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結局、私と猿河氏は五時間目の授業をサボって、一時間近く接吻に没頭していた。
よく飽きもせず…とは今なら思うけど、その時はただもう止めるという選択肢が無かった。多分、お互いに。
まじで何やってんだよ…。
乱れてるよ。これだから今時の若人は乱れてるとか言われるんだよ。
キスやばい。あんな物凄いものだとは思わなかった。前回はただの事故のようなものだから余計にそう思う。あれはやばい。
サボった件で犬塚君に放課後みっちり御説教されたがそれすら上の空になってしまうほどの破壊力。ちなみに犬塚君にはボーッしてたら気が付いたら寝てたという嘘をついた。だって、猿河氏とエロい事してました!とか言える訳がない。
帰ろうとしたらポケットが震えた。
携帯に着信が入っていた。猿河氏からだった。出るかどうか迷ううちに、切れた。
ちょっとホッとした。あんな事があった後に、さすがに気まずい。
携帯は、気付いたら電源落ちてた事にしておこう。
あ、桐谷先輩からLINE来てる。きれいなもみじの写メをアップしてくれた。癒されるなぁー。
◆
『殺す SS』
朝、学校に来て、学生掲示板の隅にそんなメモ書きを見つけて、サーっと血の気が引いた。
お、怒ってらっしゃる…相当。
禍々しいメモを回収すると、裏にカレーパン×2と書いてあった。
また、パシリかよ!!と、いつもの私なら文句たらたらだったが、今回は違った。
それで猿河氏の怒りが収まるのなら、買って参りますとも。
昼休みになって、第二理科室に行こうとすると呼び止められた。
「どこへ行く」
犬塚君だった。太い眉毛がややつり上がっている。これはお説教モードに入りつつある兆候だと気付き、私は大人しくしおらしく笑顔を作った。
「うん?天気が良いから、中庭でご飯食べようと思って」
「昨日それで寝過ごして授業出れなくなっただろうが、お前は鳥頭か!」
「は、はい…。すいません」
ドン、と犬塚君は重箱を机の上に置いた。
彼の意図が全然分からなくて戸惑う。
「犬塚君、これは一体…」
「多めに作ってきたから食え。デザートは梨だから」
多めっていうか…。明らかに一人前以上の量じゃないし。
これってアレだろうか。私が昼休みにどっか適当な所に行って授業サボらないようにするために、作ってきたんだろうか。
ちょっと、いやかなり、犬塚君が本気で心配だ。何、なぜそこまで人に世話を焼けるのか。なにか人格障害でも引き起こしてしまっているのではないんだろうか。
「ありっ、がとう!やったーーー!犬塚君大好きー!」
こんな事されてしまったら、断るに断れないに決まっている。
ヤケクソ気味に犬塚君にハグする。ああ、こんな事ばっかりするからクラスの皆に誤解されるんだろうな…。
「大体、なんでいつも教室以外で飯を食おうとするんだよ」
犬塚君がおしぼりを寄越しながら聞いてきた。
お弁当自体はありがたい。
犬塚家から離れて、インスタントとかジャンクフードとかには慢性的に飽きているから(お腹が空けば食べるけど)。
「だって、教室で一人でご飯食べるの、なんか孤独感倍増で嫌だから。最近沙耶ちゃんもハギっちも部活で昼休みいないし。他グループに今更お邪魔するのもなんかアレだしさー。最近は桐谷先輩も体育祭の打ち合わせであんまり居ないけど。猫のポン太もここのところ、他の縄張りの場所に行ってるみたいだし」
答えて、おにぎり(具は私に人気NO.1の鮭)を頬張る。安定の美味しさ。おにぎり屋さん出来るレベルだよ、犬塚君。
さらに、だし巻き箸を伸ばす。
これまた私のお気に入りだったりする。卵ふわふわで、出汁のしょっぱさが丁度良くていくらでも食べられる。うまー。思わず身震いした。
「アホか…。変な所で遠慮するな、アホの癖に」
「え、なんで唐突にdisられてんの。私」
きゅうりの浅漬けだ。これは、犬塚家で採れたきゅうりかな。
「前からお前の食生活は改善しなきゃと思っていたし、いい機会だ。尋常じゃなくいつも腹空かしているのも、栄養バランスの偏ってる食事のせいだって言っても一向にコンビニ信仰止めないし」
「ええ…だって、コンビニないと死んじゃう」
「死なない。俺が今日みたいに弁当作ってくるから」
いつの間にそんな話に。とびっくりして顔を上げると、犬塚君が先程とはうって変わって上機嫌で「よしよし」と頭を撫でてきた。
「そんなに嬉しいか。口にお米いっぱいつけて」
「う…うれ…」
アホな私でも分かった。
お弁当を無我夢中で貪る私に内なる母性
的なものを刺激されている、そういう慈愛に満ちた顔をしていた。
「でも、でも、大変そうだしいいって…。そこまでおんぶに抱っこはフェアじゃないし」
