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24:

犬塚君の身長をやや低い設定(160前後)に設定変えてます!

あと、前半部に薄いBL(笑)要素あり。

「ふーん、こいつがミスコンの最有力優勝候補か。まぁ、確かに、結構…」


「まじで男かよ。実は女子なんじゃねーの、本物はこっちじゃないのか」


「だよなぁ…。細っこいしなんか肌すべすべしてるし、なんかいい匂いする。おい、ちょっと嗅いでみ?!やべー、なんか興奮してきた…ふがっっつ!!」


3年トリオのうち一人が犬塚君の首筋をくんかくんかして思いっきり頭突きをかまされていた。

ちなみに、本物はこっちじゃねーのと言われていた本物はおそらく犬塚君の横で口にガムテープ貼られている私の事だと思われる。…別にショックなんか受けてないし。


私たちが連れてこられたのは、何処かの教室らしかった。暗幕が窓を覆っていて、ダンボールや机をバリケードにして迷路のようにしている。ここは縁日でお化け屋敷をしてた教室らしい。


「こいつ自分達の立場分かってんのか。それか誰か助けてくれるとでも思ってるのか?それならさっさと諦めろ。こっちの棟まで来る生徒なんていないし外からも様子が見られる事も無い、周りにいた奴らもタイムスケジュール変更で体育館に戻っていたから君らがいないのすらまだ気付いてないかもしれないな」


しかも、犬塚君は出たくないってごねたのを説得中という非常にタイミングの悪いシチュエーション。

最悪犬塚君がミスコンが嫌で逃げ出したように見えなくもない。


「ただ安心しな。別に俺らは特別あんたたちに何かをしようとしてるわけじゃない。ちょっとミスコンが終わるまでここで大人しくしてほしかっただけなんだ。終わればちゃんと帰すし、他言無用にしてくれればその後で何かしたりしないから」


ミスコンが終わるまでって事は、やはり私たちをここに閉じ込めたのは犬塚君がミスコンに出場するのを妨害するのが彼らの目的なんだろう。

知らなかったが犬塚君の噂は他学年にも広まっていて、優勝候補として認識されていたらしい。


「頼むよ、俺らこれで学祭最後なんだしさぁ最後にいい思い出作らせてくれよ」


だからってこんな事していいはずがない。

憤っているのは犬塚君も同じなようで、キッと相手を強く睨みつけた。


「おっ、怒った顔もカワイイねぇ。なんか素顔ちゃんと見れないって勿体無くない?さっきはそんな暇なかったしさぁ」


「小山ぁ、こいつのガムテープ剥がしていい?今なら声上げても誰にもバレないだろ」


頭突きされたのも忘れて3年二人は犬塚君に興味津津だ。

…この人たち犬塚君が男子なのは分かってるんだよね。ホモなの?ねぇ、ホモなの?

