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あれから一週間、私は何十回も下手したら百数回くらい、猿河氏と唇を貪りあった。
放課後待ち合わせして、後は碌に話もせずにひたすら没頭していた。飽きもせず。止められないほど淫蕩の限りを尽くしていた。
「おい、鬼丸。お前さすがにあれはないだろ。あれは…」
いつものように光画部部室に朝集合したら如月さんが、私を腐りきった生ゴミでも見るような目で私を責めてきた。
私は半目になって、明後日の方向を見て現実逃避していた。
「ほら、何やってた。言ってみ?昨日の放課後、猿河と、旧校舎の保健室で。堂々とカーテン開けっ放しで何やってた?」
昨日の赤裸々なあれこれをどうやら如月さんに目撃されていたらしい。
羞恥心がカンストして死にたくなる。
「猿河氏とキスしながら、おっぱい揉まれてました……」
あれを、見られてたなんて…。いや、元からそういうミッションだったけど。もっと、フラットなシーンを抜粋して撮りに来てほしい。
「しかもきったねぇブラジャーが床に落ちてたよなぁ!?ナマ乳揉ませてたんだろ!?アヘ顔晒しながら」
「ア、アヘ顔はしてないよ!!」
「これがアヘ顔以外の何だよ!気持ち悪い!」
ばん、とホワイトボードを叩いた。そこには、猿河氏に後ろから抱き抱えられ制服の中へ手を突っ込まれながら、だばーと涎垂らして薄ら笑っている私が写真に写っていた。
無言で写真をシュレッダーにかけた。
「この写真、データごと闇に葬り去って下さい。お金は積むから」
消し去りたい過去がまた一つ増えてしまった。
「猿河に抱かれてこいと言ったのは俺だけど、こーゆー事を学び舎でやれとは言ってないんだよ!この穢らわしいど変態めが!!」
如月さんの言ってる事はまさしくその通りで、ただただ情けなさが溢れてくる。
別にそんな事やあんな事を許した覚えはないけど、キスして頭がぼーっとしだして、気がついたら、おっぱい揉まれてたりお尻のお肉捻り回されたり半裸にされてたりしてるんだよなぁ…。何故なのか。
「…頼むから、避妊だけはしろよ。何かあれば後味悪いから」
「え、セクロスしてないよ?流石に」
「あれで!???」
失礼な。私はそんな股の緩い女じゃない。
とはいえ、行為がエスカレートしてきているのはまじで早く対処しなきゃ。
キスしてしまうと判断力が鈍る。かといって、放課後に猿河氏と顔を合わせるとキスせずにはいられない風潮がある。行かないと多分猿河氏怒るし。一回きちんと意思の疎通をはからなきゃいけない。
◆
「あっはは、そう〜あの子あれでかなり溜め込んでるものねぇ」
フジコちゃんが他人事みたいにケラケラ笑った。まぁ、他人事なんだけど。
放課後は、こっそりフジコちゃんのお店に来た。絶対反対されそうだったから連絡しなかったけど、消去法で辿り着かなくもない、そういう怒るか怒れないか微妙なラインを攻めてみる。
「一応聞くけど、溜まるって…なにが」
「そりゃあ、鬱屈とした…性欲?」
「Oh…」
えらく直球できたので、面食らう。
さすがオネエ、下ネタ投下するのに躊躇がない。
「で、何。いつの間にかあんた達そんな仲になっていたのォ〜。早く教えなさいよ、水臭いわねぇ。修ちゃんなんてポークビッツだった時から知ってるのに」
フジコちゃん、ご丁寧に右手で表現しなくていいから。
「いや、付き合ってない。ノリと勢いでやっちゃったZE☆」
わはー!とヤケクソ気味に笑顔で答えると、意外にもフジコちゃんは冷静に灰皿にタバコをとんとんした。
「あらそう。若いわね〜。じゃあ、これから付き合う感じ?」
