[extra16 被害者たち]
また、鬼丸と猿河がイチャコラしてる…。
学校の三階の自販機前で無駄に身を寄せ合ってだらだらくっちゃべってる。なぜ、俺が隠れなきゃならんのだ。用が終わったなら、そこをどかんかい。
以前から思っていたが、こいつら距離感がおかしい。大体、どこかしらお互いの体に触れているイメージがある。随分最初の方からそうだった気がする。無人の保健室で乳繰り合ってたし(鬼丸曰く、くすぐられていただけらしいけど、それはそれでおかしい)。
とうとう付き合いだしてから、更に悪化している。スキンシップが甘ったるくなってしかもそれが恥ずかしい事と自覚出来なくなっているようだ。当の本人は『仕方なくですけど。如月さんの罪状まで被って…』とあくまで被害者ヅラしてるから始末におえない。
猿河ファンらは未だに現実を受け止められずに鬼丸に呪詛吐きまくってる奴らは一定数いたが、一連の二人の見苦しい様を目撃したり深くは知らないが猿河が追い打ちで何かしたらしく戦意喪失した後、野球部のエースかなんだか県大会優勝で活躍したのを切掛けに今はそっちがキャーキャー言われている。
猿河にお熱だった養護の桑田先生(独身)はショックで寝込んでからは休日は全部婚活パーティーに充てているらしい。前向きっちゃあ、前向きなのか?
前向きに歩いていける人はいい。
猿河がいきなり180度方向転換したせいで、それに気持ちを切り替えられない人達がいる。
親衛隊ーー…猿河修司を草葉の陰から見守る会の面々だ。
彼女達は人一倍奴に対する思い入れが強かった為に未だに死屍累々だ。猿河ロスがひどく、一人一人では様々なショックを埋めきれない為に未だに団体で行動している。そしてお互い傷を舐め合っている。いうなれば、猿河事変の傷を舐め合う会だ。
「如月さん、どうしたんですか?飲み物買いに行ったっきり戻らないと思ったら…」
会の面々でランチをしている最中に抜けたものだから、杉田さんが探しに来たらしい。普通に嬉しい。嬉しい…けど…この状況は。
柱の隅に身を潜めている俺に首を傾げてから、杉田さんは何気ない様子で歩いて行ってしまった。止める間もなかった。
「あ……」
全てを見てしまった杉田さんは固まってしまった。あぁーー…と両手を目に当てた。
猿河は鬼丸の腰に手を回してその背中に張り付いていて横顔に頬ずりしていたし、鬼丸は「やべっ…」という顔をしている。いや、その2、3段階前の状態から危機感を覚えろ、お前は。
「邪魔してごめんなさいね、少し使わせて貰っていいかしら」
しかし杉田さんは強かった。
一瞬固まったものの自販機の中に硬貨を投入した。
「如月さん、何飲むんですか?」
「え、あ!アイスコーヒーで」
ガコンと出てきたコーヒーを杉田さんは平然と手渡してくれた。そして、くるりと振り返ってそのまま立ち止まりもしないで廊下をずんずん歩いていく。
コーヒー缶が熱いのは黙っていよう。
猿河は俺の言う事を聞かないだろうし妙な薮蛇になりそうだから、鬼丸よ。
猿河と睦み合うのはいい。そうしてれば猿河は比較的大人しい。それに以前のあの嘘臭い笑顔で愛想を振りまいてた時に比べれば、やりたい放題ではあるものの大分好印象だ。世の平穏の為にも、出来れば一生捕まえといてほしいものだ。野獣を野に放つな。
だが、とりあえずその無差別イチャイチャテロを止めろ。お前らのそれはもう微笑ましいとかいうレベルじゃない。見てはいけないものを見たような気持ち悪さと気まずさを催す迷惑行為だ。
◆
「本当、あいつら最悪ですよね。毎日毎日ベタベタと…迷惑以外のなにものでもない」
屋上にて。天気が良いのでこのところ屋上で昼メシを皆で食べている。
杉田さんと、高橋さんと鈴木さんと…あとは、時々石清水さん。石清水さんは基本杉田さんが声をかけて教室から連れ出して来ている。
「散々周りを振り回しておいて、結局アレかよって。何がしたいのか全く分からないし、自己中心的にも程がある」
