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45:

「打ァ倒~C組ぃ~~~~!」


引き続き学級委員長の佐伯君のもと体育祭に向けての競技人数配分の学級会の途中、いきなり猛犬チワワの咆哮が教室中に響き渡った。


ざわつく教室の中、犬塚君はゆらりと立ち上がり右手の拳を自分の胸に叩きつけた。



「体育祭で勝ちまくって…とにかく一年C組を、猿河修司をぶっつぶしたいです」



かなりツッコミ気質で頭固い…いや、常識人の犬塚君のいきなりの奇行にびっくりした。

そして、いつも学級会は昼寝の時間でイベント行事には比較的非協力的な犬塚君がこんなにやる気を示すのは初めての事だった。


「えっ、じ、じゃあ…実行委員兼体育祭番長は犬塚で…」


あまりの展開に圧倒されてパチ…パチ…と疎らな拍手があがる。

さては猿河氏、また犬塚君を陰湿に弄ったな。あと、学祭でなんやかんや「うーわー流石はるかちゃん。女装似合ってるねぇ~ププッ」と馬鹿にされ大々的に見世物にされたのを根に持っているのか。

猿河氏の人をおちょくる癖もなんとかしてほしいものだ。


「俺が番長になったからには、お前ら今日から犬塚最強ロボット軍団だからな。掃除終わってすぐ帰れると思うなよ」


スパルタ番長の凄みに、ひぇえ…とクラス一同怯えた。

なにせ私は知っている、犬塚ブートキャンプの恐ろしさを。

夏休み始まってすぐ犬塚家に軟禁され、朝も昼も勉強・勉強・勉強…ゴリゴリやらされた。少しでもサボったり居眠りしようものなら、手はあげないものの正座二時間にノニジュース強制嚥下の刑に処される。これは字面で説明するより、ずっと辛いものがある。まぁ、そのおかげで今回のテストは赤点は免れた訳だけど(奇跡)。

これは阿鼻叫喚の体育祭になるかも…と私は学級委員長の佐伯君に目配せした。

むっちり系男子の佐伯君は、顔をてかてかさせながら小さく頷いた。


「よし、じゃー裏番は鬼丸な。犬塚をしっかりサポートしてくれよ」


「は!?」


元相方の反逆に驚きすぎて、椅子から飛び上がってしまった。

なに裏番って。初めて聞いたんですけど、その制度。さっきまで一言も触れてなかったよね。

佐伯君が「犬塚が行き過ぎないないよう手綱握ってくれよ」と目で訴えるから、「無理無理無理無理!」と首を横に振る。皆なにか勘違いしているようだけど私犬塚君のリードなんて握ってない。むしろ掌握されているのこっちだから。あの猛犬を手懐けた…とかうっすら武勇伝になっているけどそれすごい誤解だから。


「ま、これも嫁の仕事だと思って」


「いやいやいや、嫁ってなに!?」


「いや?調教師の方が良かった?」


「怖い!佐伯君と会話が出来ない!」


ただでさえ私それどころじゃないのに。

主に猿河氏関連で。





「だからあれほど学校でハメを外しすぎるなって言ったよな。俺言ったよな。なんで忠告スルーする?どあたまくるっぽー馬鹿女が!」


これまた何故か如月さんが怒っている。わざわざ私を教室から呼び付けて、説教しにくるほど。

どうやら杉田さんから親衛隊を解散する旨を聞いたらしい。


「そ、それは…まぁ、迂闊だったかもしれないですけど、如月さんはなんで怒ってるんですか。元々それが目的だったのに」


「あほか!杉田さんが猿河がろくでもない男だって失望しなきゃ意味ないだろが!!猿河とお前の為に解散するって流れになったら、杉田さんが悲しい思いをするだけじゃねーか。可哀想に」


「杉田さんは確かに可哀想だけど、私だって如月さんに唆されて猿河氏と際どい事やらされて大分可哀想なんですけど」


「はぁ?お前は今更被害者面すんなよ乳首真っ黒糞ビッチが」


ついに如月さんにもビッチ呼ばわりされた。

あと、乳首は別に真っ黒じゃないから。ちょっと茶色っぽいだけで。


「…じゃあ、どうすればいいんですか。杉田さんに知られちゃった以上、あの写真の相手が私だってさすがにバレてしまうじゃないですか」


「とにかく猿河が史上最ゲスだという事を露呈させればいいんだ、撮った写真は公開する。杉田さんには、お前からアレは脅されてやった事とかなんでもいいから説得しろ。後追いでもいいから猿河に対する良いイメージを全払拭しろ!!」


「ええ?それ私がやるんですか…私ごときにそんな人ひとりの好感度なんてどうしようも出来ないですよ」


「うるさい!自分のケツは自分で拭け!それに、お前がこの学校で誰よりゲス河の生態をしってるだろうが!それをぶちまけろ、何でもいいから」


「なんでもって…」


それが一番困る。言ったとして私の言うことを杉田さんが信じてくれるかも謎だし。

会にいた時だって、高橋さんと鈴木さんとはよく絡んでいたが、杉田さんとは個人的にあまり喋らなかった。マシンガントーカーでちゃらんぽらんな私と寡黙で生真面目な杉田さんじゃタイプが違いすぎてあまり距離が縮められなかった。

