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38:

――――素敵な友達とは、どういう友達だろうか。



「う、うわっ桐谷会長だ!道開けろっ」


…別にそんな事をして欲しいわけではないのに。

自分の視界の両端に寄った生徒達を見遣ると、顔色が瞬く間に真っ青に変化する。


「君、ネクタイが曲がっている。気をつけたまえ」


目に付いた男子生徒に声をかけたら、一瞬大きく震えてその場に倒れた。

驚いて駆け寄ろうとしていたら、傍にいた生徒に何故か大きく頭を下げられながら遮られた。


「桐谷先輩、無礼を大変申し訳ございません!!!只今、片付けますんで、どうか、どうかお許し下さい!!」


今にも土下座しそうな迫真さに、困惑する。

いや、そうではない。謝ってほしい訳ではない。

倒れた彼は大丈夫だろうか。引き摺りながら何処かへ連れて行かれたようだが。

注意したのは、この後の朝礼で服装頭髪検査があるからなのだが。風紀担当の重松先生は大変厳しい方だから、今のうちに直した方が良いだろうと思っての事だが、全く裏目に出てしまったようだ。


「おい、あの顔見てみろ…。桐谷先輩相当お怒りだぞ」


「勘弁してよー。今の一年だろ…また小山事件の二の舞になるぞ」


「しっ、お前らうるさいぞ!目をつけられたらどうする!」


四方八方から潜められた声が聞こえる。

こんな事で怒るわけがない。小山事件、とはおそらく学校祭での不正についての事だろう。

あれも規定通りの処遇を行ったまでで、本人自身も反省しているようなので多少は措置を緩めているのだが。ただ、あまりにも彼の素行が大人しくなった為に様々な噂が飛び交っているらしい。


違う、と言っても公にしても気持ちの良い話ではないし、多分彼らとはまともに会話が成立できないだろう。

多少は自覚はあったのだが、自分はそんな恐ろしい顔をしているのだろうか。

特段強面というわけではないと思うのだが、ある種の恐怖を与える系統の顔なのだと思う。

よく似ていると言われる父を思い浮かべる。

そういえば、父もまた部下や使用人、近隣住民や親類から怯えられている所を見た事があった。

まぁ…やはりそういう事なのだろう。



9月の執行部の活動予定を提出しに職員室に入室した所、担任の先生から呼び止められた。

そして、機嫌の良さそうな顔で封筒を渡された。


「桐谷、7月の模試の結果が出ている。流石だな。正直、学校来なくて良いんじゃないのか。ハハハ…」


いえ、とだけ答える。

先生の目が少し泳ぎ出した。


「あ、そうだ。授業のレベルが低すぎて辛くないか?他の先生に頼んで特別講義して貰おうか?」


「いえ」


その場で断ると、先生の額にじわりと玉状の汗が浮かび上がってきた。


「じ、じゃあ、生徒会もなんなら増員して、勉強に力を入れやすいようにしようか?」


「必要ありません」


特別扱いは好きではないし、自分の職務を他人に委ねるのはポリシーに反する。


「今の状態で成績は維持出来ているので結構です。それでは予鈴が鳴りますので失礼します」


一礼して職員室を後にする。

…なにか腹に一物を隠しているような、そんな態度を先生がするのは何故なのか。

あからさまに扱いにくそうに、此方の顔色を伺われても困る。


しかも、この先生だけではないから頭が痛い。


僕にとって、教師という職業の大人は概ね僕に対してこのような態度に出る。


他の生徒と同じように怯えながらも、どこか僕に何かを期待して、優遇しようとする。

彼らに僕が出来ることなんて殆どないに等しいのに。まったく不思議な話だ。





「いいご身分よねー。全国模試判定オールAの人はぁ、朝から携帯弄りながら登校とはねぇ」


全校集会の打ち合わせをしようと、同級生で放送局局長の花巻に開口一番そんな事を言われた。


「…なぜそれを?」


花巻(はなまき)(ゆかり)


同級生で、一年の時は共に生徒会に入っていた。僕が副会長、花巻が会計で、お互い衝突する事は何度かあったが、それなりに協力してやってきた。今は彼女は放送局の局長を務めていて、以前ほど連帯して業務にあたる事はなくなったが、現在も共同で生徒会活動を行う事はある。

なかなかに遠慮のない物言いをしたり、無理難題をふっかけてくる時もあるが、基本的には仕事を忠実にこなし責任感も強い。多少の融通もきく。彼女に対して非常に信頼はしている。