彼女達の落ち込み様があまりにも見ていられないから、少しずつその悲しみを猿河ヘイトに変換するよう誘導している。実際に善人だとは言い難いし奴のせいで落ち込んでいるんだからこれくらい良いだろう。猿河は今更そんなこと屁とも思わないだろうし。
「だめよ、如月さん。それは嫉妬よ」
すぐに杉田さんに窘められてどきりとした。
「如月さんがすごく修…猿河君の事が好きだったのは分かるけど、そんなの口にしたってどうにもならないのよ」
あ、そういう事…。そういえば杉田さんに、俺が熱烈な猿河ファンだと勘違いされているんだった。なんか肩透かしを食らったような安心したような。
「いかなるときも猿河修司の健康と心の安全を守り抜き、その身を捧げることを誓います…か」
ああ、と会のメンバーである鈴木さんと高橋さんが頷く。親衛隊規約の誓約前文だっけか。完璧主義の杉田さんが何度も練り直しながら作ったのを知っている。
「だから、これでいいの。見たことないくらい幸せそうだから。本当はなんとなく分かっていたのよ。鬼丸が会に入った時から他の人とは接し方が違うのは気付いてたし」
「確かに…。それくらいから昼食も断られはじめたし、放課後もいつの間にか消えている事多くなっていたしね」
「それで気付いたら、鬼丸と二人で遊んでいたりするし。すごく楽しそうに。海の時も…」
海、という単語を聞いてなんとなくその場に気まずい空気が流れた。
石清水さんが鬼丸の水着を破いた事件を多分その場の全員が思い出した。
「…なによ。責めたければ責めれば?」
石清水さんが睨む。なぜか俺に向かって。いや、俺何も言ってませんけど。
「旭陽たちも何にも思わなかったわけ!?完全なる抜け駆けでしょ。しかも、あんなどこにでもいそうな普通ぽそうなのに。意味分かんないし、どうしても許せなかったのよ」
石清水さんが予想以上にぶっちゃけて喋り出したのに面食らう。クールそうに見えたが、内心は腹わたが煮えくりかえっていたようだ。それはそうだろう。
あの見栄えと外面の良さ、器用さがあれば何でも出来る。事実、人気者だったしアイドルで王子様扱いだった猿河が、なんでそれらを差し置いて鬼丸を選んだのか謎だ。気まぐれにしてもリスクが大きい。まだ高校生活は続くのに。
「猿河君にとっては普通じゃなかっただけよ。それが分かんないなんて、まだまだね」
「で、でも…」
「じゃあ、鬼丸みたいに猿河君の事ぜんぶ丸ごと受け止めてあげれるの?理想通りじゃない猿河君の事を変な人呼ばわりしてたのは誰だったの」
「……」
「別に責めはしないわ。だってここにいる全員そうだったんだから、猿河君の事を守るとか言っておきながら本物の彼の事を全く知ろうとしてなかった。全部最初から理解してたのは鬼丸だけなのよ。それが答えじゃない?」
杉田さんの言葉を聞きながら胸が痛い。
やっぱりこの人はすごい。いい人だしきれいだ。人間として美しい。
「今度、二人に謝りに行こう?私も行くから」
今、この場で鬼丸をけしかけて猿河に接近させていたのが俺だと暴露したら杉田さんは何というだろうか。彼女なら許してくれるだろうか。…俺はクズだから言わないけど。
「じゃー、それ成功してスッキリしたら全員で遠出しません?ピクニック的な」
明るく、下心を微も滲ませないように提案してみる。しんみりしてしまった雰囲気をなるべくサックリ壊す。不発でもいい。
「いいですね。…移動は電車の方がいいですよね?如月さん的には」
杉田さんに悪戯っぽく微笑みかけられて、先ほどとは違う意味で心臓が痛い。
「い、いや…どこでも何でもいいですけど」
これは違うから、と心の中の誰かに向かって言い訳している。
杉田さん達が立ち直る為の気分転換だから。自分の為なんかじゃないから。せめてもの償いのつもりなんだ。
「遠出なら泊まりの方がいい?一番近い連休っていつだっけ」
泊まり!?はうっ、とまた一人だけ攻撃を受けている自分はなんて不埒。
「あ。私、温泉入りたいかも」
温泉!?
だめだ。修行が足りないぞ、如月圭吾。にやけるなにやけるな。喜ぶな。どうせ何にも起きないんだし起こせないんだし。
おいしい思いなんかしてない。…はず、多分。