確かに犬塚君はちょっとした女子にも負けないほど可愛いらしいけど。


「…おまえら、それ男だぞ。なに、ハァハァしてんだよ気持ち悪い」


うん、そればっかりは小山氏の意見に全面的に賛成である。

犬塚君は目の前の二人に凍り切った視線を向けている。エターナルフォースブリザード、一瞬で周りの大気ごと凍らせる。相手は死ぬ。


「おかしな事は止めとけ。俺、ちょっと出ていくからちゃんとそいつら見とけよ」


小山氏がポケットから取り出した小型リモコンのようなものになにか既視感があったが、よく思い出せない。


「なんだあいつ偉そうに」


「実際偉いつもりなんじゃないの、これ言い出したのも根回ししたのも小山だし」


ひとしきり、小山氏への愚痴を言って二人は私と犬塚君に向き直る。


「今、取ってあげるからね」


「ちょーっと痛いかもしれないけど我慢してねぇ~」


うああ…なんでそんなに犬塚君に顔を近づける必要あるんだよ、なんか鼻息荒いし気持ち悪いよぉお…。

べり、と剥がれた犬塚君の口に赤い跡が付いていて、想像通り機嫌悪そうに物凄いへの字カーブを描いている。


「ああ、ちょっとかぶれてない?大丈夫?」


「触るなッ!!キモいんだよてめぇら!」


迫真の表情で犬塚君が拒否するのも仕方ないね。

元々犬塚君は若干同性には厳しめで距離感がある。それはこういう事があるからだったのかもしれない。


「かっ…」


怒鳴られた二人はそろって固まる。さすがにキレたか?犬塚君が痛い事をされないように心の中で祈った。


「「かっわいい~~」」


ズコー!!と私は一人で床を転げた。

ま、まぁ殴られるよりは良かったかもしれない、ね、犬塚く…だめだ、白目剥いてる。


「名前なんていうんだっけ、確か犬塚はるか、ちゃんだっけ。これ本名でしょ?」


「すごく似合ってるよね。親御さんセンスある~」


はわわ、名前の件は犬塚君に禁句ですって。

犬塚君がキレるのをなんとかおさえようとして、立ち上がろうとしたが両手両足拘束されてうまくバランスが取れず後ろに転けてしまった。


「なんだ、お前。勝手に動いてんじゃねーぞ」


口でどやされ、尻餅をついたままコクコク頷いた。

…どうしよう。今転んだので壁になっている段ボールに隙間が出来ているのを発見してしまった。多分頑張れば出られるだろう。小山氏がどこにいるのか分からないが、教室内は迷路状になっているのでもしかしたら彼に遭遇しないで脱出できるかもしれない。

ちらり、と犬塚君の方を見上げてみると、気付いてくれていたようで横目で私を一瞥してほんの僅かに顎をしゃくった。おそらくGOサインだろう。

しかし本当にできるのか?二人は私にほとんど注意がいってないとしても流石にバレるのではなかろうか。と、怖気付いていたら犬塚君が声を上げた。


「な、なんか暑く、ない、か…ないです、か?水とか、飲みたい、です…ジャ、ジャージも…脱ぎたいし」


多分自分の方に注意を向けようとしたのだろう。だが基本的にこういう事が苦手らしく、たどたどしく言葉を紡ぎ、緊張のあまり頬が上気している。演技力はお世辞にもあると言えないが、だがそれがいい。


「あっ、ああ!ちょっと待ってて!今バザーでなんか売ってるかも、買ってくるわ!」


「お、俺は、き、着替え手伝ってあげるよ!だ、大丈夫だって、変な事はしないから!」


犬塚君が頑張ったのもあるが、それにしてもこの三年コンビ、チョロすぎである。

私は犬塚君の努力を無駄にしないように最新の注意を払って後ろを向いて低く屈んだ。


ああ、心臓が痛い。犬塚君の様子を見てあげたいが、もう隙間に頭を突っ込んでいて物理的に不可能である。蟀谷からにじみ出た汗が目の中に入って染みるが、息すら殺して無心で前方に進む。腹ばいになっているが服の汚れなどこの際気にしてられない。


やっとお腹まで通過した。焦りと慎重にしなければという気持ちに板挟みになる。

もうちょっと、もうちょっとで抜けられる。


「……!」


だがしかし、ここで緊急事態が起きた。

尻がつっかえて抜けられない。


もう一度言おう、尻が抜けられない。


ちょっと力んでも通り抜けられない。え、確かに私はバスト<ヒップな生粋のラ・フランスだけれども、そんなにか。私はそんなにも巨ケツキャラだったのか。いくら主人公がペラペラ人間だといっても、そんなひどいキャラ付けがあるか。


「ふ、ふぬぅうう…」


もう女としてのプライドを懸けてここを通らなければいけない気がしてきた。

両手の指を床に食い込ませる勢いで身体をねじ込ませる。が、そこで気付いた。あれ、慎重さってどこいった。

ミシッバキ、と段ボールが裂ける音がした。

耳に慣れないその音は妙に大きくその場に響いたように聞こえた。


「あっ、何やってんだお前!!」


やっぱりバレたーーーー!!

