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40:

「にゃあ」


「にゃあ」


「にゃあ~」


「にゃあ~」


「にゃああ」


「にゃあああ!いたんでしゅかにゃあ~!ワトソン君いたんでしゅにゃ~」



…なんてことだ。鬼丸君とワトソン君が猫語で話している。


鬼丸君を送迎車に乗せて帰宅し、僕の部屋に鬼丸君に居てもらって、その間に千津子さんに事情を説明しに行き、戻ってくるとベッドの上でワトソン君と鬼丸君が早速戯れていた。


猫語を駆使している鬼丸君を目撃していると鬼丸君が気付いてしまったら、もしかしたら彼女が精神的に傷ついてしまうような気がして、半開きになっていたドアを改めて戻して、ノックしてから入った。


「あ、桐谷先輩!すいません、勝手に寛いじゃって…」


姿勢を限界まで低くしてワトソン君の視線まで持って行っていたのを、嘘みたいに上体を上げて鬼丸君が此方に振り向いた。

その目の色に焦りが見えたので、やはり先程の判断は正しかったようだ。


「構わない、寒くはないか」


もう9月で日も落ちているので、生足では寒いかもしれないと思ったが鬼丸君は首を振った。


「いえ。大丈夫っす!というか、桐谷先輩…フツーに豪邸じゃないっすか…。まず家がばかでかいじゃないっすか…。玄関とか大理石じゃないっすか…傷つけないように爪先で歩いちゃったじゃないですか…嘘つき…」


「そ、そうか?」


「そうですよ…。まず緊張のあまり行ったトイレの広さったら…ギャグかと思いましたよ」


わしゃわしゃとワトソン君のお腹を撫ぜながら、鬼丸君が片手で目を被う。


「む、すまない。他の家にお邪魔した事がなかったから基準が分からなかった」


「ま、ちょっと想定済みだったので大丈夫ですけどね。あー、マンチカン最高~。短いお手手かんわゆい~。この子ほんと人懐っこいですよね~、私は猫好きなんですけど最初は結構嫌われがちなんで、どうかな~と思ってましたけど、まさか最初からこんなに仲良くしてくれるとは…感☆動!」


うまく話を逸らされた気がする。


「うん。ワトソン君は人見知りをしない子なんだ。うちに泥棒が入った時も、泥棒の人の足にじゃれていたのが防犯カメラで映っていた」


「え、まじすか」


「大丈夫。警備会社の人が来てくれて、無事捕まった」


「お、おぉ〜…ナイスセ○ム…」


ワトソン君に顔を肉球に押し当てられた鬼丸君と談笑していると、部屋のドアがノックされた。


「失礼します。紅茶が入りましたので、おやつでもどうでしょうか」


千津子さんがカップを乗せたトレーを持ってドアを開けた。

部屋いっぱいにダージリンの香りが広がってくる。


「は、はぃいい!頂きます!…先輩のお母さんですか?」


「いいえ、ただのメイドです。それに、雪路さんのお母様はもっとお綺麗な方ですよ」


「メ、メイドさんだぁ…!本物だーーー!」


なぜ鬼丸君がこんなに喜んでいるのか分からないけれど、とても嬉しそうなので良かったと思う。


「あっ、ご挨拶遅れました!ワタクシ、桐谷先輩と友達させて頂いてる鬼丸と申します!以後、お見知りおきを!」


「はい、ご丁寧にありがとうございます。鬼丸さんの事は雪路さんからお話は伺っておりますよ」


「え〝っ…先輩どこまで話してます…?」


「ほぼ全てかな」


何か急に慌てている鬼丸君だが、どうしたのだろう。鬼丸君の話は千津子さんにかなり好評で、学校祭の時に最終的に一緒に阿波踊りした事を話したら涙を流しながら笑っていた。


