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50:


犬塚君が悶絶している。


辛うじて二本足で立っているが、その皮膚は血の巡りか激しくなり血管が弾け飛びそう、右目だけ小刻みに小さく震えて後は固まっている。


「マジでお前ふざっけんな…」


犬塚君はそう絞り出してから、暫くしてその場にしゃがみ込んで動かなくなった。

私が何を言ってもいくら揺すっても、その場から一歩も動かずアンモナイトのようになっていた。発掘せな…。





事の発端は、つい1時間前の事。


体育祭の準備期間に入り、体育館とグラウンドの割り当て表が届き、それをどう使うかクラス会議をしていた。


「二人三脚、もっとやった方が良いんじゃないのか?だって犬塚たち全く一緒にやってる所見てないし大丈夫なのかよ」


土屋君がそんな事を言い出したものだから、ハギっちがまたもや不機嫌になった。苛立ちに任せて鋭く言葉が放たれた。


「なによ?あたしの所為だって言いたいの?」


そこで引き下がれば丸く収まるのに、土屋君が「そうだよ」とかモロに喧嘩を買うから収まり効かなくなってしまった。犬塚君の友達である土屋君は以前から苛ついていていたようだった。それは私でもなんとなく感じ取っていた。


「まぁまぁ、二人とも落ち着いて。顔怖いよ。リラックスリラックス〜」


「そうだぞ。あっ、ほら今から一発芸やるから…はいっトーマス!」


険悪な雰囲気になっていく皆を和ませようと、私がジャージのファスナーを開けて阿吽の呼吸でそこにぽっちゃり系男子の佐伯君が顔を嵌めたが「てれーてれれーれー♪」と歌いながら少し前進してみたが、それはただ黙殺されてしまった。虚しく私の森本レオのモノマネが教室内でこだまする。

やっぱり私達は潔く解散すべきなのかもしれない。


「前から萩原ってうぜーって思ってたんだよ。自分は部活部活っていつも逃げて他人になんでもおしつけてあれやれって押し付けやがって。それで自分が気に入らなきゃ不貞腐れるとかガキかよ」


完全に言い過ぎてる土屋君に「そうだそうだ!」と男子陣が賛同してしまう。


「はぁ?勝手に押し付けられたのはこっちなんだけど。男子と二人三脚なんてセクハラ以外のなにものでもないから」


ハギっちも全く怯まないで言い返すし、女子グループとのネットワークが強い彼女に賛同する子も少なくない。あっと言う間に男子VS女子の構図が出来上がる。言い争いも参加していないのは、佐伯君と犬塚君と沙耶ちゃんと私の四人くらいだ。

体育祭にこの険悪な雰囲気は絶対に本番に禍根を残すに違いない。ハラハラ何処の騒ぎじゃないほど不安を感じる。


そんな最中、犬塚君は目を細めて地蔵のような顔をしている。なんとなく分かる。あれは今にも自分から辞退しようしている表情だ。今まで放課後残って練習してきた事をここで放棄するのはなんだか勿体無く思った。


「じゃあ、私がハギっちの代わりに犬塚君と走るよ」


この騒乱の中、目立つように両手を開けて宣言する。犬塚君の片腕も巻き込んでピースサインをした。


「は…?」


何言ってんだコイツ?という視線を一身に浴びる。非常に自分の発言が怖くなるが、私は声を張り上げて話し続けた。


「いやだってそれが一番良いかなって思って!ハギっちも女子と組めるし、人員も安定するし!」


それしか、この場を乗り切る方法が見えなかった。

「いや、でもそれじゃ意味がないだろ」と声が上がったように、私がペアなら確実に犬塚君の足を文字通り引っ張ってしまうだろうし、練習だってこれからの時間を考えたらまともに出来ないだろう。まともな選択肢とは言い難かった。


