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間があいてしまったので登場人物おさらい(適当)
鬼丸:主人公。アホの子。
沙耶ちゃん:鬼丸の友達。キレると怖い。
ハギっち:鬼丸の友達その2。バレー部。高身長女子。
犬塚君:ショタ顔高校生。別名・猛犬チワワ
猿河君:校内でアイドル的な人気を誇る。犬塚君のライバル。
桐谷先輩:生徒会長。強面だが実は天然キャラ。
学校祭も二日目。
午後の部からは本日のメインイベントといっても過言ではない、ミス・桃園コンテスト(男子限定)がある。
各クラスから女装男子を選出しステージ上でアピールしたりなどして、審査員の教師陣と全校生徒・来場者の投票で優勝者が決まるらしい。
二日目の午後はステージ上でのイベントが中心で、購買部のバザーなどがあるがほぼ生徒は体育館に集まっている。照明は落とされて周りが見えにくい状態で今度こそ沙耶ちゃんたちに付いていったおかげでほんの脇だがかろうじて前列に陣取る事が出来た。
ステージ前には縦一直線に雛壇が積まれ、パリコレ舞台のようにかなり前方までせり出されていた。ちなみに一昨日のリハーサルで一足先にこれを目撃していた犬塚君は「もう帰りたい…」とこの期に及んでひどく絶望していたらしい。
「あ、そろそろ始まるみたいだよ!」
プログラムと体育館の壁に掛かっている時計をを見比べると丁度開始時間になろうとしている所だった。
そういっているうちに体育館の照明が落とされ、緞帳がゆっくり上がった。
緞帳が上がりきってステージの真ん中にパッとスポットライトが当たり、会場がざわめく。
スポットライトの中心には誰か立っていおり、ブーツの踵の音を響かせながらせり出しを歩き、その中央付近で立ち止まった。
真っ白なブーツに独特な形状の白いレザージャケット、顔上半分を被うマスク。
聞きなれた毎週日曜朝8:30付近に聞きなれたBGMがフェードインで流れてくる。
「正義だ!仮面ファイター正義!」
誰かが皆の声を代弁したかのように叫んだ。
そうなのだ。今、老若男女に空前の大ブームを巻き起こしている日曜の特撮ヒーロー番組の主役、イケメン若手俳優、梅原タケト演じるジャスティスがいた。
「え、まさか本物!?」
「嘘でしょ、こんなしがない高校の学祭にわざわざ有名人が来るわけなくない?」
「でも衣装なんかクオリティ高すぎじゃない?それに普通の人があんなコスしても似合う人そうそういないような…」
左から私・ハギっち・沙耶ちゃん。
確かに、ジャスティス服はしっかりと体のラインが出るので誤魔化しの効かない非常にハードルの高いものだ。中の人がモデル出身という事もあり、ある程度以上身長が無いと似合わない仕様になっている。
過去にジャスティスのコスプレ画像をインターネットで閲覧したことがあるが、己の事は棚に上げて言わせてもらうとそのほとんどは無残としかいえないような結果だった。これが現実か…と私は震える指でそっとブラウザバックしたものだった。
開始から一向にざわつきが収まらない体育館の中で、ジャスティスが本物ばりにキレよく右手を天空に突き上げるポーズを取った。
「世界がすべて悪に染まっても、正義は誰にも壊せない!立ち塞がる者は久しく正義の白拳の前に砕けるのみ!仮面ファイター正義、ここに参上ッ」
ジャスティスが高らかに聞きなれた台詞を叫ぶ。ピンマイクを付けているのか、壁のスピーカーからもその声が少し遅れて聞こえ、歓声が誘導されるように上がった。
「なにこれ!!これ夢の中?へへぇ、私寝てるのかなぁあはははは」
「ヤバイヤバイマジヤバイ」
「マジで!?えっ、えっ、えっ!?マジで!?」
右から私・沙耶ちゃん・ハギっちが半ば錯乱しながら円形にスクラム組んでグルグル回っていた(異常行動)。
完璧だ…完璧に本人だ。すげーな、一体どうやってこの新進気鋭の俳優・梅原タケトを引っ張ってこれたのだろうか。ハッ、まさか桐谷先輩のコネ・交渉で…!?いやいやいや、先輩へたしたらジャスティスすら知らなさそうだしそれはないか。
「そしてその実態は…」
