い女だ。
しかし……そうなりそうだったのは事実だ。
きっと娘の事がなければ、マイケルはエレンの言うとおりになっていただろう。
思えば、娘は自分の身を犠牲にして、マイケルと妻をここに導いてくれたのかもしれない。
マイケルの目に、涙がこみ上げてきた。
「ち、ちょっと、どうしたの!?
泣く事ないじゃない!」
予想だにしなかったマイケルの反応に、エレンがうろたえている。
マイケルはそっと涙を拭い、エレンの前ではっきりと宣言した。
「ああそうさ、私は君の言うとおりの日常好きな男だよ。
しかしな、その幸せな日常を、アンブロシアと食人病が奪っていったんだ!美しい妻が産んだかわいい娘もそれで死んだ!
私の大切なものを奪ったこの病を、私は決して許さないよ。
私はこの問題と徹底的に戦う、そう誓ったんだ!!」
マイケルがその言葉を終えたところで、ケリーが入ってきて研修が始まった。