ごめん、犬塚君!ほんとにごめんなさい!

両足首を掴まれそのまま後ろにズルーと引きずり出された。腕は上げたままで間抜けにオワタポーズで。


「人が見てないと思って、この女ッ!」


腕を大きく振り上げられたのを見て、もうダメだと固く目を閉じた。鬼丸!と犬塚君が叫んだのが聞こえた気がした。


「そこまでだ」


そんなに太くも大きくもないのに、どこか威圧感のある声がした。

ふと私の前に影がさして見上げる。


「ここで一体何をしているんですか、二日目の他棟の教室への侵入は禁止されていますよ」


背筋が真っ直ぐ伸びてどこまでも堂々とした後姿まで威厳に満ちた、その正体は言わずもがな桐谷先輩だった。

ホッと安心するも、なんでここにいるのか分からない。生徒会の仕事は大丈夫なのだろうか。


「哀、犬塚!大丈夫!?」


駆け込んできたのは沙耶ちゃんだ。よく見てみると佐伯くんとハギっちもいる。


「皆…どうしてここが分かったの?」


「あんたたちが探してたら、生徒会の人が声をかけてくれてその経由で桐谷先輩が連れてきてくれたのよ」


じゃあ、一体桐谷先輩はなぜここに辿り着く事が出来たのだろうか。

疑問に思っていると、ふと隅で真っ青な顔で下を向いている小山氏が視界に入った。その手にはリモコンのような機械が握られている。


「トランシーバーの回線が乱れていると報告が入っていたから個人的に少し調べていたんだ。実行委員の中で貸出している者を洗ってみたところ、クラスの生徒に流用させたと答えたものがいた。また、周波数を合わせて受信していたから場所を特定する事自体は難しくなかった」


そうだ、何処かでみたと思っていたら桐谷先輩が使っているのを見たんだ。確かに携帯電話は持ち込んで使えないので、連絡手段で使うのには便利だろう。


「お前、わさわざそんな事…暇なのかよ!生徒会長だろ、仕事しろよ!」


「学校祭は滞り無く進行していますが?むしろ予定より巻いていたので、臨時で休憩を入れた程です」


良かった、仕事に支障が出たわけではないらしい。色々不安はあったが猿河君や放送局とも上手く協力できてるのだろう。


「禁止区域に入った事、他クラス生徒への干渉及び妨害行為。全て学校祭規定に違反しています。さらに校則にも反している点があるので適切な処置の元、然るべき所へ報告させてもらいますからそのつもりで」


淡々と話しているようで、その射るような視線に私までも震え上がった。

多分おそらく桐谷先輩も怒っているんだろう。こんな眼で冷ややかに睨まれたら、もう絶対逃げられないと絶望してしまう。


「……お前が悪いんだ」


ずっと黙っていた小山氏が呻くように声を発した。


「お前が今年からいきなり制度を変えるからだ!今まで、3年が優先的に入賞できるような伝統になっていたのに!それがどうだ、お前があの猿河とかいう一年の言いなりになってせいで全部滅茶苦茶だ。俺らは3年間我慢してきたのに」


「それが何か?」


「何かって、お前…」


「全てのクラスに平等に最優秀賞を目指すのは学校祭の開催意義でもあります。それに、全校生徒の積極的な学校行事への参加は僕の生徒会長選挙の公約で大きな柱として掲げており、今回の学校祭でそれを実現させたまでです」


少しも引かないし一貫性があって論調にも隙が見当たらない。

それはすごい事だ、だが桐谷先輩が人から敬遠されるのもこういう所が原因なのかもしれない。

孤立というより孤高。良い悪いとかのレベルじゃなく、きっと世の中にはそういう人が必要なんだろう。


「クソッ…」


小山氏が両手の拳を握りしめているのを見て、嫌な予感がした。

そして次の瞬間、思いっきり桐谷先輩に向かって飛び出した。


「センパイ、そろそろ休憩時間終わりますよ。また、花巻先輩に怒られちゃっても良いんですか」


パッと見なにが起きたかすぐに理解できなかった。そのまま小山氏は持ち上げられ悲鳴も無く羽交い絞めにされていた。


「猿河君!」


突然やってきた猿河君が涼しい顔で小山氏を拘束し、なんか特殊な体勢でメキメキと締め上げている。お陰で先輩は無傷だが大丈夫?小山氏、死んじゃうんじゃないか?

