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02:

「え…つまりどういう事?」


犬塚君が立ち去った後のグラウンドで一人佇んで呟く。

えーと、と頭を抱えた。要約するとこういう事だ。


犬塚君もジャスティスファンでしかもダークネス涼推しだってこと?

それで新必殺技の振りが違っていたのがどうしても許せなかった、と。

だからわざわざここに私を連れてきて、手本を見せたと。


なんて。

なんて人騒がせな…。そして思わせぶりな…。

百歩譲ってどうしても訂正したかったのなら、その場で言えばいいじゃないか。


言っちゃっていいのか?

もしかして私たちがジャスティスの話をしていたのに混ざりたかったのか?

それで拡散してほしくて私に向かってこんな事したのか?それなら勝手にTwitterにでも呟くか、mixiのコミュにでも入ればいい。

こんな私の前で、王様の耳はロバの耳みたいな人の心を試すような爆弾を置いて一人にしていかないでほしい。


犬塚君、いったい君は私にどうしろと言うんだ…!


なんだか果てしなく脱力して私はその場にorzの形で膝をついた。





「ちょっと、哀。そういえば犬塚君といったい何があったのよ。私真相を聞かなきゃ今夜は眠れそうにないんだけど」


HRが終わって、そのまま帰ろうとすると沙耶ちゃんに呼びとめられた。

体育の後にへらへらとごまかしていたのだが、やはりごまかしきれなかったようだ。

やばい、どうしよう。もし正直に言って犬塚君の御意向に添わなかったら、明日にでも私がハチの巣にされる。


「あはは~、なんでもないよ~。なんか肩にゴミついてたとか、髪にいもけんぴついてたとか、そんな感じのささいな事だよ……あっ!!!」


「なに?急に」


ふと学級委員の佐伯君とハギっちが話しているのが目に入って、思い出した。

私、犬塚君からサイズ希望書を回収していない。

やばい。すっかり忘れていた。

このままだと皆のサイズごと不明で締め切りに間に合わない。A級戦犯じゃん、私…。


周りを見渡すと犬塚君はいない。そういえばいつも犬塚君は掃除の無い日以外は特に教室に残らず、部活もしていないのでさっさと帰ってしまう。


「あ、ちょっと哀!」


今から追えばまだ間に合うかもしれない。

犬塚君に追いつき希望書を返してもらうために、私は全速力で走って階段を下りて玄関に向かった。


とにかく運動音痴な私が追いつけるかあまり自信はないけど、今はやるしかないのだ。いくら犬塚君でも声の届く範囲まで行けば立ち止まってくれるだろう。

校庭まで出たが犬塚君の姿は見えない。


「ぎゃんっ!」


無我夢中で走っていると、いきなり何かにぶつかって吹っ飛んだ。

そのまま地面に尻もちをついてしまい、立ち上がろうとしたら目が眩んだ。

頭を打った訳ではない。目も眩むような美形が目の前に立っていたからだった。


「ごめんね、大丈夫?怪我は無い?」


差し出された手まで、きらきらとしたオーラを纏っている気がした。

緩く癖のついている金色に限りなく近い色素の薄い髪に、切れ長で深い色合いの碧眼。形のいい高い鼻梁に色気過多な薄い唇に均衡の取れたスタイル。

まるで王子様。


「さ、猿河王子…」


そう、彼は猿河王子。本名は猿河修司(さるかわしゅうじ)。私たちと同じ一年生のはずだが色々と別世界にいる人。

その麗しさやら人当たりの良さから早くも学校のアイドル的存在で、私でも話した事はないが知っている。入学式して間もない時は、沙耶ちゃんとハギっちと一緒に用もないのに隣のクラスへ猿河君を拝みによく行って目の保養にしていた。実は仮面ファイター正義(ジャスティス)に私たちがハマったのも主役の俳優が彼に似ていた事もあったりする。


