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「知ってる?あの猿河君の親衛隊だって言い張ってたあのストーカー集団、解散したんだって」
「やったじゃん、クソ邪魔だったんだよね~。あいつら猿河君の何でも無いくせにしゃしゃり出てキャンキャン騒ぐからさぁ」
親衛隊解散は知らない間に皆知っていたようだった。
保健室に入りながら、なんだか複雑な気持ちでその話を聞く。
全部私のせいだ…。
いや、如月さんと手を組んでたせいでそれは分かってたんだけど。
いったい私はどうしたらいいのか。
猿河氏に杉田さんにバレてる件を言うのも、変な疑いかかりそうで怖いし。杉田さんの誤解を解くのも、私が言っても説得力に欠けるしなぁ。如月さんも会が解散した今どう行動するのかも謎だし。
「はぁ、どうしよ…」
ため息も出る。
そして縄跳び紐に脚が引っかかった。そうだ、今は体育祭の練習中だった。
「鬼丸ゴラァアア!なにボーッとしてんだオラァ!!」
すかさず鬼軍曹の犬塚君の檄が飛ぶ。
ひぃっと思わず身をすくませると、首根っこ掴まれて列の外に投げ出された。
「集中出来ないなら、邪魔だから外れてろや!ボケナスが!」
「ごめんて!皆んな揃わずに練習したら意味ないじゃん、今度はちゃんとやるからさぁ」
みんなが一生懸命やってるなか、上の空だったのが悪かったから!
練習がとうとう本格化してきた。犬塚君の張り切り様も凄まじい。かという私は裏番長に任命されたのに、全然皆の役に立ててないし犬塚君のサポートも出来ていない。むしろ足引っ張ってばっかりだ。正直凹む…。
「哀、休んどきなよ。なんか顔色悪いし疲れてるっぽいから、犬塚も気を遣ったんだよ」
沙耶ちゃんの発言に「え?」と、犬塚君の方を振り返ると顔を逸らされた。うわ。典型的な…。
「いやでも、私ほんと大丈夫だから…」
「いーから顔でも洗ってこい!情けない面しやがって」
なんていうか私が何と言った所で、犬塚君は受け入れてくれなそうだ。私自身は元気なのに。
「あ!鬼丸、あれだったらカルピス買ってきて!」
「土屋、お前は人をパシリ扱いしてんじゃねぇよ!」
縄回し係の土屋君がちぇーと口を尖らた。
「お、オレも、ハァハァ…なにかカロリー高そうなのを頼む…」
むっちり系男子の佐伯くん君が、汗びっちょりで追加オーダーする。
死にそうに見えるけど大丈夫?
「いいよーいいよー!それくらい全然買ってくるしー、他はなんかある?」
お荷物になるよか全然マシだし。むしろ汚名返上のチャンスだし。
おい、と犬塚君が呼び止めるのを聞こえないふりをして集計取って校内に駆け込んだ。
「えーと、カルピスとーソルティライチとー…」
財布を取りに教室に行き、購買部に向かうためまた階段を降りる。
文化祭とは違って最優秀クラスにトロフィー贈呈だけだけれども、放課後の練習をしているクラスも多いらしく廊下に人気がない。
あとは、部活動がそろそろ高体連・高文連近いからなのもあるかもしれない。
猿河氏も忙しければいいのに…。
だいたいC組だって体育祭の準備してたのに、奴の身体能力からいって参加競技は多そうなのになぜあんなやる気ないんだよ。犬塚君の爪の垢でも煎じて飲ませたいわ。
ぶつぶつ一人で愚痴りながら一階に移動してたら、いきなり体のバランスが崩れた。
「!!?」
叫ぶ暇も何かに捕まる暇もなく、階段から転げ落ちる。
全身痛くて息ができない。動けなくてそのまま廊下に転がっていたら、階段から慌てた様子で誰かが降りてきた。
「鬼丸!!大丈夫!?怪我は…どこか痛い?」
らしくなく慌てた様子の杉田さんだった。
私が見たことないくらい取り乱した表情で、泣きそうに見えた。
