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episode16 近距離攻防戦


成り行きで、猿河氏となんちゃってお付き合いをするようになりほぼ一ヶ月経つ。



正直いうと意外だった。予想が外れてしまった。

気まぐれな猿河氏のことだからすぐ飽きて、3日目には「は?なに彼女面してんの。うぜー」と突然ころりと塩対応になって解消するものだと思っていた。だから、正直成り行きで交際に至った当時の私は事態をあまり重く受け止めていなかった。



「ダーリン♡こらっ、また私のお弁当盗んだな?許さないぞっ」


「だってさ、それってあのチワワの作ったのでしょ?それこそ裏切りだよ?ハニー♡」



ウフフ〜ウフ〜と、猿河氏と私はにこやかな顔を作りながらスクラムを組みながら、他に無人の第2理科室で攻防を繰り広げていた。猿河氏の背後には隙をつかれ奪われた私のお弁当がある。朝ご飯も抜いた日の昼休みになんてむごい仕打ちをするのか、猿河氏。


にこやかなのは、怒ると笑う猿河氏に対抗して自然と私も同じような顔になってしまう。それとギャグのようにベタな「ダーリン♡」「ハニー♡」呼びは自分でも正気の沙汰とは思えないが、最初に私がふざけてそう呼んだら氏が案外ノリ良く反応してから止めるタイミングを失ってしまったのだ。なんとなく自分から止めたら、恥ずかしくなったのだと相手に悟られるのが嫌で。


「いやだって、聞いて、このお腹の音…。餓死して死んじゃうよ?ダーリンが持ってるそのお弁当が命綱なんだよ?」


「それなら大丈夫。ほら、僕のと交換してあげるよ、ハニー。はい10秒チャージ、プロテインゼリー」


「いやぁ、それ絶対満腹にならないやつ…」


大柄な猿河氏と対峙しても勝ち目はないのは自分でも分かっていて、あっという間に転がさられる。


「それならハニー、お腹いっぱいにしてあげようか?」


恐らく先ほどとは違う意味でにやにやしながら猿河氏が私の上にのしかかってくる。容赦なく全体重をかけてきて、そして当然のような顔で身体を押し付けてきた。


「う…違…それお腹、いっぱいじゃなくて」


胸がいっぱいになる方。

あと物理的に苦しい。私の内臓が潰れて悲鳴をあげている。はぁ、と生暖かい他人の息が当たると微妙に…なんか変な、妙な気持ちになる。長くて細い豊かな睫毛が皮膚に当たってくすぐったい。


(本当にこんな事をしていいのかな?)


良くない。良くない、というのは分かりきった事実だ。けど、あの翠。翠の目、あれを見てるとなんかぼおっとしてしまう。

あとは条件反射。一度、一線越えるとそのハードルがどんどん下がっていく気がする。そして『次の』一線がもうそんなに遠くないような気がする。これ以上はほんと駄目。


(やばい…いや、これは)


馬鹿な事してる、二人とも。しかも罪悪感が薄い。

猿河氏が舌舐めずりをしている。金髪もあいまってそれはなんかライオンのように一瞬見間違った。その迫力は肉食獣のそれだ。


「いただきます♡」


上機嫌な顔で猿河氏が私の下唇に噛み付いた。もぐもぐ咀嚼する。血の出ない噛みちぎれない程度、痛いと気持ちいいの境界の刺激に襲われている。

あれ、これ私がお腹いっぱいになるどころか逆に食べられてない?おかしくない?


「まずいよ…もう」


「おいしい」


「な、わけ…」


「おいしい、ほんとに」


あーあ、もうハニートラップを仕掛けているわけでも何か理由がある訳でもないから止めないといけないのに。

ていうか、これまでの事を振り返ると、やっぱり上手く乗せられているという気しかしないんですけど…。


私と猿河氏の間にあるのは間違いなく愛情じゃない。友情でもない。信頼関係などもってのほかだ。……かといって、嫌悪してるわけでもない。好き勝手している猿河氏だけど、なんだかんだ憎めない奴だと今は思っている。


だめなんだけど、好きじゃないのに、なんだか気持ちいい。居心地良くて微妙に楽しい。でも、ちょっと不安になる。

きっとこのまま目を瞑って何も考えていないと、弾みでどこまでも転げ落ちてしまう。

信じられないほど深い場所まで。はっきりとは分からないけど。


「……っあ、」


重ねた互いの手の指先がいつの間にか絡んでいた。素でそんな事をしていたので、我ながらかなりびっくりした。猿河氏もいったい何のつもりでそんな事をしているのか理解に苦しむ。


多分、目指しているものは違うものだ。

だからこれは、ごく近い距離で互いの陣地を奪う戦いを繰り広げて、着地点を探っているような感じ。



かなり危なげなバランスを保ちながら。




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