信頼関係は正直微妙。


ちょっとは手伝ってくださいよ…と、言おうと思ったら既にそこに如月さんの姿はなかった。あの人、言うだけ言ってさっさと帰りやがった。

私はまだつけたままのマスクごしに、ため息を吐き出した。



放課後はさっそくクラス会議があり、私はこっそり抜け出して、第二理科室にいた。

裏番の離脱に犬塚君は多分怒り心頭だろうが、こっちは戻って来さえすれば許して貰えるだろう。なんだかんだで甘いから。


しかし、こっちは違う。

説明なしで来なくなったらやたら無闇に怒って、根に持つだろう。理不尽な言いがかりを付けられる前に、こちらに非がないようにベストを尽くす必要がある。


「というわけで、私もう放課後ここに来れなくなったから」


猿河氏は「え?」と笑顔のまま小首を傾げた。怖い。


「いや、だから体育祭準備があって仕方なく。今日もちなみにあるからもう行くね〜。グッバーイ」


「ちょい待ち」


疾き事風の如し。

変な雰囲気にならないように3メートル位距離を開けていたのに、振りかえった時には既に真後ろにいた。怖すぎる。


「いやー、無理でしょう。普通に考えて。だって体育祭の練習とか終わったら、疲れ切って学校に戻ってきたりしないだろうし。そもそも何時に終わるか分からないのにさぁ」


笑顔のまま首を左右に振る。

肩に回った氏の手が漬物石のように重い。


「えぇ…」


普通に考えて、体育祭の方を優先するでしょう。


「放課後練習なんてサボりなよ。哀ちゃん一人いようがいまいが変わんなくない?だったら僕と一緒に遊んでた方が有意義じゃない?」


「ところがどっこい、実行委員が犬塚君になりまして体育祭にかなり闘志を燃やしていて、練習は全員強制参加のスパルタなんですよ。ここだけの話」


「馬鹿チワワが?なら尚更参加しなくても良いじゃない」


誰だ、君。

犬塚君の名前が出てきただけで一瞬で顔が険しく変貌したので、多少慣れたとはいえその百面相にビクッとなってしまった。


「そりゃ、猿河氏は犬塚君を舐めきってるからそういうけど、犬塚君かなりストイックで熱血な鬼軍曹タイプだからね。やる気になった事に関してはかなり執念深いから、逆らったらどんな目にあうか…」


「そんなマスタベーション早漏野郎、尚更無視するべきじゃん。クラスの子たちもよく付き合って上げてるよねー。頭弱いのかなー」


「言い過ぎだよ、猿河氏」


見上げて軽く睨むと、翠の双眸だけきょろりと此方を見下ろす。


「なに、一丁前に怒ってんの?でも、お門違いじゃないのかな。だって実際貴重な時間削られてるのは事実なんだよ、なんで僕に怒るか意味分からないんだけど。逆になんで僕の為に反発してくれないのか誠に遺憾なんですけど」


大真面目な顔でなに言ってんのか、この人。

猿河語録もう大分溜まってるよ、もう書籍化できるくらいだよ。お腹いっぱいだよ…。


「哀ちゃんはさぁ」


こめかみを押さえて次の戦略を練っていると、猿河氏が私のもう片方の肩にも手を乗せ屈んで、目線を私のそれと一直線上に置く。


「耐えられるの?昨日まであんなにべったりスキンシップ取ってたのに、今日から無しとか」


「うん、大丈…」


「僕は耐えられないし」


ぎゅううう、といきなり抱き締めらる。


「!?!?!?」


私は予想外の展開にパニックだった。

どうした、猿河氏。最近、情緒不安定だぞ。


「無理。キスしないと死んじゃう。いいの?こんな状態の僕をそのまま放置して。体育祭終わって会いに来たら、干からびて死んでるとか後で絶対後悔するよ」


「いやいや、死なないって。保証するよ」


誰より図太い猿河氏がそんな事ごときで死ぬわけない。というか猿河氏は殺しても死ななそうな妖怪的なイメージがある。


「無理無理。あと死ぬ時は、遺書に『鬼丸哀に逆レされました』って書くから。鬼丸さんは僕の弱みを握って、ファーストキスまでも奪い来る日も来る日も蹂躙の限りを尽くし…」


「止めよう!それは止めようか!どうした、どうした猿河氏、なに急に駄々っ子になって?キャラ選択間違えてるよ」


「修ちゃん今三歳児だから」


「…そ、そぉっかー」


三歳児なら仕方ないか〜…ってアホか!


でも、いや、だけど、だめ、と延々と問答が組んず解れつ取っ組み合いながら続いた。

マスクしてて良かった。まだ風邪っぴきを装わなきゃならないけど、流れを堰きとめる防波堤くらいにはなってくれる。


「…ほんとにさぁ、マジでお願いだから行かないで。だって寂しすぎる」


猿河氏が私の首根に顎を乗せて呟くように言う。


「ただでさえ杉田さん達解散するって言ってて僕最近誰からも放置され気味なのに」


「……」


その件については、ちょっと罪悪感があるから何も言えない。


「で、最近哀ちゃん構ってくれるようになったと思ったらこれだし。あー、僕また一人ぼっちかぁ、寂しいなぁ…」


「さ、猿河氏」


つい、寂しいという単語に反応してしまう。

絆されるなと分かってても、応えそうになってしまいそうになる。


「分かった…。体育祭準備は行かなきゃならないけど、時間合ったら一緒に帰ろう?私一人暮らしだし猿河氏の気の済むまで寄り道とか付き合えるし」


ついそう言ってしまった。

体を離して、「ほんと?」とぱあぁと物凄い嬉しそうな顔をする猿河氏を見て、うわああああ!と多大な言っちまった感がのしかかる。


この時私はすっかり忘れていた。

持ち前の美貌と演技力で、全校生徒のアイドル的な存在の猿河氏が一人ぼっちになったり、寂しくて弱るほど脆弱なメンタルである事など決してないことに。


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