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62:

鉄板の上にはいい匂いをさせながら焼ける肉がある。

日曜で天気も良いから、リーズナブルな上に味もそれなりに美味しいこの焼肉チェーン店には家族連れも多い。


「僕カルビ丼注文するけど哀ちゃんも食べる?」


「あ、うん。…肉焼けたからあげる」


「サンキュ」


今日は如月さんのポケットマネーで肉を食い尽くす会だったはずなのに、なぜここにタッチパネルを鼻歌混じりで操作している猿河氏がいるのか。



それは、つい30分前の話。




如月さんが約束通りに焼肉奢ってくれるというので、ウキウキで入店。席に案内されてこれから注文というタイミングで、猿河氏から電話が来た。


『今、どこにいんの?』


「いやぁ、ちょっと外出てて。何かあった?」


『外?どこ?』


「だから、猿河氏何か私に用事…」


『どこにいんの?』


「……焼肉食べようとしてるとこ。今まさに」


『一人?すたみな一郎?行く行く。僕もお腹空いてるし』


いや、なんで私が誘ったみたいになってるわけ?


猿河氏の気配を感じ取った如月さんは「俺は面倒ごとに巻き込まれんのはごめんだからな!お前と二人で会ってる所知られたらどんな目にあうか…」と青ざめて私を置いて逃げた。

如月さんはすぐ保身に走るから、杉田さんと友達止まりなんだよ。男気のおの字もない。


そしてその数十分後、焼肉屋にはどうも浮いてるバケーション帰りのセレブ風猿河氏が到着した。


「一人焼肉とか、マジでやってたの?てっきりあのメガネ(如月さんの事)と行ってたと思ってた。なんだ、ついでに焼いてやろうと思ってたのに」


…何を?

そんな事を言われたら、本当の事なんか言えない。ていうか相変わらずどんだけ勘が鋭いんだよ。


「最初から声かけてくれれば手取り早いのに、変なの。あんた皆でワイワイやるのは好きでも、単独行動とか本当に苦手そうなのに。痩せ我慢して」


「う、うるさいな。そういう気分だったの!猿河氏も焼肉なんて実は嫌でしょ?スタイリッシュではないもんね」


「いや?好きだよ、肉。カルビとかステーキとか。タレより塩派だし、タンにはネギたっぷり乗っけた方が好き。焼き加減はミディアムくらいが良い。それとニンニクも好き。すりおろしてるのより、粒のやつ焼いたのが好き」


意外だ…。まぁ、確かにはっきりと嫌いとかは聞いた事はなかったけど。


「あんま人前ではそういう臭う系?暑苦しい系?のものは、口にしないようにしてたけどね」


さすが猿河氏、意識高い。イメージが崩れるから、みたいな?


「ふぅーん。なら、いいの?ここでその信念折っちゃって。ここでごはん食べたらすっごい焼肉臭くなるよ?」


「え?いいよ、別に。帰ったらクリーニング出すから。あと、今日食べた分は筋トレして燃やし切る」


筋トレしてるのか。やはりあの均整のとれた筋肉は然るべきコントロールをしてああなってるわけだ。地味に努力家だな。…結局、なんで今日は焼肉オッケーになったのかは分からなかったけど。


