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27:

「時に鬼丸君。君は夏休みの予定はまだ入ってないといってたが、それなら僕の家の別荘に来ないか。少し山奥で不便な所はあるが、景色や空気はとても綺麗なんだ。避暑地にもなり、ハイキングやバードウォッチングもできるので君も気に入ると思うんだがどうだろう。お手伝いさんは別荘には来れないのだけど、それはどうにでもなるだろう、むしろキャンプみたいで楽しいかもしれない」


桐谷先輩がベッド横でふいにそんな事を言い出した。

そういえば、前に夏休みの予定を聞かれた事があったっけ。その時はそれで会話が終わっていたが、先輩は本当はそう言おうとしてくれていたのか。


「へぇ、良いなぁ。泊まりですか」


「うん。例年僕も夏休みは殆どそこで過ごしているので長期の外泊になるのだが、君は大丈夫か?」


「私はいつも発車オーライですよ。えへへ、やったぁ」


所々セレブ感は拭えない気もするが、普通に楽しそう。

桐谷先輩と一緒ならそれはそれで色々と面白そうだ。というか、水辺じゃないなら私はもうどこでも楽しめる気がする。


単純な私は、なんだか一気に気持ちが急上昇して元気が出てきた。テンション高めにまた体を起こすと、ふいに誰かが私の左肩手を乗せてまたベッドに沈み込ませて体が左に傾く。


「いや、哀ちゃんは先約あるんで無理です。つーか、その別荘で二人きりとかそういうのじゃないですよね?そんなの許されると思ってるんですか?仮にもこの高校の代表の生徒会長が、そんな不純異性交遊認められるとでも?」


私を押さえつけた猿河氏が勝手な論調で質問しまくる。私も言い返そうとしたが、息つく暇も無く、右肩にももう一人の手が乗って、もう完全に布団の中に連れ戻された。


「そもそも、鬼丸は学校の夏季補習を受けなきゃいけないので参加できないです。先輩の心遣いはありがたいのですが、鬼丸はこういう強制力がないと勉強を思い出せないアホなんでどうかここは補習を受けさせてやって下さい」


犬塚君までも…。ていうか、なんで君たちこういう時に限って息ぴったりなんだよ。実はネタ合わせとかしてる?

起き上がろうと抵抗するが、左右から二人がかりで力がかかって叶わない。


「僕は鬼丸君に話しているのであって、君たちには何も聞いていないのだが」


桐谷先輩は冷静に答える。意外に強硬な姿勢で驚いた。

が、それ以上に二人が頑なに桐谷先輩の誘いを否定する。


「この子は頭がアレで後先考えずに誘われたらホイホイ着いて行っちゃうんです。だから飼い主がこうやって手綱を引いて他のオスと遠ざけてやらないといけないんです。本当世話のかかるペットを飼うと大変」


「鬼丸は中間試験でそれはもう人間が取ったとは思えないような点数だったんです。この補習を受ければ、もしかしたら人間に戻れるかもしれないんです!鬼丸が成長するチャンスをどうか奪わないでやって下さい、先輩」


なんてことだ、二人共私を人間扱いしてない…。私は一体、どこで人間関係構築を間違えたんのか。


最終的に、私は犬塚・猿河コンビに桐谷先輩の誘いを無理矢理自分の口で断らされ、桐谷先輩の切なそうな顔に私の罪悪感ゲージは悪戯に跳ね上がったのだった。
































学校が終わって、バスに乗ってマンションに戻った。

どこかで時間を潰したかったが昨日の今日でフジコちゃんのお店に行くわけにもいかないし、どこかに遊びに行ってもどこで誰に見ていられるかわからない。一応、具合が悪いとは何人かに思われているので見られて何か突っ込まれるのは嫌なので外出は諦めた。


