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59:


「双子っていいなぁ…」


ぼんやりとしていると「ん?」と犬塚君がおたまを持ちながら振り返った。今日の献立は八宝菜らしい。


「だから、双子がね…」


きゃいきゃいとじゃれている輝君と昴君を見ていると時々無性になんだか寂しいような温かいような変な気持ちになる。


「羨ましいなぁって。いつも二人で楽しそうで」


「そっか?こいつら、顔も格好もそっくりだから人一倍自己主張激しいしすぐ何でも競って喧嘩してるけどな。だってそうだろ、四六時中おんなじレベルのライバルがいるわけだから」


さすがお兄ちゃん、よく分かってるなぁ。


「ライバル…犬塚君でいうと猿河氏みたいなのが兄弟みたいな?」


「はぁ!??ふざけんな!そんなん願い下げだ!誰があんなクソ猿と?」


天敵の猿河氏の名前が出た途端に瞬間沸騰湯沸かし器みたいに犬塚君がキレた。もはや持ち芸なんじゃないか、その怒りっぷり。


「いや、例えね。例え。うーん、でも猿河氏はThe☆一人っ子みたいな感じだし兄弟とかはあんまり想像つかないや」


「例えでもあいつの名前は出すな。ばかやろう。でも、アレだな」


「ん?」


「そんなら、お前が妹の方がまだ想像つく」


「え」


…妹?って言った今。

犬塚君はけろりとした顔で頷いた。


「うん。お前なんか裕美子に似たとこあるし、そんな感じ。ちゃらんぽらんで頼りなくて手のかかる妹」


「まじすか…」


話を振ったはいいけど、なんて反応すればいいかわかんない。ていうか私と裕美ちゃんは別に似てないぞ。裕美ちゃんがかわいそうだわ。


「ていうかいいな、それ」


「?」


「裕美子がいて、チビ達と俺がいて、あとお前。丁度いいバランスでなんか安定してて和む」


犬塚君はただの雑談にしては問題発言を言い残して、キッチンに戻っていった。人の気も知らないで。


「……」


「あ、鬼丸。手空いてるんなら、チビ達風呂に入れてやって」


「お兄ちゃん♡私、ウズラ多めがいいな♡」


「だめだ。一人みっつまでしかないから」


顔を背けてながらふざけでみる。何も怪しまれないように。こんな戯言にいちいち動揺していたら馬鹿すぎる。人の気も知らないでひどいなぁ、犬塚君は。







小学生の頃、丁度今くらいの時期。


私は一体何を考えていたんだろうか。自分でもよく分からない。覚えのない激しい憎悪を向けられて、ただ怯えて逃げていた。

道端で手を繋いで歩く家族連れが羨ましかった。お父さんがいてお母さんがいて女の子がふたり。別に珍しくもない光景なのに、なんでかその後をついて行ってしまっていた。ただ見ているつもりだけだった。

だけど段々寂しくなってつい、手を伸ばした。その途端に道端で転んだ。膝小僧を擦りむいた。思ったより激しく流血したけれど、その人たちはそのまま私に気付かないで行ってしまった。これで良かった、と私は思った。例え認知されてもただ気味悪がられるだ。あんなに優しそうな顔をしていたって、私の事を知っていて憎んでいるかもしれない。あの女の人も。

誰かのものなのだ、皆それぞれ。その時、私は初めてそんな簡単な事を思い出した。だからもう誰も受け入れる余地なんかない。誰かは誰かの為に生きている。そうでないのは私くらいだ。足の傷口が膿んできてなかなか治らないので、病院に行くために保険証を探していたら数日前に自分の誕生日が過ぎていたのに気付いた。大した事でもないのに、なぜだかとても悲しかった。