ジャスティスはマスクを片手で掴み、頭の上まで押し上げた。
たらりと一筋垂れた金色の前髪に緑の瞳。きっと心の中では自分でも分かっていたのだろう、だからすんなり納得できた。なのに鳥肌が少し立ってしまった。
一瞬遅れて、噎せ返るような黄色い悲鳴が体育館を満たした。
「今日のMCを担当します、一年C組の猿河修司です。つたない所もあると思いますが、今日はよろしくお願いします」
なにやってんだ、貴様。
呆然と目の前のコスプレ王子に呆然とするしかない私は、興奮冷めやまぬ様子の周りの女子勢とかなりの温度差。「猿河君が!猿河君が!うそっ、ちょ、哀っ写メ!写メ!」と沙耶ちゃんとハギっちにガクガクとシェイクされようやく我に返った。
「いやいや、携帯持ち込み不可で教室だし」
「くそーこんな事ならカメラ持ってくるんだった!」
そうなのである。マナー遵守のため学祭中、学生は全員各担任に携帯を預けなければならない。それで違反が見つかれば総合ポイントがマイナスになるのでうかつに違反もできない。結構厳しい。
その代わり、撮影等に関してはカメラ類は無音・フラッシュ無しなら使用可だし卒業アルバムのため盗撮魔と化した担任・重じいが自分のクラスの生徒を撮りまくっていた。ついでに、自分が顧問をしているサッカー部の生徒にも遭遇するたび激写していた。
猿川くーん!と呼ばれる声援に手を振って爽やかに応える猿河氏。口から覗く白い歯の眩しいこと眩しいこと。
「皆さんのおかけで会場も温まってきたようなので、これより桃園高校学校祭第2部日程を行いたいと思います」
猿河氏の言葉を合図に暗かったステージにパッと天井と床のボーダーライトが一斉に点灯した。
◆
はっきり言えば、猿河氏のMCは上手かった。
まず華やかでそこに立っているだけで目の保養になるし、他のパフォーマンスを食ってしまうかと思ったがコメント等のフォローも多分アドリブだろうに気の利いた事を話し引き際もわきまえていた。声も適度な速さでマイク越しでも聞き取り易く、いちいち猿河氏らしいサービス精神に溢れていた。
いつもこうならいいのに。
そんな中、ひとつ問題が起きた。
「やっぱりミスコンに出ない」
犬塚君がここにきて拗ねた。
割り当てられた控室にてクラスの女子勢が今まさにマスカラを睫毛に塗ろうとした所、椅子に座っている犬塚君が突然、ブァアサアア!と謎の効果音を発しながら開眼してそんな事をのたまった。
「どうしたの急に。もうミスコンまで2時間切ってるんだけど」
冗談かと思ったらしい沙耶ちゃん(演劇部・メイク担当)が拒否を無視して、俯いた犬塚君の顔を上に向けようとすると手で制された。沙耶ちゃんは笑顔だが口角がひくついている。
「…なにその反抗的な態度は」
「エントリーしただけで今からでも名前を変えられる。別の奴にやってもらってくれ、やっぱり俺には無理だ」
下を向きながら、目線だけ此方に向けているため必然的に上目遣いに。絶対狙ってるはずがないのに、アレ、これ誘惑されてるんじゃね?と勘違いするほど魅惑の眼差し。どうみても犬塚君以上に適役はいない。ほぼ蚊帳の外状態の私でも分かる。考えている事は皆同じだ。
しばらく二人の攻防が続いたが、ふいに沙耶ちゃんは思い出したように後ろに退いて犬塚君から離れた。
「な、なんだよ」と警戒した犬塚君が及び腰で目をウルウルさせているのを無言で確認し、沙耶ちゃんが周りに目配せすると女子の一人が素早く犬塚君の脇腹をがっちりホールドした。そこにもう一人の女子がいつから所持していたのか麻縄を取りだす。
「バカだろ、お前ら本当にバカだろ!やめろって、うわっうわあああああああ!!!」
なにをされるか瞬時に理解した犬塚君が抵抗しようと迫りくる手を払いのけるが、半端なフェミニストが災いし不発、そのまま女子の数の暴力をもって両手両足をがっちりと拘束された。
…皆、つい一週間前まで犬塚君を不良扱いして怖がってたよね?犬塚君もどこをどう間違えてこんなにあっという間にポジションが変わってしまったのか。ここに来て犬塚君のポジティブキャンペーンが効いてきたか?えっと、ポジ…ティブ…?
