[extra10 ゲームセンターリターンズ]
鬼丸視点に戻ります。
「あ〝ぁ…ああ、なに、なん…だと…この私が負けるなんて」
おじゃまぷよで一杯になった画面に『げーむおーばー』の字が浮かぶ。
懐かしのアーケードゲームを見つけて、桐谷先輩に頼んだのが運の尽き。やたらと強い桐谷先輩。まさか、先輩はぷよぷよ界の覇王だった…?
「なかなか、面白いゲームだな。これは…ぷに、ぷにょぷにょだったか」
しかも超初心者だし!名前間違って覚えてるし!惜しいけど!
桐谷先輩と遊びに来た、ここは勝手知ったる駅前のゲームセンター。地獄のシルバーウィークであまりの暇さに耐えかねて、桐谷先輩を誘ってみた。
『先輩、鬼丸哀ともう一回遊べるドン』
『よし行く』
すぐ釣れた。なんか、逆に心配になるほどすぐ釣れた。
猿河氏の言ってたように暇じゃないんだろうに。分かってても自重しない、私…。
なんか桐谷先輩なら例え忙しかろうがなんでも出来そうな気がしたし、私なんぞちっぽけな存在は先輩の輝かしい栄光の架橋になんら影響ないだろうと半ば決めつけている。ちょっと我ながらドン引きするくらい最低だけど。
「なんですか。もうそんなにかわいい後輩を蹂躙して楽しいですか…。じゃあ、次はマリカーで」
「なるほど。マリオカートか、あれは昔やった事がある」
パズル系のゲームは勝てないと気付き、気を取り直して向こうを指差すと先輩が頷いた。
10分後、ヤムチャしやがってる私がいた。
「ひどい、えぐい。怒涛の赤甲羅からのサンダー…。先輩って意外と殺る時はきっちり殺りにきますよねー…」
「そんなに落ち込まないでほしい。たかがゲームじゃないか。そうだ、何か飲むか」
「同情はいらぬぅうわあああん」
爆死も爆死、大爆死。やさぐれて、休憩スペースにどっしり座り込んで泣き真似をする。私はゲーム外にも波及させるスポーツマンシップの欠片もない女…。
「鬼丸君…」
ふと、指の間からチラっと覗いてみたら、くるりと踵を返して何処かに行ってしまう桐谷先輩。
飲み物でも買いにいったのだろうか。でも目の前に自販機があるのに堂々スルーしていったし。
ていうか、折角一緒に遊びに来たんだから一人にしないで欲しい。寂しいではないか。
…私が調子に乗るから、愛想を尽かしちゃった、とか。
だめだ。そんなの泣く。あのエンジェル桐谷先輩にそんな事されたら全私が泣く。
さすがに謝るべきか、と思い立って探しに行こうかと思う。
でも、もしもう帰ってたら?こんな下らない事に付き合ってられるか、と怒らせて。
ぐるぐる、頭の中に嫌なことばかり思いつく。
「ごめん、遅くなった」
私が絶望に打ちひしがれて椅子の上で体育座りしてると、声をかけられてバッと勢いつけて上を向いた。
もふ。
鼻先にもふっとしたものがぶつかる。
「ぬいぐるみだ。前回でコツは掴んだつもりだったが、予想以上に取るのに時間がかかってしまった」
すまない、と頭上で桐谷先輩が言う。
受け取るとそれは、クッションくらいの大きさのデカにゃんぽうぬいぐるみだった。
「え…なんで」
「次来たときに取ってくる約束だったから」
いつものように淡々と桐谷先輩が答える。
大体なんなんだ桐谷先輩。私が構ってちゃん発揮してウザさ120%のいじけっぷりを発揮したのに、ぬいぐるみ取ってくるって。本当に私、先輩心配だよ。心が慈愛に満ちすぎて、(猿河氏のような)魑魅魍魎蔓延る世の中にその真っ白な翼が汚染されないか本当に心配。
「ていうか、これ取るの大変だったでしょうに。もう極めてますねぇ~、UFOキャッチャー」
嬉しい。これは本当嬉しい。
似合わないかもしれないが、こういう大きいぬいぐるみに実は前から憧れていた。
でも、自分で購入する気にもならないし、かといって降って湧いてくるでもないからそのまま諦めていた。
しかも超かわいい。まんまるでもふもふ。触り心地も最高だ。
「何か他にも欲しいものがあったら言ってほしい、何ならもう一個取ってくるか」
「いやー、この子だけで十分ですよ。本当にいいんですか?この、まっしろにゃんぽう・ユキジにゃん…ゴロ悪いからユキにゃんをお婿に貰っちゃって…。何で返せばいいか、見当もつかないですよ…。うーん」
「ユキにゃん…?」
あ、先輩固まっている。
ぬいぐるみを自分の顔の前に持っていき、フリフリ揺らしながら裏声でマペット真拳を発動する。
「やぁやぁ、君が桐谷君か。ボクはユキにゃん!ほう…君が、キリタニか。なかなかボクに似てハンサムなんじゃないのか?ん?」
「…?…?」
大変だ、桐谷先輩が鬼丸ワールドについて行けなくて困惑している。
なんだか恥ずかしくて即座に素に戻った。
「ユキにゃんをこれからは先輩の代わりに可愛がっていくので、どうぞご心配なく。っていう…本当に桐谷先輩なにかして欲しい事ないですか?UFOキャッチャーは無理ですけど、物品でもご飯奢るでも出せる範囲(3000円まで )なら全然大丈夫ですから」
「見返りが欲しかった訳じゃないから気にしないでほしい。が……」
「が?」
「そうだな。また、遊びに誘って欲しいし、僕が誘ってもちゃんと来て欲しい。嫌々でも良いから」
「……Oh…」
「よ、欲張りすぎたか!?すまない、見返りが要らないと言っておいて何か矛盾しているな」
「Wow…」
「鬼丸君?」
「What is this !! 健気か!!先輩は、アレなんですか、萌アニメにおける主人公に片思い苦節10年目の幼馴染ヒロインでも目指しているんですか!どうするんですか!なんならヒロインの座を明け渡してもいいっすけど!てか、私ヒロイン!?桐谷先輩を差し置いて!?」
「どうした、鬼丸君そんなに興奮して…」
「こ、興奮って…。そんな変態呼ばわりしないで下さ、あれ?」
つー、と鼻から何か滴ってくる感触に触ってみると、血。
鼻血出すとか、ギャグかっての。
「コンビニでポケットティッシュを買ってくるからそれまで、これで止血してくれ」
差し出されたのは明らかにブランドもののハンカチだった。
既に私の両手は血濡れでどうにも身動きひとつ取れない状態で、先輩にしては珍しく強引に患部にハンカチを押し当てさせた。
ハンカチはおそろしくいい匂いがして、罪悪感が上乗せボーナス。
…ほんと私、女子力が枯渇してる。切にそう思う。
私は戒めとして、周囲の通行人の好奇の視線を受け止め続けた。
その後、戻ってきた先輩に公衆の面前でティッシュを詰められるという羞恥プレイが待っていることをまだ知らない。