なんで杉田さんがここにいるんだろうか。まぁ、もう放課後だし杉田さんが偶然この場にいてもおかしくはないのだけれど。
「だ、大丈夫です。なんか転んじゃって」
よいしょ…と体を起こした。
うわ。ハーフパンツだったからか太ももに大きな内出血が出来ていた。
流血してないだけましだ。
「お、鬼丸…貴女、突き落とされたんでしょ…」
「え?何がです?私、さっきタイミング悪く階段で足捻って自分から転んじゃったんですよ」
「違うわ。あれは…」
変な杉田さん。
鈍臭い私がドジやるなんていつもの事なのに、なんでそんな深刻な顔しているんだろう。
そのまま黙ってしまった杉田さんとの間がなんとも辛くなったので、保健室に付き添おうとするのを口八丁でごまかしてそのまま自分のクラスに戻らせた。
◆
「はぁ?遅いんだけど」
練習も終わり疲れてボロボロの体を引き摺って理科準備室にいけば、おもっくそ不機嫌そうにしている猿河氏が待っていた。
もうため息しか出ない。やっぱりこれマズいよね。
「ちょっと…。人の顔見てため息とか失礼すぎじゃない?しかもこの美しい顔に向かって。愚か者にも程があるんじゃないの、ブサイクのペットの分際で。学習能力の無い哀ちゃんは、身の程をわきまえてくれるのかなぁ」
一言も発しないうちに言葉がよくもまぁこんなに沢山出てくるよ…。その才能は私を罵倒する他に、もっと有意義に活用したほうがいいと思うよ。もうなんか慣れて怒りすら湧いてこない。
「…いや、だから何そのブス顔。いつまでつっ立ってんのそこに」
限りなく脱力していたら、そのまま腕を引っ張られた。
「ちょちょちょ!猿河氏!?駄目だって!」
引き寄せられてすっぽりと簡単にその胸に抱きしめられた。恐ろしく手際が良くなっていてビビった。ちょっと前まで結構ぎこちなかったのに順応早いっすね…。
「は?何を今更。こんだけ待たされたんだもん、充電くらいさせてくれたっていいじゃん」「燃費悪いな!もっと地球に優しくなろうよ!」「哀ちゃんがもっと質の良いエネルギーを提供してくれるなら、エコになれるかも~」「ああもう!ああ言えばこう言う!!この減らず口!」「その言葉、そのまま返すよ。普通はこういう時もうちょっと大人しくなるもんじゃないの」
言葉の応酬をくり返しながら、流されまいと氏の腕からもがいて抜け出そうとするも何故かホールドから脱せない。それどころかなんか体を猿河氏に押し付けるような妙な体勢になって、そのままお互い床に倒れこんだ。
「…駄目だよ。もう学校閉まるし」
「わかってるよ」と答えたのになんでお尻撫でてんの。痴漢もびっくりな大胆不敵な鷲掴みで。
「普通にセクハラ案件なんですがそれは」
「僕と哀ちゃんの仲でしょ」
ぐだぐだと一向に離れられない。困る。猿河氏となんかもう距離感を測れない。以前はどんな風に接していたのか分からないくらい、もうくっ付いてるのに違和感がない。とても困る。
「…帰ろうよ、猿河氏」
「うん。あと10秒」
そんな事言って多分10分は経過してる。
「いや、あの…汗臭くない?」
「超臭いよ。安物のデオトラント付けるの止めたら?」
人が気を遣ったのを猿河氏はなんでそういう事言う…。
「ていうか、このまま隠れて鍵閉められてみない?そしたら誰にも邪魔なんてされないで一晩中一緒にいられるし」
「やだよ…。やるなら猿河氏一人でやりなよ…」
「なに。なんか今日はノリ悪いね」
啄むようにぺとぺとと唇同士がくっ付いて遊んでいる。頭が麻痺してそれを異常だなんて思えない。
「私はいつも不本意だよ。最初から」
最低だと思う。私、もうこれでもかってほど最低な事をしている。
「え?何。あの子らに申し訳ないとか思ってんの?」
エスパー?
なぜそんなに無駄に察しが良いの?そこまで理解出来てなぜ優しさに変換出来ないの?
