ロングコート編
お久し振りです
クリスマスの更新がこんな話で良いのだろうか…(´-`)
「…寒い」
部室に入ると先輩が、ストーブに当たってぼやいていた。
確かに今は冬で寒いけれど、ここは空調の効いた室内だ。しかも先輩はコートを着込み、ストーブの前に陣取っている。
「風邪でも、ひいたんで、」
熱でもあるんじゃないかと近付きながら問い掛け、その足下を見て絶句した。
「なに考えてんですか、そりゃ寒いですよ!」
先輩のコートの裾からは、すらりとした真っ白な生足が覗いていた。
膝下までのロングブーツからコートまで、惚れ惚れするような脚線美ではあるけれど、季節と気温を考えて欲しい。
「この季節に生足でショートパンツとか、馬鹿でしょう!死ぬ気ですか!」
「あ、あったかー」
着ていたコートを脱いで投げ付けると、先輩は日溜まりの猫みたいに目を細めた。
ちなみに先輩は自転車属なので、ミニスカートは履いたとしても下にスパッツやなんかを合わせる。見せパンは主義に反するそうだ。
「ありがとー。みっちゃんは優しいねー」
「見てるこっちが寒いんですよ」
「ふふ。彼女にも、あったかい格好してって言いそうだよねー」
「彼女は居ませんけどねー」
「うるさい高橋」
いつの間にか現れて話に混じって来た高橋を、横目で睨む。
「身体壊すような格好は、見てて嫌なだけですから。で、なんで今日に限ってそんな馬鹿な格好しているんですか」
先輩は、おしゃれは我慢だ派の人間じゃない。楽して可愛く、をモットーに服を選ぶひとだ。靴も服も、履き心地着心地重視。
冬場は裏起毛の十分丈パンツを愛用のはずなのに、なぜ今日はそんな寒々しい格好をしているのか。
先輩は僕と高橋を見比べると、おもむろに口を開いた。
「女子高生って、スカート短いじゃない?」
「いや、ひとによると思いますけど」
「でも、ひとによっては凄く短いでしょう?」
「まあ、そうですね…」
たまに、お前はフィギュアスケーターかと突っ込みたくなる丈の子が居る。しかも、冬でも生足だ。
冬場に若い女の子に脚を冷やさせる日本の学校の制服は、正直どうかと思う。短くては駄目と言うのはモラル的にわかるとしても、長くしちゃ駄目と言うのはどうなんだ。二百年も時代を遡れば、女性が脚を見せるなんて言語道断だったはずなのに。
「みっちゃんは、ミニスカ反対派かな?とにかく、スカートが短い女子高生で、Pコート着てくれているならまだしも、こう、腿まで来るダッフルコートとか着られるとさ」
下げられる先輩の視線に合わせて、先輩の足元に目が行く。
今は僕のコートで隠れているが、先輩が着ているのは膝近くまで隠れる長めのコートだ。
ミニスカの女子高生が、ロングコートを着込んだら、
「スカートが完全に隠れて、履いてないのかな?って思わない?」
なんで男ふたりに対して、その問いを投げたんですか先輩…!
答えない僕らから目を離して、先輩はつらつらと語る。
「コートって、楽だよね。上半身がどんなに変な格好してても、コート着ちゃえば見えなくなるし。長ーいコートなら、靴くらいしか見えなくなったりするしさ」
確かに、冬場のちょっとした外出なら、弛みきった格好をコートでごまかして出掛けることもあるけれど。
「ほら、良く居る露出狂とかも、コートで身体を隠して忍び寄って来るでしょう?」
「露出狂とか、良く居て欲しくないですから!!」
そこはスルー出来ないと、なんとか突っ込む。露出狂が良く居る国になんて、暮らしたくない。
「でも、コートがいろいろ隠してくれるのは、確かでしょう?」
先輩が、にこっと笑って、僕らを見上げた。
その身体は、二着のコートで隠されている。
「思ったこと、ない?コートの下が素っ裸でも、コートを脱ぎさえしなければ、気付かれないんだろうな、って」
先輩は、なんで、こんなことを、生足の理由説明に述べているのだろう。
「思ったこと、ない?街中で上までしっかりボタン留めてコートを着込んでいる人を見て、もしかしてそのコートの中は、凄いことになってるんじゃないかな、って」
先輩が僕のコートを机に置き、ゆらり、と立ち上がった。
コートの裾からは、悩ましい美脚がなにも遮るものなく見えている。
僕も高橋も思わず、後退った。
「ねぇ、コートの下、見たい?」
「え、えええ、えっ、遠慮しときますー」
珍しく慌てた高橋が、ぶんぶんと首を振って答える。
「えー。そう言わずにさー」
「いっ、いやいやいやいや!だって、先輩、寒いんですよね!?」
「そ、そうですよ!脱いだら余計、寒くなりますからー!!」
近付いて来る先輩に合わせて、男ふたりが後退る。
先輩はコートの袷に手を伸ばし、ボタンを外し始めていた。
「ちょ、ちょちょちょ、先輩!?」
下がり過ぎて扉にまで追い詰められたが、先輩のコートの下を思うと扉を開けて逃げることも出来ない。
と言うかそもそもこの部屋の扉は内開きだ。追い詰められたら扉を開けない。
そんな間にも先輩は着々と、コートのボタンを外している。
かすかにはだけた襟元から見えるのは、生肌。
ま、マジで着てないのか!?