「まぁまぁ、沙耶ちゃん。犬塚君もやるとは言ったけど、どうしても割り切れないものもあると思うよ。元々顔のこと弄られるのすごく嫌がってたし。ここは一つ私に犬塚君を説得させてもらえないかな。少しでも納得してもらった方がお互い今後に遺恨を残さないで済むでしょ?」
あまりにも犬塚君が一方的にやられてしまって同情してしまった。
私がミスコンにエントリーさせた手前、罪悪感も多少ある。犬塚君を納得させるような説得は出来ないかもしれないが、犬塚君の言い分を誰か一人くらい聞いてもいいだろう。もし、妥協点が見つかれば沙耶ちゃんに提案してもいいし。
一応メイクは終えてから女子達は一旦、教室から出て体育館に戻る事になった。
私のミッションは犬塚君の説得の後、着替の介助・会場まで連れていくこと。ぶっちゃけ犬塚君なら後ふたつは要らないだろうが、脱走防止に念のため。
椅子に括り付けられたままの、犬塚君に聞いた。犬塚君の出番は最後の方だったから、猶予時間は最大あと1時間半くらい。
「犬塚君、もしかして出たくないのは猿河君がいるから?」
「………………………別に。」
長い沈黙の後、犬塚君が顔を逸らしながら重々しく答えた。
「あんなキザナルシ猿が司会してるからって全然どうも気にする訳ないだろ」
キザナルシ…何それぴったりな渾名。
「あー、そうだよねぇ。いくら犬塚君でもこの後に及んで猿河君に嘲笑わられるのが嫌だとか、比べられるのが嫌だとか言う訳ないもんね」
「……。」
「猿河君が、フランス系ハーフの自他共に認める王子様イケメンで、見上げるほど背高いしスタイル抜群でおまけに筋肉質でスポーツ万能で、人付き合い上手くて信頼されてて、女の子にモテモテでも全然関係ないよね」
「……。」
「ああ、あと名前もハーフなのにカタカナが入ってない、『修司』とか漫画の主人公にありそうなちょいかっこよさげな名前だし。それに、なんか若干引くくらいジャスティスのコスプレ異様に似合って…」「うるっっっせえ!!」
煽りすぎた。
ブチ切れ激おこチワワ丸と化した犬塚君をどうどうと宥めつつ、私って結構シビアに人を分析してるんだななと我ながら苦笑してしまった。
思うに犬塚君が猿河君をそれほど敵対視したり意識するのは、単に気に入らないからではなくて、猿河君がいちいち犬塚君のコンプレックスを刺激するような要素をもっているからなのだ。
そんな相手が同じ学校で隣のクラスで、嫌でもチラチラと目に入るし有名人なのでよく名前が出てきたりするし、さらに体育や選択授業で会うたびにさり気なく馬鹿にされたり嫌がらせされたりしているので(猿河君は他の人に気付かれずにこれをやるのが本当にうまい。陰険通り越して陰湿すぎる…)余計に嫌悪してるし苛立ちも堪るがなかなか負かせられない、犬塚君にとって猿河君は超絶でかい目の上のタンコブ的存在のようなのだ(本人は認めたくないようだが)。
「そんなに気にする事ないと思うけどなぁ。猿河君とは色々ジャンルが違うと思うし。」
「あ゛あ!?馬鹿にしてんのか!?」
してないしてない、と首を振りなんて説明すればいいのか考える。
「犬塚君には犬塚君の得意分野があるんだからさ、敢えて猿河君と同じリングに立たなくたっていいんじゃない?ほら、犬塚君にはいい所いっぱいあるじゃん。だからミスコン出よう?」
「結局それかよ!せめてもう少し下心を隠す努力をしろよ!」
「えー、だって顔超かわいいし、最大の売りだと思うんだけど…」
もう私が言葉を言い終わる前に既にげんなりした嫌そうな顔してる犬塚君。ていうか口の形が『どこがだよ』の『ど』の形をしている。私ってばフォローが下手だなぁ、と痛感した。
「羨ましいけどな、私は。何かこれぞってものがあって人に認められてるって。何にも無いより絶対良い。それが最初っから自然にあるなんて本当はすごく恵まれてる事だと思うよ」