「はは、それにしても変な組み合わせだったなぁ。あの3人…」


一人で笑って呟いてみて、自分の部屋のドアに鍵を挿してふと我に返った。

ガチ、と小さな低い音がなって開錠する。

金属製の重い扉が開くとき、体が震え上がるほど怖い。


何かある訳じゃない。むしろ何も無いのだ。

薄暗い部屋には当たり前だが人気は無く、家電の機械音だけ微かに聞こえてくる。

フローリングが剥き出しのワンルームは、すぐに部屋の内部を見渡せる。床には脱ぎっぱなしのパジャマが落ちていたので、それを洗濯機に入れた。

朝、うっかりテーブルから落として粉々に割れたガラスのコップの破片も飛び散ったまま放置されている。


普通の事だ。なにも気にする事など無い。

どうしていつまでも慣れる事が出来ないのか。こんな事よくある事だと誰もが言うだろう。


携帯には着信もメールも無い。いつもの事だ。

反応が返ってこないのは通常運転なのに、いつもいつも期待して馬鹿丸出し。

何も思い出せないままなのに、家族の愛情を求めるなんて虫が良すぎる話だ。

なにもない奴が何かを願うなんて、呆れるほど部相応でみっともない。


分かっているのに我慢が出来ない。堪えられないほどどうしようもなく寂しい。虚しい。



私の胸には穴が空いている。



だから、いつまでも足りない。

誰と喋っていても、どんなに笑っていても、何を見ても聞いても、一人になったらすぐに寂しくなる。

塞いでも塞いでも隙間から空気が漏れ出る。幸せだと満足する事ができない。

寂しくて寂しくて、足りなくて、欲しくて、苦しくて、狂ってしまう。


異様だ。普通じゃない。

こんなに一人になるのが辛いのは。悲しいのは。

他の人だったら耐えられるだろう。こんなの全然苦じゃないし、人によっては快適というだろう。


自分でもよく分からない。


記憶を無くして、引っ越してきてこのマンションを与えられて、中学からいままでずっと、こうだった。

常に寂しさが全身を蝕んでくる。人の気配や声が絶たれるのが耐えられない。

なるべく誰かの傍にいたい。誰かと喋っていたい。だから誰かに嫌われたり避けられるのは最小限に抑えたいし、人に媚びるのも厭わない。

それでも全然足りなくて、いつも飢えている。触れたいし触れられたいと思う。私に気を向けて欲しい。いつも無意識下で際限なく、この穴を埋めようとしている。


しかし一方で思うのだ。


私は決して満たされてはいけないのだと。

与えられたらきっといつまでも求めてしまう。いつかこの卑しさが他の誰かを傷つけてしまうかもしれない。

だから私はこうやって隔離されているのだと思う。これが私の運命なんだろうと思えば、誰を憎む事も無い。


記憶をなくす前の私はそんな事は無かったのだろうか。

昔の私に戻れば、全てうまくいくのだろうか。運命は変わるだろうか。


「…戻れ、戻れ戻れ戻れ」


両手の拳を固く握りしめて、そのまま自分の頭を力いっぱい殴った。

痛い。でも少し嬉しい。私は血の通った人間だということが分かって。


「記憶戻ってよ…頼むからさぁ」


もしも私が本当に鬼丸哀であるのなら。


記憶が戻ればきっともう一人にはならない。こんなに意味不明の苦しみを味あわない。

きっとお父さんも迎えに来てくれる。一緒に暮らしてくれる。私の話も聞いてくれる。


そうでないのなら、全くの別人にならば何もかも諦める。自分は最初から何も無い、空っぽの容器みたいなそういう使い道がない奴で、過去も無いほどのあまりに単純な要素なのでそれは何かを作ろうとしてできた産廃のようなものなのだ。だから、何もしないし出来ないしそのままフラフラ漂って消えればいいだけ。もう何も迷う事はない。…でも、本音を言うならそうであって欲しくないと思う。


「……思い出したいよぉ…」


壁にズルズルともたれ掛かりながら、膝小僧で床に着地する。頭に置いたままの手でそのまま髪の毛を毟る。

本当に私に、過去や記憶があるのなら、思い出したい。

ほんの少しでいい。誰かと繋がっていたい。誰かと絆を共有していたい。


それがあればこの穴は埋まるから。


本当に、いつも自分の事ばかりで嫌だなぁとは思うけど。

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