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64:

猿河氏サイドの話。

子供の頃、友達がいた。

目には見えない、僕以外の誰も知らない子。

僕の事をなんでも理解していて、一人でいる時寄り添ってくれる。その子がいれば何にも怖い事がなかった。すごく大事な存在だった。

成長して、そんな子は現実にはどこにもいないのだと分かった時とても悲しかった。それが分かる年齢になる頃にはもう現れてくれなくなっていたから。









家に帰って風呂にお湯を貯めた。

父親は今月はまだ東京から帰れないらしいし、母親は仕事場にいる。帰るの面倒だから、とそのままそこでまた寝泊まりするのだろう。放任主義が猿河家の家訓だ。



「顔が痛い…」


湯船につかりながら顔をさする。

つくり笑いと本物の笑顔は使っている表情筋が違うらしい。…どんだけ、楽しくて顔を崩していたのか。それを今更、一人になって思い知らされてどうしようもなく恥ずかしくて惨めだ。


最近、駆け引きとか出来てない気がする。気持ちや言いたい事を適切に隠したり出来なくなってきている。

したい事をしたいだけ、言いたい事を言いたいだけ、触りたいものを触りたいだけ。本当に幼児並の我儘だ。我慢が出来ない。


キスなんかしたせいだ。あれで一気に距離感がおかしくなった。後悔してる訳ではないけど、あれがなかったら今もまだ哀ちゃんとこんなに打ち解ける事を自分自身が許したりしなかっただろう。

たった唇を重ねるだけの単純な行為を、一回したら二回したくなる。二回なんかじゃ足りなくて何回も、何十回何百回、永久にだってしたい。

最初はそれほどしたかった訳じゃない。犬塚なんかとしたっていうから、対抗するみたいにした。それからだ。どんなにしても足りない。すればするほど、止められない。


(こんなはずじゃなかったのに)


少なくとも此方から直接的に歩み寄るつもりはなかった。相手が一本に絞って、僕だけ欲しいって懇願してきたら考えなくもないと思っていた。こういう色事に関しては、勝てる勝負しかしたくない。駄目になったら絶対立ち直れないほどぐっしゃり崩れおちて傷付く自分の性質くらい分かっているから。

誰にも心を許したくなかったのはそういう事だ。例え本当の味方がいなくたって、自分が傷付かなきゃそれでいい。それが一番安心できる環境だった。

自分より大事なものなんてなかったはずだ。でも近頃は鏡を見て自分磨きする時間より、携帯いじってメッセージを送ったり何してるのか考えている方が多い気がする。

やばくない?




あまりに余計な事を考えてしまうので風呂から上がって適当に部屋着に着替えて、歯を磨いてから二階の自分の部屋に戻ってきた。


改めて客観的に見ると、随分ちぐはぐな部屋だ。

スタンドミラーの周りには化粧水などケア用品が並べてあってファッション雑誌が積み重なっているけど、テレビの横にはプロレスやら格闘技のDVDが並んでいる。部屋の隅には鉄アレイとかダンベルやらが置いてあって、その隣にアロマ加湿器が置いてある。壁に貼ってあるポスターは今は亡き伝説のプロレスラー。

誰が見たって訳がわからない。統一感のない、変な部屋。誰も呼べやしない。




【猿河君って、そういう事するんだ…】


まだ調子に乗っていた中学の頃、告白されて、こういうのも経験しといていいか…と付き合った女の子はもう顔も思い出せない。


【なにそれ、全然似合わないよ!】


なのに手酷く傷付けられたのは、よく覚えている。全く上手くいかなかった。散々プライドを踏み躙られて、あげく【ゴメン、疲れちゃった。猿河君って思ってたのと全然違うんだね。あ、私部活の先輩と付き合うから別れて】だと。