僕と高橋が扉間際で固まった、そのとき。
ごん
「あ、誰か居たのか?悪い」
部室の扉が開いて、僕の頭に激突した。
思わずよろけて、目の前に居た先輩の胸に飛び込む。
ふにゃんと、柔らかく滑らかな、素肌の感触がした。
「わ、ご、ごめんなさっ、」
「おっと」
ずさささぁっと飛び退った僕を、僕に扉をぶつけた入室者、東雲さんが受け止めた。
「悪いな。大丈夫か?」
「東雲、遅い!」
「悪かったって」
僕を気遣った東雲さんへ、先輩が文句を投げた。
「寒かった。すっごく、寒かった!」
そう主張する先輩の、完全にはだけたコートの下に見えるものは、
「水…着?」
可愛らしいフリルのビキニだった。
豊かな谷間やくびれた腰が見えていて目の遣り場には困るが、夏場の海ならいくらでも見られる格好だ。今は冬で、ここは内地だけれど。
「全面的に俺が悪いのは認めるが、来客のおっさん居るのにそんな格好で、研究室に置いとけないだろ」
僕と高橋を部室に押し込み扉を閉めた東雲さんが、先輩に紙袋を手渡しながら言う。
紙袋を漁った先輩が取り出したのは、服だ。サイズやデザインから推察するに、東雲さんの。
「えっ…と、どう言う状況、ですか?」
「酷いんだよ!東雲がわたしに、実験廃液ぶっかけたの!!」
明らかにぶかぶかな服を着込みながら、先輩が僕に訴える。
「劇毒物が含まれてなかったから良かったけど、それでも危ないから服ごとシャワー浴びてね、とりあえず研究室にあったプールセットのタオルで身体拭いて水着着て、唯一無事だったコートで隠して、東雲が服持って来るの待ってたんだ。災難だよ!本当に、寒かった!」
「すまん…。廃液を持っているときに躓いて、作業中のこいつの背中にぶちまけてしまったんだ。研究室に代わりに着せられるものが水着しかなくて…そんな格好で出歩かせる訳にも行かなくて、ここに避難させていた。研究室の方が暖房がしっかりしているんだが、折悪く来客があってな。すけべおやじの前にこいつを差し出すのは、教授に却下されたんだ」
文句を言う先輩に再度謝ってから、東雲さんが事情を説明した。
…どうやら東雲さんの不憫に、先輩が巻き込まれたらしい。
「…珍しく苛立ってるからなにかと思ったら、そう言うことだったんですねー…」
高橋が安堵の息を吐きつつ言う。
珍しく余裕がないと思ったら、そんな理由だったのか。
「ごめんねー、八つ当たりして」
「いえいえ。眼福でした。いやー、本当にマッパとか下着姿とかだったら、理性を保ち切れたかどうかー」
「あはは。はしやんったらえっちー」
「健全な男の子ですからー」
「いや、和やかに話す内容か!?」
珍しく余裕がないと思ったら、そんな理由か!?
「東雲が焼き肉奢ってくれるって言うから、行こうよー」
僕の言葉をスルーして、先輩がのほほんと言う。
いやいや、焼き肉驕りって、
「おい、俺は、」
僕が突っ込む前に言葉を挟んだ東雲さんを、先輩が見上げて首を傾げる。
「…きみのやった行為が、わたしが食べられる量程度の出費で、許されるでも?」
目が、笑ってないです、先輩…。
どうやらほんとに珍しく、ガチ怒りらしい。
「薬品を持っているときには細心の注意を払え、出来ないなら薬品に触るなって、わたし何度も言ったよね?掛かったのがわたしで、掛けたものがそこまで危険な薬品じゃなかったから良かったものの、一歩間違えば大事故だったよ?きみは、作業中の実験台に向けて、薬品をぶちまけたんだよ?ひとひとり怪我くらいならまだ軽い。薬品の組み合わせによっては、爆発や火事、有毒気体の発生だって有り得た。深く反省させなさいって、のんたんからお願いされてるんだから!」
「…野々下教授」
証拠とばかり先輩が突き付けた携帯端末には、確かに一日先輩に従うことを罰則とする旨が記されていた。
教授をのんたん呼ばわりって、良いのか、先輩。
「そう、だな。少し、気が弛んでいた。それがお前が下す罰だと言うなら、甘んじて受けよう」
「だってはしやん、存分に焼こうぜ!」
「あざーっす!!」
「おい、高橋!」
「焼き肉食えるよ! やったねみっちゃん! 」
「おいやめろ」
じゃなくて、
「大丈夫だ。…こいつに刑執行権が委ねられて、その程度で済むなら安い方だ」
「東雲さん…」
僕の肩を叩いて言う東雲さんへ、同情の気持ちが隠せない。
そんな諦めの境地に達するまで、なにがあったんですか東雲さん…。
そうして先輩が命じた焼肉店は、時間が決まって食べ放題のお店、なんて優しさはなく。遠慮の欠片も持たない先輩と高橋は、ひとのお金で存分に高いお肉とお酒をかっ喰らっていた。
拙いお話をお読み頂きありがとうございます
良いお年を!