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52:


「犬塚君、ほんとに大丈夫?」


頭をぶつけて目を回していた犬塚君が無理やり、最後の競技である二人三脚に参加すると言い出した。


「大丈夫だから!土屋はムサいから退けろ!佐伯はおにぎりを寄越してカロリーで体力回復させようとすな!鬼丸は…そういううるうるした目で見てくんな!安静にして逆転出来るものもできなかったら、死んでも死に切れないから!」


犬塚君は周りに群がるクラスメート達を吠えて遠ざけた。ちなみに私は目をうるうるなんかしていない。それは眼窩の大きいチワワ顔の犬塚君の方だ。


「死ぬって…縁起でもない」


ぞっ、と青ざめて土屋君が懲りずに犬塚君の腕に抱き着いたら、腕に鳥肌を浮き立たせた犬塚君に猛烈な勢いで頭突き食らっていた。


「勝手に頑張ればいいけど、足だけは引っ張んないでよね」


「ハギっち!」


また、ここに来てまでハギっちは憎まれ口叩くんだから。

沙耶ちゃんが無言で、佐伯君の持ってきたおにぎりをハギっちのお口に詰め込んだ。沙耶ちゃん…。



クラス対抗の二人三脚リレーは、私も苦手だ。

ペアが親友の沙耶ちゃんじゃなかったら、ままならなかっただろう。よくこれでハギっちの代わりに走るよとか言ったものだけど。

騎馬戦で得点が入らないという痛手はあったが、この競技でいい成績を残せばば当初の目的であるC組には勝てそうだし学年で一位になれそうだった。それだけにプレッシャーだった。



出だしはまずまずだった。リレー順番の読みはなかなか的を得ていてバランス良く構成されていた為、他クラスより足の速い人は少なくとも常に二番手三番手につけていた。比較的息の合ったペアが多かったというのもある。


私と沙耶ちゃんの番が来て、ばくばくする心臓で互いの足を結んで走り出した。何故か足の運び方が独特らしくステップがぐちゃぐちゃになる私にも沙耶ちゃんは有能で呼吸をしっかり合わせてくれて、安心感があった。あっという間に100mを走りきり紐を次の走者の犬塚君に手渡した。


犬塚・萩原コンビはさすが疾くって、ぐいぐいと一位のクラスを追い抜いていく。

とても直前に付け焼刃で息を合わせたとは思えなかった。やっぱり運動神経良い人同士はすごい。


「すごいすごい!頑張って、二人共!」


私と沙耶ちゃんでぴょんぴょん跳ねながらグランドの白線の内側で犬塚君とハギっちを応援した。


「やばい、このまま優勝しちゃう!どうしよう」


「どうしようじゃねーよ!重じいに全員分飯奢らせてやるんだよ!」


クラス担任教師の重じいはげんなりした顔をしていた。いや、それくらいいいじゃんかよ。


勝手に盛り上がって期待を膨らませて、アンカーの犬塚くん達が半分走り終えてトップに躍り出ている。

ところが。


「あっ…」


何が弾みになったのか分からない。ハギっちの長い脚がもつれて、それにつられて犬塚君も転倒した。

ハギっちの膝小僧は激しく擦りむいていて流血していた。痛々しく顔を歪めているハギっちに駆け寄りたかったが私達が彼女たち触ってしまうと棄権扱いになってしまう。


ハギっちは痛みに震えながら、何か声をかけている犬塚君を無視して手を払い除けて、自力で立ち上がろうとする。だが、次の一歩が上手く踏み出せないし呼吸も完全に崩れている。まもなくまた転倒した。今度は犬塚君が支えたので激しく身体を打ち付けずゆっくり尻餅をついただけだった。打ち所が悪かったのかもしれない。ハギっちが半泣きになっている。気の強いハギっちが泣いている所なんて初めて見た。


