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36:

「おにー、今日お祭りなんだよー」


「一緒にいこー」


小さなお手手でかかげられたチラシを見てみると、盆祭りの文字があった。そういえばあったな、そんなの。考えて見れば、街中に提灯飾ってあったのも見ていたし、のぼりも立っていた。


「というわけで、行っていいかなっ?犬塚君」


くるりと振り返ると、何か針仕事をしている犬塚君。


「いいぞ。俺もついてくならな」


そう言って、断ち切りハサミで糸を切ると、仕上がったものを広げて満足げな顔をした。


「輝、昴。浴衣の直し終わったぞ」


なるほど、浴衣だったのか。

いいねぇ。ちみっこ二人がこれまたちみっこい浴衣を着て夏祭りとか、ラブリーな予感しかしない。


「へぇ、流石イマドキの子だね。レンタルとかじゃなくて、ちゃんとマイ浴衣あるんだね」


感心していると、ぽそっと犬塚くんが呟いた。


「勝手に送りつけてきたのはクズ野郎だけど、モノに罪はないからな」


「え、クズ…?」


犬塚君は無言で裁縫道具を片付ける。

この、久しぶりに見た外界を完全シャットアウトする拒絶顔は、何を聞き返しても無駄だと知っている。


「あ、そだ。鬼丸も着るか?裕美子のだけど」


「え、いいの?」


「問題ない、どうせ仕事だし。タンスの肥やしになるよりましだ」


そう言って犬塚君が出してきたのは、ピンクの蝶が散りばめられた女性ものの浴衣だった。


「うわっ、可愛い…」


ほんとにこれを私が着ていいものか。

受け取ってはみたものの、明らかに裕美ちゃん向けのデザインで固まってしまう。


「着付けなら、人並みにはできるから大丈夫だ。なんなら今少し合わせてみるか?」


「う、うん」


犬塚君は結構乗る気になってしまっている。

どうしよう、今更断りにくい。

じっとりと手汗をかき始めている私に、全く気付かず悪気なく私の肩に布地をかけた。





「いやーん、おにちゃん激かわー!プーちゃんみたーい」


仮眠取って、起き出した祐美ちゃんが浴衣に着替えた私を見て、身体を左右に揺らして叫んでいた。


「プーちゃんって…」


「夕方に教育テレビでやってるアニメ。これだ」


犬塚君が祐美ちゃんのスマホにかかってるストラップを見せた。真珠の上に乗っかったファンシーなブタがその「プーちゃん」らしかった。えっ、祐美ちゃんにも私ブタキャラ定着してんの!?


「よし、準備も出来たし混む前に行くか」


犬塚君の言葉に頷いて、待ちきれなくて大はしゃぎ中のおちびちゃん達を呼びに行った。

浴衣だけでいいと言ったのに、妙に凝って、髪を巻き巻きアップにされて紅い牡丹の髪飾りが鎮座している。

そういえば「お前の髪って、サラサラっていうよりもっふもふしてんだな」と、感想を言っていた。ついに隠れ天パがばれてしまった瞬間だった。


「いってらっしゃーい!お土産はイカ焼きとーフランクフルトとー綿あめとー」


「…まぁ、適当に買ってくるわ」


いつもとは逆の立場で、犬塚家をあとにした。

何故か犬塚君だけ浴衣を来ていないで普通にTシャツとGパンという出で立ち。靴は普通のスニーカーだし、人の髪は弄り回したのに自分はNOワックスの無造作ヘアで、青いボディバックを背中にかけて、普通の外出.ver。それでいいのか…と思ったが犬塚君自身は大して自分を飾る事に興味がないようだった。祭りだって多分保護者役で付いていくだけで本人は別に行きたくもないのだろう。なんか勿体無い気がするけど。

