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57:

かなり久しぶりに帰った故郷は相変わらず陰鬱な暗い雰囲気だった。


いや、客観的に見れば公共設備も整っていて産業もあるそこそこ良い街なのかもしれないけど、ここであった出来事は全て嫌な事だったからそう感じるのかもしれない。

本当は来たくなかった。ここには何人も会いたくない人ばかりいるから。帰ってきたのは、ただお父さんに冷血で悪い子だと見損なわれたくないから、それだけの理由だ。



「よくも抜け抜けと」


私の祖母にあたる足の悪い老婦人が、これ見よがしに大きな声で呟いた。私はただ俯くしかなかった。この人も数えるほどしか接した事がないなから、あまり親しみが湧かない。それにいつも私を厄介なものを見るような目で睨んでくるから、怖いおばあさんとしか思った事がない。


母の葬儀はまばらに親類らしき人達が来ただけだった。皆、白い目で遠巻きに私と父を睨んでいた。私は居心地が悪くてずっと父の陰に隠れている。この人達は噂か何かできっと昔何かあったか分かっているのだ。私が知らない事を全部。


「……」


人の死に顔は安らかとよく聞くけど、母は違った。干からびて苦悶の末に地獄に無理矢理ひきずりこまれたような顔をしていたから、つい顔を背けてしまった。実の親に対してそんな事をしてしまって本当に申し訳ないけど。


やっぱり私には母に何の思い出もない。

昔は優しくて子煩悩ないいお母さんだったらしいのに、亡くなっても特に何も感じてあげられなくて母がかわいそうだ。

結局、私はなにも思い出せないまま。何をしたという訳でもなく、何も出来ず今に至る。


私は誰も愛する事が出来ない。家族さえも。

そして自分も。

記憶が戻らない限り、そのままだ。胸に開いた穴は埋まらない。ずっとそうだ。自分には何もないのに、ずっと求め続けてばかりなんだろう。これからは。


「行くぞ」


棺に花を入れ終わるとお父さんは途中で私を連れて退席した。誰にも挨拶はしていない。何か急いでいるのだろうか、と私も慌ててついて行った。


途中で抜け出すなんて、後でお父さんが誰かに責められるかとハラハラしながら車で家に帰っていった。

一瞬、このままお父さんの住んでいる家に連れてくれるのかと期待したが高速道路の青看板を見てそうではないのだと理解した。別にそれほど落ち込む事はではない。本当は分かっていたのだ、全部。


「お前は」


よく聞いてみたら桐谷父なんて比じゃないほど私のお父さんの方がずっと冷え冷えとした声で喋っている。


「俺に面倒をかけたりするなよ。捨てられたくなければ」


「はい」


私はお父さんの迷惑になる事なんかしない。

甘えないし強請らないし泣いて嫌がったりしない。一緒にいたいなんて口にして困らせない。


(あの子が生きてたら、お父さんもお母さんもこんなことにならなかったのかな)


私にはずっと考えてきた事があった。

死んだのが私ならきっとこの世界は今も正常に動いていたのだろう。母も優しいまま壊れずに済んだだろう。あの子がいればこの町であんなにたくさんの人の恨みを買う事もなかった。だから、こうなったのは全部、私のせいだ。