「ごめんなさい!私あんまり周り見てなくって」


こんな有名人に手さえ触れるのがなんだか恐れ多いと感じて、慌てて自力で立ち上がると猿河君も立った。思った以上に顔の位置が遠くてビビった。さすが西洋系ハーフは伊達じゃない。髪や目からも分かるように猿河君はフランス人系の血が入っているらしい。神様が理想的な遺伝子の配列を組み立てたらきっと猿河君のような人ができる、そう思ってしまうほどの麗しさ。


「それはお互い様だよ。それより、そんなのに慌ててどうしたの?」


「あ、えっと。ちょっと人を追いかけてました…」


「誰?もしかしたら見てたかもしれないし」


猿河君が意外にも気さくでびっくりした。

犬塚君の前例もあって、美形はもっとなんかこうお高く止まってるものだと思っていた。


「えーと、犬塚はるか君っていって、私くらいの身長で、男の子なんだけど、こう…目がクリっとしててなんかチワワ系の…」


「もしかして猛犬チワワ君?チワワ君ならさっきすれ違ったよ」


「あ、それです!!その人です!」


まさか、猛犬チワワが猿河君の耳にまで届いているとは知らなかった。まぁ、隣のクラスだし有り得ない話ではない。そこまで広がってよく本人はまだ気付かずに済んでいるな、とは思うが。


「横断歩道渡って右側に歩いてったから、そのまま国道沿いを道なりに言ったら追いつけるんじゃないかな」


「まじか!ありがとう、猿河君行ってみるね!」


そろそろ猿河君と話していると周りの視線がチクチクしだしたので、早速この場を退散しようとしたら「ちょっと待って」と猿河君に呼びとめられた。


「女の子がそんなに走ってまた転んだら大変じゃない?良ければこの自転車に乗って行きなよ。ペダル下げたらちゃんと乗れると思うから」


そうして停めていた自転車を惜しげも無く、持ってきてくれた。


「え、悪いよ!猿河君、困るんじゃ」


「大丈夫。ほら、早くしないとチワワ君見失っちゃうよ。明日、自転車置き場に停めてくれればそれでいいから」


い、いい人すぎる…!猿河君、マジ聖人。

見た目も中身も美しいとかどういうことなの。


とりあえず、ありがたく私は猿河君に借りた自転車で犬塚君を追いかける事にした。

特に女子の目が痛かったりヒソヒソ何か言われている気もしたけど、全速力で走って来たためもう疲れてたし。聖人レベルMAXな猿河君はこれくらいきっと誰にでもやっている事だろう。



猿河君に言われた通り自転車で走って間もなく、犬塚君らしき人物の後姿を発見した。

そして、彼は丁度ある建物に入っていく所だった。

平長いコンクリートの外装で白い塗装は所々禿げている。看板には派手に赤い文字で『スーパーセンター激安堂』と書かれている。駐車場脇には何本も大売り出しののぼり旗が並んでいる。


今まで行った事はなかったが、学校の近くにあるスーパーだ。

それは分かったのだが…一体、犬塚君はここになにしに?

そりゃ買い物か、とは思いつくのだが、一匹狼風ヤンキーな犬塚君にどうみても、似つかわしくない場所だった。とりあえず興味本位で中に入ってみると中は想像を超えていた。


「えー、ただいまよりタイムサービス、卵『サラダ記念日』Lサイズ1パックおひとり様限り一点99円になります。また、もやし一袋2円、えのき1パック50円、青梗菜6束40円になっております。精肉コーナーにて牛豚合びき肉100グラム69円、国産鳥モモ肉100グラム58円になっております!」


拡声器で店員さんが叫んだかと思うと人の波が突然押し寄せてきて、抵抗する間もなくそこにのまれた。

ぎゅうぎゅうにおしつぶされ自由が利かない。客層は9割主婦で、予想以上のパワーに圧倒されそのまま人の波に流されていく。


もう駄目だ…、このまま人に押し潰されて踏まれて死んじゃう…床に臓物ぶちまけて間抜けな死に様晒してしまうんだ…と思っていた所、ぐいぐいと波に攫われて心太のようににゅるにゅると押しだされた。


やっと新鮮な酸素を吸える!

