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30:

「うー、何かすっきりしない…」


膝を抱えながら、湯船に浸かる。入浴中にすっきりしないとはこれ如何に。

ちなみにお湯加減は丁度良いし、空間的な開放感がある。カポーン、と篭った桶の音が耳に心地よい。


「すごいわね、大浴場まであるなんて」


隣で誰かが湯船に浸かったと思ったら、杉田さんだった。

眼鏡をしていないから一瞬だれか分からなかった。そう、当たり前だが杉田さんに私を避けるような理由はない。何となくどう言葉を繋げればいいか、どのくらいの距離感でいればいいのか分からないのは私だけだ。


今日どうかしたんですか。

なんでそんなに如月さんと絡んでるんですか。

猿河氏と一体何を話していたんですか。


…いざ、本人を前にすると聞けない。

こう皆のいる前で聞いていいものか判断つかないし。いくら私がKYキャラで通っているといっても、さすがにそこまで無神経にはなれない。


「…そ、そうですよね~。なんか泳ぎたい気分…よっしゃ、泳いじゃおっかな~」


少しお湯から身体を出してクロールするように大きく上げてみせる。そして、脇の下から杉田さんを覗き見た。


「……?どうしたの、泳ぐんじゃないの?」


杉田さんが目をぱちくりぱちくりして此方を見返していた。


「え、えっと…」


微妙な間が、私たちの前に生まれる。

だって絶対杉田さんは怒ってくれると思ったのに。ヤレヤレ、鬼丸は全く残念な子ね…ってなって少しはいつものペースに持っていけると予想していたのが、呆気なく外れて肩透かしをくらう。


「いくらなんでもお風呂で泳いだりしませんよ…。第一私泳げないし」


そうなの?と杉田さんは額に張り付いた髪の毛を直して、無邪気に首を傾げた。


「今日の宿泊は私たちだけだし、多少はハメを外しても良いんじゃないと思ったのだけど。鬼丸って案外真面目よね」


「う、あ…そんな事ないですって」


あれ。杉田さんて、こういうキャラだっけ。

もっとこうなんかお堅い人だったはず。だって、最初に会った時制裁とか言われたし。

本当に何かあったのか。それとも私が杉田さんはそういうキャラの人だって思い込んでいただけなのか。


「あの…」


「鬼丸は…」


喋る内容も思い浮かばないまま口を開いたら、杉田さんと被ってしまった。

「あ、すいません。杉田さんどうぞ」「いいわよ、鬼丸から言っても」「いや、私ほんとしょうもない事なんで…」という焦れったい問答が続いて、最終的に杉田さんが発言権を得た。


「鬼丸は、修司のことが好き?」


ブハッと吹きそうになるのを既の所で抑えた。びっくりして水飛沫を立てるのも構わずに杉田さんの方に向き直った。杉田さんは私の方を見てなかったけど、真顔で何か思いつめているようだった。

あまりに予想外の発言に「えぇ…」と呻くように声を発することしか出来なかったのだが、杉田さんはそれを「YES」と取ってしまったらしく一人で小さく頷いてた。


「そうよね、好きじゃなきゃこの会に入ったりしないわよね」


う゛…と返事に困る。言えない、とてもじゃないが制裁への恐怖とその場のノリで入ったなんて。


「でも、それはどういう好き?尊敬しているの、憧れているの、あまりに綺麗だからめでていたいの、それとも愛してるの?」


一人のひととして。と小さく付け足されて困ってしまう。

そんな事聞かれたって答えようがない。だからといって杉田さんがどんな答えを求めているのか、とんと見当がつかない。大体、まだ高校生に過ぎない身分で愛だなんだとか大仰な事にどう意見すればいいのか全然知らない。


「私は鬼丸よりも、修司の事を想っている自信があるわ」


「は、はい…」


そりゃそうでしょうとも。

何故いきなりそんな事を。だから自重しろと?会を抜けろと?そう言いたいんだろうか。だけど、彼女の性格的に本当にそうならもっとストレートに言うはずだ。ましてや、変に気を遣うこともない格下の私相手に。


