表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
65/192

44:

『へんたい』


ゼロが私を詰る。

それは紛れもなく、私のここ最近の言動に対してだった。


『分かるよ?キス気持ち良いよねぇ、人肌恋しいもんねぇ、求められるのって凄い幸せだよねぇ。でも、だめでしょ。動物じゃないんだから』


ゼロが珍しく怒っている。

なぜ彼女がこんなに怒っているのか分からない。


「だ、大丈夫…本番行為はしないから。ただちょっと今キスが私の中でブームなだけで」


『ブーム?何言ってんの、哀は簡易な感情を伴わないのに異様に親密な接触が都合よかっただけでしょ?なに誤魔化しているの』


「そんな事は…」


『良いように食い物になって満足?過程を踏まずに、いいとこ取りされてまんまと口車に乗せられ行為継続させられてよかったね』


「そんな重い話じゃないよ。大袈裟だなぁ」


ゼロがこんなに怒っているとは思わなかった。

だって今迄ゼロは私が相手に惹かれるように誘導する事が多かったから。


「猿河氏だってそのうち飽きて止めるよ」


『飽きられてその後どうするの?これだけ欲望を曝け出すように躾られて、縋り付かない自信ある?』


「…それは、大丈夫だよ。なんとかなるよ」


『ならない。だって、哀は自分の守り方なんて知らないでしょう。しゃぶり尽くされて絞りカスになった哀は後どうするの?誰も何も残ってないのに』


「一人で…」


『今更、一人で生きていける?他人の体温も、求め求められる素晴らしさも知ってるのに?』


そんなの。

一人で生きていくしか私には最初から選択肢はない。


「あの行為で変わった事はない。猿河氏も私も割り切ってしてることだし。ましてや、私が脆くなったなんて無い」


『変わったわ』


「変わってない」


『いくら否定しても、貴女も現実も変わらないのに』


ゼロは呆れ返ったというように、溜息をついた。


『もういい、せいぜい溺れ過ぎないように。無理だと思うけど』


そう言い捨ててゼロはいつもよりいくらか早くかき消えた。






昼休みに犬塚君とごはん食べてると、犬塚君が怪訝な顔をしていた。


「お前、口なんか腫れてないか」


「え〝っ…」


ぎくり、と体が強張る。

思い当たる事がありすぎるし、実際患部は常に微熱を持っている感じがする。


「気のせいじゃないの?いつもと変わんないよ」


「いいや、明らかにパンパンになってる。こら隠すな」


「やーめーてー。セクハラー!」


徐に下唇をふにふにと摘まれて、慌てて逃げ腰になる。

完全に猿河氏のせいだ。

唇ごと吸ったり噛んだりするから。それを数え切れないほと繰り返せばそうなる。


「いやぁ、最近ハバネロスナックにハマってて、ついつい食べ過ぎちゃって〜」


「いや、お前あれ嫌いだろ。望月に食わせられて死ぬ程噎せてたの見た事ある」


あっさり嘘が見破られた。

どうしたらいいか分かんなくなって取り敢えず、「風邪かな…なんかウィルス性の…」と答えた。なにその、ふわふわした説明!といっそ自らノリツッコミしたかった。


「あんま夜更かしせずに、ビタミンC摂ってはやく治せよ」


あ、でも予想外れて上手くいった。

良かった良かった。とひとまず胸を撫で下ろす。


それにしても、ビビった。

腫れ→キスしすぎ、とはすぐ行かないかもしれないが何かの拍子で、猿河氏へ繋がるかもしれない。あの爛れた行為が露呈するなんて、考えただけでゾッとする。


一応、念のため手鏡で口元を見てみたら、たしかに腫れていた。自分では気づかなかったけど、唇の赤みがやや強いし、ぷくっと膨らんでる。

強めに顔を流水で洗い流して冷やす。悪戯に冷やされて唇は余計熱を持っていた。


あれは、ただの快楽を貪る行為だ。


私に至っては猿河氏を嵌めるという目的もある。

例え、死ぬ程気持ちいいキスに溺れようとも二人の間にはなにも生まれない。何も変わらない。

だからこうやって目に見えるかたちで、顕われてしまっては困る。


私はもう一度、口元に冷水を浴びせる。

消えろ。消えてしまえ。

私の中で残った猿河氏の残渣。

しかし、何度も何度も冷やしても、熱が引かない。