しっか、と私は輝君の手を握り、輝君は昴君の手を握り、昴君は犬塚君に手を繋がれていた。


「いいか、絶対に勝手にどっか行ったりするんじゃないぞ。じゃないと置いてくからな」


犬塚君が真面目な顔でしゃがんで、二人に言い聞かせた。

お兄ちゃんしてるなぁ、と和んでいたら犬塚君がバッと此方を見上げてきた。


「言っとくけど、これは鬼丸にも言ってんだからな。いいか?はぐれたら絶対電話して、その場を動くなよ?何を食わせてくれるっていわれてもついて行くなよ?」


「だ、大丈夫だって、私これでも立派な高校生なんだよ?子供じゃないんだから、はぐれるわけないじゃないか。も~、犬塚君は私を何歳だと思ってんだよ~」





と、笑ってポンポンと犬塚君の頭を撫でたのは今は昔。

前言撤回。

ごめんなさい、犬塚君。現在進行形ではぐれてます…。

開催場所の神社は思ったより人が多く、屋台も物珍しいものばっかりで、カルメ焼きの文字を見て、うわ懐かしー!と覗きにいったのは覚えている。

気がつけば一人だった。輝君の手を握っていたのに、なぜいつの間に外れているのか。

ていうか私がはぐれた事により、輝君もはぐれている可能性もあるのではないか…?


「あ、電話電話」


はぐれたらケータイをかけろと言われたのを思い出して、巾着袋の中を探る。

携帯電話を見ると、鬼のような量の犬塚君からの着信履歴が残っていた。…全然、気付かなかった。


「もしもしっ、犬塚君!?」


『…っあ、鬼丸か!!今どこにいるんだよ、このくそ馬鹿野郎が!!!』


電話にものすごい勢いで出られて、罵倒される。

この度は申し訳ございません…と謝るしかない。


「えぇと、ここは…」


上手い事今いる場所を説明しようにも、周りに目印的なものがない。

言ってるそばからどんどん人ごみに流されていくし。


「あのー、えーと、なんかすごく大きい女の人がチョコバナナ屋の前にいる」


『いや、人を目印にされても分かんないから』


「いや、すごいんだって。多分、売り子さんだと思うけどすごい美女オーラ放っているのに、ものすごいゴツい。すごい際どいチャイナ服着てるけど、スリットから覗く大腿二等筋が立派すぎて逆鼻血ものだから」


『はぁ?そいつ男か?』


「…だと、思う。ていうか、この屋台自体がそういう人がやってるっぽい。結構繁盛してるっぽいのが、また闇が深いというか」


「あれ、哀ちゃん?」


「!??」


名前を呼ばれてびっくりした。

飛び上がって振り向くと、でかいオネーサンがすぐ後ろにきていた。

オネーサンの声がよく聞き覚えのある声でびっくりした。


「は、はわわ…」


瞬時にその人物が誰かわかってしまって、恐怖が足元から忍び寄る。

ちょっと見ない間に一体何があったのか。


「さ、猿河氏だよね…?」


「うん、久しぶりだね。へー、随分はしゃいだ格好してんじゃない」


「猿河氏に言われたくないよ!!どうしたの、それ!?世を儚んで遂に改造しちゃったの?」


猿河修司その人だった。

かって知ったる王子ルックスは、見事な変態に変わり果てていた。

金髪はアッシュ系の茶髪に染められて、お団子風の髪飾りが後頭部に一つ。はっきりした目鼻立ちをさらに強調するような派手なメイクは何故か下品には感じない。ただ、肉体があまりに男性的すぎる。

まず背が高い。180数センチ(多分ほぼ190センチ)男性でも大きい方だし、明らかに目立つ。

しかも、ジャスティスコスプレの時も思ったが猿河氏着やせするタイプらしくこうピッタリとした服を着ていると、結構がっしりとした体型をしているのが分かる。太ってはいないが、ガリヒョロでもない。胸筋で胸が盛り上がってるし、腕は血管浮き上がってるし、腹筋は割れてるわで割と筋肉隆々。そりゃあ、怪力なわけだ。格闘技があんなに強力なわけだ。ただ、女装が絶望的に似合わない…。ただの変態にしか見えない。いや、普通に生きてたら女装する機会なんてないんだけどさ。


「改造?なに、見たいの?うっわ、痴女…」


「いや、見たくない見たくない!ドン引きしながら、裾捲るのヤメて!!お願いだから!」


結論から言うと氏は別に改造したわけではなかった。

では、何故こんな事になったのか。休み中に何かに目覚めてしまったのか。

と、聞いた所「いや、どノーマルだから」と口紅を塗り直しながら即答された。ノーマルって、なんだっけ?