「お会い出来て嬉しいです。とても素敵なお嬢さんだと伺っていたので」


「そ、そんな滅相もない…。私なんて小汚らしい一般庶民でございます…」


「鬼丸君、君すごい脂汗だ」


鬼丸君の持ち前の順応力の高さで、千津子さんとすぐ打ち解けたようだった。

千津子さんは僕らと同年代のお子さんがいるくらいの年齢で、失礼な話ジェネレーションギャップがありそうなものだが、出身地が近いらしく地元の話で盛り上がっていた。

まったくそのような話は知らなかったので、黙って彼女の話に耳を傾けていた。


「ああ、それでは私は夕食の準備がありますので。鬼丸さんの分もご用意させて頂くのでどうぞ召し上がっていってください」


「えっ、いや、お構いなく…!」


「うん、そうするといい。君、一人暮らしなのだろう?帰ってから準備したら大分遅くなってしまうだろう」


「えっ、なぜそれを…」


「?さっき話していたじゃないか」


「えっ、だってさっきから先輩ワトソン君と猫じゃらしで遊んで…」


言いかけて何かを察したようで、自分の両手で口を塞いだ。

目は何故か半目で此方を見ている。


「そういえば前から思っていたんですけど、先輩って聞いてないようでしっかり人の話を聞いてますよね~…。そんでしっかり記憶してますよね~」


「え、普通だと思うが?」


「いえ、怖いです。取り敢えず、先輩には滅多な事を言わないと誓いました。今」


「何故!?僕は鬼丸君の事を知りたいんだが」


「ほら、そういう事言っちゃう所ー。超ホラーですから」


「horror?どの辺りが?」


「何その流暢な発音!!まぁ、それはいいや…。先輩、友達とはなんでしょうか?」


「友達とは…」


足を組み直してベッドの上で正座する鬼丸君。ワトソン君から手を離したらその間に、鬼丸君の膝に飛び乗ってしまった。

改めてそう聞かれると答えに困る。どうにも正解が分からないので、僕にとっての鬼丸君について答えた。


「一緒にいるだけで楽しい。話しているだけで嬉しくて仕方ない。尊敬しているし、できるなら好かれたいと思う。なんでも知っていたいし、理解したいと思う。困っていたら助けてあげたいし、いつでも頼って欲しい。些細なことでも分かち合いたいし、その為なら出来る限りなんでもしようと」


「ストップ!ストップ!ストーーップ!」


「どうした鬼丸君。またすごい脂汗が出ているぞ。脱水症状になってしまう」


「いいんです、私なんか水分抜けてカラカラになった所で他の誰にも迷惑かけませんから!てか、なんすかそれ!重い重い重い!てか、先輩はなんですか、なぜ友達ごときでそんなにスパダリっぷりを発揮しようとしてるんですか!」


「…すまない、君の言っている事が殆ど分からない」


「大変素直でよろしい!じゃあ、言いますよ?友達っていうのは、一言で言えばその場しのぎです!

本能に刻まれた集団行動意識の末の存在です。寂しさや退屈を埋めるためのもので、それ以上でもそれ以下でもありません。なぜなら他人だから。ずっと付き合っていく訳でもないけど、今は必要だから、いないと独りぼっちになってしまうから友達やってるだけで、別にお互いは割とどうでもいい。強いて言うなら、『丁度いいから』。日々の生活の隙間を丁度良く埋めてくれるから。美しい友情なんて週間少年ジャ○プの中だけの話ですから」


鬼丸君の話が初めて受け付けられないと感じた。

一言たりとも頭に残らなかった。ただ、自分の気持ちが全否定された事が尾を引いて痛かった。


「だから、そんなに他人中心に世界が回ってるっていう風にならないでください。尽くそうとなんてしないで、自分の事だけに集中して下さい」


「い、嫌だ」


「嫌だじゃなくて。先輩、友達なんてもっとお気楽なものなんですよ。…止めてくださいよ、いつもは石仮面みたいな顔なのに、何そんな必死な顔してるんですか」


必死な顔にもなる。

やっと出会えた友達にそんな事を言われてしまっては。


「それかもう先輩が友達たくさんつくればいいんですけど。それなら、その博愛精神が一点集中する事もないでしょうし…よーし、それじゃあやりますか!桐谷先輩友達ひゃくにん出来るかなキャンペーン!」


「待って欲しい、鬼丸君」


「えー、百人じゃ足りない?欲張りですねぇ、じゃあ全校生徒補完計画で行きます?割とハードモードだとは思いますけど」


僕は友達がたくさん欲しかったわけじゃない。

確かに前は多くの人と繋がりが欲しかった。けれど、いくら人と繋がっていたってたった一人の本当の友達に叶うはずがないし、望んでいたものは全て満たされている。


「違う。僕はそんなことはしたくない。鬼丸君がいればいい、多分この先も。友達が他に要らないとは言わない、しかし敢えて作ろうとしなくてもいいのではないかと思う」


「そんな訳ないですよ。そんなわけない」


何が、鬼丸君の中の何がそんなに頑なに主張させているのか。

ただ、とても苦しそうで辛そうで、いますぐ抱きしめてあげたいと思った。


「…そうか、君が言うのならそうなのだろう」


でも、それ以上に鬼丸君に嫌われたく無かった。

そんな事をしたらもう取り返しがつかないくらい徹底的に何かが変わって、しかも絶対喜ばれないという事は分かっていたから。



その後、一人で見たいドラマがあるとかで鬼丸君は夕食を食べずに帰ると言い、車を呼ぼうとすると「いいですから!いいですから!」の一点張りで、しかし僕の家は学校から離れていて日も暮れてしまっているので困っていると、玄関が開いた。父が帰宅した。


