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20:

「静粛に、静粛に!では開廷します!被告人・犬塚はるか!」


カンカンとテーブルにガベルのようにお玉を打ち付ける裕美子さん。実際に叩いているのはまな板なのでテーブルを傷つける心配はない。


「被告人は同級生の鬼丸哀さんの、まだ誰とも触れていなかった唇を、つまり乙女のファーストキスを、奪いましたね。これに間違いはありますか」


「なんだこの茶番は」


犬塚君が思わずツッコミを入れたのだが、さらりと裕美子さんは平気な顔で受け流す。

リビングの中央、板の間で正座させたれた犬塚君。犬塚家は今、裁判所である。


「被告人、私語は慎むように!やったのですか、やってないのですか」


「………やりました…」


裕美子さんに迫られ、チラッと一瞬此方を見てから、犬塚君は重々しく答えた。


「…いや、ほんとうに…鬼丸には悪い事をしたな、と…。ごめん、鬼丸」


振りかえって、頭を下げる。なんだか柄に無く背中もやや丸まっていて、本当に罪悪感を感じているのだと思った。意外と素直に謝る犬塚君にちょっと感心したりもした。だが。


「謝って済んだら、裁判なんてやらないんですよ!被告人!」


「そーだそーだ、チューしたくせにー」


「ハル兄のスケベー」


裕美子さんに続いて、輝君・昴君のチビチワワズが野次を入れるとそれまでしおらしくしていた犬塚君が一瞬で顔を上げ、ふざけんな!と激昂した。さすが瞬間湯沸かし器の異名をほしいままにする犬塚君。


「元はといえばお前らが急に鬼丸にタックルしたからだろ!何もなかったからいいものの、怪我でもしたらどうする!いつも言ってるだろ、怪我をするのも人にさせるのも許さないって!もっと周りを見て落ち着いて行動しろよ、馬鹿たれ共が!!」


「そうだよー、二人ともちょっと今回ははしゃぎすぎだよ。いくら嬉しくても急に鬼ちゃんに飛びついたら、びっくりして転んじゃうよね。そしたら鬼ちゃん痛いよ?痛くてしくしく泣いちゃうよ」


犬塚君と裕美子さんに叱られて、双子がお互いに顔を見合わせた。それから、うるうるの目をして、私の方を向いたかと思うと「ごめんなさい」と90度近くまで深く頭を下げた。


「は、はう…」


可愛すぎて吐血するかと思った。なんじゃこりゃああああああああ!この可愛らしい生物は!


「おに、怒ってる?」


「僕たちの事嫌いになった?」


思わず後退りした私に不安を覚えたのか、私の顔を覗き込んでくる双子。あざといとも思える上目遣い。


「ずぇんずぇえん!」


「ずぇ?」


しまった興奮しすぎて呂律が回っていなかった。


「全然!怒ってないし嫌いになってもないよ!うへへ~、ちゃんとごめんなさいできて偉いねぇ」


「おい、甘やかすんじゃねぇ…」


抱きついてきた双子の頭を堪らなくなってわしゃわしゃ撫でてやる。でれでれのめろめろになっている私を諌めるように犬塚君が肩に手を置いたが気にしない。


「でも、鬼ちゃんの初キスを奪っちゃったのはどうなの。鬼ちゃんまだ15か16でしょ?これから彼氏とか好きな人が出来た時にするはずだったのにこんな形で失くしちゃっていいのかなぁ、ねぇ?はるか被告人。このまま『ごめんなさい☆許してニャン』って謝って済むことなの」


ずれた話題を裕美子さんだけは忘れていなかった。もう過ぎた事モードだった犬塚君が凍りつく。

あれだ、裕美子さんの叱り方は一見にこにこ頬笑みながらぐりぐりと傷口にワサビを塗りたくるようなやり方だと思った。こういう人が実は一番怖いのだ。


「あ、あれは…事故だから。ただぶつかっただけだろ、あれは。ノーカン、ノーカンで!だめか?!」


「だめに決まってるでしょ!そんな都合いいものだとおもったら大間違いなんだよ!乙女の唇をなんだと思ってるの、ファーストキスはたった人生で一回きりなんだよ?」


珍しく責められてうろたえる犬塚君が見れて非常に面白いのだが、さすがにもうそろそろ哀れになって私は「裁判長!」と裕美子さんを呼びとめた。


「この年で早々にファーストキスを失ってしまったのは、確かに少し悲しくもあります。ですが、犬塚君に悪気は無く、むしろ私を助けてくれてやってしまったことなんで自分は水に流してスッパリ忘れる心づもりです。だからそんなに責めないでやってください」


