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[extra13 芽ぶいたもの]


ハギっちはいつも通り学校には来た。

最初は少し元気がなさそうで「ごめん」と皆に謝ってまわってたけど、つとめていつも通りに接していると段々と元の溌剌としたハギっちに戻っていた。


だが、全て元通りになったわけではない。


ふとした瞬間に、らしくなくぽやーっとしている事も多くなった。

何か考え事でもしているのだろうか。何かに悩んでいるのならちょっと心配だ。


「ハギっちー!もしもーし!」


目の前でぶんぶん手を振ってもまるで私の方に目の焦点が合わない。

沙耶ちゃんの方を振り向くと、彼女も心当たりがないらしく首を振った。


「萩原?」


そんな中、犬塚君が何気なくひょこっとハギっちの前に出てきて、それに一拍遅れてハギっちが飛び上がった。ほんとに座りながらジャンプしたのだ。小さく叫びながら。


「なっなになになによ」


ハギっち、取り敢えず落ち着こうか。噛みすぎ、全くと言っていいほど口が回ってない。


「いや、それ俺の席だから」


「え゛っ…」


ハギっちが机横にかけているカバンや机の中身を確認してテンパってる。

うん、だから何回も呼びかけたのに。選択授業が終わってふらふらと犬塚君の席に何故か座ってぼーっとしているから私もびっくりしたよ。全く私らに気付かないし具合でも悪いのかと思った。


「あ、えと…あの、」


じわりとハギっちの目の縁に涙が滲んできたのを見て、沙耶ちゃんと顔を見合わせた。


「アンタの席なんてないからっ!!どっか行っちゃえばいいのよ!チワワのくせにっ人様と同じように授業なんか受けれると思ってんの」


そんなことを大絶叫した後、ハギっちは自分の口を両手で押さえながら教室から出て行ってしまった。


「……なんだ、あいつ?」


犬塚君は一人首を傾げていた。チワワ呼ばわりされた事よりハギっちの変な反応の方が気にかかったようだ。犬塚君がハギっちが出て行った方を指をさして此方を振り返って事情を聞きたがったが、私にもちょっとよく分からない。どうにも何か情緒不安定なようだ。


「ああ、そうだ。鬼丸昼休み少し時間空いてるか?」


改めて犬塚君が私に用事を尋ねるのは珍しい気がする。

「いいよいいよー。二人でイチャコラしてきなよー」と私が答える先に手をひらひらと振りながら沙耶ちゃんが答えたのは何か違うと思うのだけれど。





犬塚君が指定した場所は屋上だった。

あまり来る用事もないので一般生徒でも入れるとは思わなかった。屋上といっても広いスペースがあるわけではない。白い給水タンクが置いてあるだけのただの屋外だ。


「えっ…何、私なにか悪い事した?」


「は?心当たりでもあるのかよ」


無いとは思うけど、全く無いという訳でもない気がする。

犬塚君はなんかいつもと様子が違うように感じるし、私も私でそわそわと落ち着かなくなる。


「取り敢えず謝っておくよ!ごめん!」


「だから何が!違うって、別にお前を叱ろうとしてるわけじゃないから!」


じゃあなんでそんな強ばった顔をしてるんだよ。


「じゃあ何で…。こうやって堂々と学校で二人きりになるとまた変な噂たつよ?」


そう言うと犬塚君は咳払いをひとつした。落ち着かないのは犬塚君も同じ様だった。


「……前に」


犬塚君にしてはもんやりとした様子で会話を切り出した。

ゆっくりと辿たどしく言葉は続いていく。


「お前、鬼丸言っただろ…その……俺が好きだって」


最後の方は消え入りそうで殆ど無音に近かった。私の鼻息の方が大きかったと思う。二重の意味で恥ずかしい。


「あ…ああ!あれね!あはは!ええーと、犬塚君、だからあれは」


小っ恥ずかしい少し前の黒歴史をいきなり掘り返されて顔面が熱を帯びた。

その事については触れないという二人の間で暗黙の了解が成り立っていたじゃないか。犬塚君からそのタブーを破るなんてひどい。


「時間がかかって悪かった。お前の気持ちを軽んじたわけじゃないんだ。鬼丸の事は放っておけないと思うしかわいいと思う事はあるし、正直まぁそんなに嫌な気分じゃなかった」


「い、いぬづか、くん」


そんなに汗だくになって一体私に何を伝えようというのか。

私は恐怖した。変な事になったらどうしようと思った。

あれは告白なんかじゃない、と犬塚君に言ってももうどうにも私の言葉なんて届かないし伝わらないだろうとは分かっていた。しかしだけれど、私には犬塚君を傷つける勇気や覚悟なんて持ち得ているんだろうか?


「だけど…」


犬塚君の目線は下を向いている。なにかあるのかと思ったら私の上履きの靴紐が解けていた。

私が屈むより早く、犬塚君がそれを手にして結び直していた。止めてよ~と私がスカートを押さえながら言うと我に返った犬塚君が顔を上げた。


「あ、悪い。完全に無意識だった…」


「そういうの止めて下さ~い。今の犬塚君は痴漢の冤罪をかけられても何ら不思議じゃありませ~ん」


茶化して言ってみても犬塚君は笑ってくれない。

少し恥ずかしそうに顔を歪ませて、また仕切り直して真っ直ぐ私の方を見た。

だから、そういうの止めてよ。もう口の中に心臓が詰まっていて飛び出す準備がされていた。


犬塚君は重々しく言った。

瑞々しいあひる口が、緊張のために時々痙攣していた。


「今は恋愛云々に構っている余裕は無いし、そういうのは俺には不相応だと思うんだ。どう考えても想像出来ない。誰かと…そういう関係になるとか。だから、ごめん」


と、いうと…?


「鬼丸の気持ちには応えられない。少なくとも今は。悪いけど」


私がその時何を思ったか知られたくなくて、一応「そっか…」と残念そうな顔を作って答えた。


私の中に芽吹いたものは、きっと誰にも理解されない感情だ。だから言わない。指をさされて非難されるのが怖いから。この狂気は私だけのもの。永久に。


「……」


全てが勘違いされていたにしても、本当に良い人だな。犬塚君は。

精一杯誠実に答えを示してくれるなんてこの世の男子高校生の何人が出来る事だろうか。


「わかった。じゃあ、犬塚君のお友達で我慢してあげるよ。これからもよろしくね」


笑顔で右手を差し出すと、暖かい掌で握り返してくれた。

我慢してあげるとか上から目線で偉そうだけど、今はもうちょっと小憎たらしくでも思われるぐらいがちょうどいい。





そうして、私は見事に犬塚君にフラれてしまったのだった。

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