「おお…桐谷先輩メガ進化…」


ボソッと背後で鬼丸君が呟いたがなんのことか分からなかった。


「…誰だ」


父が後ろの鬼丸君を睨む。決して好意的ではない顔をして。


「は、初めまして!私、桐谷先輩の学校の後輩で鬼丸と申します!」


「彼女は僕の友人で、猫が好きな彼女にワトソン君を会わせたくて家に招待したんです」


とても嫌な感じがする、目線。

そして覚えがあった。

米国を発って日本に来て、家に着いてはじめて対面した時の視線。

冷たくて、震えた。忘れたはずだったのに覚えていた。


「随分と見窄らしい頭の弱そうな友人だな。こんな低俗な人間とつるむとは、お前自身にも良くない影響が出てしまうんじゃないか」


「そんなことはありません」


食い気味に返事をした。

反抗的な態度に出る事に抵抗はあったけれども、どうしても父の言った事が許せなかった。


「気にしなくていい、鬼丸君。送っていくから帰ろう」


なぜ何も彼女の知らない父に、鬼丸君が貶されねばならないのか。

全くもって腹立たしい。


「雪路さん、タクシーが今到着したようです」


千津子さんが教えてくれた事に、礼を言って家の前に泊まったタクシーに鬼丸君と一緒に乗り込んだ。

父が乗ってきた車がまだ停まっていて、それに乗れば良かったのだけど、そうはしたくない気分だった。


「…いやー、なんかすいませんね。私がお邪魔したばっかりに変な空気になって」


「君は悪くないだろ」


「ひっ…。先輩、おこです?」


「怒ってない。怒ってないが、悔しい」


「え、悔…?」


「鬼丸君はこんなに溌剌としてて、努力家で眩しいくらい愛らしいのに、なぜあんなに酷く言われなければならないのか納得がいかない」


「……………。」


「僕こそ、すまない。考えなしに家に招いたせいで不愉快な思いをさせてしまった。鬼丸君は誰にも負けず劣らず素晴らしい人間だし、君がいる事で僕は救われている。だから本当に真に受けないで欲しい。…鬼丸君?」


鬼丸君は少し俯き、自分の顔を両手で覆っていた。


「まぁ、私は慣れてる(・・・・)から別に一々気に病まないですよ。後はノーコメントで」


声が震えてないから、泣いてはないだろう。だが様子が変なので心配だ。


「…先輩は、お父さんと仲良くないんですか?」


ぽつりと鬼丸君がそんな事を聞く。


「父とは…幼少の頃離れていたせいか、距離感を掴めなくて接し方がよく分からない。嫌いではないのだけれど」


「そうですか」


質問の意図は分からない。

鬼丸君はやはり顔を隠している。


「私、桐谷先輩を救うとか大層な事は出来ないですけど、やれるだけ先輩のサポートに回りますよ」


「う、うん…?そうか、それは嬉しいが」


先ほどの僕に友達を作る計画の事を言っているんだろうか。そんな事より、鬼丸君の中でいま何が起きているのか教えて欲しかった。


「だから大丈夫。先輩は一人ぼっちになんてならないですから」


君がいれば、それはそうだろうが。

でも、話の流れからいってそういう事ではないのだろう。


「あ、運転手さんここでいいです。じゃあ、先輩。今日はありがとうございました。また、学校で」


声をかける間も無く、お金を払ってタクシーから降りてしまった。

手が外れて、一瞬見えた鬼丸君の顔には表情が一切消えていた。いつもはあんなに笑顔なのに。


ーーー裏切られたら、どうするの。


例え裏切られても構わない。それより、彼女の中にある傷の方が問題だ。優しい彼女が人を陥れるほど、何に怯えているのか、苛むものを取り去ってあげたい。

これが友達の領域を超えていると言われたとして、それならそれでも構わないとは思う。

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