「鬼丸…」


「鬼ちゃん、いいの?今のはるか君ならいくらでも絞り取れるんだよ?こういうのは骨の髄までしゃぶりつくしてなんぼなんだよ?」


「さすがお水、発想が恐ろしいな」


犬塚君は冷静にコメントしてから一拍置いて私の方に再び向き直り、ひどく真面目な顔で再び口を開いた。チワワなくせになんかイケメンオーラを醸し出していて不覚にもちょっとドキッ☆としてしまった。


「……でも、分かった。俺にも過失がないかと聞かれたら、全く無いとは言えない。もっと注意を払うべきだったとも思う。だからお前が俺を責めたいならいくらでも怒っていい。俺も男だから何でも責任は取るつもりだ」


「ん?今何でもって言った?」


「…えっ」


「ん?」






「はぁっ⁉︎なにこの睫毛‼︎なんでこんな無駄に長いのよ!つけま無しで、これが全部自前⁉︎ふざけんなし!」


「しかもくっきり二重で、ばかみたいに黒目でかいし、眉毛も太いけど天然の眉山あるし、鼻筋通ってるし、無駄にボリューミーなピンクアヒルな口だし小顔だし」


「うっわ、なにこのきめ細かい肌…毛穴が見えないんですけど。しかもこの弾力とかハリとか、舐めてんの⁉︎あんた女子を舐めてるんでしょ⁉︎こちとらなぁ、毎日毎日お金も手間も時間もかけてスキンケアしてんじゃああああ!それをノーメイクでコレとか…しかも男とか……」


「まぁまぁ、皆落ち着いて落ち着いて。犬塚君もドン引きして若干怯えているようだし。ほら、冷静になって素数でも数えよう?ほーら、1、2、3、5…」


「哀、1は素数じゃないわよ…って、なにこの腕!ツルツルじゃん!犬塚なに、男の癖に剃ってるの?ちがう?なに、無処理⁉︎はああああああ、嘘つくなし!足見せなさいよ、足を!脇でも可!」


だめだ…とうとう沙耶ちゃんまでダークサイドに堕ちてしまった。毛が沙耶ちゃんの琴線に触れるとはまさか私も思わなかったよ。


ミスコンに出場すると言った次の日には、メイク道具一式を家から持ってきた女子達に一斉に囲まれた犬塚君。まずちょっと試しに弄らせてと迫られ、対した抵抗も出来ず念のために椅子に縛られて固定され、半ば女子の嫉妬に歪んだ手で揉みくちゃにされている。

君ら…犬塚君が怖いんじゃなかったんかいな。少しも恐れてやしてないじゃないか。


「ちょっと、誰かそこのビューラ―取って。このもさもさ睫毛ッ!80年代少女漫画風に整えずにはいられないッ!」


「待って、先にアイライナーでしょ。犬塚、ちょっと目伏せなさい、じゃないと目の中にペンシルぶっ刺すわよ。嬉々として」


怖いよ。皆、怖いよ。

完全他人事で傍観している私でもこんなに恐怖を覚えているのだから、渦中の犬塚君の心中はとてもじゃないが計り知れない。


人垣の間から、ふと犬塚君と目が合った。

イチゴ柄のファンシーヘアバンドを付けられ、顔を女子にぐわし!と掴まれた犬塚君の両目がうるうるとしてリアルチワワに近づいていた。かろうじて自由になっている右手がぷるぷると震えながらも助けを求めるように上げられたのも、一瞬で女子たちのお尻に阻まれ撃沈。女子強えー…。


第一線の女子たちの後ろに、第二軍、第三軍が思い思いの器具や化粧品を持って控えている。男子たちは、その様子を固唾を呑んで見守っていた。誰も助けに来る気はなかった。多分邪魔したら間違いなくぶっ殺されるから。


犬塚君、がんばれ。

今の私にはそれしか言えません。

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