「ふざけんな、っつーの」


ドライヤーで髪乾かさなきゃ、と思うのにそのまんまベッドに沈み込んだ。もうどこ行ったかも分からない相手に今更怒っても仕方ないんだけど。ていうか疲れたのはこっちだってそうだ。


イメージと違う、とか分かってるし。見た目と中身がかけ離れてる自覚はある。

自分が生み出した架空の友達以外は、不完全である僕を受け入れてくれなんかしない。そんなの重々承知している。排除されないようにイメージに合わせないと生きていけない。




横になったまま携帯の通話ボタンを無意識に押していた。なんとなく。あんまりこんな事はしない。


『はい、もしもし。どしたの、猿河氏』


出た。それだけの事がなんで嬉しいのか自分でも分からない。


「まだ起きてんの?寝なよ。遅刻するよ」


『え…それ、電話してきた人がいいます?言われなくても寝るところだよ』


「ふーん?寝る前に僕の声聞けて良かったね」


『そーお?ダーリンこそ私の声聞きたくなっちゃって電話したんじゃないの?」


当たり。誰もいない所で一人で顔が熱い。


『あ、猿河氏。そういえば、明日ってそっちのクラス現国稲見ちゃんだよね?』


「ん、確かそうだけど」


『たぶんテスト範囲の演習プリントやると思うんだけど、後でそれコピーさせて。ちょっと見当たらなくなっちゃって…』


「いいけど、貸し1だよ」


『え、ツケで許してくれるの?優しい』


「貸しが3たまると、問答無用で押し倒すから」


『全然優しくなかった…』


鬼丸哀と話す事はほとんど色気もない普通の会話だ。でも、触るとか抱きしめるのとかと同じくらい心地いい。

キスとかハグとかセックスとか直接的なもの以外意味ないと思っていた。けど、こうやって普通のくだらない話をするだけで満足しそうになってしまう。


彼女に携帯を見られて本性を暴かれて、ただの面白イケメンと言われた時。

こういう事になる可能性は少し考えていた。鬼丸哀はなんていうか、あまりにありえなかった。僕が全然完璧じゃないと分かっていても、それでも笑いながら擦り寄ってくる。時に茶化したり怒ったりしながら、普通に馴れ馴れしくしてくる。鬼丸哀といると、別に僕って特別おかしくないのかも、という気持ちになる。それで安心してしまう。


『猿河氏はラーメンなら何味派?私は味噌派で味玉二個はつける』


些細な変化が起きるたびに、本当はずっとこういう事がしたかったのだと気付かされる。


「チャーシュー麺。醤油か塩。ニンニク盛りで」


なんにも知らなかった。気付かないようにしていたから。


『めっちゃニンニク好きじゃん…。そんなにスタミナ付けてどうすんの』


なんかエロいし、させてはくれないけど触らしてはくれたり、こんなに都合が良くて大丈夫なんだろうかと思う。イマジナリーフレンドみたいにいつかパッと跡形もなく消えてしまうんじゃないかと不安に思う。


『そうだ。私、ラーメン美味しいとこ知ってるよ』


全て分かっていても離れていかないし、許してくれるし。なんか楽しいし、気持ちいいし。くだらない話をし続けても飽きて嫌われない。何をしてもそのまま笑って受け入れてくれそうな。そんな、誂え向き聖母みたいな。僕専用の。


「じゃ…明日は、ラーメン行く…」


『あれ、眠くなってきた?もう12時近いもんね。いいよ、切るよ』


「待って…やだ…眠いけど、そのままにしてて」


『寝るんでしょ?なら…』


「いいから…切らないで…」


目を閉じるとすぐ横にいるみたい。早くそうなればいいのに。


一回閉じた瞼はどうにも開かず、そのまま眠りに落ちてしまった。夢も見ないほど熟睡して、気付いたら朝だった。

携帯の履歴を見ると寝入ってから少し後も通話が続いていた形跡があって、寝起きなのににやついてしまった。

猿河氏は意外と恋愛体質。

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