第二十一話 死者の牙
エレンたちとカナダ防衛部隊がヘリポートでぶつかり合いますが、敵は人間だけではありません。
人間の敵に気を取られるほど、脅威度の低い別の敵への警戒がおろそかになります。
人間同士の戦いに熱中していた双方が、視界の外からの牙にかかり……。
ゾンビたちは、ガスコフに襲いかかった。
大口を開け、何体ものゾンビがガスコフめがけて飛び掛る。
さすがのガスコフも、ショットガンで対応できる状況ではなかった。
「くそっ!」
ガスコフは飛びずさりつつショットガンを捨て、腰から下げていた2丁の拳銃を抜いた。そして、ゾンビが着地して動きが止まったところに撃ちこむ。
しかし、その射撃はすぐに中断された。
またもやボブが物陰から攻撃をしかけてきたのだ。そのうえ、ガスコフの後ろからのろのろと近づいていた別のゾンビがいきなり走り出した。
「何なんだこれは!?」
すんでのところで頭を撃ち抜いて倒したが、これでは一瞬たりとも気が抜けない。ゾンビの不規則な動きは、ガスコフの想像を超えていた。
そのうえ、ゾンビたちはガスコフを集中的に狙ってきている。
ちらちらとボブの方に目をやると、ボブはのろのろと襲い掛かってきたゾンビをつかみ、いとも簡単に投げ飛ばした。
日向に投げ出されたゾンビはさっきとはうって変わった速さで起き上がり、ガスコフの方を向いた。
これにはたまげた。
(奴ら、ゾンビを操っているのか!?)
ガスコフはごく自然にそう思った。
そうでなければ、ゾンビのこの動きは説明できない。
(ならば、操り手を倒すまでだ!)
ガスコフは瞬時にそう判断して、姿勢を低くしてボブにかけよった。
驚いたのはボブの方だ。相手がゾンビに構っているうちに撃ち殺すはずが、自分一人を集中して狙われてはたまったものではない。
元々、ガスコフとボブでは自力が違うのだ。
ガスコフの速攻の前に、ボブはなす術もなく全身に弾を浴びて倒れた。
これで後はどうにかなるはずだ……ガスコフは一瞬気が緩んで、額の汗を拭った。
その直後だった、ガスコフの背後で地面を蹴る音がしたのは。
振り向くと、すぐそこにゾンビの口があった。
「何だと!?」
ガスコフはすぐさま身を引いて、辛くも逃れた。
操り手を倒したはずなのに、ゾンビの動きは変わらない。もっとも、ゾンビは初めから操られてなどいないのだから、変わるはずもないのだが。
とにかく、襲ってくるものは倒さねばならない。
ガスコフは大きく跳んで距離をとり、ゾンビどもに弾を浴びせた。
ゾンビの頭から脳漿が飛び散り、ゾンビは次々と地に伏す。
しかし、ゾンビはガスコフの視界に入っているものが全てではないのだ。
ガスコフが弾を撃ちつくして補充しようとした時、腰のポーチに回した手に何かが触れた。大慌てで手を引いて見ると、別のゾンビの顔があった。
「この野郎!」
ガスコフは素早く反対の手でナイフを抜き、ゾンビの頭に突き刺した。
それでゾンビは倒れた……が、ガスコフの右手からはわずかに血がしたたっていた。
(噛まれた、か……)
ガスコフはがくりと膝をついた。
自分は感染してしまった、しばらくしたら発症し、仲間を食い殺すことになるだろう。あの忌まわしいゾンビに、自分がなるのだ。
死んで敵になってしまうなんて、軍人としてこの上ない不名誉だ。
ガスコフは拳銃に弾をこめると、銃口を口にくわえた。
せめて頭を撃ち抜いて死ぬ、それが今できる全てだ。
それから仲間に連絡しようと思い立ち、銃口を口から外した刹那……かん高い女の悲鳴を聞いた。
絹を引き裂く女性の悲鳴……おそらく、あの男たちが守ろうとしていた女研究者だ。生きているなら、あの女だけでも確保するか殺すかしなければ。
ガスコフは悲鳴のした方に走った。
そして、そこで信じられないものを見た。
エレンが噛まれたのは、ボブを助けようとヘリから出た直後だった。
ボブが、うまくやるからここで待っていろと言ってヘリを出てから、エレンはどうも落ち着かなかった。
マックスが犠牲になっても、それで何人の敵を殺せるかは分からない。もし複数を相手にするような事になったら、ボブ一人では心許ない。
それに、相手だって戦い慣れている奴が来るかもしれないし……。
やはり、自分も戦えるなら加勢した方がいいのではないか……そう思ってヘリから出た直後、エレンは何かに足をとられて転んだ。
「もう、何よ……?」
見れば、最後に殺した兵士が起き上がって、エレンの足をつかんでいた。
エレンはすぐに銃をとったが……間に合わなかった。
エレンが発砲する直前に、ゾンビの唾液まみれの歯がエレンの足にくいこむ。
「いやああぁーっ!!!」
あまりの激痛と恐怖に、エレンは思わず絶叫した。
噛まれた拍子にエレンが引き金を引いたため、ゾンビはすぐに動かなくなった。しかし、エレンの足を覆う艶やかな布地からはじくじくと血が染み出ていた。
それでも、エレンは生きることを考えた。
食人病の原因となる異常細胞なら、噛まれる前から体内にある。
ただ、噛まれた事で少し数が増えてしまったし、傷口が化膿したら免疫の負担が大きくなってしまうだろう。
(抗生物質と免疫増強剤を打たなくちゃ!)
エレンは素早く周りにゾンビがいない事を確かめると、ナップザックから注射器を取り出した。
エレンはこうなる可能性を想定して、必要になりそうな薬を自分と愛人3人の分だけ持ってきていた。2人の分は、もう使うべき人がいなくなってしまったが。
エレンは自分の静脈を探り、手際よく注射器を突き立てた。
抗生物質を打ち、免疫増強剤を腕に注入しながら、エレンはふと顔を上げた。
そして、凍りついた。
目の前で自分を見ていた男は、ボブではなかった。