「なぜも何もないわよ。朝からもの凄く目立ってたわよ!止めてよね、全校生徒の規範となるべき生徒会長がそんな風紀を乱す行為」


「僕は鬼丸君と携帯で遣り取りしていただけだ。それに、校内で使用して校則に抵触しているわけではないし、誰もがやっている普通の事だろう?風紀は乱していないと思うが」


花巻は時々、このように僕に対して怒ったように責める時がある。

僕の存在自体が気に入らないのだと昔言っていた。


「普通?あんた自分が普通だと思ってるの?だとしたらアホすぎ。桐谷のよーな、歩く印籠的な人間他にみた事ないわよ」


「印籠…?」


印籠は、確か薬入れの事だった気がする。

それが僕とはどういうことだろう。


「桐谷さぁ、この学校であんたに楯突いたりまともに意見できる人間って思いあたる?私以外で」


「……」


「いないでしょ。いないよね?教師だって実際あんたのことまともに窘めたりできないしね」


花巻が眼鏡のレンズの奥から、心底冷え冷えとした視線を送る。


「あの鬼丸とかいう限りなくアホに近い生き物だって一体なにを考えてんのか…。どっちにしろ、一緒にいたって上手くいきっこないし、友達っていっても釣り合わない。相手に寄せる事も、相手が歩み寄る事も不可能なんだから」


「そうは思わない」


「あらそう?でも誰もが桐谷雪路という人間をシンボルだとしてみてる。あまりに自分たちと違いすぎて、無闇に怖がるしか出来ない。

私はそれはそれでいいとは思うわよ?生徒会長として威厳があるし、規律も守られる。舐められないから仕事もやりやすい。見栄えも悪くないし、他校からの泊もつく。それがあんたの役割なんだから」


僕はそれは嫌だ、と思う。そんな役割はしたくない。

誰かと心通わせたいし、友達には対等に接して欲しい。


だが、このまま何もしなければ、きっと花巻の言っている通りになってしまうだろう。


「ならば、全部やめるしかないな」


「…え?」





昼休みの校庭の隅に、猫がいる。

三毛猫で、野良とは思えないほど全体的に丸い。僕のように餌付けしてしまう人間がいるからかもしれない。


家から持ってきたウェットフードを制服からこっそり取り出すと、彼――ポン太君はそれがすぐに何か分かったように顔を上げて前足を僕の体に預けてきた。


可愛らしい。とても癒さられる。

家にもワトソン君がいるが、ポン太君と戯れるのもなかなかに楽しい。


猫は良い。動物は全般好きなのだが。

ただ中でも猫が一番好きだ。

まずフォルムが良い。三角の大きな耳に靭やかな体躯、グミ状の肉球に柔い毛並み。四方に跳ねる髭もそれぞれ個性のある尻尾。大変魅力的に感じる。

マイペースな気性も、付き合いやすい。


「はは、意外と君は甘えん坊だなぁ…」


フードを食んで、毛並みを整えては僕の掌に頭を擦り付けてくる。

夏休み中どうしているか気がかりだったが、変わりなさそうで本当に良かった。

ポン太を撫で、その毛並みを堪能しながら抜けるような秋晴れの空を見上げてみる。


「今日は来ないのか」


ぽつりと聞こえた言葉が一瞬誰のものか分からなかった。

そしてすぐに自分のものだったと気付く。


辺りを見渡して、近くに誰もいない事を確認して、一人息を吐いた。


恥ずかしい。自分ではポン太君に挨拶しに行くのが目的だと思っていたが、下心も多少はあったのかもしれない。

今日テストがあると言っていたから、もしかして勉強をしているのかもしれないし。仕方なく来れないだけかもしれない。


大体、特に約束をしている訳でもない。

たまにポン太を撫でに来ている鬼丸君を見かけるし、僕も同じ目的で遭遇するだけ。

暇だったら来てお話しましょう、と言ってくれたが毎日時間を合わせて会っているわけでもない。


だから、寂しいとか思うのは間違っている。

かなり傲慢な感情だ。


しかも、ただ単純に会いたいのではなく、確認作業をしたいのだと思われる。

花巻が言っていた事を否定する証拠の確認作業。


お互い歩み寄れないとか、釣り合わないだとか、そんな事はあり得ないという答えを出したかった。


己が急に矮小に見えて恥ずかしかった。

鬼丸君を安定剤に使っているのが情けなく、申し訳なかった。




「だー、かー、らー、付いてこないでよ!猿河氏!」


声が聞こえて、思わずポン太君を抱えた。


「別に付いてきてないから。たまたま此処に用事あるだけだし」


鬼丸君が来た。

でも一人ではない。一年の猿河君と一緒なようだ。


「いや絶対ないでしょ!あったら私みたいな短足さっさとそのくっそ長いおみ足で追い抜いてるでしょ!ほんと付いてこないで。猿河氏といる所を人に見られたらどうすんの!控えめに言って私刑で死刑だよ!ただでさえ、私親衛隊の活動禁止されてるんだから!」