動かなくなった小山氏を何でもないように投げ捨てて、ふと猿河君が此方へ長い脚で歩み寄ってくる。


「あんまり遅いんで心配できちゃいました。あれ?チワワ君?そんなグルグル巻きになってどうしたの、可哀想に」


可哀想にと言っているが、すぐ近くまで来て屈んでニヤニヤするだけで紐は解こうともしない。内心高笑いしてる画が浮かぶようだ。


「ああ!?なんだ腐れ猿が!とっとと帰れ、お前の顔見ると吐き気がすんだよ!」


ブチ切れチワワ丸な犬塚君に、ハギっちが「ちょっと!」と声を荒上げた。


「猿河君は、犬塚と鬼丸がいないって聞いて心配して休み無しでそのまま来てくれたんだよ!なんでそういう憎まれ口叩くのよ、捻くれ者!」


いや、猿河氏は犬塚君を馬鹿にするために来たんだと思う。確実に。


「いいんだ、まずチワワ君が元気そうで良かった。…それより言わなくていいの?」


何を?と思っていると、神妙な面持ちでやや俯いた佐伯君が口を開いた。


「俺は、止めたんだよ…」


だから何を?

ざわ…ざわ…、なんだか胸騒ぎがする。


「出番が早まってもう間に合わないってなって、土屋のやつが…犬塚の分まで俺が何とかするとか言い出して…それで…」


声量がフェードアウトしていく佐伯君に代わるように、沙耶ちゃんが続きを答えた。


「犬塚のも女子のも着れないから、端切れを寄せ集めて急遽作った服とパッドで、あとウチの部にあったカツラで…ほらコレ」


重じいから借りたらしいデジカメを見せてくれた。

そこには自由の女神コスをした巨乳のターザンが、自慢のマッスルポーズを決めてイイ笑顔をしていた。

スネ毛、腋毛共に野生を感じさせる仕上がりになっている。


「どこよりも笑いと野次は取れていたわよ」


「土屋くんは何かミスコンを誤解してるよ!!」


「まぁ、ユニーク賞は固いわね」


ミスコンにおけるユニーク賞の獲得ポイントは優勝クラスの1/3。目減りするが、それでも入賞なしよりはずっとマシに違いない。


「…すまん、俺の責任だ」


晴れて四肢が自由になった犬塚君が、デジカメを覗き込んで静かに頭を下げた。


「これは別にあんたのせいじゃないでしょ」


沙耶ちゃんの言う通りだ。これは事故のようなものである意味仕方がなかったのかもしれない。

犬塚君があそこでごねなくてもどのみちどこかで隙を狙って来ただろうし、自由だった私ももう少し抵抗しようがあったに違いない。


「でもこれじゃあ最優秀はむりだな…」


佐伯くんが俯きながら少し寂しそうに答えた。

そうだろうな、多分。縁日だって盛況ぶり自体はC組に勝てないだろうし。


「まだ分からないよ?」


猿河君の声に「え?」と皆が顔を上げた。

ニッコリと爽やかな笑顔に何か不穏なものを感じるのは私だけだろうか。




「後半からMCアシスタントとして入ってくれる、チワ子ちゃんでーす!」


「あっ、あの、頑張ります、ので!…よろ、よろしくおねがいします!」


ステージには猿河君の横に立つ犬塚君。

ゆるく巻いたウィッグを被り、不思議の国のアリス風の青いミニスカドレスにボーダー柄のニーソックス。

試着の時から思っていたが本当によく似合っている。どこに出しても恥ずかしくない正統派美少女(装男子)。

しかもミスコンの時のままらしく、ステージ奥のスクリーンに犬塚君が大写しになっている。しかも、猿河君と並ぶといい感じに身長差(約20センチほど)があり、負けないほど華がある。見た目ものすごく絵になる二人だった。