頭の中で、昨晩のゼロの声がこだまする。




そして、放課後。

第二理科室。言わずもがなwith猿河修司。


「それでそのマスク?」


猿河氏が半笑いで、私のマスクをびよーんと引っ張る。

あの後、また誰かに指摘されるのを恐れるあまり、保健室でマスク貰ってきた。


因みに私の口がこんな状態なのに、氏のは憎たらしいほどきれいなままだった。


「ふーん、エロいね」


「なにが!?」


予想外のコメントにビビる。

猿河氏はにやにやしつつ、舌舐めずりを一回した。


「猿河修司とキスしまくってますって証拠をそんな薄っぺらなマスク一つで隠してるつもりになってさぁ…。普通に授業とか受けてるんでしょ?エロいよ」


「ごめん。なに言ってるか分かんない」


首を左右に振って、猿河氏の発言を受け入れないでいるとマスクを剥ぎ取られた。


「しかもまた、のこのことやられに来ちゃうし」


「来ないと、猿河氏怒るし」


抱き寄せられると、なんだか骨盤のあたりがむずむずしてくる。


「怒りはしないよ。僕が寂しい思いするだけで」


「そういう事を…」


突然素直にならないで欲しい。

調子が狂う。

密着して前菜のような挨拶みたいな唇同士のキスをする。それだけの事が、妙に興奮して目がちかちかしてくる。


「と、取り敢えず口吸うのと、はむはむするの今後暫く禁止で」


「やだよ、してたらやりたくなっちゃうし。本能だよ。仕方ない」


本能くらい理性で飼い慣らしなさいよ。

あと、その本能の塊が既にお腹の下の方に当たってるんだけど。


「ぅあ」


閉じた唇をふいにこじ開けられて、短い悲鳴が漏れ出る。最後にキスして24時間しか経ってないのに、舌先が触れた瞬間背筋痺れたから、自分はどんだけ待ち侘びてたんだと恥ずかしくなる。


何も知らなかった以前の私はこんな単調な行為、なんてことないと思っていた。

現実は違った。

すればするほど感度が増して、得られる快感が増えていくだけだった。

今はもう、これを止めざるおえなくなったときがただただ怖い。


「…っ…」


前歯同士が擦りあったそれだけの事で腰が抜けた。体を支えられなくて、膝が面白いくらい笑う。猿河氏に身も世もなくしがみつく。


なんでこんなこと。

なんでこんなこと。


後悔と背徳は常にある。

ゼロがいうように、やってはいけないことだったとは何時も思い知らされている。


「もう、仕方ない子だね」


耐えきれなくて、ぺたりと床に座り込んだ結構な重量ある私をひょいと抱えて机の上に乗っける。

笑っているような声色だったから、余裕ないの自分だけだと思った。

だから間近に猿河氏が顔を寄せてきた時、そうではないのだと悟った。


「ね、どっかもっと二人になれるとこ行かない?」


そんなことしなくても聞こえるのに、耳のごく側で囁く。


「ここじゃ6時になったら警備員が鍵閉めにくるし、いつ誰が来てもおかしくないから」


その目が欲望に濡れている。

微笑みながら開いている口から、白い犬歯が覗いている。


「何処でもいいけど。哀ちゃんの家でも僕のでも、とりあえず学校から出ない?今。立てないならおぶっていくし」


「やだよ、誰かに見られたら…」


「裏口から抜ければ大丈夫。誰かに会っても、体調崩したらしいから送っていく所って説明すればいいよ。哀ちゃん今顔真っ赤だし、マスクしてるから重症に見えるしね」


「…う、でも」


「たった2時間程度じゃ足らない。辛いよ、辛くて耐えられない。僕はもっと哀ちゃんと居たいのに。僕の愛しい小鳥ちゃん」


歯の浮く台詞をつらつらと。

奴からこんなことを言われるのは全校の女子の夢だろうに。


「猿河氏…」


「修司君、がいいな。哀ちゃんはもう少しムードを大切にしてくれたら、もっとかわいいよ」


顔まで切なさでいっぱいな顔をするから恐ろしい。

まるで恋焦がれているひとのよう。何もしらない子ならあっさり騙されそうな。


「猿河氏」


剥ぎ取られて机の上に落ちてたマスクを付け直す。それは念のため。


「よっぽど、えっちしたいんだね…」


哀れみを込めた視線をおくれば、悪びれもなく猿河氏はぺろりと舌を出した。

役者だな。すごい、分かってても心臓ばくばくいってる。なにが小鳥ちゃんだ、ボケナスがぁあ!