「だけどそんなの相手にしてみれば、何の意味もないことなのよね」


ボソッと一人言のように呟かれたことばに「え?」とつい聞き返してしまう。杉田さんがこんなに弱気になるなんて全くらしくない。やっぱりあの時猿河氏に何か言われたのだと確信する。多方、それをまた曲解してしまったのだろう。

こんな状態の杉田さんに、昼間の様子を聞くなんて私には無理だった。そこまで人のことを受け止める器が自分にあるとは思えない。


「えーと、あの…杉田さん。猿河君もなんていうかそんなに色々意味を含ませて言葉を発しているわけじゃないみたいですよ?だから、あんまり気にしない方が…ほら、ポジティブポジティブ♪」


軽いテンションで励まそうとしようとしても、いっこうに表情が明るくならない。困った…。

苦し紛れに彼女の肩を掴もうとしてふと、湯船に浮いた二つの球体に目が行く。


「杉田さん…結構おっぱい大きい?」


「はぁ?何ちょっとなにを…」


ぐわし、と両手でおっぱいを掴み、そのままリビドーが刻むビートままに…もみもみ…もみもみ…と杉田さんの乳房を揺り動かす。これはD…いや、Eくらいはあるかもしれない。これが所謂巨乳というやつだろう。ハッと戦慄を覚えて、後ろで体を洗っていた高橋さん・鈴木さん・石清水さんに衝動的に呼びかけた。



「ち、乳神様がっ!ここに乳神(ちちがみ)様がおられますぞ~!」



その言葉に、「え?」とめいめいに振り向く一同。結構、女子だって乳という単語に敏感だったりする。

「乳神?」と、神妙な顔で石清水さんが聞き返した。


「そう、乳神…。全知全能の乳の神…その名も乳神。まだ人々と神の境界が曖昧だった頃、大地に降り立った女神がおられました。女神は人々に多くの恵を与え、感謝されました。その心優しい麗しき女神は仰いました『か弱き人達よ、巨乳であれ』と…。」


隙を着いて杉田さんの背後を取り、後ろからその乳房を鷲掴んだ。この際、遠慮や手加減などしない。


「僥倖じゃ。皆の衆、現人神の御乳に手を翳しなされ…育乳(ご利益)がありますぞ…」


「鬼丸いい加減にしなさい!こんなもの揉んでもご利益なんてないわよ…え、なに貴女達。なんで此方に来るのよ。鬼丸のこんな戯言に乗せられて情けない。ねぇ、ちょっと…やっ、お、怒るわよ」


もにゅもにゅと揉みしだかれ変形する柔肉に誰かがごくりと喉を鳴らした音がした。

自分の胸と杉田さんの乳を見比べながら虚ろな眼で杉田さんににじり寄る親衛隊一同に、ブルブルと杉田さんが身震いしている。どうやら誰かしら胸部に対する何かしらの特別な想いがあったらしい。


そして、実にその3秒後に全員で杉田さんの乳を揉んでいた。

“猿河修司を愛でる会”がその時ばかりは“杉田旭陽(あさひ)の乳房を愛でる会”になっていた。





お風呂から上がると化粧台のコンセントは皆のドライヤーで満員状態だったので、ひとまずパジャマ姿で廊下に出た。

ガシガシ髪の毛をタオルで拭きながら、確かすぐそこに自販機があったはず…と歩き回る。お風呂上がりのアクエリはきっと格別だろう。この時のためにちゃんとお金を持ってきた私GJ。