なんだあの美少女は、と会場も湧きに湧いている。結果オーライじゃないか、犬塚君。猿河君とも以外と仲良くやっているし…あ、よく見ると水面下で足の踏み合いをしている。


猿河君曰くMCとしてステージに立てば有志として、ポイントが加算されるらしい。しかも何時間も拘束されるとなると実行委員協力としてさらに加点が付くというのだ。

犬塚君はせめて女装は嫌だ、と粘ったのだが猿河ジャスティスに負けないインパクトを持たせるにはこれしかないじゃない、と全員に押し切られミスコン用の衣装でステージに立つ事になった。桐谷先輩の許可もばっちり取ってあるので怖いもの無しだ。


「あっ、鬼ちゃん?ハローハロー」


聞き覚えのある声に振り向くと、犬塚君のお母さんである裕美子さんがいた。おにー!と輝君と昴君が飛びついてきてくれる。


「えへへ、はるか君に止められてたけど来ちゃった」


昴君を抱っこしながら裕美子さんがふにゃりと笑った。


「あー!ジャスティスだ!すごい!なんで!いーなー!」


私も輝君を抱っこして上げてやる。け、結構重いな4歳児って。…私が非力なだけ?


「あれハル兄?なんで女の子の格好してるの?変なのー」


「輝君、昴君…お兄ちゃんにも色々事情があるんだよ。家に帰ってもくれぐれもその事は聞いちゃダメだよ」


弟達に問い詰め回されたら、流石の犬塚君も立ち直れないに違いない。


「あれ、もしかして、犬塚のお姉さんと弟さんですか…?」


気が付くとクラスの皆が興味深そうに此方を見ていた。代表して土屋君が声をかけてきた。


「やだ、姉じゃなく母です〜!いつもはるかがお世話になってます〜」


「えぇー!嘘っ!若っ!しかも美人!」


皆が驚くのも無理は無い。裕美子さんは嬉しそうに、ありがとうと微笑んだ。


「あ、えーと、ボク達も犬塚君にお世話になってて、あの、こうやってクラス代表で出てくれたり。えーと、あの、結婚して下さい!」


佐伯君がテンパるあまりプロポーズしたぞ、おい。

ごめんね、高校生に手を出したら捕まっちゃうから〜と軽くかわされていたが。


「ありがとうね、鬼ちゃん」


仔チワワだ!仔チワワが2匹!小さい!カワイイ!天使!と誰かと同じ反応の女子達に輝君と昴君が囲まれたのを見守っているとこっそり裕美子さんに声をかけられた。


「え、私は何にも…」


「ううん。きっと鬼ちゃんのお陰だよ。はるか君最近学校楽しそうなの、鬼ちゃんがウチに来てくれた時くらいから。…ああ、今日来て良かった。なんか安心したよ」


私は犬塚に特別何かした覚えもないし、むしろいつも助けられてばかりなんですが。でも、裕美子さんが安心したのならそれは良かったと思った。本当に。





結局、私たちのクラスの総合得点は全校5位入賞という微妙な順位で、賞状のみ手にして「ま、まぁ、一年目にしては頑張ったんじゃないの…?」とお互いを微妙に褒めて傷を舐めあった。ちなみに猿河君のC組は3位優秀賞だった。

