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54:



別日。


それっぽく部屋を飾り付けようと、桐谷先輩と私は街中のディスカウントストアのパーティグッズ売り場を物色していた。


「鬼丸君、これは…」


気になったものはとりあえず付けてみる主義の桐谷先輩。先輩が鼻眼鏡付けている所を拝見するなんて夢にも思わなかったです。すいません、写メいいっすか?

ウチの学校の生徒にでも遭遇してしまったら一体どんな誤解を生むのだろうか分かったものではない。

絵面は相当面白…可愛いけれども。


桐谷先輩はこのような店舗に参上するのは初めてらしく、心なしか目を輝かせていた。とりあえず保留でカートが既に山盛りになっている。しかしそれでも全く財布に痛手を受けない桐谷先輩の経済事情が羨ましい。


やっぱり花巻先輩も誘うべきかと思ったりもしたが、そもそも私が花巻先輩の連絡を取るような親しい仲ではないし、前回会った時が最高潮にブチギレていたわけだからなんか気まずい。花巻先輩ならこの状況の桐谷先輩を軽くイジりつつも愛でられると思うのに、残念だ。





「なるほど。面白そうなものが沢山あるんだな」


一息ついて、店舗の中に入っているファストフード店にてお茶をした。桐谷先輩はジャンクな味に慣れていないだろうから私は止めたんだけど、桐谷先輩の快進撃はとどまる所を知らなかった。


「結構な荷物になっちゃいましたね〜」


座席半分を独占する買い物袋を見て笑ってみると、桐谷先輩も頷いた。


「そういえばそうだな。部屋に全部飾り付け切れるだろうか」


いや、おそらく可能ですけどね。リビング30畳くらいありそうですし。…自分の住んでいる6畳の一室を思い出して少し切なくなった。


「これは飾り付け相当頑張らなきゃ終わりませんよ。覚悟して下さいね」


「うん。鬼丸君も申し訳ないが協力頼む」


桐谷先輩がコーヒーを口にする度に、少し緊張する。庶民の、しかも質より価格重視な100円コーヒーが先輩の口に合うわけがないのだが文句を言ったりなどしなかった。


「自分で淹れたものよりずっと美味しい」


味わうように目を閉じて紙カップをテーブルに置くその所作だけでも上品に見える不思議。

こういう些細な事でも先輩と私が別の種族の生き物だと分かる。きっと桐谷先輩が人間だというなら、私はアメーバだ。そういう多細胞生物と単細胞生物くらいの差がある。…別に単細胞生物を貶している訳ではない。


「…大昔に、父と二人で百貨店に行った事を思い出した」


ぽつりと桐谷先輩が呟いた。

はい?と私が聞き返すと、桐谷先輩はさっきよりは明瞭な声で話してくれた。


「小学生の頃だ。注文していた制服を一緒に取りに行ったんだ。サイズが合うか確認したかったし、その頃まだ日本語の読み書きも完璧ではなかったから父に付いてきてもらったんだ」


幼い桐谷先輩、雪路君6歳は初めての父との外出に大層喜んだらしい。

嬉しくてはしゃいで制服を試着している間に、桐谷父の姿が見えなくなってしまった。不安になりながら待っていたが一向に現れず、一時間後千津子さんが迎えに来たそうだ。


「きっと急なオペでも入ったんだろうな、と今でなら理解出来るが、当時はとても悲しかったな…どうした?鬼丸君、変な話をして悪かった。不快にさせたか?」


桐谷先輩は私の顔を覗き込んだ。いつもの淡々とした口調ではないので少し焦っているのだろう。


「特に意味はないんだ。偶々、思い出しただけで、面白い話ではなかったな。謝るからそんな顔しないでくれ。ええと…話題を変えようか。知っているか?タツノオトシゴのオスには」