ほんとに不思議で仕方がない。
「猿河氏、本当に会が解散したのは私のせいなんだよ。…その、ここで会ってる所を杉田さんに見られてて、つ…付き合ってるって誤解されちゃったみたいで」
「は?だから何?」
「だから何って…。そのせいで杉田さん達は」
「そんなの杉田さんが勝手に決めた事だし、あんたには関係無くない?会だってそもそもその場凌ぎで入ったものなんだから、気にする事はないよ」
「猿河氏が入れさせたようなもんなのに…」
「だから、もう入る意味無くないって言ってんの。元々勝手に内部分裂してたみたいだし、あんたは会にいてもあっちこっちへフラフラしてるし。むしろ自由に僕のところに来れるって喜ぶべきじゃない?」
その言い方だと私が猿河氏に近づくために親衛隊が邪魔だったみたいじゃないか。むしろ逆だから。
もうすでに大切な居場所だったんだ。だから無くなってしまってこんなに心苦しい。
「そんなことない。…猿河氏だってちやほやしてくれるガールズがいなくて寂しいって言ってたじゃん」
「え?別に?なんかもうどーでもいいんだよね。そんなのより童貞から脱する方がいまは重要」
手のひら返し早っ。
「え、やらないよ…?」と答えるも、聞こえなーいと言ってするりと太ももの内側に手を滑り込ませてくる猿河氏。完全にアウト。
「やる事出来るならあとは、結構満足だしもう何もいらないかも。ヤバくない?ここまで僕に言わせて、何もさせないとか鬼じゃない?」
「鬼丸ですから…」
でもまぁ、猿河氏が本気でやろうと思えば私なんて秒殺で本懐遂げられるわけなんだからそれも氏の本心なのかは微妙なんだけど。この人、割とアレな思考の持ち主だからなぁ。
「とりあえず、杉田さんに誤解を解かないと。どう誤魔化せばいいか分かんないけど、猿河氏が言えば多分何でも信じると思うから」
「嫌だよ、面倒臭い。それに、ただ自分がやらかした事で人の恨みを買ったり嫌われたくないだけの事になんで僕が協力しなきゃならないんだよ」
徹底的にぴしゃりと言い放つ猿河氏。
分かってたけど、やっぱり無理か。猿河氏は自分の損得が絡まないと基本的に動かない人だとは私も薄々気付いていたはずだ。妙な期待なんかするんじゃなかった。
「…それに妙な動きしたら、藪蛇突っつく事にもなるだろうし。あんたは大人しく引きさがってなよ」
「そんなの」
出来るはずがない。全部私のせいなのに。
如月さんにも一度ちゃんと話して方針立て直そう。駄目なら私一人でもやるしかない。私の事を必ず信じてくれるかなんて確証はないけど。
「なんか悪巧みしてる顔してない?」
ジト目の猿河氏に頬っぺたを抓られた。やっぱり勘が鋭い…。なんか面倒臭そう…。
◆
その矢先だった。
いつになく深刻な顔をした如月さんが、「お前、ヤバいぞ」と携帯の画面を見せてきた。
表示されているのは、何のことはない一般的なSNSだった。そこに私の実名がそのまま書いてあり誹謗中傷されていた。
「ウチのクラスの女子のアカウントだ。しかもお前と猿河の事を知っているっぽい。鍵かけてないのはこいつだけだったけど、多分繋がりある奴らには拡散しているだろう」
「うわ…。クラスの女子のアカウントいちいち探してるんですか?フォローせずブックマークとか気持ち悪い陰キャラがするやつ…」
「言ってる場合か!鬼丸、お前この状況分かってんのか!そしてまた性懲りもなく、猿河と盛っただろうが。人があくせく慎重に情報収集している時に!ふざけんな」
それを言われると中々に気まずい。
「お前は割と多数の女子から恨まれている状況でそれがいつ爆発するか分からない。だから猿河とはここで手を切って、一旦熱りを醒せ」
…冗談を挟まないと冷静になれないほどショックだった。一体どこまで広まっているんだろうか。うちのクラスでも私を見損なった子はいるんだろうか。
気づけば全て後手に回っている。
私の顔を消して隠し撮りを公開しても今更傷を広げるだけだし、イメージが悪くなっている私から真実を伝えようとしても難しいだろう。
「如月さん、なんでここにきてそんなに親身に守ってくれようとするなんて」
「杉田さんが鬼丸の事を随分心配してたからな!ここで見捨てられたら杉田さんに顔向けできない」
「ああ…そういう事ですか…」
やはり安定の如月さんだった。
杉田さんが私を心配しているのはきっと本当なんだろう。
あれ以来よく杉田さんに遭遇するし、「あんまり一人でいない方がいい」と忠告された。私としては何故、好きな男子を掠め取られたような女に対して彼女がなぜ親身になっているのか分からない。ありがたくはあるけれど。
さすがに私も危機感を覚えて猿河氏と会うのを控えた。電話やメールや通知が鬼のように来たが、そこはサクッと拒否をすれば簡単にシャットアウト出来た。逆に何故早くそれをしなかったのか謎なレベル。
何故か猿河氏は凸まではしてこなかった。




