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チュン、チュンと雀の鳴き声と、カーテンの隙間から漏れる日差しに「んあ…」と声を上げた。
あれ、こんな天井だっけ。
3秒考えて「ああ」と納得した。
犬塚家だ…。
そうだった。昨日はお泊まりしたんだった。
「やっと起きたか、馬鹿野郎め」
いきなり至近距離から肉声がして、ビクッとする。
「…え、なんで?」
Q.私はなぜ犬塚君と同衾しているのですか。
「A.鬼丸が何故か俺の腕を掴んだまま熟睡しだしたからだ」
犬塚君がむにゃむにゃしながらも、端的に答えてくれた。
なんてこった。
見ると、確かに薄い毛布の下、ぎっちりと犬塚君にだいしゅきホールドしていた。
これは抜けない…。ましてや、気遣いする男代表・犬塚君がその為に起こすわけもない。
離れ、起き上がり、すぐさま土下座。
我ながら関心する、その無駄に洗練された無駄な動き。
「すみませんでした」
「いいよ、こっちにも不手際があったし」
土下座にめもくれず、犬塚君はふぁあと欠伸をした。
いつもの警戒心はまるで無く、寝起きの犬塚君は若干妖精チックだった。
あまりに美少女年すぎてなんだか神々しさすらある。
昨日は、裕美ちゃんにジュースでもと渡されて飲んだのが実はチューハイだったという事故があり、いつの間にか酒盛りになっていた。大笑い大騒ぎして、途中犬塚君にお酒を取り上げられた記憶がおぼろげながらある。
なにやってんだか。
別に頭が痛かったり二日酔いの症状はないが途中、記憶がない。
ちなみに、裕美ちゃんはすぐ近くですやすや寝息を立てていた。
「ご迷惑かけました。じゃ、私はこれで…お゛ぅっ!!」
腰を上げようとした瞬間、右方向に衝撃が走り、あっけなく身体が布団の上に倒れた。
何事かと思っていると、悪気なくきょとんとした4つのオメメがあった。
どんな奇跡か寝癖が左右対称。
「あれ?ほんとにおにだ!」
「ホンモノのおにだ!」
輝君と昴君はお互いと私を交互に指差した。
「大丈夫か?悪いな。普段いない人間が朝から家にいて、夢の中の出来事だと思ったらしい。
輝、昴、お姉ちゃんに『ごめんなさい』は?」
犬塚君に促されて子チワワ×2が素直にごめんなさいと頭を下げた。
「ふぁああー、全然いいよ!気にしなくて!それより久しぶりだねぇえ、あーくん、すばくん!」
可愛さのあまり、わしゃわしゃと二人の頭を撫でまわした。
久しぶりっていってもつい1ヶ月前にも会ったけれど。
「おに、絶対遊びに来てくれるって行ったのに全然来てくれないんだもん」
「ハル兄にお願いしても、いい子にしてたらってしかゆわないしぃ」
不覚にも。
うるっとしてしまった。
喉の奥が詰まって、眼球が熱い。
すごくすごく嬉しかった。都合のいい玩具程度の認識でも、それがまだ処世術も知らない幼い二人が私に会いたがってくれていた事が。
「おに?お腹痛いの?」
「おくすり、いる?」
全部顔に出てしまっていたらしい。恥ずかしいと思って、慌てて笑ってみせる。
「いいか、お前ら。おには、ちょっと頭が残念な病気なんだ。だから、優しくしてやらないとダメだぞ」
ちょ、犬塚君何いってんの。
ほら、「はーい!」って元気よく返事しちゃったよ!
「紛うことなく本当の事だろ。そして、お前はしばらくウチに住め」
「…うん?」
「今日、日曜だから講習もないから着替えとか必要な生活用品取りにいってこい」
「えぇ?」
「よし、じゃあまシャワー浴びてこい。着替えなら裕美子の出しとくから」
「ちょとまてちょとまておにーさん!WHY?私、そんなの一言もいってないよ」
状況が飲み込めず、大人しく聞いてたら何か私が犬塚家に居候する流れになっている。
意味が分からない。全然分からない。
「そりゃそうだ。言ってないからな」
「じゃあなんで…」
「チビらの子守を頼む。俺も夏休みくらいちゃんと休みたいからな」
犬塚君はしれっと言って、布団を素早く畳んだ。
「んなこと言ったって…」
「おい、チビ共ー。お前らが聞き分けないから、鬼丸が嫌になって、もうウチにいたくないんだってさ」
「わぁああ!!ウソウソウソ!違うからね、全然そんな事思ってないよ!?」
明らかにしゅんとした二人を見て、慌てて否定して抱き寄せた。
くそ、と犬塚君を睨むが、当の本人は意に介したようには見えない。
卑怯だ。
犬塚君が珍しく卑怯だ。いつの間にこんな小狡く変貌してしまったんだ。
あの、不器用、ぶっきらぼう、無愛想の3Bだった犬塚君は何処へ。
「決まりだな。おい、そろそろ仮面ファイターはじまるから自分の布団片付けて着替えろよ」
そう言い捨てて、寝室から出て行った。
双子を「はぇ~、これくらいの年の子でもちゃんと一人で着替えられるんだ~…」と見守っていたら、間もなく台所からシュンシュンとお米が炊き上がる音とガスコンロに火がかけられる音がした。
◆
迷って迷って迷った末に、私はバックパックを背負って犬塚家のアパートの前にいた。
犬塚君の言う事に大人しく従ってしまった。私ってば、ちょろすぎる…。
本当にこれでいいのだろうか。
絶対ダメな気がする。絶対迷惑だとは十分理解している。
子守、なんて言っても大した事なんて出来ないのは犬塚君もご存知だと思う。
どうみても子供が一人増えて、犬塚君や裕美ちゃんの負担増だ。
どう考えても、私はこんな事すべきじゃない。
でも、輝君や昴君のがっかりした顔は見たくはない。
「でもでもでも…」
判断つかなくて、頭を抑えて蹲る。
「なにやってんだよ、ダンゴムシ化なんかして」
聞きなれた声がして、はた、と顔を上げると麦わら帽に白タオルを首に巻いた犬塚君がアパートの塀から出てきた。
「さっさと家に入ればいいのに。何に悩んでるかしらんけど、バカなんだから無理して考えんな。病気になるぞ」
軍手に長靴姿の犬塚君に、「な、なにやってんすか…」と思わず聞いてしまった。
「草毟りと水遣りに。大家さんの厚意で、アパートの畑貸してもらって野菜育ててんだよ」
そこには、結構な範囲でキュウリとプチトマトとシソが綺麗に植えられていた。
もうすでに、たわわに実っているし。
「犬塚君て、もう高校生を通り過ぎちゃってるよね…確実に」
聞いてみたら、愛読書は主婦の友らしい。