「何の話だよ」
「犬塚君の話だよ」
もどかしい。もっと思っている事を上手く伝えられたらいいのに。
犬塚君が思ってるほど周りは犬塚君の事を馬鹿にしてたり嫌ってなんかいない。やっと皆分かってくれたみたいなのに。土屋君とか友達もできて仲良く出来そうなのにもったいない。
まずは冷静にならないと、と息を深く吐いてみた。するとふと、頭の中に妙案が浮かんだ。
「…それに、余計にカッコ悪くない?経緯はどうであれ自分からやるって言ったのに、直前になったら『やっぱり無理。別の奴にやらせろ』って。渋くないよ!正直言って超ダサい」
ぐっ、と犬塚君が小さく喉を鳴らした。
好感触…!やばい、私天才かも。
「べ、別にそれがどーしたよ!俺が馬鹿みるだけじゃねぇか」
「それに犬塚君、責任とってなんでもするって言ったよね。それなのに勝手に自分で降りるとか契約違反だよ、輝君と昴君に約束は破るためにするのもだって教えてるんだよね勿論。しかも、猿河君の横に立ちたくないからっていう超どうでもいい理由で」
「……」
整えられてやや細くなった眉を寄せて犬塚君が黙りこくる。チークは殆ど付けてないのにほんのりと頬がピンク色。勝ちを確信して、私は自分の口角が自然と上がっていくのを感じた。
「犬塚君」
しゃがんで椅子に拘束されている犬塚君に目線を合わせて、その両肩に私の両手を軽く乗せた。
「逆に、ここで犬塚君が猿河氏より注目されたり話題をかっさらえれば、十分に奴は結構ダメージでかいと思うんだよね。奴は極度の目立ちたがり屋だし。ミスコンに出るだけで猿河君を見かえせるんだよ?ちょっと割り切って女の子の格好してぶりっこするだけで。そんなのできるなんて犬塚君だけだよ」
これぞ秘技・sageてageる。ただの宥め賺しともいう。
「それでも恥ずかしくてどうしようもないのならさ、少し想像してみようよ。
ステージに立ってる自分は犬塚はるかじゃない。私は女優、私は女優…私はチワ子、私はチワ子…。ちょっとウブで照れ屋な美少女。得意料理は肉じゃが、春巻き、南瓜の煮つけ、エトセトラ…。最近、家事の合間にやっているレース編みにハマりかけてます。
よし、これでいこう!完璧!」
「なにをアホなことを…誰だお前ら?」
一瞬で犬塚君の顔色が変わったので、私もつられて振りかえろうとすると後ろから口を塞がれて押さえつけられた。何が起きたか全然分からないが犬塚君も男子生徒2人に囲まれていた。
「なんだ?なんでこいつ縛られてんだよ。ま、こっちとしては助かるから別にいいけど」
ジャージの色からして3年生だろうと思われる。ていうかクラスTシャツにばっちり3Eって書いてあった。なにこの人たち。なんでここにいるんだよ、そしてなんで私は羽交い絞めされているのだろう。聞こうにも、口を塞がれているので聞けない。おそらくベランダに出る非常口から入ってきたのだろう。
「痛ってぇっ!こいつ噛みやがった!」
犬塚君を抑えようとした一人が叫んだ。私と同じように口を塞がれようとしたらしく、そこを噛んだらしい。私もそうすればよかった…。
「いきなりなんなんだよ!鬼丸を離せ、変態が!人呼ぶぞ」
勢いよく叫んだ犬塚君だが、間の悪いことに逃げられないようにとしっかり二重の上固結びで両手両足椅子に括り付けられている。「取りあえず黙らせとけ」と私を押さえつけてる人が言うと、犬塚君の胸にパンチが叩きつけられた。
「…!」
ごほっごほっと咳き込む犬塚君を前に耳の奥で心臓の音が聞こえてくる。
誰か。誰か助けて。犬塚君が死んじゃう。冗談抜きでそう思った。
とっさに思い浮かんだのは桐谷先輩。だけどどう考えたって学校祭運営で忙しい先輩が来てくれる訳がなかった。