さっきまでのモヤモヤした気分が晴れて突き当たりを曲がろうとして、一転立ち止まってしまった。


「……(さ、猿河氏…)!」


後ろ姿だけでも自己主張が強い容姿のせいで、誰だって決して見間違えたりはしないだろう。

猿河氏が自販機の前のソファベンチに猿河氏が座っていた。


どうしよう。

此方まだバレていないようだ。今ならこのままスルーして逃げる事が出来るだろう。

猿河氏に何か言ってって、どうせまた「何が?」ととぼけられるのが関の山だ。


ペコペコと空になったペットボトルに息を吹き込んで遊んでいるようだ。ていうか本当すきだな、いろはす蜜柑味。

飲み終わったのなら、さっさと部屋に戻ればいいのに。なぜこんな所でぐだぐだしする必要があるんだろう。

さすがにそれは猿河氏の自由だとは思うが、なんだか理不尽に腹が立つ。

皆に不快な思いさせたくないって言ってたけど、もうすでに私が不快な思いをしてるじゃないか。


海なんて本当は来たくなかったのに、さらにこうやって意味不明に振り回されたら敵わない。

あと一泊あるのに、ずっとこんな調子ならどこかで人目を憚らずに問い詰めてしまいそうだ。それも結局うまく躱されそうなのが濃厚な線だけど。


あまりに悔しい。無性に悔しいからこのまま避けるのは辞めた。

…それならば、私だって意固地になっていつも通りに接してやる。それが奴にとって今一番の嫌がらせになるだろう。


「いやー、マジで喉渇いたなぁあああ」


わざとらしくどすどすと大股で歩き、自販機の前に立った。

それでも無反応だから、コインケースから200円を投入してボタンを押した。出てきたペットボトルを取り出すのに若干手間取り、猿河氏の隣に腰を下ろした。

ふわっと多分シャンプーの香りがしたので、氏もお風呂上がりなのかもしれない。心なしか通常より髪もふわっとしている気がする。


無言のまま猿河氏の視線を感じるが、目を合わせられるほどのメンタルの強さは無い。

ペコッとプラスチックが凹んだ音が妙に大きくその場に響く。


「あれえええ、猿河氏じゃないですかぁ。こんな所で、何してるんですか?!誰か待ってるとか?!杉田さんとか杉田さんとか…杉田さんとか?」


わざとらしく大袈裟な身振り手振りで、擦り寄ってみた。おまけにうりうりと肘を押し付けるように脇腹を抉る。


「…え、なんで杉田さん?」


ほら言った。

なんで。何が。いつもと変わらないと思うけど。

そんな情報の持たない言葉なんて、消えてしまえ。


キャップを開けて、ごくごくとアクエリを飲み干す。行けるかな…と途中不安になったりもしたが、思った以上に体が水分を欲していたらしく、一気にペットボトルの中身は空になった。ぷはー、と息を吐きだし口元をパジャマの袖で拭った。


「…何があったんですか。なにか気に入らないことがあるなら言えばいいじゃないですか」


「別に、なっ」


また濁されそうなので猿河氏の胸に頭突きをいれた。というか頭だけダイブした。

さっきの杉田さんと一緒だ。この際、遠慮なんてしない。ノリと勢いで罪を犯してしまう。

ていうか散々セクハラされたんだから、これくらいお返ししてもいいのでは?


「何にも知らない内に、無視されたら嫌ですよ。例え猿河氏だって」


「無視なんてしてないよ」


「いや、無視ですよ。私の出したサインを無視して、誠意を持って対応せずに、嘘をついてそのまま突き通しました。だから私はおこです。激おこスティックファイナリアリティプンプンドリームです」


自分の髪の毛がまだ半乾きだった事に今更気付いたが、この状況で顔を上げるのは不可能に近い。


「一方的に無視するのは、いじめなんですよ」


そもそも猿河氏には虐められた事しかない気がするけど。

猿河氏が無言なので、私はそのまま言葉を畳み掛けた。


「私の事が嫌いで気に食わないですか。それならそれで別にいいんですけど、私は私で寂しいし悲しいです。…猿河氏に嫌われたら。」


今までだって決して好かれてはいないとおもうけど。


「寂しいです」


もう一度、無意味に繰り返す。

強調したいのではなく、次にやってくる相手の反応が怖いのでそれを先延ばしにするために言った。

気の利いた事は全然思い浮かばず、もっとなにか上手く自分の気持ちを表現できる言葉があるようなもどかしさが喉の奥にまとわりつく。

だが結局、思いつかなくて苦し紛れに「うぅぅ…」と低く唸った。なにこれ、獣の威嚇音?