「あーアレねー。間抜けだよね、君も。あんな簡単に嵌められるなんて」


「嵌めって…。まだ、会の皆がやったとは決まってないし」


「はっ?じゃあ、誰がやったと思っているわけ?哀ちゃんは自作自演を僕にかますほど肝が座っている訳じゃないし、あのダサ眼鏡も小物すぎて然り。残るは君と同室だったあの中の誰かしかいないじゃん」


「それは…」


「あれに関して、僕かなり怒っているんだよねー。何、調子に乗ってんの?みたいな」


二人が何の話をしているかは全く分からない。

だが、二人が親しいのは分かる。猿河君の振る舞いがいつもと少し変わっているから。

いつも親しみやすい笑顔を振りまいている印象の彼が、こんなに粗暴な表情を見せるとは思わなかった。


「僕を利用して邪魔者を排除するとか、何様。僕を祭り上げる為に存在しているって言っておいて、結局この始末?もう無理、要らない」


「ちょ、そこまで極論に至らなくても」


「じゃあ何。僕に我慢しろと?あれ、普通にプレゼントなんですけど。普通に哀ちゃんに似合うと思って購入したものなんですけど。普通に気持ち篭ってるんですけど」


「おおう…そ、そっか。それは、ありがとう」


「いや、お礼が欲しい訳じゃなくて。あんたはもっと怒ったり悲しんだりするべきなんじゃないの。愛すべきご主人様に頂いた品だよ?それを、ヘラヘラ~っとした顔で受け入れて、ヘラヘラ~っとバカ犬に絆されてくっ付いて何やってんの?馬鹿なの、そう、分かったー。一生飼い殺し決定ねー」


「すいません。だから息をするようにヘッドロックかけるの止めて。死んじゃうから」


「無理。僕の心は深く深く哀れなほどに傷ついていてるから。そんな取って付けたような謝罪の言葉じゃ癒えないから。癒えないかぎり、体力が切れるまでやるし」


「傍迷惑な落ち込み方だな!オイ!」


…なぜ僕は隠れているのか。

別に堂々と元いた所にいれば良かった。それか立ち去れば良かった。

こんな物陰で、どうして二人の様子をこっそり伺っているのだろうか。


猿河君と鬼丸君が仲が良いのは知っていた。

学校祭の時に、何故か追いかけっこしてるのを見た事があるし、同じ学年なので話す機会もあるのだろう。


「ちょっともう昼休み終わっちゃうから!いい加減にして!猫と桐谷先輩が待ってるから!」


自分の名前が出てきて、どきりとする。


「桐谷先輩ィ?なんで…」


「なんでって。桐谷先輩は魂のフレンズだからだよ。昼休みに猫と桐谷先輩と戯れる事が私の日課かつ唯一の癒しなんだから」


心臓が痛い。

そう言って貰って、すごく嬉しいはずなのに、あまりの嬉しさで痛い。


「なにそれ、魂のフレンズ…超だっさーい。

ていうか、大体桐谷先輩がそんなのに付き合ってくれるわけないじゃん。超忙しいはずだよ、あの人。生徒会ほぼあの人しか機能してないし、教師陣からのプレッシャーは凄まじいし。休んでる暇なんてあんまないんじゃない?体育祭もある事だしさぁ」


「えぇ…結構のんびりしているように見えるけど」


「無理してんじゃない?あの人そこそこに矜持(プライド)高そうだし」


別に忙しくはないのだが。

何を勘違いしているのか知らないが、あまり勝手な事を吹き込まないで欲しい。


「そっかー…。じゃあ、悪い事しちゃったかな」


そんな事はないのに。


「そうだよ。これから受験とか控えてんのにさぁ、しかもあの人国立医大目指してんでしょ?哀ちゃんみたいなお馬鹿さんがうろちょろしたって、明らかに迷惑でしょ。それを顧みないでよく友達とか言えたもんだね」


違う。


「だ、だよねぇ…。そんな気はしてたんだ」


まるで嫌な夢を見ている様だった。

よっぽど、そのまま出て行って弁明しようかとも思った。

だが、猿河君と僕のどちらを信じてくれるのか分からなかったし、自信もなかった。

そもそも立ち聞きをしていたのを知ったら、彼女にどう思われるだろうか。嫌われたくはない。


「やっと分かったんだ、それならどうするかお利口さんな哀ちゃんなら分かるよね~。じゃあ、もう教室戻ろうか。次、選択科目の時間だし」



その日以来、鬼丸君からLINEやメールが来なくなった。

学校で会っても簡単な挨拶くらいしかしてくれなくなってしまった。


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