ズコー。
「いや、これからも何も、付き合う予定ないし。猿河氏だって私の事自体は好きでもなんでもないし」
ふぅーん、とフジコちゃんが頬杖ついて煙草の煙を吐き出す。
まだ開店前なのにたまに来る私の相談役になってくれるあたり優しいオカマさんなのである。
「そんな事聞いたの?修ちゃんに、私の事、好き?って。それとも嫌いだとか言われた?」
「えぇ?そんな面と向かってど直球に聞いてないけど、暴言はほぼ毎回言われてるよ。やれブスだの、やれ糞ビッチだの…」
「嫌いな相手にそんな盛ったりする?修ちゃんいままで気に入らない相手にそんな事してたかしら」
「……。」
「あーもー、言いくるめられそうになったからって言って泣かないの!あああ、花の乙女が涙も鼻水も涎もだぼだぼ出して〜」
雑巾で私の顔をゴシゴシ豪快に拭き取るフジコちゃん。
雑。だって、私の顔面をパレットにして3種の体液がぐっちゃぐちゃにミックスされている。
「アタシが言いたかった事はね、修ちゃんあれで素直じゃないし拗らせてるし捻くれてるから、そういう可能性もあるってこと。あんただって少しでも好ましい要素あるからこそ、こんな事態になっちゃったんでしょ」
「…いや」
「哀も大概捻くれてるわね〜。お似合いヨォ、あんた達。もうそのままやっちゃえ♡やっちゃえ♡」
フジコちゃんがニッコリ微笑んで右手で輪を作って、そこに左手の親指を何度も通す。
「やっちゃえ♡やっちゃえ♡じゃ、ないよ!フジコちゃん!!そうならないために相談してるのに!!!」
キレたナイフ状態の私をさらに上回る気迫でフジコちゃんがぐぁああと立ち上がって、私に右手の人差し指、それから左手に中指を向ける。
「だからね、おぢさんの意見としては、そんな込み入った話修ちゃんに直接頼みなさい!そして、日本の少子高齢化に貢献しなさい!」
「それ、失敗してんじゃん!二重の意味で失敗してんじゃん!」
やだー!と私が叫んだ瞬間、店のドアベルが鳴る。
嫌な予感で振り向くと案の定いた。
「いらっしゃい、修ちゃん。その発情期娘が修ちゃんにお話あるそうだから、二階に連れてってあげて」
そして裏切った!終始無言の猿河氏に荷物みたいに運ばれながら、掌返しに恨みのこもった顔をしてると「ごめんね〜、アタシ修ちゃんが我が子のように可愛くてしょうがないのよね〜」と、フジコちゃんが形だけ両手の平を合わせていた。ちなみにウィンク付き。
二階にある六畳ほどの和室の部屋に、そのまま降ろされて、当たり前のようにマウント取られる。
「30分」
「はい?」
ぼそ、と猿河氏が何かを呟いた。
闇を放つジト目で、口が見事にへの字。若干しゃくれが入ってるのが、折角の美形を曇らせている。
「ここまで着くのに30分、無駄にしたんだけど。どうしてくれんの、一体なんの権限で僕の貴重な30分を奪ってくれてんの」
「え、えぇ…」
完全不貞腐れモード突入しとる…。
ていうか、なんだそのいちゃもんの付け方は。タチの悪いクレーマーか。
「相当サービスしてくれなきゃ、割に合わないんだけど。どうしてくれんの?」
「いやー、ちょっとうちではそういうサービスは禁止しているんですよね〜」
「いいから、そういうの。手どけて」
今にも取って食われそうな雰囲気を笑って誤魔化す。キスしたら一巻の終わりだと、口を両手でガードする。
「ちょ、ちょっと待って。猿河氏、おふざけなしでお話あるんだけど」
「後でで良くない?」
「後だとふにゃふにゃになって、まともに頭働かなくなっちゃうし!」
チッ、と猿河氏が舌打ちする。なにこの子、超態度悪い。
「下らない事だったらスパンキング30回だから」
はい、アウトー!