「じゃあ、毎回500円徴収する。それならそこまで遠慮しなくていいだろ、俺も中身もっとバリエーション増やせるから」
「いやいや、でも労力すごいでしょ!私は大丈夫だから。ね?」
「寂しいのより大分マシだから。教室で一人メシは孤独感倍増で嫌だしな」
「えっ…うそだぁ」
犬塚君よく土屋君を追っ払ってまでして一人飯してるじゃんか。
とは思ったが、全部私が言わせている事に気付いて、ただただ狼狽える。
なんて答えたらいいのか分からなくて、ただただ箸を進める。
「犬塚君」
「何」
「浅漬け美味しい」
そーか、と犬塚君は嬉しそうだった。
それにしても、さっきからきゃあきゃあと廊下が騒がしい。
何かやってるのか、と不思議に思って視線を向けてみたら、思わず座りながら飛び上がってしまった。
そこには、多勢の女子の軍団を引き連れた猿河氏がいた。なぜそこで滞留しているのか全く分からない。いや、理解する事を脳味噌が拒否している。
猿河氏が爽やか王子様フェイスしているのを、目線だけで追う。
すると、目が合ってしまった。猿河氏はにっこり微笑んだ。その唇がゆっくりと動いた。
コ、ロ、スの三文字の形に。
「うん?なんか煩いな。げっ、バカ猿かよ!嫌なもん見た」
さらに追い討ちをかけるように、猿河氏の姿を確認した犬塚君がピシャリと教室の戸を閉めた。
まずい。非常にまずい。
思いがけず猿河氏の神経を逆撫でする事ばっかりしてしまっている気がする。
次会ったら謝っておこう。許してくれる保証はないけど。
放課後、学校の図書館で当番の受付係をしながら決意した。
「うん。悪気は無いんだから大丈夫だよね…分かってくれるって流石の猿河氏でも」
「いや、許さないよ?」
はた、と我に返った。
いつの間にか目の前に件の人物がいて、私の独り言に答えた。ニコッと爽やかに微笑みながら。
「猿河氏…なぜ、ここに…?」
私が図書委員になった事は言ってないはずだし、知っているわけもない。
「なんで?僕が図書館に来たのは何か問題ある?まぁ、ダメ元で桐谷先輩に哀ちゃんの居場所聞いたら、図書委員だから図書館にいるかもとは聞いたけどね」
せ、せんぱーーい!このような怪しい人に情報漏洩しないで下さーい!
「……杉田さん達は?」
「いないよ。僕、帰ったフリしたし」
それより、と声のボリュームをごく小さくして話を続けた。
猿河氏は何しろ目立つのだ。人気が全然ない図書館でも、猿河氏が来たというだけで徐々に人が集まってきた。
「放課後は、ちゃんと来てね。じゃないと、どうなるか僕にも分からないからさ」
ビックゥ!!と勝手に自分の方が大きく震えた。恐怖で。
「お利口さんだもんね。哀ちゃんは」
そう言って、艶めかしい仕草でテーブルの上にある私の手の甲を撫ぜた。何となくあの問題行為を連想してしまって、背筋にピリっと細かな電気が走った。
あ、これはもう詰んでる。
逃げられない事を確信した。
生意気にさぁ、焦らしてるつもり?
まじで、ブチ犯したろうかって思ったよ。っていうか、現在進行形で思ってるけど。
大体、何あれ。チワワと何仲良く弁当囲んでるの?その前は桐谷先輩に纏わり付いてたし。節操って意味知ってる?脳味噌、ミジンコサイズかな?
というような旨の事を、猛烈なキスの合間に猿河氏が言っていた。
他にも色々と言われていた気がしたが、猿河氏の呼吸が乱れていた上に段々支離滅裂な内容になってきたから聞き取りを諦めた。
「んむ…氏ぃ…」
仕事が終わって、仕方なく第二理科室に足を運ぶと、戸を開けた瞬間に中に引きずり込まれた。そこからずっとキス。エンドレス接吻タイム。
コロスんじゃなかったのか、私の事。
物凄い怒っているかと思ったら私が大人しくキス受け入れていたら、激しい怒りのオーラは特に感じてこななかった。内心はしらないけど。
ってか、二回目やばい。
気持ち良さ倍率ドンどころじゃない。一回目のぎこちなさが抜けて、二人とも遠慮をわすれている。
お互いがお互いを捕食しているような、そういう危うささえある。
だから、嫌だったのに…。
予測可能回避不可能だった。
「これさぁ、もっと、しようよ」
「だめ、だって」
会話する為に離れた猿河氏の舌を強請りながら、私が答えた。
「なんで?こんなにっ…う、気持ちっ、いいのに…」
「こんな、の、遊びでやる、事じゃ…ひぃ」
頬を掌で摩られるだけで、正気でいられなくなる。くすぐったいよりもっと本能的な逃走してしまいたくなる刺激。
しかし、自分はそれがとても好きで、言葉じゃ拒否しているのに体は誘うようにうごうごと細かく跳ねる。
「遊び、じゃないし」
はぁ、と悩ましげに息を吐かれた。
「勉強だし」
…保健体育のね。って、バカーーーー!!