「だって犬塚君大好きだもん!気合いで頑張るよ!ほら、なんせ私は嫁候補だし!予行練習だと思って気張れるって」


こんな発言をしてしまった私の言い分をどうか聞いてほしい。

前々から、周囲に弄られてネタ扱いをされていた。ここで私もそれに便乗して笑いを取り勢い付けようと思ったのだ。


しかし、結果は犬塚君1人が憐れなほど赤面しただけだった。

クラスメートが見てる前で、本人は何ひとつ悪い行いをしていないのに完全にとばっちりで恥ずかしい事を叫ばれたのだ。犬塚君はチワナイトと成り果ててそのまま動かない。顔を上げない。


「ごめんって!あの、私が好きっていうのはあくまで一方通行だから、片思い!片思いだから!ねっ」


テンパってますます墓穴を掘ってる気がする。犬塚君は全く蘇生する素振りを見せてくれない。


「ほらあの、犬塚君本当にすごいなーって、尊敬してるし!超リスペクトしてるよ。人間としてちゃんとしてて、料理も上手いし努力家だし、なんだかんだで優しいし頼りがいあって、だからすごく好きで…えーと、もしかして、私もう喋らない方が良い?」


皆の方を振り返ると、あんなに激しく口論していた一同が揃って頷いた。

私ってば全然男心が分かってない…。


結局、犬塚君が私にあまりに押せ押せされてあんな可哀想な状態になっているのが心情に訴えたのか、最終的にはハギっちが折れた。結果オーライの筈だが、なにか痼りが残ったように感じるのは気のせいだろうか。



犬塚君はそれから体育祭当日までまともに私と口をきいてくれなくなった。たまに答えても背中を向けられるし、露骨に避けられる。

私はそれを少し寂しく感じながら、犬塚君お手製の弁当をつついていた。こんな最中でも律儀に約束を守る所も犬塚君の美点だと思う。






そして、ついに体育祭が始まった。


桐谷先輩が生徒会テントの下で此方に向かって手を振っていた。その目の前をたまたま通った生徒がビビって勢い余って土下座したのはなかなかに珍事件だった。




「あんたのクラス1-Bだっけ?なかなか頑張ってるじゃない」


誰かと思ったら、放送局局長の花巻先輩だった。三脚の上にビデオカメラを設置してそれを使って体育祭の様子を撮影していたようだ。


「えへへ〜、そーなんですよぉ」


午前中の競技を終えて、順位によって加算されるポイントは現在学年1位だ。100メートルリレーも綱引きも首位だったし、一番鬼門だった長縄跳びも全校6位で健闘した。私も我ながら頑張った。徒競走珍しく4位になったし(二人も抜いた事が奇跡の運動神経)。


調子に乗ってカメラの前でピースサインを取ったら「今、録画中だけど」と花巻先輩。


「えっ」


「嘘よ。馬鹿ね」


クールな花巻先輩がけらけらと私を笑い者にしていた。


「見て、アレ。あそこにいるうちの学校の生徒会長を。超こっちに来たそうな顔をしてる」


カメラの拡大機能を使って生徒会テントで、体育委員長らしき生徒と話している桐谷先輩は、花巻先輩がいうように確かにしきりに此方の方向を見ているようだった。


「うわ、桐谷先輩超かわいい…」


「可愛いっつーか、ある種の哀愁あるわね。毎年恒例の忙殺でまともに競技にも参加出来ないし。…ほら、焼き鳥の購買券あるから桐谷に持ってってやりなよ」


あまりの衝撃に私は「はうっ!」と悶えた。


「これが噂で聞く、ツンデレ…。なるほどヤバイっすね。危うく私が花巻先輩に落ちるとこでした」


花巻先輩にめっちゃ脛を蹴られた。

貴重なデレに立ち会えたので私は満足だ。パンダの出産くらいの感動が個人的にある。


そのまま花巻先輩が差し入れてくればいいのにと言ったが「カメラ見張っとかなきゃ」とか「音響の調整し直さなきゃ」とか言いながらのらりくらりと逃げられた。花巻先輩も大概素直ではない。

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