「犬塚ぁ…」


もうとっくに全部のクラスに抜かれていて、犬塚君は紐を解いて一人で立ち上がって頭の上まで両手を上げてクロスした。棄権の合図だ。

体育実行委員が駆け寄ってきて、犬塚君に背負われながらハギっちは救護テントまで運ばれていた。肩が震えているのできっと泣きじゃくっているのだと思う。






「すまん、あれは俺が足挫いたんだ。せっかく応援してくれてたのに悪かったな」


暫く一緒に救護テントにいた犬塚君が一人で戻ってきて、そう言った。

それはきっと嘘だろうけど、犬塚君自身の口で断言されたら何も言えまい。ハギっちとあんなに対立していた土屋君も何か言いたそうにしたけど結局無言を貫いた。


総合点は学年トップにはなれなかったし、C組にも負けた。

あれほど勝ちに拘っていたのも一番練習も頑張っていたのも犬塚君だけど、あっさりと全部諦めてしまった。犬塚君はそういう人なのだ。


「でもっ!でも良いじゃんなんだかんだで楽しかったよ!ウチのクラスが一番頑張ってたし超エンジョイしてたよ!」


なんだか神妙な空気になるのが嫌な自己中な私は一人で素っ頓狂に叫んでみた。笑ってもみた。

とんでもなくKYなのかもしれない。怖かったが、そうせずにはいられないのだ。少しでも


「そうだな。楽しかった、皆ありがとう」


犬塚君はどうしてかこういう時に限って物凄く可愛いらしく真っ白な歯を見せてこれほどないほど無防備に微笑んだ。

多分、その場にいた全員が犬塚君に一瞬恋に落ちかけた。土屋君なんか自分の心臓があるであろう部分を握りしめていた。きっと本人は自分の表情を分かっていない。その証拠に、犬塚君きょとんとして首を傾げてみせ、心なしか少しスッキリした顔をしていた。







体育祭が終わって、重じいが頑張ったで賞で奢ってくれると言ったのでファミレスで打ち上げをした。

ハギっちは気まずいのか来なかった。プライドの高い彼女の性質上それは十分予測出来たし、だから私と沙耶ちゃんが直接声をかけてみたのだがやっぱり無理だった。


大丈夫だろうか?心配だった。ウチのクラスにそんなに腐った性根の人はいないからきっとハギっちの事を責めるなんて誰もしないけど、きっと本人は体育祭が終わった日常に戻っても気にしてしまうかもしれない。朗らかで賑やかなハギっちが変わってしまうのがとても怖かった。


「鬼丸、萩原の電話番号知ってる?」


犬塚君がそう聞いてきたので、頷いて携帯を手渡した。


「はい。出ないかもしれないけど…」


案の定出てこなかったらしく留守番電話への案内メッセージが漏れ聞こえてきた。


「もしもし、犬塚だけど。鬼丸から携帯借りてかけてる。まぁ、なんだ…無理するなよ。休んでもいいから怪我をしっかり治せよ。部活もあるし、女子なんだから体大切にな。頑張ってくれてありがとな。じゃあまた学校で」


30秒の録音時間を少し残して、犬塚君は携帯を切って百円玉を私に握らせた。


「ううっ…いいよ、これくらい」


「お前が言うなよ。それは。じゃあ俺も500円返すから。あんなんただの残り物だから経費そんなにかかってないし」


「ちょ、それとこれとは話が別じゃないですか。あんなクオリティのお弁当作っておいて…」


硬貨をテーブルの上で譲り合いというバトルを犬塚君と繰り広げていると、なんだか妙な気配を感じてハッと顔を上げると周囲のクラスメートが(重じいまでも)生暖かい目で此方を見ていた。言葉に出さずともそれは男女の仲を冷やかす空気で、当事者になってみるととても居心地悪かった。


「なっ…なんだよお前ら!その目は!不愉快だから止めろ!」


キャンキャン吠える犬塚君だが、誰一人として「え~なんの事~」と取り合わなかった。いつの間にか犬塚君と席と隣同士にされてたし。

沙耶ちゃんまでにやにやしてるんじゃないよ。重じいは無意味に柏手を打たないで下さい。

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