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「そろそろ、学祭が近づいてまいりましたな!」
「近づいてまいりましたな、じゃないわよ!哀、あんた中間テスト全科目赤点だったんでしょ⁉︎しかも化学と物理は点数一桁代だったんでしょ?バカだバカだとは思ってだけど、まさかこれほどだったとは…。あんた、本当この学校卒業できんの?」
「あっはっはっは、沙耶ちゃん、あっはっはっは」
「わろてる場合かーーーーッ!!」
「おーい、望月と鬼丸、そんな所でショートコントやってないでこっち来いよ」
クラスの男子に呼ばれて、私と沙耶ちゃんが教室の黒板の前で皆が集まっているのに加わる。
学祭一週間前で、授業自体が休みになり代わりに朝から準備をしている。といっても私達のクラスはなにか飲食物を提供する訳でもないので、そんなに準備に時間がかかるわけでもなく、大体の目処は立っていた。クラス展示も八割方完成している。
「皆集まったな?では、これから一年B組クラス会議を行う。議長は学級委員長であるこの僕、佐伯良太郎です」
知ってる。さすがに三ヶ月近く経てばクラスの人の顔と名前くらいは一致するので、名乗る必要はなかったと思うよ佐伯君。
彼は絶賛むっちり系男子、クラス委員長の佐伯君。汗っかきで入学してからネクタイ無しのワイシャツに常に首にタオルを巻いている熱血塾講師みたいな出で立ちをしている。
「今回の会議の題目はズバリこれだ!」
分かってるぞー、とか、早く本題に入れーとかいう野次をハイハイと半笑いでいなしつつ佐伯君は黒板にチョークで字を書いた。途中で二本ほど折れたが。
佐伯君が書いた文章は短文で、至ってわかりやすい内容だった。
【どうやって犬塚をミスコンに出させるか】
書いた瞬間、全員が一斉に後ろを振り返った。
教室の後ろに下げた机の一つに犬塚君がうつ伏せになって寝ていた。どうやら本気寝らしくクラス中の人間に凝視されている状況だというのに身動き一つしない。
「まじかよ、本気でやるのか?俺もう頭突き喰らいたくないぞ。超痛かったもん、あれ」
さっきまで普通に話していたのに急に声を潜めて反論したのは、入学早々犬塚君をイジって頭突きされ一発K.O.された土屋君だ。彼はそれ以来、はっちゃけを失い今や常識人キャラへシフトしてしまったのだった。
「やっぱり犬塚君怖いよ、声かけても無視するし睨むし」
「この前なんて古文のテストで稲見ちゃんが褒めても、舌打ちしか返ってこなくてかわいそうだったよ」
「話し合いとか学祭の準備も全然手伝わないしね」
「しかもなんか性格も悪くない?この前なんて掃除し終わったら、私やった所をまた掃除されたんだよ?しかも、何も言わないのがまた嫌味でさぁ」
おおう…思いの外、女の子たちからのバッシングが多い。掃除の件は、犬塚君が完璧主義の潔癖症なだけで他意はないと思うんだが。
うーん。今となってはただの世話好きな童顔男子だと私も分かるんだけど、犬塚君も周りに融和しなさすぎだよ。桐谷先輩とはまた違う感じで誤解されているなぁと思う。
ここ一ヶ月くらい犬塚君の良さを売り出そうと私なりポジティブキャンペーンを行っているのだけどあまり効果ない。肝心の犬塚君が人に好かれようとしていないっていうか、敢えて嫌われようとしているというか。もっと愛想よくするなんて犬塚君ならいくらでも出来るだろうに。そんなに不器用なわけじゃないんだから。
「BUTしかし、我々にはやらねばならぬreasonがあるのだッ!」
ルー佐伯が高らかに叫ぶと、ばっとA4サイズの用紙を掲げた。
桃園学園学校祭総合ポイント獲得クラスに対する景品及び優遇措置について、と印字されたプリントに私を含めた多数が釘付けになった。
「皆も知っての通り、学祭は各クラスそれぞれの獲得ポイントの合算から優勝クラスが決まる。それが今年からなんと総合ポイント1位から3位が一年から三年の1組ずつから決まるようになったのだ!つまり僕ら低学年にも表彰台に上れるチャンスはある!しかも今年の優勝クラスには、秋のマラソン大会の距離が半分になり冬の勉強合宿の免除と学校の研修施設への一週間の無料宿泊温泉付き、商店街から新品マウンテンバイクやテレビ、クーラ、小型冷蔵庫、ハーゲンダッツ一年分に家電製品やAmazonやiTuneのギフトカードが提供されることになっている!どうだ、この豪華さ!異例の充実さ、ちなみにクーラは移動式のもので今年度使ってまた来年に繰り越すのも良し、誰かが引き取って使うも良し、教室での使用許可は既に桐谷先輩が取得済み、しかも二位、三位にもそれに準じたご褒美があるらしい!」