「あらー、哀ポン?なにやってんのよぅ、随分久しぶりじゃないの」


またまた声をかけられたと思ったら、またパンチの効いた浴衣姿のフジコちゃんがいた。


「最近見ないからどっかで野垂れ死んでんじゃないかと思って心配してたのよ。元気にしてんなら店に顔出しなさいよ~」


「私だって、こんな取り返しのつかない事になってるなら、様子見に行ったよ…。フジコちゃん、ねぇ、猿河氏はどうしちゃったの?どんな洗脳を施してこんな有様になったの?」


「どんな洗脳って…。いやね、人聞きの悪い。修ちゃんには露店出すから人手足りなくてちょっとお店手伝ってもらっただけよ」


「そうそう。おかげでいいお小遣い稼ぎになったよ」


な、なるほど。最近忙しそうにしてたのはこの為だったのか。

で、手伝いとして猿河氏がノリノリで女装して売り子をしていたと。…いや、やっぱり分かんない!ちょっと私には理解できないし、したくない。

ちなみにチャイナドレスなのは、たまたま店に置いてたぴったりサイズの衣装がその一着しかなかったらしい。しっかり毛の処理をしている所がまた腹立つ。


「ま、とにかくフジコちゃんと猿河氏に久しぶりに会えて良かったよ。じゃあ、私はこれで…」


白目で愛想笑いをして、その場を離れようとすると「待って」とすかさず首を鷲掴みされた。だから怖いって。なんか殺しにかかってるでしょ、猿河氏。


「ねぇ、フジコちゃん。ちょっと1、2時間くらい抜けてもいい?大丈夫でしょ、そろそろ花火で人も引くし」


いいわよ、とあっさりフジコちゃんが答え、「えっ?」と思っているうちにどこかにずるずると引き摺られていく。


「ちょ、ちょっと待った!私一体どこに連れてかれようとしてる!?猿河氏!また、このパターン!?」


待て待て待て、と踏ん張り猿河氏を止める。

なに反抗する気?と無言の圧力をかけられるもめげずに、睨み返す。


「あのね、私、今人と来てるから。はぐれちゃって、早く合流しないと心配かけちゃうから」


そういえば放置していた携帯はすでに切れていた。ああ、もう激おこチワワ丸になっているのしか想像出来ない。


「え?誰、それ」


「誰って…。猿河氏に関係ないでしょ、それは」


これでバカ正直に犬塚君なんて答えたら、ややこしい事極まりない。


「…なーんか、あのバカ犬のにおいがするんだけど」


すんすんと私の頭上で鼻を鳴らす猿河氏。ぎくり、と身体を硬直させた私を、猿河氏のジト目が見下ろす。

偶然か、もしくは本当に鼻が良いのか分からないが、恐ろしい…一発で的中させやがった。


「き、気のせいだよ」


「気のせい~?ふぅ~ん?じゃあ、良くない?行こうよ。僕、ちょっと哀ちゃんに話あるんだけど」


「いやいやいや、だから無理だって。今度!また今度で!」


「いいから大人しくおいで!チョコバナナあげるから」


「何本だ!何本くれるんだ!!それによってはついて行かなくもない!」


「いくらでも、望むだけあげるよ!チョコバナナパーティだよ!うっへへ…う゛ぉふっ」


チョコバナナパーティ!?と思って、若干ノリ気になった所、猿河氏の顔面に何かが直撃した。



「だーかーらー、食い物で釣られんなって言ったろうがバカ丸がっ」



猿河君の顔にぶつかってぼとりぼとりと垂れ落ちた迸るソース臭。猿河氏の茶色く染まった顔。

ぐい、と後ろに引っ張られて振り向くと当たり前のようにそこに犬塚君がいた。


「…バカ犬?へー、やっぱ君だったんだ。ふーーん」


投げつけられたのはたこ焼き1パックだと認識したのは、青のりマヨネーズソース塗れの猿河氏を見てからだった。

怒りすぎて暗黒微笑を浮かべる猿河氏だったが、残念、もう顔面が大惨事すぎてシリアスにはならない。


「あ゛?お前、クソ猿か?変質者かと思ったわ」


お前変態だったんだな、と正直に言ってしまう犬塚君。

「「あー、怪人カマドールだ!」」と、仔チワワズがキャンキャンと騒いでしまうと余計に猿河氏の顔に青筋が走る。

説明しよう!カマドールとは、仮面ファイター正義(ジャスティス)に登場する敵キャラクターの一人の事である。悪役四天王のうち一人であり、非常に強力な力を持つ催淫を得意とするオカマチックな怪人である。何気に言い得て妙で、ちょっと笑っちゃった…。