時間などどう常識的に考えて遡りようもないけど、もし出来るなら全て逆にひっくり返すのに。












家に帰ってきたのは、深夜だった。

お腹が空いて我慢できなくてコンビニに行って適当に買い漁った。何を食べたいわけでもない。空腹が満たされればなんだって。


「あーん!あったぁ〜〜オロナミンSぅ〜〜〜!!!」


聞き覚えのあるアニメのような甘ったるい声にとっさに棚の裏に身を隠した。…そうだ確かあの人の出勤先もこの近くだったんだ。まずい、忘れてた。

見つかって面倒臭くならないうちにレジ終わらせて退散しよう、と思った先にカゴを引ったくられた。


「なんだ夜中にこんな高カロリー高脂肪摂りやがって。全然食生活正す気ないだろ、馬鹿者めが」


…見つかった…犬塚君に…。

太眉を吊り上げてくりくりの目で私の頭のてっぺんから爪先まで舐め回すような視線をおくる。またきっと(不健康でしみったれたツラしやがって…)とか思ってるんだろう。


「鬼丸!」


「へい…」


深夜に似つかわしくないビシッとした声で呼ばれて身構える。が、犬塚君は少し頭を下げて会釈をした。


「この度は御愁傷様です」


「あっ、はい…」


ちょっと拍子抜けした。そういえば学校には連絡行っているんだった。


「全部終わったのか?しんどかっただろ」


「あ、うん…大丈夫…」


「そっか。とりあえずゆっくり休んで落ち着け。布団も打ち直したし」


あ、さすが常識人。当たり障りのない対応…え?…布団…?


「いやあの、犬塚君?」


私の布団は万年カチカチ煎餅布団な旨を伝えようとすると、真顔で言葉を遮られた。


「来るだろ、ウチ。忌引き休み一週間もありゃチビ達の送り迎えと遊び相手するバイトくらいできるよな?」


なんだこの人本当に。私の事なんかほっとけばいいのに。面倒で厄介だ。


「きっぱりフった相手を普通家に招き入れます?おかしいよ、君」


「それとこれとは話が別だろ。お前はウチで飼ってる家畜なんだから」


「いや、家畜ってなによ!また捨て豚とかいう話続いてんの?…ぎゃ!?」


あまりの取り扱いをされて私が取り乱して騒いでいると、衝撃とともにふんわりといい匂いがした。


「鬼ちゃーん!お久ぁ、なんで最近遊びに来てくれないのよぅ。まさかウチのシャイボーイ君がなんかした?セクハラとか?」


そう、犬塚家のグレートマザー祐美ちゃんだった。華奢で可愛らしい、犬塚君の遺伝子を間違いなく90%は構成している容姿の、非常に若く見えるお母さん。職業は夜の蝶、スナックのスタッフさん。


「してねーよ!いや、誓って疚しい事はねーから!」


「本当にぃ〜?この前、寝てる鬼ちゃんの二の腕をこっそりモミモミしてたのは何だったのかな〜〜?黙って監視してたら小一時間も…」


「あれは肥え度チェックだから断じて疚しくない!脂肪は揉むと柔らかくなって筋肉もつくから寧ろ善意だ!鬼丸も若干引くな!そのムチムチの腕でいい出汁取るぞ!」


人が寝てる間に犬塚君がそんな変態行為をしていたとは。ある意味、猿河氏よりヤバくない?下着は干すわ取り込むわ修繕するわ、二の腕で出汁を取る算段を立てるわで変態レベルが高すぎる…。





犬塚君を弄って楽しかったのか上機嫌で祐美ちゃんがオロナミンS買って、私の手を握ってコンビニを出た。


「てなわけで、帰ろっか♪」


「えっ」


「あのね、帰ったらおっきなエビフライあるんだ。卵たくさんのタルタルソースの」


祐美ちゃんはにこにこして私の左手を滑らかで細い指で握りしめたままだ。


「ダメだ、この時間にそんなもん食ったら胃もたれする。うどんくらいにしとけ」


「あーっ、あたしも食べる!月見で!」


えっ…あれ?私もしかして犬塚家直行ルート入ってしまっている…?

あの今日はちょっと誰にも会いたくないんですが。だから、気持ちはありがたいけどこれで私は帰…。


「今すごい腹鳴らしたの誰だよ。どこのミニブタだよ、食いしん坊め」


お腹の虫の宿主である犯人を即座に当てて犬塚君は愉快そうに吹き出していた。なんか悔しい。


こうして、なんか成り行きで犬塚家に再びお邪魔する事になってしまったのだった…。

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