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35:

なんやかんやで、犬塚家での生活は快適だったりする。

相変わらず罪悪感はあるけれど、ご飯は3食出て、賑やかで、双子も裕美ちゃんの可愛らしさに癒される。

こんな事思ってしまうのもおこがましいけど、なんだか自分が家族の一部になったようで、それは違うと理解していても幸福感を体験した。


しかし、そんな平穏も束の間だった。犬塚家で生活して一週間。

AM8:00に事件は起きた。


「いいいい犬塚君!ちょ、ちょちょっとお話があるんですけど!」


朝から元気いっぱいの双子たちに起こされて、一緒に顔洗って着替えて食卓につこうとして、窓横の物干しにとんでもないものを発見した。


「うるさい、裕美子が起きる」


犬塚君はご飯をよそぎながら、冷静に窘めた。

裕美ちゃんは今日は昼勤がないので寝室でぐっすり寝ている。

私は声を潜めながら、犬塚君に抗議を続ける。


「犬塚君、わ、私の下着洗った!?なんかすごく似てるやつがそこに干してあるんですけど…」


洗ったよ、と事もなさげに犬塚君は答えた。


「なんでっ」


「同じ下着を2日以上履いて、それをバックの中に放置するなんて不潔な行為は犬塚家では禁じている。それに一緒に洗ったほうが経済的だろ」


「ちゃんと持って帰って洗おうと思ってたの!明日くらいに!」


「それ絶対洗わないやつだろ。安心しろ、ちゃんとネットに入れて洗濯したから生地は痛んでないはずだ」


「問題はそこじゃないよ、犬塚君!問題はだね、異性の同級生のやれパンティだのブラジャーなどをね、勝手に探り盗んで、洗濯してその手で干した事が問題なんだよ」


「はいはい。分かったから、飯。醒めるから」


「「いただきまーす」」


行儀よく、子チワワズが椅子に座って手を合わせている。


「鬼丸は?」


「いや、だからね…」


「鬼丸」


ずい、と箸を握らされ、据わった瞳で両手を合わせられ、妙な迫力のもと、「い、た、だ、き、ま、すは?」と詰め寄られる。


「い、いただきます…」


「よし、食え」


いや、美味しいんだけどね。

今日のメニューはハムエッグとご飯、ポテサラ、なめ茸の味噌汁。

犬塚家は圧倒的ご飯派である。私は朝は食べないかパンかお菓子だったけど、なかなかご飯もいいな。


って、いくらメシウマだからって絆されないぞ!犬塚君!


「デザートはリンゴだからな」


「やったー!!」


丁度甘いもの食べたかったんだよ。…って、違う違う。


「リンゴじゃなくてね、犬塚君」


「ん?リンゴが不満?それは愚かだな。いいか、リンゴに含まれるペクチンには静菌作用と整腸作用があって、しかも噛みごたえがあって虫歯予防にもなる。砂糖や脂たっぷりの菓子なんかとは比べ物もないくらい…」


なに、犬塚君はリンゴの親善大使なの?

違くてね。別にデザートの内容が不満だったわけじゃなくてね。

リンゴが体にいいのは分かったから。


ウサギ型にカットされたリンゴはきちんと完食しましたとも。





朝食の後は、皆で仮面ファイター見て、そのあとファイターごっこをして(犬塚君は家事・買い物・畑仕事)、昼食(今日はカレー。カレーの中にも擦りおろしたリンゴが入ってた)。