眠れる獅子を起こさないように佐伯君は小声で、しかしハイテンションでまくしたてるという高等テクニックを見せ、言い終わった頃には盛大にむせていた。声をひそめていた意味がない。
皆はえぇえ!?まじで!?と小声で叫びお互いに顔を見合わせて、やがて無言になる。各自それぞれ頭の中で計算を巡らせているのだ。学祭の総合ポイントは各先生が30ポイントずつ持っていて、クラス展示、縁日、ミスコン、有志からそれぞれ10ポイントずつ投票を行い得点を加算らしい。
「ただし女装ミスコンだけは先生の点数プラス全校生徒の投票で優勝者が決まる。うちのクラスには犬塚がいる。よっぽど他がインパクトのでかいことをしなければ、犬塚の女装に勝てる男はまずいないだろう。これは間違いない」
だからだ、と佐伯君が米神をタオルで拭いながら真面目な顔で言う。彼の頭は水でも被ったのかと思うほどぐっしょり濡れていた。
「ミスコンで勝てば、ポイントで大きなリードができるし注目度が上がって縁日でも犬塚を出したらいい客引きにもなる。そこまですれば、まさか一年のなかでうちが選ばれないという可能性はまず有り得ないだろう」
ごくり、と誰ともなく生唾を飲み込んだ音が聞こえた。
確かに今クラス中の意思がひとつになっているのを感じた。
…なんか陰謀を感じるんだよなぁ。学祭実行委員の猿なんとかさんの。
これは犬塚君への嫌がらせなんじゃないか。クラスがミスコンに犬塚君を出場させようという流れに持って行こうとするのを計算して企画したんじゃなかろうか。この斬新過ぎる思い切った改革はなんだかとても桐谷先輩がやったとは到底思えないのだ。
そういえば桐谷先輩となんか話していたな。まさか、このことだったのか…?
「でもどうやって犬塚君をその気にさせるのよ」
それまで黙っていた沙耶ちゃんが冷静に発言した。
「だよなぁ、どう説得しても犬塚なら折れそうにないないよな。下手に強要したらマジで大乱闘になるぜ」
土屋君が顎をさすりながら目を瞑っていると、その隣にいたハギっちが「あっ」と声を上げた。
なんだろうすごく嫌な予感がする。だって見てるもん、さっきからハギっちが脇目も振らず私の方を見てるもの。
「鬼丸って結構犬塚と仲良くなかった?」
◆
いや、ほんとうちのクラスがあわよくば優勝とかしてほしいとは思うよ。
犬塚君にもミスコンに出てほしいと思っている。そうすればもうちょっと犬塚君と皆とのわだかまりも無くなるんじゃないだろうかとか期待する。
犬塚君の事は嫌いじゃない。いつもなんだかんだで助けてくれて感謝もしている。
だけど、こういうクラス中の期待を一身に背負うような責任のある任務はごめんだ…。
結局私が犬塚君をミスコンに参加させる係になってしまった。しかも『お願い』じゃなくて『参加させる』なのだ。犬塚君を了承させること前提なのだ。
プレッシャーに押しつぶされてしまい死にそう。ちくしょう、なんで私はいつもこんな役割ばっかりなんだ。ステージの飾りのティッシュ花を作りつつ憤慨する。
「…鬼丸?なんだまた話相手探してるのか。もうお前そこのロッカーに向かって喋ってこいよ」
犬塚君の寝ている机の上で作業していると、気配を感じたのか犬塚君がむくりと起きだした。
まだ半分寝ぼけているのかじゃっかんとろんとした目つきをしている。顔だけだとどう見ても物憂げにしている美少女にしかみえないから恐ろしい。
「おはよう、犬塚君。もうすぐお昼だよ」
そう言ってさりげなくティッシュ花をぽふっと犬塚君の耳にかける。
「カーワーイーイー!犬塚君超似合ってるうううう!やっぱ美形だから何しても似合うよね、たとえば女装とか、えーと…それから女装とかさぁ。あっ、犬塚君ミスコンとか出てみない?」
あ゛ぁ!?と犬塚君は般若の顔でティッシュ花を握り潰した。
「ごめん、なんでもないです……」
無理ゲーだろ、こんなの。




