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デッド・サンライズ  作者: 青蓮
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第五話 崩れゆく幸せ

 安全地帯に避難できたマイケル一家ですが、一家を蝕む病は既に引き返せないところまで来ていました。

 マイケルと、そして妻の最愛の娘……壊れてから手を尽くしても、もう戻らないのです。

 結局、マイケルたちがオリンポス社の施設に着いたのは半日後だった。

 そこは遠いうえに不便なところだったが、迎えにきたヘリが思いのほか大きくて速かったので、意外と早く着いた。

 病院の前にヘリが着くなり、娘はたんかで運ばれていった。

 マイケルは当てがわれたマンションの一室で妻を休ませると、すぐさまケリーのもとに向かった。

 ケリーは忙しかったが、それでもマイケルと二人でカフェテリアに来てくれた。

 お互い、話したいことが山ほどあった。


「無事にここまで来られて良かった」

 開口一番、ケリーはそう言った。

 マイケルはしんきくさい顔のまま、うなずいた。

「ああ、途中で渋滞に遭ったよ。

 今日は交通事故の警報でも出した方がいい日だった」

 それを聞くと、ケリーの疲れ気味な顔色がますます悪くなった。

 ケリーは頭を抱え、しぼり出すように話し始めた。

「実はね、おれもそろそろおまえに真実を知らせて、ここに招こうかと思っていたんだ。

 君の思うように、すでにこのアメリカ国内にも食人病が蔓延しつつある。移動は、できるうちにしておいた方がいい」

 マイケルも考えなかった訳ではない。

 今日のこの交通事故もほとんどは、食人病に関係しているのだ。

 家族が患者を遠い大病院に連れて行こうとして、車内で襲われれば当然、運転を誤って事故を起こすだろう。

 病院に行く金のないドライバーが異常な日焼けを起こし、意識が混濁してもなお働こうとして車を運転すれば事故になる。

 それに、これは考えたくないが……患者が人を襲うために道路に飛び出したら……。

 その全てが、カーナビで見た程度の頻度で起こっているのだ。

「君が、自分から知りたがってくれて良かった。

 おれが言うまで待っていたら、間に合わなかったかもしれん」

 ケリーはそう言って、深く頭を垂れた。

 マイケルはケリーを腹立たしく思ったが、口には出さなかった。

 ケリーもまた、悩んでいたのだ。

 ケリーは独身生活を謳歌している節があり、家族はいない。しかしその分、マイケルたち妻子ある者のために仕事を引き受けてくれたりもした。

 今回の件についても、ケリーは数年前から、アンブロシアと異常な日焼けの関連が指摘された時から調査に加わっていたのだ。

 独身ゆえの身軽さだ。

 マイケルが家族に構っている間、ケリーはずっと食人病について調べていた。

 そしてそれは、ある程度の成果をあげた。

 マイケルはその成果について、聞きに来たのだ。


 マイケルは、娘の容体についてケリーに説明した。

 病の症状、期間、そして妻を噛もうとし、実際に看護師を噛んだことも……。

 それを聞くと、ケリーはすまなさそうにうなだれ、一言つぶやいた。

「すまない……そこまで進んでしまったら、もう我々でも手に負えない」

 マイケルは一瞬、頭の中が真っ白になった。

 次の瞬間には、ケリーの胸倉をつかんで体を揺すっていた。

「おい、どういう事だ!?

 おまえはこの病の対処法を発見したんじゃないのか!!」

 ケリーは抵抗せず、つまり気味に告げた。

「お、おれが発見したのは……まだ人の意識があって症状が皮膚にとどまっている段階での、進行を抑える手段に過ぎないんだ。

 少なくとも、人として生きてないと無理だ!

 おまえ、娘の脈をとったか?」

 それを言われて、マイケルは無言で手を放した。

 自分は今まで、娘が入院してからずっとそれを避けてきた。

 娘が死ぬはずないと、心のどこかで思い込んで……しかしそれを確かめるのは怖くて……。

 真実に直面することが、これ程怖いとは思わなかった。


 気がつくと、マイケルはケリーの後をついて、病院の廊下を歩いていた。

 一緒に娘の容体を見に行こうと言われて、うなずいたような気がする。

 後はもう何も考えたくなくて、意識すらとぎれとぎれで。

 やがて、二人の足は病室の前で止まった。

 途中幾度も防火シャッターを越えた先の薄暗い病棟、いかにも頑丈そうな金属製の扉で閉ざされた部屋に、娘は運び込まれていた。

 病室に入る二人の側に、銃を持った警備員が寄り添う。

 マイケルはおぞましい予感に足がすくんだ。

「さあ、入るぞ」

 ケリーがドアノブに手をかけ、扉を開いた。


 中に電灯が灯ったとたん、マイケルは声にならない悲鳴を上げた。

 そこは集中治療室などではない。

 会議室のような広い部屋に多くのベッドが置かれ、それぞれのベッドに一人ずつ、すでに死んでいると思しき者たちが拘束されていた。

 部屋は、腐臭に満ちていた。

 皆が娘と同じように肌をぼろぼろに腐らせ、目は真っ赤に充血した上から白い絵の具を流し込んだように濁っている。

 マイケルたちを見るや否や、獣のような唸り声をあげて噛み付こうともがき始めた。

 娘も、その内の一人になっていた。

 警備員が銃を娘の首筋に当てて、押さえつける。

 それを確認すると、ケリーは娘の側に寄って白い寝巻きのボタンを外した。

 娘の、どす黒く変色した胸があらわになる。

 ケリーは震えているマイケルに、こちらに来るよう促した。

「さあ、娘の心臓が動いているか確かめるがいい。

 おまえの役目だ」

 マイケルはふらつく足で娘のベッドに寄り、恐る恐る胸に手を伸ばした。

 胸に触れたとたん、ひんやりとした冷気が指を刺した。

 ついでに、何とも心地の悪い妙な柔らかさを感じた。

 指先に伝わる振動の中に、規則正しいものはなかった。

 それでも信じられずに掌を全面押し当ててみたが、娘の鼓動は全く感じられなかった。ただ湿った冷たさだけが、そこにあった。

「う……うぐっ……うわあああ!!!」

 マイケルはその場で泣き崩れた。

 無機質な部屋に、悲痛な叫びがこだまする。

 拘束されている死者たちが、ひときわ激しく騒ぎ出した。

 娘もまた同じように、あの愛らしい声を発していたのと同じ口で、低く濁った唸り声をあげた。青く澄んだ空のようだった瞳が赤と白でごちゃまぜになり、どうもうな視線をマイケルに向けた。

 マイケルはただ、滝のように涙を流すしかなかった。

 ケリーは黙って、マイケルに肩を貸した。

 暗い廊下に、マイケルの涙が点々と続いていった。

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