学校祭の日程も終わり皆が後夜祭に行くなか、私は旧校舎へ続く渡り廊下である人物を待っていた。


「猿河君!」


こっそりと人目を忍んで来てたらしい猿河君が、私を見かけて目を丸くさせていた。


「いやー、Tシャツ返してなかったから。一応乾燥機にかけて干したけど、若干生乾きかも」


「それなのに、持ってきたわけ?新種の嫌がらせ?」


「いやいや!今日持ってこいって言ったの猿河君だよ!?昨日の夜、杉田さんから電話が来てそうきいたんだけど!」


「そうだったっけな…」と後ろ首をさする猿河氏に「忘れてたのかよ!」と右手のツッコミを入れるとそのまま手首を肩甲骨で固められギチギチに締められ「ギブギブギブ!」と泣かされた。女の子に格闘技をかけるなんて、正義の使者•仮面ファイター正義が聞いて呆れるぞ。


「あ、そうだ。ついでにちょっとお願いがあるんだけど」


「ヤダ」


その解答速度、零コンマ一秒。


「まだ、何も言ってないよ!それに大した事じゃないしすぐ終わるって。

…写メ撮らせて!その衣装で!やっとケータイ返ってきて撮りたくてウズウズしてたんだよ」


スマホを掲げて、お願いし倒す。

チャンスは今しかないのだ。後夜祭では流石に着替えてしまうだろう。


「一生のお願い!猿河様!猿河修司様!私ジャスティスのファンで、今日本当に感動したんだよ!ていうかもう大興奮で!最高、猿河君最高ですよ、もう〜」


「あっそ」と平然と答えて、さりげなく全身写る距離を取ってくれる猿河君は意外にもサービス精神の塊だと思う。結構煽てに弱いよね。猿河君のそういう所嫌いじゃない。


そのサービス精神に甘えて、猿河君を思う存分激写した。あらゆるアングルから、様々なポーズを撮らせてもらった。これは杉田さんたちや沙耶ちゃんにもデータ送って誰かと共有しなければ逆に勿体無い。

画像を確認して、我ながら上手く撮れたと自画自賛。うんうん、と一人で頷いて顔を上げると猿河君と目が合った。


「あんたさぁ…僕の事はほんとに好きなんじゃないの」


え、と思ってもみなかった言葉に固まってしまった。

呆れ顔とゲス顔を足して2で割ったような表情で、猿河君はゆっくり近づいてきて腕を取って流れるような仕草で手繰り寄せられた。


「いや、別にそんなことは」


「ないの?じゃあ、なんで懲りずにわざわざこうやって一人で会いにくるの?写メ撮ってそんな嬉しそうにしてるの?顔近づけただけで赤くなるの。なんで目逸らすの」


睫毛が触れそうな程に頭同士の距離を詰められ、背中が粟立つ。とっさに顔を下に背ける。

特段私は普通の反応だと思うし、私だって一応ある程度距離感には気を遣っているつもりだ。それに人にあんまりにも近付いたら照れるのは当たり前だ。


「いや、だって恥ずかしいし落ち着かない」


「ほら嫌がってはないし」


嫌がってるよ!嫌がって抗ってるのに猿河君にはただのじゃれ合い程度にしか感じてないだけだよ。それは多大な勘違いだからな!普通にセクシュアルハラスメントだからな!


「まぁ、そりゃあ多少ルックスだけ(・ ・)は結構かなり好きだけど、猿河君にしてみたらそんなのあたり前の事でしょ?普通だよ、普通。だから何も…あれ?」


目線を上げようとして、パンといきなり顔に衝撃が走る。


「さ、猿河氏…おなごの顔にいきなり掌底はないだろ。いくら腹が立ったからって言って…」


氏なりに手加減したらしく痛みはないけど、とにかくびっくりしたわ寿命が縮む。


「違う、怒ってない」


「そ、そう?顔赤いように見えたからてっきり…」


そして、無言。

どうしよう。猿河氏がいつにもまして不審だ。


「えーと、そろそろ手離してもらえます?前が見えない…」


そう言うとあっさりと離れた。

そのまま無言でさっさと早足で猿河君は旧校舎の方へ行ってしまった。

なんだ、奴は…情緒不安定か。



渡り廊下から引き返す途中、体育館横を通った時に話し声と人の気配がしてつい隠れてしまった。

桐谷先輩と昨日の放送局局長の確か…花巻先輩だった。なにやらシリアスなムードなのでこの中を横切るのは何かと憚られる。


「だから言ったでしょ。あの一年の言う事を間に受けて聞き過ぎだって。そりゃ反発も出てくるって。ウチだって去年よりずっと働かされて一週間前から修羅場だったわよ」


「勿論、君たちの協力には感謝しきれない。色々と無理を言って申し訳なかった。しかし、猿河君の事は同意しかねる。僕たちだって例年の学校祭の改善を図ろうと今年だけで実現可能なものを選んだつもりだ」