「何しゃしゃり出てきてんの、バカチワワ風情が…。ほっといてくれる?僕、哀ちゃんに話があるんだけど」


「お前のような不純が服を着て歩いてるような変態猿に貸し出す鬼丸哀はない」


「は?別に君の所有物じゃないでしょ」


それ、私がいつも猿河氏に言ってることや。


「うるせえ。今は保護者係で管理下にあるからいいんだ」


「わーーーー!!犬塚君シャァアアアラップ!」


犬塚君が余計な事を喋りそうになりそうになるのを遮ろうと叫ぶと、うっさい!と焼きとうもろこしを口に突っ込まれた。


「訳あって鬼丸は今ウチで預かってるから、むざむざとおかしな事に巻き込まさせるわけないんだよ!監督責任があるからな!特にお前のような輩には絶対に接触させられない」


「はぁ!?意味わかんないし!預か…えっ…?」


私はこんなにも人の目が『点』になったのを見た事が無い。

ましてや、いつも人をからかって高みの見物をしてるような猿河氏のこんな顔は。


「…どういう…同棲ってこと?…あれ、そういえば、そのちっこいのは、妙に見覚えのある、いけ好かない太っとい眉毛とクソあざとい面構えって…まさか、孕ま…」


いや、違うだろ。その妄想は無理がある。

色々と有り得ないだろ。冷静になろうよ…いや、マジで。


「そういうことだ。じゃあ、もう行くぞ。輝と昴の教育にも悪いし」


犬塚君は全くのスルーして、双子と私を引き摺ってさっさとその場を退散してしまった。

相変わらずの仲の悪さ。てか、完全に誤解されてるし。せめてちょっと弁明くらい欲しかったなぁ。




気付けばもう20時前で、花火が始まろうとしていた。


「どんだけ暴れたらこんなに着崩れるんだよ、どあほうが」


ネチネチネチと私は犬塚君に罵倒されながら、神社からは若干離れた公園のベンチで浴衣を直されていた。

私、さっきからバカとかアホ呼ばわりしかされてない…。いや、速攻はぐれた私がわるいんだけどさ。


「案の定、変なやつに絡まれてるし」


「一応、猿河氏は知り合いですけど…」


「知り合いの変態だろ!?余計タチ悪いわ!なんでよりによって奴に遭う!?あ゛ぁああ、思い出しただけでも胸糞悪いッ!」


怒りのままにギュオッと私の帯を締める力が強くなって、ぐえっとなる。やばい、殺られる…。このまま、犬塚君を怒らせてるとナチュラルに緊縛プレイと化して死ぬ…。


「まぁまぁ、犬塚君。そろそろ花火もはじまる事だしさ…。あれ、あー君とすば君は?」


ふと、周りを見渡すと二人の姿が見当たらない。まさか迷子2号と3号が!?

しかし、犬塚君は冷静に「あいつらなら…」とジャングルジムを指差す。そこには双子が、仲良くジャングルジムの上で花火を待つ姿があった。確かにそこなら、こんな周りが雑木林に囲まれている公園でも、ばっちり打ち上げ花火を鑑賞する事ができるであろう。


「あー、頭いい~!私も私も~!」


「お前は止せ。確実に落ちるから」


「よ、4歳児だって登ってるのに…?」


「残念だからそれがお前の総合評価だ。諦めてここでイカ焼き食っとけ」


「うう゛…モンスターペアレント…」


「モンスターではないだろ、モンスターでは」


「ペアレントでもないけどね」


はぐはぐ、とイカ焼きを食いしめていると犬塚君が隣で神妙な顔をしていた。

目が合って、別に逸らす理由も無く、じーっとお互い見つめ合ってると、犬塚君が眉毛をハの字にしだして、何事かとぎょっとした。


「…お前、ほんとに大丈夫なのか。家に帰って、また普通に学校に行けたりとか出来るのか」


超よゆー、と言おうとしたら先に犬塚君が言葉を続けた。


「一緒に暮らしてみてよく分かった。お前は、俺の想像以上に、危うい。正直、このまま『ハイ、どーぞお帰りなさい』とはしがたい、というか…分かってるか?俺の言いたい事が」


「ゴメン、全然分かんないわ」


「鬼丸、お前はやっぱもっとウチにいたほうがいい。その方がお前の為だ」


うるうるチワワ目で、そんな事を宣う。

勝手な事を。だから、君は、私の親じゃないし、保護者でもないし、兄弟でも親戚でもない。

ただの他人だ。

分かってないのは犬塚君の方だ。何も私のバックグラウンドを知らずに、何も考えずに私に甘い毒を喰わせて肥え太らせる。それはただの虐待だ。


「じゃあ言わせてもらうけどさ、犬塚君が言う危うくならない私になるのっていつ?