その後は双子はお絵かき&絵本タイムで、15時くらいにお昼寝(たまに犬塚君も寝てる)。

16時くらいに裕美ちゃんが起きてきて、ご飯&私と雑談、輝君と昴君が起きてくるのが17時くらいで一緒に遊びつつ裕美ちゃんは仕事の準備を始める。

18時、裕美ちゃんの出勤を全員で見送る。

その後、夕御飯(カレーの残り+リンゴのシャーベット付き)。後片付けして、双子をお風呂に入れて、テレビの時間、犬塚君は参考書片手に。

21時すぎくらいにあんなに元気いっぱいだった子チワワがぱったりと眠りにおちる。

犬塚君は明日の準備しつつ私の家庭教師と化す。←イマココ



「あのね、犬塚君。居候させて頂いてる身で図々しくも意見させて頂きますとね、今よりも住み分けが必要だと思うんだよ」


犬塚君に単語帳を作るように指示され、終わったタイミングで切り出した。


「洗濯物にしろ、お風呂にしろ、着替えにしろ、寝る所にしろ、全部一緒なのはまずいと思うんだよ」


「…あー、今朝の下着の話か」


問題集の上にシャーペンを置いて、面倒臭そうに犬塚君が頬杖をついた。


「うん。私、仮にも女子なんですよ。ご存知の通り」


「すまん、初耳だ」


犬塚君が真顔で答える。

彼は最近、鬼畜を覚えたらしい。


「…まぁ、性別っていうなら裕美子が同じような生活してて何の不満も言ってないが」


「いや、裕美ちゃんは家族じゃん!グレートマザーじゃん!」


理解できない、と首を傾げる犬塚君に自分が言っている事はそんなにおかしいことなのか、と不安になってしまう。


「わかった。犬塚君は私を全然女子だと思ってないんだな、うん」


だから、下着も洗濯出来るし、着替え中の脱衣所を通り過ぎるし、隣で寝れる。


「前から思ってたけどさぁ、犬塚君はたまに私を人間とすら認識していないよね。一体、なんだと思ってるんだよ」


犬塚君は珍しく目を閉じて「うーん…」と10秒ほど考えた挙句こう言った。


「ある日、スーパーで特売があると聞いて行こうとしたら、泥まみれで自転車に轢かれてベソをかいている子豚に遭遇する。精肉店で解体されそうになった所を命からがら逃げ出したらしい。あまりに哀れにブヒブヒ泣きくれる姿を見ていたら、肉屋に突き返すのも保健所に連れてくのも忍びなくて、仕方ないから飼う事に…。まぁ、いざという時は食料くらいにはなるだろうと」


「ちょっとまて!話から察するに、その子豚が私!?子豚=鬼丸哀!?嘘でしょ、まさかの家畜か!」


「落ち着け。例えだ」


「どーいう例えだよ!??いや、言わなくていいや!なんか怖い!」


思ったよりこれは闇が深いので、封印しておこう。自らのSAN値の為にも。


「…でも、お前は嫌か?俺は一々区別するもんでもないと思ってるけどな、これから一緒に暮らす上で」


「嫌っていうか」


「嫌っていうか?」


「こわい」


意外な返事だったらしく、犬塚君がちょっと目を見開いた。


「いつか、これを当たり前だと思っちゃいそうで」


「なんで思ったらダメなんだ?」


「これは非日常だから。未来永劫、私が犬塚家に居候するわけないじゃん」


「ふーん?」


「正直、今、私すごく堕落している。ダメ人間と化している。何の努力も我慢も、この家ではしていない」


「そうか?」


大して変わらんけどな、とでも言いたげな犬塚君に首を横に振ってみせる。


「私はものすごい欲張りなんだよ。知らなかったかもしれないけど。過剰すぎる甘やかしを、与えられる事を普通に欲しがっちゃうから。それは、すごく悪い事なんだよ。良い子はそんな事はしない」


悪い子だったら、弾かれちゃう。


「意味がわからんから、具体的かつ端的に話せ」


「…輝君と昴君の夏休みが終わったら、すぐ家に帰る。つまり、お盆過ぎたら帰る」


「また急だな」


「ただのお泊まりにしてはそもそも長すぎるから。ホームステイじゃないんだから」


「別にいくらいてもけどな。実際、チビの面倒見てくれてるのは助かってるし、目の届く所にいてもらえると安心できる。家が狭くて窮屈なのは、不便かもしれないけどここにいる限りお前も寂しくないだろ」


「…え?」


犬塚君の喋った内容に引っかかるものがあって、聞き返す。


「寂しいなんて、私言った?」


犬塚君は頷いた。


「寂しいって泣いてた。俺と裕美子が何を言ってもずっと寂しい寂しいって言ってた。一人は嫌だ。助けてくれって泣いて、縋り付いてそのまま寝た」


「…それ、いつの話」


「間違って、酒飲ませた日」


犬塚君は少し目を伏せながら答えた。


頭の中が、瞬く間に絶望に塗りつぶされていく。


「そんなに一人暮らしが辛いなら、ここにいればいいと思うぞ。俺は。いくらでもどうとでもなるだろ。周りの奴らにどう言われようとも、気にすんな。それよりも、誰も知らない所で悩んで弱って泣いている方が問題だ」


それは犬塚君の主観であって、私のではない。


「俺は、自分でも理由は分からないけど、鬼丸には泣いててほしくない。ずっと前から、そう思ってたんだ。そうするように組み込まれて生きてきたみたいに、強烈にそう思ってしまう」


「……」


あは、と素っ頓狂に笑ってみせる。

なにいってんだか。


「あの日ねー、ハイハイ、あれはたまたまナイーブになっちゃってたんだよね。なにせ女の子の日だったから、ちょっと感情的になっちゃったんだよね~。別にさ、寂しくなんてないんだよ。でも、私構ってちゃんだからさぁ、犬塚君と裕美ちゃんに心配されるのが嬉しくてさ」


「全部嘘っぱちだよ」と、舌を出す。


「ごめんね。私本当は孤独も捨てがたいタイプだし、嘘泣きなんて超得意。だてに昔から大人に怒られてないからね。だから、私なんかのことなんて気にしないで」


「鬼丸」


「お願いだから、これ以上優しくしないで」


それだけ言って、タオルケットを我がもの顔で体に巻きつけて寝る体勢に入る。


「そんなとこで寝たら身体痛めるぞ」


居候にはそれくらいで十分なんです。

ダイジョブダイジョブ~、と言ったのに起きたら体の下に長座布団が敷かれていた。


犬塚君は人の話をあまり聞かない。

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