「だから、それで三年生が一年のクラスを襲撃するなんてことが起きたんでしょ」


猿河氏に三年の襲撃事件、あまりに自分に身近な話題にどきりとした。

こうして桐谷先輩が責められてる一端に関わっているようで落ち着かない。


「これがもっと大事になってたらどうするつもりだったの、あんた責任取れるの」


「規模の大小関わらず、僕が収拾する他無いだろう」


それに、と桐谷先輩はやはり淡々と答える。


「最後の学校祭だから上位入賞が当たり前という彼らが理解できない。最後ならば、相応の準備や努力をするべきだ。それが出来ないで結果だけが残っても価値がないだろう」


桐谷先輩の言葉に、ハッと花巻先輩が鼻で笑ったのが聞こえた。


「桐谷って本当、どこまでも世間知らずなお坊ちゃんだよね。いい?そんな真面目な連中ばっかりな訳ないじゃん、皆出来れば楽して勝ちたいに決まってる。前の学年が優遇されていたなら、自分達にも同じ権利があると思うのも仕方がないわよ」


確かに花巻先輩の言っている事も分かる。

私達は今回初めてだったから違和感はなかったが、総合得点の集計システムが以前はかなり教員任せになっていたらしい。ミスコンなど他イベントも配点が少なく、縁日と同時進行でひっそりと行われたらしい。

それを今年は、多くの得点評価を生徒会及び学祭参加者の投票制にしたり、イベントを縁日を別日にして生徒を体育館に集約させたりなど変更した点が多くあったらしい。いきなり、それだけ変われば戸惑ったり不満に思う人が出る。


「確かに正しいことは言ってるわよ?だけど、それだけ。無菌室で育ったような奴に、普通の人間の気持ちが分からない、想像もつかない。それってかなり致命的よ。やっぱりあんたは、ここみたいな普通の学校に来るべきじゃなかった。一生、下々の者と関わらない方があんたも周りも楽に生きれるわよ」


勝手に立ち聞きしている手前、話が終わるまでやり過ごすのが礼儀なんだろうが、このままではだめだと思った。このまま何もしなかったら桐谷先輩の友達を名乗ってはいけない気がして、私は先輩達の前に飛び出した。


「桐谷先輩はどこでもやっていけます!世間知らずは仕方が無いですが、その分素直だし順応性もちゃんとあります!今まできっかけが無かっただけで」


「は?なによ、あんた」


「桐谷先輩の友人その1です。ていうか一緒に学校をサボった盟友です」


鬼丸君、と私を呼ぶ先輩に振り向かず花巻先輩の方へ一歩歩み寄った。


「桐谷先輩の事、舐めてもらっちゃ困りますよ。そんなの全然致命的なんかじゃないです。分からないなら、私が教えますもん。小市民代表のこの鬼丸哀が!だから、花巻先輩にこれ以上何か言われる筋合いはないですし、決めつけないで下さい」


鼻息荒く宣言したが、冷静に考えると二人の先輩に対して失礼極まりない事を宣っている気がしてならない。言ってしまった言葉は戻らないから、後悔しても遅いけど。


「あっそ。じゃ、私は仕事あるからここで失礼するわ」


花巻先輩は私に特段何も言わずに、すぐ廊下を行ってしまった。

残された先輩と私に、何か微妙な空気が流れる。ハハハ、と薄ら笑いながら気まずさに耐え切れず笑って誤魔化す。じっと黙ったままの桐谷先輩を目の当たりにして「なにを勝手な事を…」と怒ったり嫌われたかもと不安になった。