「私も少しは運動しないとやばいな…」


食欲の秋だからってちょっと最近顔が丸くなってきている気がする。


「同じジム通う?プールとかサウナもあって割と充実してるよ」


「え、ジム…?私にはそういうの、敷居高いなぁ…。だって猿河氏みたいなムキムキな人しかいないんじゃないの?」


「そうでもないよ。てか人の事、筋肉ダルマみたいに言うけど、これでもゴツくなりすぎないようにセーブしてるんだからね。せいぜい細マッチョくらいだから」


「うーん…?」


同い年の犬塚君と比較してもゴリラ系だし、ひとつ上の桐谷先輩と比較してもゴリラ系だと思う。





そんな雑談をしながら、焼肉を我ながら珍妙なコンビでもりもり貪り食べ終えた。

焼肉屋を出た頃には二人とも顔がてかてかしてるし、鼻が効かなくなってるけど絶対に肉のにおいが染み付いている。絶対もう他にどこにも行けない。

普通なら、帰る以外の選択はないように思うのだが。


バス停まで歩いている、最中に猿河氏が立ち止まった。


「哀ちゃん、アレ…」


猿河氏の視線の先は公園で、犬と飼い主がフリスビーで遊んでいた。

そっか、猿河氏の祖父母の家で犬飼ってたって前に言ってたもんな。懐かしくなったのかもしれない。


「ふふ、猿河氏。撫でさしてもらお…」


「あ、すいません。そっちの使わない方のフリスビー貸して貰っていいですか?」


あれ?

猿河氏は飼い主から何故かフリスビーを譲り受けて、私に向かって何故か構えている。いや、なに?それがしたくてあんな稀に見るキラッキラの目をしてたの?


「ほーら、いい子だから取ってこいよー。それっ」


ぎゅん、とすごい速度でフリスビーは飛んでいき、食べ過ぎて重い体じゃスライディングしても追いつかなかった。芝生の上に転がり込んで草まみれになっている私を見て、「下手っぴだな〜」と猿河氏が笑っていた。


「じゃあ、今度は私が投げる!ダーリンGO!」


さっきの仕返しに高めにフリスビーを飛ばした。さすがの猿河氏もこれでは取れまい、とほくそ笑んだ。しかし。


「…嘘でしょ…」


猿河氏の身体能力を舐めていた。フリスビーの高度が最大になる前に追いついて、これまた驚異の跳躍力で飛び上がりさほど苦労した様子もなくキャッチした。

ふふん、と猿河氏がフリスビー片手にドヤ顔をしている。


「ま、まだまだァ!次!」


続けてフリスビーを投げる。それを猿河氏が取る。また、投げる。取る。

何度か繰り返すうちに私は何故か、熊って100メートルを6秒で走るんだっけ…という事を思い出していた。


頑張って猿河氏に対抗したが、先に投げる方の私がバテてしまい飼い主さんもそろそろ帰りたそうにしていたのでフリスビーはお返しした。


「次、何して遊ぶ?」


猿河氏がけろっと機嫌良さそうに聞いてきた。あんなに食後に走り回らせたのに。ほんとに体力おばけだと思った。こんなのに敵うはずない…。


「ぶ、ブランコで」


「二人乗りしちゃう?新世界見る?」


「いやいやいや!見ない、見ないよ!休もう、ちょっと疲れたから」


この状態でブランコで新世界なんか見たら私気絶するよ。


「そ?たしかに少しはしゃぎすぎたかもね」


少し…かな?

かなり今日はハメ外してたと思うけど。なんかいい事でもあった?


「あったけど、言いたくない。そんな質問する子には」


二人乗りはするらしく、猿河氏が乗ったのに向かいあう形で私が乗っかる。…乗ってから気付いたんだけど白昼堂々この体勢ってやばくない?


「…ダーリン、変なとこ反応したらだめだよ。ステイしてて。良い子だから」


「それは無理。僕、良い子じゃないから」


もぞもぞと身体を捩って当たりの良い所を探すんじゃない。


「あ、すご…。この揺れ、ちょっとイイ…」


「何やってんの!?いや、揺らさないでって、まずいからね?ここでエレクトしたら一生恨むよ!?」


こんな時に限ってスカート履いてくるんじゃなかった。尻を掴まれてぐいぐい押し付けられるのを足を踏ん張って必死で食い止めてると、バタバタと元気な足音が聞こえてきた。


「あ!バカップルがいる!」


「本当だ!何やってんの、あのバカップル」


近隣の子供達がわらわら集まってきた。こ、これはちょっと気まずい。なんか教育上よろしくないものを見せつけている感じがする。


「ほら、ダーリン。バカだって」


「はぁ〜?どう見たってバカっぽいのあんたじゃん何言ってんの」


要は二人とも馬鹿だ。

急に羞恥心が戻ってきて、さすがに帰りました。

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