「あのさ」


のし、と何かが覆いかぶさってきたと思ったら、まさかの予想だにしなかった荷重がかかってそのまま俯せに潰れた。多分膝にらしき人の肉体に押し付けられている。客観的に見たら、すごく意味分からない体勢になっている気がする。


「ほんの半日でもマテくらい出来ないの?ほんと、耐え症が無いというか甘えん坊というか」


さっきの爽やかな雰囲気とはがらりと変わった口調に不覚にも安心してしまった。


「本当はもうちょっと色々とする予定だったけど、欲求吠えも煩くなってきたし止めてあげる」


「色々…?」


「これで分かった?無視されたり拒否されたりするのは寂しいね。今まで何言っても嫌そうな顔で、文句言われたり全力で抵抗されたり、他の男に尻尾振られてた僕の気持ちが少しでも理解できたよね」


「は?」


ちょっと待って、とくぐもった声でまだ続けようとしていた話の流れを切った。


「そんな理由?もう一度聞くけどそんな馬鹿らしい理由で?」


聞き返さずにはいられないほどびっくりした。此方がどれだけ困惑してどれだけモヤモヤしたと思っている。しかも杉田さんまで巻き込んでるし。人を玩具にするのもいい加減にしてほしい。

私の含みある質問に、しかし少しも罪悪感なんて持ってないような声色で猿河氏は答えた。


「大した事はしてないはずだよ。僕はただ他の皆と接するように哀ちゃんに接しただけ。本当に普通に、同じ高校に通う同級生みたいに」


「大した事あるよ!めっちゃ傷付いたわ!!」


「傷付いた?」


私の背中で猿河氏が鸚鵡返しした。

ポンと投げ出された言葉が、床でワンバウンドして自販機の下に転がっていった。


「じゃあ、哀ちゃんは僕に特別扱いされたかったんだ。他の人たちの中でも一人だけ区別されたくて、誰かに選ばれる事に価値を置いてそれが無くなる不安に耐え兼ねてこうやって直談判しに来たんだ」


「あの、ちょっとなに言ってるか…」


「もっと具体的に言った方が良い?」


「いい、止めて」


ドクドクと米神が脈打って、心拍数も多分早くなっているだろう。そして、それは文字通り密着している猿河氏にモロに伝わってしまっているだろう。


恥ずかしい。無性に恥ずかしかった。


顔から火が出そうだ。眼球の裏が熱い。耳に当たる空気が異様に冷たい。

息が詰まるほど、胸が痛い。この場から逃げたいのに重しがあって叶わない。


人として最もに近いほど、汚くて不細工な部分が見られてしまった。


なんでもっと慎重にならなかったのか。自分で覆えない程手を伸ばしてしまったのか。終わりだ。あの時と同じ事が起きる。可哀想になってしまう。(おしおき)の時間がやってくる。


「ち、違う…勘違いだから。私は別にそんな事思ってない」


そんな簡単な言葉なんかじゃ誰の信用も贖えないと分かっているのに縋ってしまう。そうせずにいられない。戦慄いて上手く動かない唇で弁解しようとした所を猿河君に遮られた。


「僕は、哀ちゃんに特別扱いされたいけどね」


私はつい感嘆符か相槌を打ったような気がしたが、なんて言ったのか自分でも分からなかった。


「その他大勢と同じ分類に入れられるのなんて真っ平御免だし、どうせなら一番高待遇で最優先がいい。寝ても覚めても思い浮かぶのは僕の事であって欲しい。そう思ってるよ」


「なんだそんなの…」


他の、例えば親衛隊の皆と同じじゃないか。そんなにも輝き愛されたいのか、注目を浴びたいんだろうか。

もしかしたら全人類の女という女を虜にしやきゃ気が済まないのかもしれない。

猿河氏は欲張りだ。だけどそれを許される環境下にいるのが羨ましい。とてもとても羨ましい。


「そんなのって…見た感じまだ結構ハードル高いような気がするけど」


猿河氏が野望をカミングアウトしてくれたおかげで、雰囲気が和らいだ。私が実はそれほど重度でないような気にさえさせてくれた。

気持ちもだんだん落ち着いて、顔に集中した血液が体中に戻っていく。強張っていた体も徐々に解れていくのを感じた。


「猿河氏が本気出したら一発だよ、一発」


「へー、一発ねぇ…。って何、煽ってんの?」


ジャブのような軽い会話の応酬に救われた気がした。お礼を言うのは藪蛇になりそうだから止めておくけど。

身を捩って自販機横の壁に掛かっている時計を見ると22時になろうとしている所だったので、そろそろ杉田さん達と合流しなければと思った。大浴場はもう使えないし、ドライヤーは後で誰かに借りて部屋でかけるしかないだろう。


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