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53:


「鬼丸君、君は家族に何かプレゼントを贈った事はあるか?例えばお父さんにとか…」


休み時間、購買部前でばったり会って少し世話話した折、桐谷先輩が突然そんな事を聞いてきた。

びっくりしたし答えに困った。そもそも私は『お父さん』の誕生日も好きなものも知らない。お母さんについてはまともに会話もした事がないのでもっと分からない。答えようがなかった。


「えーと…ネクタイとかですかね」


しかし、本当の事をいうのは憚られるので適当に詐称した。大体こんなものだろうと軽い気持ちで。


「そうか。では色やデザインはどのように決めた?好きな店舗などがあったのか?そもそも何の基準をもってネクタイを選んだんだ?相手の反応はどのようなものだった?」


「えっ……」


予想外に突っ込まれて撃沈。嘘を突き通せない以前にそこまで考えて人に贈り物をした事がない。


「あの、えっと桐谷先輩は誰かにプレゼントを渡すご予定が…?」


「来週、父の誕生日なんだ。毎年渡してはいるんだが、何をあげればいいのか悩んでいるんだ。ネクタイも一昨年渡したのだが、未だ付けているのを見た事がないので気に入らなかったのだろう」


桐谷先輩がため息をついた。

私は一回会ったきりの桐谷先輩のお父さんを思い出した。桐谷先輩以上に冷たく厳しい印象の人だったのを覚えている。あのお父さんがプレゼントを渡されて嬉しそうにしている所なんて全くもって想像つかないけれど。

というか先輩…。一回ネクタイ渡した事があるんなら、わざわざ私に尋問しなくたっていいでしょうに…。


「じゃあ、えーと。消えものとかどうですか。食べ物とか花とか」


「なるほど」


「いっその事、盛大にパーティしちゃうとか。や、桐谷家では恒例行事かもしれないですが」


「していない。その頃学会と大体被っていたり大きなオペが入っていたりして出来なかったんだ。日にちをずらしてやればいいのだろうけど…」


嫌な顔をされるのが怖くて。と、普段よりずっと低い声で桐谷先輩は言葉を続けた。


「家族なのに、と君は変に思うだろうな。だけど僕には父が何を考えているのか、自分の事を好ましく思っているのか確証が持てないんだ。幼少期離れていたせいもあるが、いつまでもずっと他人行儀で歩み寄っていけない。多分、こうやって誕生日を祝いたいのもそんな関係を変えたいからだと思う」


こういう時、桐谷先輩の事をすごいと思う反面、こわいとも思う。

さらりと自分のナイーブな部分を晒してしまうから。本来ならそれは秘められて自分で守っていかなければならないのに。私なんかにそれを教えてしまっていいのか甚だ疑わしい。

だけれど、桐谷先輩は私の大切な友達であるし借りも色々とあるので、出来る限りは先輩に協力してあげようと思い私は笑って提案した。


「…じゃあ、しちゃいます?なんなら私も手伝いますよ、パーリィの」


「いいのか?以前、うちの父が君に失礼な発言をしてしまったはずだが」


そうなのだ。実は桐谷父には前におうちに遊びに言った時に、【見窄らしい頭の弱そう】とのコメントを頂戴した。…まぁでも別に、貶されやすいところがが私の長所だったりするし今更特にそんな事では傷ついたりしないのだけれど。寧ろ先輩の方がそれを気にしているようだ。


「全然大丈夫ですよ!何なら千津子さんのエプロンでも借りてメイドごっこしますよ?おかえりなさいませ~旦那様♥お風呂にいたしますか?ご飯にいたしますか?そ、れ、と、も、わたくしめをお召ですか~~?」