誠実?愛情?思いやり?なにそれ美味しいの?―――by 猿河修司


「で、結局どうするの?やる?セッ」


「しないからね?そんな顔してもやらないよ?!」


猿河氏が口大開きで目も最大限まで見開いて盛大に顔芸している。なんだその顔。表情筋お化けか。


「いや、あり得ないでしょ。だって、どうすんの?凄いかわいそうじゃない?僕。

貴重なはじめてのキスまで奪われて弄ばれて、身体も触るだけしか出来ないし。目の前に本物の×××も×××とか××××があるのに」


「猿河氏、完全アウトだよ。それは…」


えぐさ丸出しの単語たちを耳が聞きたくなくて、ついに自動伏字になったよ。


「超優しくするし(当社比)、最初の一回はがっつかないよう頑張るし(保証はしないけど)、お望みなら甘い言葉をかけてもいい(全部ウソだけど)。絶対、忘れられない初体験にするから…それでも、だめ?」


「誘い文句ガバガバ兄貴チッスチッス」


猿河氏は相変わらずふざけているが、セクロスしたい!は本音なんだろうな…と思う。

抱き締めたり際どい所を触る事が頻繁になってるし、ほかほかの股間部をよく擦り付けてくるから。


「初めては好きな人♪とか拘ってんの?でも今更じゃん、こんなエロい事ばっかしといて、次の男に行ける図太さなんて哀ちゃんにはないと思うけどね。やっぱり僕の事好きなんじゃ?恋だよ、そういう事にしとけばいいよ。キスでこんなに気持ちいいなら、多分本番はもっとやばいよ」


猿河氏、妙に喋る喋る。平然としているようで、話題がひっちゃかめっちゃかになっているあたり、切迫している感がある。

私もよくやる。ひたすら喋って、湧き出す感情や興奮を四散させる方法。


自分でも言ってたけど、猿河氏かわいそうだ。本当、男の人ってかわいそう。


「べつに何を大事にしてるわけでも、興味がないわけでもないけど…」


「けど?つまんない理由ならYESと見なして、問答無用でホテルまで担いでいくから」


答えを催促する猿河氏の顔は笑ってるのに、目尻が吊り上がったままだから少し怖い。


「しちゃったら、何か変わりそうで。物理的にも精神的にも」


馬鹿にされるかと思ったけど、猿河氏は「変わったら何がだめなの?」と普通に質問してきた。


「変わったら、何が起こるか分からないけど、今の『ちょっと秘密を共有している同級生』じゃいられない。それって、私にはすごい怖い。だって、なんて罪深い…ーー。」


「罪?」


「罪だよ。色んな人、色んな事象、多くを裏切ってる何処に出しても恥ずかしい罪人だよ」


「ふーん、めんどくさ。哀ちゃんて変な所で考え過ぎるよね。で、最終的に出てきた誤答をずるずるいつまでも引き摺る悪い癖がある」


ばさっと辻切りにあう。

猿河氏は比喩や曖昧な言葉で濁す、私の心情をほぼ理解している。勿論、背景や本音までは知らないのだけど。

厄介だ。非常に厄介。


「騙す?裏切る?上等だし。だってあいつら、別に要らないし。つーか、そこまで恩売られてないし」


「それは、猿河氏はそうだけど」


「あんただってそうだよ。ヘラヘラ笑って、嫌われないよう媚び売って利用されて、なにが罪人?

断言するよ。別に向こうは哀ちゃんをそこまで大事にしてないし、報いる事なんて何もない。

それに…もし一人になるのが怖いなら、共闘してあげるよ。親愛なる臆病者の同士さん」


以前に猿河氏に言ったことがこんな形で跳ね返ってくるとは思わなかった。

あの時はなぜあんなに偉そうに他人に説教したんだろう。あれがなきゃ、こんなに恥ずかしくて惨めな気持ちにさせられなかったのに。


「それに、変化っていうなら随分前から変わっているんだけどね」


「…ぇ」


「紛れもなく哀ちゃんに一回殺されて、無理矢理ザオリクされてるから、僕」


「い、いつの話…」


「まぁ、それは寝物語にでも」


ひらりと華麗に躱される。

猿河氏はつくづく食えない男だ。


「で、どう?行く?行くしかないよね」


「…いかないよ。今日は人と約束あるし」


「は?誰」


「誰でも良いでしょ。猿河氏には関係ない」


いつの間にかぐちゃぐちゃに乱れていた制服を直して、机から降りる。気付けばもういい時間だし行かなくては。


「じゃあね、また来週」


今日は金曜だから、次に顔を合わせるのは月曜日だ。

慌てて理科室から出て行く私に、猿河氏は完全不貞腐れた顔で右手だけ上げた。





待ち合わせ場所は、駅前のファストフード店だった。店内に入ると目に付く所に、既に座っていた。


「あ、すいません。待ちましたか?杉田さん」


杉田さんは全く怒らず「そんなに待ってないわよ」と答えた。既にコーヒー一杯飲み切った形跡があるのに。


「まぁ、とりあえず何か頼みに行きましょう。ら鬼丸もお腹空いてるでしょうに」


杉田さんに、話したいから学校外で会おうと誘われた。珍しい。ていうか、初めてだ。

猿河氏には関係ないと言ったが、話す内容は十中八九が氏の事と踏んでいる。


雰囲気的に、あんまり嬉しい話題ではなさそうだけど。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