萎びた野菜みたいになっていた私は、胸いっぱい深呼吸をした。そして思いっきり吸いこんだ段階で、ばちりと目が合った。


犬塚君だった。

彼はばっちりと卵、挽肉、もやし、青梗菜その他もろもろ抱えてた。

まさか、あの殺人押しくらまんじゅうの中に犬塚君がいた…?しかも、しっかり戦利品をゲットした上で。


「お前、なんでここに来た?確かバスだったろ」


「あ、…えーと、買い物?ほら今日、せ、セールだっていうし」


愛想笑いをニコォ…としてみても怪訝な顔をするばかりの犬塚君。なんだか全てを見透かされている気がして、誤魔化そうとする心が折れた。これならまだ白状した方が心証良いだろう。


「嘘です。犬塚君がここに入っていくのが見えて、付けてきました」


「ほー」とも「へー」とも犬塚君は言わず、ただ一言こう言った。



「ストーカー…」



その目はとても冷たく、春も終わろうとしてるのに凍えてしまいそうになった。

しまった、言葉が足りないせいで余計に心証悪くしてしまった。


「ち、違うんだよ!私はただ…」


「まぁ、いい。取りあえずちょっと来い」


踵を返して歩きだした犬塚君をぽかんと見ていたが、アレついてこいって言われてる?と気付いて慌てて彼の跡を追った。


「サラダ油、一人一本までだから。あと小麦粉も」


何食わぬ顔で、数点買い物カゴに足した後に私はレジへ連行された。

…アレ、これちゃっかり頭数に使われてる?

よく状況がわからないまま犬塚君がさっさと会計を済ませて、エコバックに商品を詰めるのを手伝い、店を出た。そして、自転車のカゴにはそのエコバックがいつのまにか鎮座していた。


自転車を押して進みながら、私と犬塚君は一体どこに進んでいるのか不安になる。


「い、犬塚君ってさ、よくここに来るの?家の人に頼まれたり?」


「特売やってる時にしか来ない。今日みたいにたまに桃園生とかに会うし」


「…へぇ~」


「親に頼まれててるってか、作るの俺だし欲しいもの買うってだけ」


「ええっ!犬塚君、料理してんの!?嘘だ!」


思わず犬塚君を大げさに二度見してしまった。

「嘘じゃねーよ!文句あっか!?あ゛ぁ!?」とすぐさまキレられて、冷静になって思い返してみると、要所要所で犬塚君は何かと器用だったし、作業も丁寧だった気がする。確かこの前の調理実習でも、私が砂糖と重層を間違えた時もなんとか食べられるものに調整してたのはよくよく思い返せば犬塚君だった気がする。


「そっか、実は趣味だったり?」


「趣味ってか…俺がやらないと家族全員飢え死にするからやってるだけ。あ、ちょっとここで待ってろ」


突然立ち止まった犬塚君は、私にそう言い残すとスッとすぐ近くの民家の門へ入っていまった。

いや、民家じゃなかった。外装的に小規模な施設っぽい。木製の塀の隙間からちょっと中を覗いていると、砂場や滑り台などの遊具がある。


「ようち、えん…?」


待って。こんどこそミステリーだ。なんで犬塚君がここに?

頭をひねっていると、突然腰にドスドスッ!と鈍い衝撃が走ってよろめいた。


何事?と思って見下ろすとそこに、4歳くらいの男の子が二人いた。おそろしくそっくりなのでおそらく双子だろう。不思議なもので瞬きするタイミングでさえ同じだった。

それにしてもこの双子の顔、なんかどこかでみた事があるような…。

このもっちりとしたほっぺたといい、くりくりの黒目がちな瞳といい、頑固そうな太眉といい、すごいデジャヴ感。いや、ものすごく可愛らしい子ではあるんだけど。


「輝!昴!危ないから急に飛び出して行くなって言ってるだろ!…って鬼丸が止めてくれてたのか、ありがとう」


急いで出てきた犬塚君を見て、「ああ!」とやっと納得した。


「子チワワだ!子チワワが2匹!!」


思わず大興奮して叫んでしまった。


そうなのだ。

双子は犬塚君にそっくりな顔をしていた。


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