episode2 王子とチョココロネ
「なにこれ、俺カレーパンって言ったよね」
私が購買で買ってきたパン二つを覗き込むと彼は不機嫌そうに顔を歪めていた。
そんなむくれた顔なのに、やっぱり自分の目が溶けそうになるほどの美形である。
詰め寄られて目を泳がす。犬塚君にも言えることだが顔の綺麗な人ほど怒り顔が怖い。
「カレーパンなんだけども、見事に売れきて…丁度、私の目の前で…最後の一つが…華麗に…カレーだけに…ぶふっ…」
「黙ってくれない?全然面白くないんだよ、カス」
ガッと片手で顔を掴まれて、そのままギギギと押しつぶされる。長い指の隙間から、覗くぞっとするほどの暗黒微笑。
彼は猿川修司。
入学してまだ二ヶ月ちょいなのに、ファンクラブまである美形男子。
ハーフ故の金髪碧眼に高身長にすらりと長い手足と、柔らかな物腰から王子と呼ばれている。
しかも、性格も聖人みたいに優しい。世の中には完璧な人もいるんだなぁ。
と、思っていた時期が私にもありました。
いま私の目の前にいる男子は、ご覧の通りとても王子に相応しくない振る舞いである。
仮にも女子である私の髪の束を左右直角に持ち上げ、いつでも引き千切れる臨戦態勢を取っている。
「ホント使えない子。しかも昼飯にチョココロネとか買ってきちゃって」
私の髪を撓ませたり引っ張ったりして遊ぶように弄んで、口元は孤を描く。爽やかとは言えない笑顔。猟奇的にも見えるその表情が怖い。非常に怖い。
「さ、猿河君、チョココロネ好きかなって…」
えへ…と目線を上げると、ちょっとだけ髪を引っ張る力が緩まる。
「なんでそう思う?根拠は?」
猿河君は目を細めた。さらに寄せられた顔に緊張する。なんかやたらいい匂いがするけど怖い。
それはですね…と口の中が乾く。
「チョココロネみたいに根性ねじ曲がってるから…なんつって」
ぎりぎりぎりぎりと髪に引張り応力がものすごい掛かる。
ぎゃあああ…と乙女とは思えないような叫び声が喉から絞り出た。
「そっかー。鬼丸さんは俺を怒らせたかったんだね。こうやって虐めて欲しかったんだ、ごめんね気付いてあげられなくて」
ハハハと実に愉快そうに笑い声をあげる。その割にギブギブ!と言っても聞こえない振りをする外道。
猿河君は対外的には王子様だ。
人の本性なんて知らない方がいいことの方が多い。
なのに、アホな私は数日前に彼の猫をうっかり剥いでしまった。