「えーと、ごめんなさい。冗談です、冗談」


「…嘘なのか?」


何となく、捨てられた子犬的な眼差しを向けらてぎくりとした。


「花巻の言う通り、僕はやはり世間からずれているんだと思う。それを本当は分かっていて、他人と感情を交えるような接触を避けていた。だから、僕がこうなったのは自分のせいだ。だけど君に会って友達として接していて、楽しかったし人との関わりは大切なものだと痛感した。今は、色々な事を知りたいと思うし、僕自身の事も分かってほしいと思う」


私だって知らなかった。

桐谷先輩がそんな事を思っていたなんて。


「君が、君が教えてくれたんだ。以前のように理解出来ないからと諦めたくない、鬼丸君といたら出来ると思うんだ。だからこれからも友達として沢山のことを教えてほしい」


「あ、頭なんて下げなくていいですから!」


慌てて桐谷先輩の頭を起こして、深く息を吐いた。劇的な事も先輩を変えるなんておこがましい事も無理だけど、私にできる事ならなんだってやりたい。

だって先輩の気持ちがよく分かるから、助けになりたいから。


「先輩、メルアド交換して下さい。鬼メールするんで、鬼丸だけに。私もほんとは桐谷先輩ともっと仲良くなりたいんです!あと、昼休みも大抵ポン太の所にいるんで暇だったら来てほしいです」


押し付けるようにケータイを差し出した瞬間、グラウンドの方向から音楽が聞こえた。


「あ、後夜祭始まってる!」


即座にテンションがダダ上がりして強引に先輩の手を取り、駆けだした。

グラウンドに出ると、中央にはキャンプファイヤーが上がっており、ちょうどフォークダンスが始まった所だった。


「そういえば、先輩ってこんなにのんびりしていて良かったんですか」


「問題ない。準備は今朝終わっていたし進行自体は他の役員たちに任せていて、後夜祭で僕が実際にやるのは閉会式の挨拶と片付け程度だ」


先輩の表情筋は相変わらず仮死状態だけど、眼鏡のレンズにキャンプファイヤーの灯りが反射していてどこか感慨深かった。


「桐谷先輩、せっかくなんで一緒に踊りません?」


両手を先輩に向かって差し出した。

猿河君や犬塚君のように表舞台に出てこないし特別持て囃される事がない陰日向に咲いてるような桐谷先輩。その努力や気持ちがいつか報われてほしい。だから応援する。


うん、と迷わずに手を取ってくれて嬉しい。

焦れったい意地の張り合いも理由も言い訳も今は要らない。そういう気分だった。


「あっ、今笑いました?」


「えっ」


確かに今ちゃんと綺麗に両方の口角が上がっていた。

しかし、自分の顔をさするとまた元に戻ってしまった。


「ちゃんと笑顔出来てるじゃないですか。じゃあ、もう一回!ワンモアプリーズ!」


「よし…」


「先輩、それは笑顔じゃないです、マジキチスマイルです」


まぁ、今日の所はこれでいいか。先輩の微笑みと変顔のレアショットを拝めたし大分いい収穫だった。


高校最初の学祭も終わろうとしている。

色々あったけど、今までで一番楽しい学校祭だった。高校生活がこんなに楽しいなんて半年前は思ってもなかった。

ここでならきっと、うまくやっていける。ちゃんと私は私の居場所を手にできる。


それが思い込みでも、今はそう信じていたい。


桐谷「では、鬼丸君。踊ろうか」


鬼丸「あっちょ、…えっ、えっ?ちょ、ちょっと待って下さい!」


桐谷「何か問題が?」


鬼丸「それは明らかに違いますって!オクラホマミキサーですよ、これ。第一そんなステップ踊れないです」


桐谷「ワルツはフォークダンスで踊らないのか…(゜ロ゜;)」


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