明日?明後日?一ヶ月後?それくらいのスパンでしか考えてないんなら、甘いよ。本当に愚かなほど甘いよ」


「お、おい、お前また泣いて…」


「犬塚君の人生を私がぶち壊すなんて本当に簡単なんだから。どこぞの頭のふっとんだキチガイに、執着されて大事なもの何もかも奪われるなんて、常識人の犬塚君には考えつかないよね。だって、そんな極悪人なんて周りにいなかったから。犬塚君は愛される人だから。本当の意味では、誰にも切り離された事も嫌われた事もない、幸福な人間だから」


泣いてはない。ただ、犬塚君の顔が見れないだけで。

自分は今もっとも酷い顔をしている。醜くて、汚れた、おぞましい顔をしている。


「…そりゃ、お前もだろ。鬼丸をほっとけない奴も、猿河みたいに構いたくて仕方ないやつも、いるだろうよ。望月と萩原だっているし、ちゃんと助けを求めれば力になろうとするだろ」


「それが本当なら、犬塚君が私を面倒を見る理由がないじゃんか」


「お前がいつまでも嘘吐き続けて、痛々しい面下げて、売れ残りの獣みたいに、薄っぺらに媚びへつらうのを見てられないからだ。泣き顔を笑顔の下に隠すような行為を見過ごせない」


「出ました、イケメン気取り。はは、うぜー」


煽りに犬塚君は乗らない。

お前を理解しているぞ、とか、心配してるんだ、とか平然として宣う人なんてただの偽善。知っているから、私。


「同情かな?ね、私ってかわいそう?だからこんなにお節介やくの?」


そういう人ほど、私が凭れ掛かろうとすると『そんなつもりはなかった』と掌を返す。

私が感情をぶち撒けた瞬間に、裸足で逃げ出す。


「じゃあ、言うけどさ。私、このままだと犬塚君の事を好きになっちゃうよ」


ドン、と心臓に響く音がした。

花火の音だ。虹色の光りが、薄く地面に映っている。

もし、もう少しだけ音が鳴るのが早かったら、引き返せたのに。


「犬塚君が何とも思ってないのは知ってるよ?でも、私はそうはいかない」


犬塚君の優しさを裏切ってしまうようだけど。


「犬塚君のいう通りに、べったりと寄生して、助けてもらうよう甘え続けたなら、私は確実に犬塚君を好きになるよ。本当は長い事ずっとそうして欲しかったんだから。家族ごっこでもなんでもいい。ただ、一緒にいてくれたらもう完璧に、犬塚君なしじゃいられなくなる。私は私を分かっている。私は他人の人生を腐らせる。

でも私は、犬塚君を、愛だの恋だの振りかざして地獄のような目に遭わせるのは、嫌なんだよ。だって、犬塚君はいい人だって知ってるからさ」


最初からこう脅せばよかった。


「そういう訳だから、ほっといてほしい。私のことは」


恥ずかしい。

惨めで、泣きたくなる。


忙しなく弾ける花火のBGMがあって良かった。

無音なら、気まずくて死んでしまっていただろう。


「……鬼丸」


犬塚君は、どう反応していいか分からないようだった。どうもしなくていいのに。相変わらず律儀だなぁ。


「…か、考えさせて、欲しい…」


絞り出すように犬塚君はそう答えた。

一体何を考えるというのか全く分からないけど。


超あからさまに、拒否られてんじゃん。ウケる。と、笑った。


ほらね。こうなる。


「私は危ういんじゃなくて、危ないんだよ。お判り?猛犬チワワくん?」


顔を上げて、初めて彼の前で彼の大嫌いな渾名で読んでみた。よっぽど怒ったのか犬塚君は耳まで真っ赤になって、無言で浅く俯いていた。

犬塚君=ダメっ子萌え(特殊性癖)

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