「鬼丸君…それは何か違うような気がするんだが」


千津子さんとは、桐谷先輩の家で働いているお手伝いさんである。絵に描いたように優しそうな女性なのだ。



そんな訳で桐谷先輩のお父上の誕生日会をする事になった。






主に猿河氏が文句を言ったり猿河氏が拗ねたり猿河氏が三歳児並みに駄々を捏ねたりしたが、全力で宥めすかしてごまかし逃げてなんとか今日一日放課後の時間を確保した。


桐谷先輩の自宅にお邪魔して早速作戦会議を開いた。


「あらまぁ、それはいい考えですね」


お手伝いさんの千津子さんがおっとりと同意してくれた。お世辞かもしれないが、大人から肯定して貰うと少し嬉しい。


「忍様もお喜びになると思いますよ」


忍、というのは桐谷父の名前らしい。


「そういえば、お父さんは甘いものとかは大丈夫なのでしょうか?」


ええ。と、桐谷先輩の問いに千津子さんが答えた。


「お好きですよ。お正月にはお汁粉は毎年三杯は召し上がっていますね。雪路さんがお休みになってる時間を見計らってるようなのでご存知ないかもしれませんが」


見計らって食べる必要がどこに…?

振り返ると桐谷先輩も首を傾げていた。心当たりもないらしい。


「あんみつにぜんざい、大福や饅頭、カステラなども、お夜食によく差し入れてますよ」


想像してほしい。

あんなに冷え冷えとした目をした、威圧感いっぱいの怖いおじさんが、夜な夜な甘味を好き好んでこそこそと食べているのだ。それはすごい光景だろう。…失礼な話だろうけど。


「あー、えーと。どちらかというと、和菓子好きなんですね…」


赤の他人の私でさえ、絵面のシュールさにコメントに困ったのだ。桐谷先輩に至っては首を傾げたまま固まって動かない。先輩なりに何か思う所があるのかもしれない。


「僕は、本当に父の事をなにも知らないんだな…」


マンチカンのワトソン君が桐谷先輩の右手に頭を擦りつけている。そのまま親指で顔の横を撫で付けるとゴロゴロと喉を鳴らした。


「思えば、ワトソン君を飼う時もとても渋っていたし今でも近寄らないから僕は父の嫌がる事ばかりしているのかもしれない」


見た目分かりにくいが、桐谷先輩がしゅんとしている。

ワトソン君が先輩が中学生の時に親戚から譲ってもらったらしい。それを桐谷父は反対したが、千津子さんの助けを借りたり退寮して世話をしてなんとか飼育に漕ぎ着けた、との事だ。しかし、三年経った今でも、ワトソン君は桐谷父の書斎には立ち入り禁止だし、同じ空間にいても決して近寄ろうとしないそうだ。


「そんな事はありませんよ」


千津子さんがフォローするのに便乗して私も根拠無しに大きく頷いてみる。


「ほら元気出しましょうよ!和菓子でしたね、和菓子。いっそのこと手作りしちゃいましょうよ!!私料理とかド下手ですけど、此方にはホラ…天下のメイド様がいらっしゃるわけですし」


私が勝手に決めてしまっていいのか、とか思うけど。それでも、千津子さんはニコニコしながら「はい」と答えてくれてホッとした。


「調理器具もホットプレートも用意しているので大丈夫ですよ。それから餡子は国内産小豆の生餡が現在常備されてますが、豆から作る事も可能ですよ?」


…おおう、予想以上に準備万端だった。キッチンにずらりと並べられた高級そうな鍋や器具を目の当たりにすると、きっと犬塚君あたりは狂喜乱舞しそうだなぁと思った。



それから桐谷先輩と千津子さんと私で、料理本やインターネットを駆使して何品かピックアップしてみた。簡単なものは作って試食してみた。その後は流れで桐谷家で夕飯をご馳走になって、結局夜遅くになって帰宅した。


「…あれ?」


振り返ってみると結局私が今日一日でやった事って、食べ散らかして猫と遊んだだけじゃない…?と気付き、夜中に一人で罪悪感に襲われたのだった。

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