「先輩」


敢えてまっすぐ桐谷先輩の目を見て、手の甲に触れた。


「先輩は、自分がお父さんに興味を持たれているか不安なんですね。突き放されて置き去りにされて、一人にされるのが怖い」


桐谷先輩は少し目を見開いた。

立ち入りすぎなのかもしれない。私の妄想や願望で思い込んだだけなのかもしれない。けれど、馬鹿な私はそれを聞かずにはいれなかった。


「全部大丈夫です。何かあったら私がいます、私は桐谷先輩の友達ですから寂しい時も傷付きそうになっても駆けつけますよ。だから、何も怖がらずにいて大丈夫です」


あれ?なんだこの言い方。

まるで桐谷先輩が一人ぼっちになるのを心待ちにしているような言い方だ。それに傲慢だ。私が、大切な家族の埋め合わせが出来るというのか。

自分で自分の下劣な発言に、吐き気がした。


「先輩を誰より大切にしますよ」


誰に何を重ね合わせているのだろうか、私は。自分自身が暴走しているのが分かった。


「そうか、ありがとう。君がそうしてくれるなら僕もそうしよう」


「えっ?」


桐谷先輩がそういう答え方をするのは冷静に考えれば分かる事なのに。

先輩は人一倍優しく純粋なのだから。


「君が辛い時苦しい時、分かち合おう。一人にはしないよ、友達だから。全力で君の助けになろう」


「……」


これは、私が悪い。

桐谷先輩はただ私の言葉を跳ね返しただけだ。だから私にそれを否定する事は出来ない。

ただ聞き流してしまえばいいだけ。


私の汚い感情が伝わらないように、私が桐谷先輩の清らかな部分を穢してしまわないように、それだけを意識した。それ以外の考えは全て屑だ。

私の足掻きともいえる努力が実を結んだのか、桐谷先輩は仕切り直しのように「そうだ」と声を発した。それに合わせて私もいつの間にか深く垂れ下がっていた頭を上げた。


「もし良かったら、今度学校帰りにこういう所に寄るのに付き合ってくれないか?一人では少し敷居が高いんだ」


控え目な桐谷先輩のお誘いに躊躇したが、桐谷先輩は生徒会長を続投しないのだと気付き頷いた。


「私で良かったらいくらでも」


しかし、桐谷先輩に苦手意識を持ってしまった事は否めない事実だった。






自分の部屋で、前に桐谷先輩にもらったぬいぐるみを抱きしめているとゼロの笑い声が聞こえてきた。

時計の針は零時をさしている。


『ねぇ、貴女少し勘違いしているね』


ゼロが言う事に同意も否定もしなかった。


『先輩が救われたからといって、自分が救われるとでも思っているの』


「……」


『可哀想な桐谷先輩。哀の事をただの優しい女の子としか見ていないから、こうやって利用されちゃう。何も知らない、だから都合が良い。そしてきっと先輩なら裏切らない。その言葉通り、身を挺して助けてくれるでしょうね』


綿が潰れていくのを感じながら、それでも離せなかった。

哀れなほど変形して、それはきっと未来の誰かの姿だ。


『善人ぶって助けるふりをするくらいなら、最初から全部奪っちゃえばいいのに。大きな目で見れば、きっとその方が被害が少ないよ』


答える事が出来ない。答えた言葉の先から自分の心を見透かされるのが怖かった。ゼロにさえそんな事をされた日にはきっと私は死んでしまう。

しかし。

答えられないが、答えは決まっているのだ。私はそれを選ばない。選びたくない。


『きっと先輩は、そうして欲しいのよ。本当は分かっているんでしょう?』


私は桐谷先輩との会話を思い出していた。SNSのやり取りや、前に見せてくれた大切な手帳。そして、千津子さんや先輩のお父さん、そして飼い猫のワトソン君と野良猫のポン太、花巻先輩の顔が次々と浮かんでいく。

……やはり何回考えても、無理だった。


『そうやって選ばないから、誰にも選ばれないんだよ。分かっているの』


私なんか誰にも選ばれないほうがいい。一人で朽ちた方がずっとマシだ。


『へぇ、じゃあこの先ずっとこのままでいいと本気で思っているんだ』


それは虚勢だと知っているからゼロは嗤っている。

私は耐える為に布団の中に潜り込んで耳を塞いだ。ぬいぐるみだけ抱き潰して生贄にした事への罪悪感を感じながら。

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