なんでポロリとそんな単語出てくるんだよ。
…まぁ、とりあえずそれは置いといて。
「話とはですね、えーと…猿河氏は溜まってるんですか?その、せいよくが…」
間。
あ、これ完全に質問の仕方を間違えた。性欲の部分、裏声になっちゃったし。
ほら、猿河氏が珍しくポカーンとなってる…あ、復活した。
「ごめんごめん、間違えた。そうじゃなくて…」
「溜まってるよ」
表現をマイルドにしようとした矢先、やや大きな声で被せられた。
そこ、素直になるとこ!?と思わず仰け反ってしまった。
「溜まりまくり。二次元媒体は最近食傷気味でオナっても不完全燃焼感あるし、かといって出さないとイライラして寝れないし。これ以上我慢したらそろそろ死んじゃう…とか言ったら、慰めてくれる?」
「慰め…」
「とりあえずホテル行く?流石に初体験がカマバーの空き部屋とか嫌でしょ」
「わぁ、優しー…いや、行かないよ!?あと、そこまで赤裸々に語って欲しくなかったよ!」
え、まじで。あり得な…みたいな顔されても困るだけだからね。
とりあえず、あの気付いたら組んずほぐれつあられもない姿になっている事件の真相は分かった。
「逆になんでそんなやせ我慢してるの。猿河氏なら女の子の一人や二人簡単にどうこうできるじゃん。死ぬほどいるよ?私より可愛くておっぱいもおっきくて華奢な子全然いる。そういう子を引っ掛けた方が有意義じゃないの?」
猿河氏にハニトラ仕掛けている立場だけど、実は最近はもうやりすぎだと思っている。
色々とリアルに処女喪失のピンチが迫ってるし、猿河氏に接近しすぎた。
ていうか、私が溺れそうだからもう止めたい。如月さんに何と言われてもいい、私は保身に走りたかった。
「適当な子何人か、わざわざ外面取り繕って、歯の浮く台詞で口説いて、周りとの調整しながら、イメージを壊さない程度に近付いて、徐々に捕食?…めんどくさ。なんでそこまでの労力をこの僕が払わなきゃいけないのさ」
げんなりとした顔で手を左右に振る。
「女の子が好きなんじゃないの…なぜそこでめんどくさがっている意味分かんないですけど」
「好きじゃないよ?ただただムラムラするだけで」
「なんていうか、君は本当に気難しいね…」
複雑すぎてお手上げだよ。なぜ自ら人生ハードモードにしようとするのか。
もう私どうしたら良いのか分かんないよ。
会話に飽きたのか、猿河氏が私の髪の毛を弄って髪ゴム二つとも部屋の隅に投げた。
「哀ちゃんは丁度いいんだよね」
さらに最低な事言いだしたよ、この人。
「手近にいて、外面取り繕わなくていいし、いい感じにエロエロしいし、概ね従順だし。別に僕、哀ちゃんのだらしない身体結構気に入ってるよ?」
「…ゲスもここまで来ると、清々しいよね」
あと、さり気に人の体を貶していくスタイル。
猿河氏は私の髪の毛をくるくる丸めて遊びながら「それはどうも」と余裕な顔で答えた。褒めた訳ではない。
「なに?哀ちゃんの事を好きだからこんな事するんだよ、とか言われたかった?」
その横目がきょろりと此方を向いた。
悪戯っ子のようにあどけなく口角が上がっている。
猿河氏が一番好きなものは猿河氏自身なのは知ってるし、美意識の高い猿河氏が私に好意的になる理屈がない。
「バカ犬やポンコツ会長を誑かしているみたいに、僕まで自分のものにしようとするなんて巫山戯るのも大概にしてよ。製品版が欲しいんならそれ相応のけじめはつけてもらわないと」
「…違うし」
そう?と猿河氏がわざとらしく首を傾げる。
寒気がした。
猿河氏には私の強欲さが全部見透かされてる気がした。いや、確実にそう。
「だいたい、哀ちゃんこそ欲求が溜まり過ぎだと思うけど。発散出来ないから、誰彼構わず食指を伸ばしてビッチに成り下がって何やってんのって感じ」
「欲求って…別にそんなの」
「僕は、哀ちゃんが何もかも満ち足りてて幸せいっぱいになってる所一回も見た事ないんだけど」
「そんなことないよ」
「じゃあ、いつ?」
「いつって言われても…」
言葉がとっさにでない。
「そんな泣きそうな顔されても。責めてる訳じゃないし」
淡々と言い放って、猿河氏が肩を竦める。
失敗した。間違いを正すつもりが藪蛇を突っついてしまった。
「でも、底無しビッチの哀ちゃんが僕には必要だし、需要と供給が一致してる。何か損してるわけでもない」
猿河氏の言うことは暗示の呪文みたい。
本当の事のように聞こえてくる。
必要とか言われたら、嬉しくなっちゃうし。
「気持ちいいじゃん。物凄く」
まぁ、うん、確かに。
「擬似でも多幸感あるよね」
それは。…あるけれども。
「多分、相性がかなりいいんだと思うよ。世界中にだってもう他にいないレベルで。だから、こんな触れ合っててしっくりくる」
ぎゅーと、私の両手が猿河氏に包み込むよう握られる。
しっくり…分かんないけど、不快ではない。
見つめ合うとなんだか焦燥感が増す。
これが相性の正体かは知らないけど。
「だからさ、止めるとか触らないとかしたら勿体なくない?この先、こんな好い事なんて存在しないよ」
深い翠には、なにか魔力が宿ってるに違いない。
だって見透かされてるし、先手を打たれてるし。
うん、としか答えられないし。
「良い子だね。じゃあ、上を向いて舌だそっか」
「は、はひ…」
うまく丸め込まれた自覚はある。
後悔するのと同時に、猿河氏にゆっくりと床に押し倒された。あとは以下略。
猿河「髪解いた理由?ああ、その方が髪の匂い充満して包まれてる感増すから」
鬼丸「うわぁー…」




