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炭酸飲料編

お久しぶりですー

 

 

 

「なんて言うかさ」


 トイレに行って戻って来た僕へ、先輩が話し掛けて来た。

 部室には先輩と僕しか居ないので僕に話し掛けているのだろうけど、視線はこちらを向いていない。


「こう、目の前に無防備にコーラが置かれてるとさ」


 語る先輩の目はじっと、机の上のコーラに注がれて居た。

 買ったばかりで栓も開いて居ないペットボトルのコーラが、二本。

 僕と高橋が部室で飲もうとついさっき買って来た、まだよく冷えて汗をかいたコーラだ。


 コーラを買って部室に置いて、それから高橋と連れ立ってトイレに行ったのだ。

 高橋は途中で何者かに捕まったので、今は居ない。


 なにごとかと先輩に意識を向けると、漸く先輩がコーラから僕へ視線を移した。


「全力で振りたくなるよね」


 …ご存じない方のために説明すると、コーラと言うのは焦げ茶色をした甘い炭酸飲料である。

 炭酸飲料とは二酸化炭素を圧入した清涼飲料水のことで、飲むと気化した二酸化炭素の発泡で清涼感を得られる。

 未開栓のものを開けただけでも発泡する、非常にデリケートな飲み物であり、温度変化や衝撃により、異常発砲して大惨事を引き起こす。


 うっかり取り落として落下しただけでも危ないのに、故意に振るなんてもってのほかである。


 そう。故意に振るなんて、あり得ない。


「…振ったんですか」

「ん?なんの話?」


 先輩は、にっこり笑って首を傾げた。


「わたしはこの、コーラのペットボトルの異様に嗜虐心を煽り、なあ、振っちまえよと訴え掛けて来る形状について、一般論的に論じただけで、わたしの目の前で振られるのを待ち望んでいるペットボトルについては、話していないよ?」


 あれだけ熱心にペットボトルを見つめながら語ったくせに、なにを言うか。


 僕の疑いのこもった視線に、先輩が慈愛のこもった視線で返す。


「飲まないの?みっちゃん」


 にこっと、僕にコーラを進める。


「早く飲まないと、ぬるくなっちゃうよ?わたしの分がないとか、気にしなくて良いから飲みなよ」


 台詞だけ聞けば、後輩を気遣う心優しい一言だ。


 先輩の自分を気にせず、冷たい内に飲むと良い、と。


 しかしその言葉の裏を気にしてしまえば、机の上のコーラへ手を伸ばすのは躊躇わざるを得ない訳で。


 刻一刻と冷たさを失っていくコーラを、僕は無言で見つめた。


「どうしたの?冷たい内に飲まないと、美味しくないでしょう?」


 その通りだ。コーラはキンキンに冷えて居るからこそ美味しいもので、たまにぬるいコーラや炭酸の抜けたコーラを好むひとも居るけれど、僕はその意見に賛成できない。

 喉を抜ける冷たさと痛いほどの炭酸こそ、炭酸飲料の醍醐味だ。


 だと言うのに、今まさに飲み頃を失おうとして居るコーラに、何故僕は手を伸ばせないのか。


「…振ってないん、ですよね?」

「わたしがみっちゃんのコーラを振ると思うのかな?」


 にっこりと笑う先輩の笑顔からはいくらでも裏が読めそうで。


 思いませんと断言は出来なかった。


 先輩が僕から視線を外し、手にして居た本に目を落とす。

 僕とコーラへの興味は失せたようだ。


 コーラの足元に、水溜まりが出来て居る。

 どのくらい、コーラの温度は上がってしまったのだろう。


「んー?どったの難しい顔してー」


 第三者の声に、僕と先輩の視線が引き寄せられる。


「あー、お帰りはしやん」

「どもどもー」


 先輩がへらっと笑って、高橋と挨拶を交わす。


「みっちゃんは共感してくれなかったんだけどさ」


 だいぶん汗をかいたコーラに視線を移して言う。


「目の前に無防備なコーラがあったら、思いっきり振りたくなるよね?」

「あー、わかりますわかりますー」


 笑って頷いた高橋は、そのまま無造作にコーラを手に取った。


「んんー、ちょっとぬるくなったかー。氷ありましたっけー?」

「あ、おい、」


 僕の制止も間に合わず、高橋がペットボトルの蓋を捻る。


 ぷし


 軽い音を立てて、コーラの蓋が開いた。


「れーとーこにないー?」

「あ、ありましたありましたー。先輩も飲みますかー?」

「くれるの?」

「どうぞどうぞー」

「ありがとー」


 僕の焦りもものとせず、先輩と高橋は和やかな会話を続け、異常発砲など欠片も見せなかったコーラは、氷の入ったコップの中でしゅわわと爽やかな音を立てた。


「…え?」

「ふーっ。やっぱコーラは冷えてないとですよねー」

「うん、美味しい」

「…振ってなかったんですか?」


 呆然と問い掛けた僕に、先輩と高橋が視線を向ける。


「わたしは一言も、振ったなんて言っていないよ?」

「先輩がコーラを振る訳ないだろー?」

「なんでそう言えるんだよ」


 当たり前の様に答える高橋に、顔をしかめて問う。


「いやー、ちょっと考えればわかるってー。もしコーラを部室内でぶちまけたら、大惨事になるだろ?単なる水じゃないんだぜ?掛かった箇所全部べたべた。きちんと拭き取らなきゃー、異臭騒ぎだってあり得る。そんな後始末が面倒なこと、先輩はやんないだろ?自分に掛かっても、部の備品駄目にしても嫌だろうしなー」


 …確かに。


「それになにより、先輩が食べ物を無駄にするとは思えない。ほら、コーラにラムネ菓子入れる実験も、大鍋の中でやって後で自分で処理してただろ?」


 言われてみれば、周囲に被害を出さないよう外にビニールシートを敷いてやって、気の抜けたコーラを美味しくなさそうに飲んでいた。


「つまり今日の悪戯は、思わせ振りな行動をして猜疑心を掻き立て、相手の反応を楽しむって内容だなー」


 コーラ片手に高橋が肩をすくめる。


 先輩に目を向けると、にこっと笑みを返された。


「…僕のコーラの冷たさを返して下さい」

「れーとーこに、氷があるよ」


 悪びれもせず先輩が答える。


 …悪戯に嵌まらないためには、観察眼と洞察力が必要だ。






拙いお話をお読み頂きありがとうございました

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