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55:


『ここでは悪い噂が立ちすぎた。お前は遠くで暮らした方がいい』


不安で仕方がなかったけれど、我が儘を言って嫌われたくなかった。この人に見捨てられたら、私は本当に一人になってしまう。


『お父さん…』


そう呼ぶ度、なぜ舌打ちされていたのか今も分からない。

お父さんの言う事は正しい。私はこの町で居場所がなかった。なにをしたのか覚えていないけれど、多くの人に恨まれていた。私は不吉の象徴のような存在だった。


『部屋と学校は用意した。荷物もすでに送ってある、何も問題はない』


お父さんは一緒に来てくれないの?と聞きたかったが、聞けなかった。そんな事は聞くまでもなかった。

私は傲慢な上に強欲だった。何に於いても自分を優先して欲しいと切に願っていた。

一人にしないで欲しかった。ここでどんな痛い目に遭っても良いから一緒にいて欲しかった。愛してほしかった。


(いつか迎えに来てくれるよ。だって血の繋がった家族なんだから)


そう思いながら何年経過しただろうか。

私はあの子ではないから、手元に置かれなかったんだろうか。選ばれたかったのだ。本当はずっと。



夢を見ていた。

どうでもいい、誰に話すべきでもない昔の夢。











「バッチリです!先輩、まっすぐ飾れてます!」


サプライズ☆バースデーパーティの準備で、私は学校帰りに桐谷家にお邪魔していた。

カーテンレール全てにモールを括り付け、色とりどりのオーナメントが吊り下げられていた。


予定通りにいけば、もうすぐ桐谷父が帰ってきてパーティが開始されるはずだ。


「私なんか、待ちきれなくて髭生やしちゃってますからね」


紙で出来たボーダーの三角帽子を被って口の周りに付け髭を貼り付けている、今の私は絵に描いたような浮かれぽんちスタイルだ。


「似合うよ、かわいい」


復讐?復讐なのか?この間、私が桐谷先輩の鼻眼鏡を面白がって携帯で写メった仕返しでそんな事を言っているんですか?


「桐谷先輩もなかなか言うようになりましたねー…。あとで覚えておいて下さい」


「え?うん、覚えておく」


素直か。


先輩の無垢オーラに毒気を抜かれていると、キッチンからいい匂いが立ち込めてきた。

千津子さんが料理を作ってくれているのだ。材料をちらっと見たけど伊勢海老とか普通にあってびびった。あれ、勿論本物ですよね…。


「ホットプレートを用意しておきますね」


手際良く千津子さんがテーブルの上に食材を揃えていくので慌てて手伝いに行ったが、ほぼ何も出来ずに終わった。むしろ邪魔しかしていない。


「何から何までなんかすみません…」


恐縮です、と頭を下げると「いいえ」と千津子さんは優しい声色で答えてかぶりを振った。


「此方の方こそお礼を言わなければなりません。芽衣子様が家を出てから忍様はどうにもますます意固地になられてしまって、雪路さんが一人戻ってきてもそれがお変わりにならず困ってたのです」


芽衣子様、というのが桐谷先輩のお母さんの名前なんだろう。美人と噂の。


「いい機会ですので決着をつけましょう!年貢の納め時です!」


ぐっと拳を握りしめている千津子さんだが、いまいち何の決着をつけたいのか私にはよく分からない。

桐谷先輩の方へ振り向いてみたが、先輩はいつの間にかワトソン君と猫じゃらしで遊んでいたので頼りにならなかった。




そうこうしている間に、帰宅予定時間をまわった。

千津子さんによれば「遅れや帰宅しないなどの連絡は入っていないのでそろそろお帰りになるでしょう」との事だった。その言葉通り間もなく玄関に誰かが入ってきた形跡があった。


「…――、千津子さん?いるのか?」


桐谷父がドアを開けた瞬間を見計らって三人がかりでクラッカーを放った。鋭い炸裂音にワトソン君は飛び上がって逃げ出した。


「……なんだこれは…」


顔の怖い人が青筋立てて怒ると震え上がるほど怖い。ぎらっ、と強い眼光をもって此方を睨みつけられると失禁するかと思った。さすが桐谷先輩の父君。


「お誕生日おめでとうございます、お父さん。今年はパーティを開きました」


それに対して淡々とした口調で返事が出来るのはやはり親子でないと無理だ。…いや、親子でも無理。

けれど、そう説明したからと言って桐谷父の顔面が綻ぶなんてことはなかった。


「下らない事を。こんなもの、いますぐ片付けなさい。それと、まだその見窄らしい小娘とつるんでいたのか。止めなさいと言っただろう、仲間は選ぶようにと。お前の品性が疑われるんだぞ」


私の事はその通りなんだから別にいいけど、桐谷先輩が選んだもの飾り付けたもの作ったものを毟り取られるのはどうしても見たくなかった。責任といえば、私の責任だ。私が言い出してしまった事なのだ。


「そっ、そんな言い方しなくたっていいじゃないですか。せ、折角、喜んで貰おうと思ってした事なのに、ひどくないですか。止めて下さい、親ですよね?」


こんな事まで私が口を出す権利はないはずだ。ましてやこんな怖いおじさんに口ごたえなんかしたくなかった。

やばい…また暴走してる…。と自覚はあるが、また桐谷先輩と桐谷父の間に割って入る。


「君には関係ないだろ。他人の家庭の事情に立ち入らないでくれないか」


その通りである。

分かっているのに、口が止まらない。私は心の片隅で、桐谷父が激昂して私を殴って黙らせてくれないかと願っていた。


「他人ですけど、私は多分お父様よりも先輩と信頼関係築けてると思いますよ。違いますか?子供が一生懸命計画した事を下らないとか言うような父親なんか」


完全に言い過ぎだ。気持ち悪い、私が。

抗い難い大きいものに身体と脳味噌を乗っ取られているような感覚だった。


「子供は、貴方達みたいな親がいないと、生きてけません。要らないなら最初から作らないで下さい。変に振り回さないで」


顔に変な感触があると思ったら、自分が泣いていた。訳が分からない。全然、何も感情が昂ぶってなんかいないのに。


「そうじゃないなら、愛して下さい…」


何もかも最悪だった。

私がいかに傲慢で嫌な奴か思い知って早くこの場から逃げたかった。


「……。」


静まりかえった空気に耐えられなくて下を向いている。どうにももう他人の顔を直視できる勇気がない。顔が熱かった。こんなところでこんなことを言うから。私は桐谷先輩の為にこんなことを言った訳じゃない。

全部、自分の為だ。私は私を誰かに知ってもらいたかった。表面上は情報が流出するのを拒んでいるくせに。とんだメンヘラで、自分が自分で恥ずかしい。




「大変です!」


沈黙を破ったのは意外にも千津子さんだった。


「ワトソン様が逃げてしまいました!家の外に。どうしましょう…」


いつからいたのか玄関から出てきて、慌てた声でそう告げた。


「何だと」


言ったのは桐谷先輩かと思ったが違った。

桐谷父が目にも留まらぬ早さと慌てっぷりで、玄関へ向かっていった。私と桐谷先輩は顔を見合わせた。

あれ?桐谷父は猫嫌いなんじゃなかったっけ…?あれ?

千津子さんはくすくすと一人笑っていた。

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