「鬼丸’sキッチ〜ン」


「は?」


「いや、だから鬼丸’sキッチン」


ホットプレートを用意し両手でヘラを持ちカンカン言わせて、怪訝な顔をする犬塚君を威嚇した。


「今日の献立はお好み焼きです」


今日は頑張った。病院行って一旦帰宅してからスーパー寄ってまた犬塚家に戻ってきた。お好み焼きの粉とキャベツと豚肉を持ち込んで。


「なんでまた急に…」


「本日は鬼丸感謝デーというわけで私が手料理を振る舞ってあげようかと」


「だ、大丈夫かよ…」


「大丈夫だって!唯一私がまともに作れる料理なんだから。よし、輝君と昴君も手を洗って手伝って〜」


子チワワズと一緒に洗面台に向かう途中、振り返って犬塚君に一瞥を向けた。ずびしっ、と人差し指の延長上で彼の鼻面を指す。


「犬塚君は手出し無用!」


「なっ…」


犬塚君はいつもなんでも家事一人でやり過ぎだから、不公平だ。今日一日くらいゆっくり休んでもバチ当たんないと思う。居候の私にだってそれくらいなら考えつかなくもない。これでも悪いなとは思っているのだ。

犬塚君は(解せぬ…)みたいな顔で閉口した。だから一応納得したのだと思った。


のに。


「やっぱこれキャベツでかく切りすぎだろ。あと、粉もダマになってるからもっと混ぜないと…あ、昴!プレート熱くなって危ないから気を付けろよ!」


うろうろと。しきりに。

好きな事でもすればいいのに、犬塚君は終始私たちの周りを心配そうにうろついていた。全然ゆっくりなんて出来ていない。むしろ、いつもより緊張しているような…。


「ハル兄、うざい!」


さすが血の繋がった兄弟は遠慮がない。昴君が、ぺいっ!と犬塚君が抑えた手を振り払った。

ムッとしているものの犬塚君はさすがに長兄で逆ギレしたりはしない。


「うざいってお前…反抗期か…?」


「いや、犬塚君は黙って見守ってて。大人しく。お兄ちゃん?」


だから手出し無用だって言ってたのに、この世話焼き性分は根強くてどうしても手を出したくなってしまうらしい。仕方ないから犬塚君には鰹節ふりかけ係に任命した。





「え~なになになに!?いいにおい!お好み焼き!?わーい!」


日中の仕事から帰宅した裕美ちゃんのはしゃいだ声が聞こえた。そんなに慌てなくても先に食べたりなんかしないのに、走りながらリビングに飛び込んで大喜びしている。三児の母親とは思えない可愛いさ。


「やーん。丁度食べたいなぁって思ってたんだよねぇ、ナイス鬼ちゃん」


「えへへ…」


グッ、と親指を立てて言われると素直に嬉しい。照れる。


「じゃああー、調子に乗ってジャンボお好み焼き作っちゃおうかなぁ」


ふふん☆と笑ってボールを握りしめる。


「は…?ジャンボ?止めとけって。なんか嫌な予感が…」


犬塚君の制止も空しく、「オラオラオラオラァ!!」とプレートに流し込める分の生地を流し込む。料理とは気合いと勇気だ。


「…なんだよこの地獄絵図は…」


犬塚君の不安げな声を聞き流しながら、お好み焼きの表面に気泡が出るのをじっと待つ。

両手にヘラを構えて二刀流。深呼吸しながら気合を入れ、頃合いを見計らってお好み焼きの端っこにヘラを潜り込ませて一気にひっくり返した。


「ホワタァァァーーーーー!!!!」




肝心の出来栄えはというと。



「食べ物を粗末にするんじゃねぇ。二度とやるな、ばかたれが」


無残にお好み焼きは四方八方に飛び散り、とても直視できない程度の完成度だった。


「まぁまぁ、ほら食べやすい大きさになったし。味は美味しいよ!」


裕美ちゃん、優しい…。でもお好み焼きって誰がどう作っても同じ味だから…。


「次、すば!すばもやるっ」


「あーも!ねぇ、おに!やろ?」


「だめだ、お前らは。ちゃんと皿の食ってからにしろ」



嫌だなぁ、楽しい。後悔と嬉しさが交互に湧いては消える。ずっとこのまま永遠に時間が止まってほしい気もするし、さっさと消え去って忘れてしまいたい気もする。


毎年通り過ぎる無意味なこの日が、今年はちょっとだけ特別だった。それだけでいい。私にはそれだけの事が宝物だ。

例え誰も知らなくたっていい。

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